第十七話 足場⑤
アマーラ侵攻戦も佳境です
Date: 2016年8月8日 12:32
Location: アマーラ侵攻戦 ポイントエクスレイ北東付近
Person: 榊中尉
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ウィーティア3が落ちた。上空の目がなくなった。
王の獣は残った腕を前に出し、一歩踏み込んでくる。片腕がなく肩口が抉れていても、その圧迫感は変わらない。
「距離を保て、中尉、足止めしろ!」
コール小隊長の声は低い。小隊の火線が王の獣で交差する。それに対し、王の獣は前脚を石畳に叩きつけ、噴き上がる破片を銃弾からの盾にしながら詰めてくる。
榊は小隊長の声より先に詠唱を始めていた。焼砂杭が発動され、複数本の杭が王の獣の足を貫きその場に縫い留める。即座に振り払う王の獣により完全には止まらない。だが一歩だけ遅れる。
その一歩をアリアは逃さない。25㎜の連射が肩口の抉れた箇所をさらに削り、結晶片が路地に散った。
王の獣が唸る。振りかぶった腕を振るっただけで石畳が裂け、散弾のように飛び散る。
ラジードが横に飛ぶ。破片が榊の頬をかすめる。熱いとは感じなかった。血が出ているのはわかった。
残った腕で廃墟の壁を掴み、王の獣が身体を引き上げる。二階の高さから見下ろしてきた。
上から叩く気だ。
「散開しろ!」
落下しながら前脚が振り下ろされる。アイシャのベネリが跳び上がった獣の腹へ散弾を叩き込む。空中でわずかに軌道がぶれた。
榊は屈んだまま前へ踏み込んだ。着地の衝撃が地面を揺らす。間近で見ると、結晶の冠に細かい亀裂が走っていた。
こいつにもダメージが蓄積している。ここで押し切る。そう榊は考える。
「全部叩き込め」
腕が痺れていた。それでも最後の焼砂錐を練る。
「地底の炭脈に眠るは、不倒の巨神の指先」
「十重二十重の地圧の檻を、炉熱で焙り、螺旋の牙に削り出せ」
「回れ、回れ、粉炭と灰の螺旋よ」
「貫け、穿て、焦熱の楔――焼砂錐!」
高速回転する貫通体が亀裂の走った冠へ真っ直ぐ食い込む。アレックスのM240Hが冠の付け根へ制圧射を叩き込む。アリレザーが横から射線を通す。トマスの狙撃が一拍遅れてさらに抜く。
王の獣の首から肩にかけて走っていた結晶の冠が、亀裂を広げて崩れた。巨体が一歩、二歩とふらつき、瓦礫の山へ倒れ込む。
沈黙。
その瞬間、それまで妙に揃っていた周囲の個体の動きがばらけた。
群れが崩れるのは珍しくない。だがここまで一斉に、明確に、というのは見たことがなかった。指揮系統が、あれ一体に集中していた。そういうことか。
統率が切れた、と榊は理解した。
「押し込め!統率が崩れだした!」
叫んだ声は、自分でも驚くほどかすれていた。腕が痺れている。頬を血が流れていた。僅差だった。もう一撃遅ければ、こちらがやられていた。
無線で全域で敵戦線が急激に統制を失いだしたという報告が入り、アマーラでの戦闘は急速に終結と向かいつつあった。
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榊が医療テントから出てきた時、空はもう橙色に傾いていた。頬の切り傷は縫合済みだ。腕の痺れはまだ残っている。
外の壁際に、エリックがいた。装備を下ろし、壁に背を預けたまま待っていた。
「報告します」
エリックが立ち上がる。
「座ってろ」
榊は向かいの壁に背を預けた。エリックは一拍置いてから、また壁に戻った。
救出任務の経緯を、エリックは順番に話した。墜落地点の状況。帰路を変えた判断。担架の速度に合わせた隊形。
榊は黙って聞いていた。
「スモークでの戦闘回避はお前の判断か」
「はい。ただ、マザリモノが煙の方へ向いた間に抜けようとしたんですが……煙が流れた方向に出口がなくて、迂回することになりました。担架があったので、その分の時間が余計にかかった」
「魔術師の状態は」
「手術中です。止血は間に合っていたと衛生兵は言っていましたが」
エリックは一拍置いた。
「戦闘すれば音が出る。それはわかっていました。でも迂回で時間を食った分、正直、どちらがよかったのか今も判断がつかない」
榊は少し考えてから言った。
「結果で判断を測るな。その場で持っている情報でどう考えたか、だ。迂回のリスクと戦闘のリスクを並べて、前者を選んだなら、それが判断だ」
エリックは黙った。
「お前はベターだと思い選んだ。それならそれをベストだったと思えるような結果にして見せろ。今日のお前はそれをやった」
しばらくして、榊が口を開いた。
「今日、王の獣が出た」
エリックが顔を上げる。
「南側の掃討中に接触した。群れを統率していた。あれを落とした瞬間、周囲の個体の動きが一斉に崩れた」
「……それは」
エリックはしばらく黙っていた。
「次も来ますか」
「何度もあんなのが来られたらたまらんな」
砲声が一つ、大きく鳴った。西の方角だ。夜間作戦が始まっている。夜は魔獣に分がある。だが押し込んだ分は守らなければならない。
照明弾が撃ちあがり、周囲を白く照らした。その分、路地の影は濃くなる。
時折、きらりと光を反射した瞳の光芒が、闇の中をよぎった。防衛線の方角で銃声が鳴る。短く、止み、また鳴る。掃討は終わっていない。統率を失っても、個体は来る。
照明弾が落ちる前に、次が撃ちあがった。明るくなるほど、影は濃くなる。それでも撃ちあげ続けるしかないのがこの戦争だった。
アマーラの主要な戦闘は終了。掃討戦へと移行していきます。
次回はバスラ奪還へ向けての渡渉点確保です。




