第一話 F.N.G.
中途半端なミリタリー知識で恐縮ですが、何か引っかかりがあれば幸いです。
Date: 2016年5月1日 9:15
Location: メフラーン近郊・廃村(旧イラン国境)
Person:榊恒一中尉
Assignment:WFCR第3機械化歩兵小隊付前線随伴魔術師
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その日は、やけに暑かった。
榊はのちにこの日を思い出すときに常に乾いた熱い風をまず思い出すこととなる。
戦争は、もう十年以上も続いていた。四年前、人類はようやく魔獣の根拠地となる五つの隕石のうち一つを破壊した。
その代償は中東戦域の抽出戦力七割と、英雄と呼ばれた魔術師たちだった。
榊が配属された第3混成機械化歩兵小隊の任務も、その延長にあった。各地に残った魔獣を掃討し、生存圏を少しずつ広げていく。
派手さはない。だが、そういう仕事の積み重ねでしか、人間の土地は戻ってこない。
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ガタガタと揺れるM113装甲兵員輸送車の座席に座り、榊はブリーフィングを思い出していた。
イラク、メフラーン近郊の廃村に魔獣が住み着いた。
報告はそれだけだったが、小隊は急遽出動を命じられた。任務は残敵掃討を兼ねた威力偵察。
村は前線作戦基地(FOB)の通常行動半径に入っていた。だからこそ厄介だった。遠い敵ではない。近すぎて放置できない敵だった。
廃村に潜む敵性生物の規模を確認し、可能であれば後方のキルゾーンまで引きずり出し殲滅する。
シンプルである。つまりろくに情報がないということだ。
小隊には榊のほかに、年若い魔術士官の少尉が一人ついていた。
前線研修の名目で回されてきた新人で、士官学校での成績は優秀だが、実戦はこれが初めてだった。
初陣。礼儀だけは無駄に正しい。顔つきも手つきもきれいすぎる。ああいうのをボンボンと呼ぶのだろうか。
まだ名よりも、新人少尉という印象のほうが先に立つ。
「先任士官として面倒を見てやってくれないか」
そう言って成績優秀な新人を実戦慣れさせたいのだと言って、押しつけてきたWFMARの中隊長の顔を思い出し、榊は小さく鼻で笑った。
厄介ごとを押しつけられた挙げ句、そのままこっちに回してきやがって、と内心で毒づく。
榊たちが属する中東方面統合軍は、中東各国の残存戦力をかき集め、帳簿の上ではどうにか数個師団規模にまで再編されていた。
その一角を占める西部方面混成連隊(Western Front Combined Regiment, WFCR)は、名目こそ連隊で混成と銘打つが、実態は国籍も装備も系統もばらばらな寄せ集めにすぎない。
榊の原隊は、西部方面機動魔術連隊(Western Front Mobile Arcane Regiment, WFMAR)ではあるが前線随伴魔術師として、この小隊に貼りつけられていた。
榊は元来、面倒見のいい男だ。
放っておけないものを見れば手を出すし、慣れていない相手がいれば、文句を言いながらも結局は世話を焼く。
だが、この日はどうにも朝から胸騒ぎが止まらない。新入りを気遣う気になれなかった。
理由は分からない。ただ、嫌な予感だけがしつこくまとわりついている。こういう日は、たいていろくでもないことが起こる。
あの時だって、そうだった。
不意に脳裏をよぎったのは、親であり、師匠でもあったサミーラが戦死した知らせを聞いた日のことだった。
あの日も朝からこんな気分だったな……榊は小さく息を吐く。
よせ。今は集中しろ。そう考えたとき、小隊長の声が無線機から飛び込んできた。
「村が見えた。全車停止。」
うたたねしていた間抜けがAPCの急停車につんのめる。
「ラジード、第一分隊を連れて先行。マックスは第二分隊を率いて援護。
第三分隊はAPCで高台へ移動し下車横隊展開後、50口径の準備。妙な動きがないか見張れ。アリア任せた。
残りはキルゾーンの構築を行う。クレイモアを設置しろ。50口径の設置を急げ。
魔獣は確認されていないとのことだが油断するな。確認された場合は後退し、合流。小隊を再編して対応する。
榊、マックスと一緒に行け。それとその新人も連れていけ。前線での魔術師の流儀を叩き込んでやれ。各員、質問は。……なしだな。作戦開始」
ラジード二等軍曹は、元イスラエル軍の陸軍兵士だった。
いつも調子っぱずれの鼻歌を歌っている陽気な男で、小隊の分隊長連中ではマックスに次ぐ先任でもある。今も懲りずにそれをやって、小隊長に頭を小突かれている。
マックス曹長は、かつてクウェートに駐留していたアメリカ軍兵士だ。
生真面目な性分で、暇さえあれば本を読んでいる。規律と手順にうるさいが、その分頼りになる。
アリア二等軍曹は第三分隊長。元イスラエル軍装甲車車長。装甲車運用と車載火器の扱いに長ける。
ラジードとはイスラエル軍以来の知己で、任務の外では遠慮なく軽口を叩き合う。もっとも、無線に乗るときだけは二人ともきっちり役割に戻った。
そしてエリック少尉は、緊張した面持ちでアサルトライフルのガリルを握りしめていた。
「おい…名前、エリックだったか?」
榊はエリックに声をかけた。
「落ち着け。今日はたぶん、そこまでひどいことにはならんはずだ」
「榊中尉……申し訳ありません。もう大丈夫です」
エリックはわずかに銃を握る手を緩めた。だが、表情の硬さまでは消えていなかった。
ラジードは鼻歌をやめると、短く前進の合図を出した。
第一分隊は遮蔽物の乏しい村の外縁部を、身を低くして慎重に進んでいく。
わずかな起伏と岩場にたどり着くと、隊員たちはそこでカバーを取りハンドサインを送る。
それを見たマックスは、第二分隊に前進を指示した。数度の交互前進ののち、全員が村の廃墟の壁際へ取りつくことができた。
ラジードは兵士二人を呼び、大通りの偵察を命じた。
一方のマックスは、残る隊員に周辺警戒を指示する。
しばらくして、偵察に出た二人からラジードに
『異常なし』
と無線が入り、それに対し
『そこで待機、監視を継続しろ』
と答える。
ラジードと視線を交わしたマックスは、短く命じる。
「第二分隊、先行するぞ。大通りを一列縦隊。中心部へ進む。角に気をつけろ。」
「第一分隊、マックス達の後ろにつけ、二人と合流するぞ。」
その間榊は奇妙な視線のようなものを感じていた。しかし、周囲の隊員たちは変わった様子を見せていない。
気のせいか?そう内心でつぶやく。さっきの不安が大きくなっているのが感じ取れるが、考えないようにする。
しばらく進むも変化を見せない村の様子をいぶかしむ一行。
『アリア軍曹、そっちはどうだ。変わった様子は?』
『いや、今のところ動きはない。そっちは何かあったか?』
「おかしい。静かす…!」
言い終わるより早く、鈍い破裂音が響いた。
前方の廃屋が内側から弾け、がれきが飛ぶ。砂塵が視界を白く塗り潰した。
「エリック、下がれ!」
榊は叫ぶと同時に、エリックを廃屋の中へ蹴り込んだ。
「ぐへっ!」
けられたエリックは焼け落ちた扉の名残を吹き飛ばしながら家の中に転がり込む。
変な声がしたが、構っている余裕はない。
砂塵が晴れる。そこにいたのは、牛かと見間違えるほどの巨体をした犬だった。体表はガラス質の殻に覆われ、剥き出しの牙の奥で、喉が低く鳴っている。
「くそ、結晶化が進んでる!"ワレモノ"か!」
直後、そいつは喉の奥を震わせ、犬とは思えない悍ましい咆哮を放った。
その咆哮に呼応するように、周囲の廃屋や瓦礫の陰から結晶深度の浅い犬どもが一斉に飛び出してくる。
「くそったれ! けだもの風情が待ち伏せだと!?」
ラジードの罵声が耳を打った。
「いいから下がれ! 第二分隊、制圧射撃!第一分隊の後退を援護しろ!」
マックスの声は、絶叫に近かった。
「コンタクト!榊中尉!魔術支援を!ハサン、小隊長に報告!`ワレモノ`が出た。牽制しながら村の外まで下がるぞ!」
ラジードはもう立て直していた。罵声を飛ばしながら後退し、散りかけた第一分隊を手際よくまとめ直していく。
そのときだった。後方の路地からも、犬型の影が二頭、低く身を沈めながら現れる。挟まれた。榊は舌打ちし、左手を突き出した。
「硝砂よ爆ぜろ。風よ渦巻け。火線よ走れ。」
指先の前に、赤熱した火の矢じりが二つ浮かぶ。
短縮魔術。威力や精度より詠唱省略を優先した、触媒による補助起動の迅速発動技術だ。
貫通ではなく、足を止めるための火矢だ。
「弾けろ」
火の矢じりは鋭く空気を裂き、後方の二頭へ突き刺さった。
次の瞬間、短い炸裂音。炎と破片が犬型を包み、路地に黒煙が広がる。
背後で、エリックが震える声で詠唱を始めようとしていた。榊は振り向きもせず怒鳴る。魔力が収束しピクリと犬型のワレモノが視線を向ける。
「よせ、注意を引くな!」
その声が音として届くより先に、何かがエリックをさらった。
肉の裂ける音と一緒に、エリックの身体が横殴りに吹き飛ぶ。廃屋の壁に叩きつけられ、ずるりと地面へ崩れ落ちた。
右肩から胸にかけて深く抉られ、血が、ありえない勢いで地面を染めていた。
それをやったのは、高速で突入してきた猛禽類型のワレモノだった。
「くそ!」
「スモーク!」
そう叫ぶと同時に、榊は発煙手榴弾を放り投げた。勢いよく視界を遮るよう煙が立ち込める。
「マックス、援護を!」
「待て、榊中尉!無茶するな!」
マックスの叫びを置き去りにして、榊は駆け出した。
次回はさらに悪化していく状況です。




