五月三日 十四時二十五分
白髪混じりの男性が、気まずそうに聞く。
「もしかして、私のせいで休日返上なんてことはない?」
「いやいや、他にも配達回りましたし、そもそも今日まで店開けてますし。それに、お互い様ですよ。先生も午後から休診です?」
冬葉はコンテナを床に置き、診察台の上に品を並べて行く。
「うん、久しぶりに美味しい物でも食べに行くよ。冬ちゃんは秋くんとデート?」
「はい。下の黒猫パフェを食べに」
伝票に記載されている品目と、納める品を先生と一緒に突合していく。
「うん、オッケーだね」と、伝票に受け取りのサインを行った。
診察台隣のカーテンで仕切られている棚に、冬葉は慣れた様子で品を収納していく。
先生は冬葉の横顔に違和感を覚えた。
「…それにしては、すこーし浮かない顔だね」
「そんなに見ないで下さい。恥ずかしい」
カーテンを閉め、ふっと息を吐くと、眉を下げた情けない顔で先生をみる。
「この頃、秋ちゃんに当たってばかりいるんです」
先生は診察台を軽く叩き、座るよう促した。
冬葉は素直に診察台に腰をかけ、足をプラプラとさせて話を続ける。
「何が原因か分かってるんです。その。子供のこと、とか…」
「子供」
「はい。秋ちゃんは私の意見を全肯定してくれる。だから、子供の事も私の気持ち次第」
「秋くんは本当に何も言わないのかい?」
冬葉は俯いた。
「言わない、けど、わかると言うか、わかっちゃうと言うか」
「そうか、冬ちゃんの個性は特にだね」
親指の腹で手の甲を撫でる仕草をみせ、こうこたえる。
「秋ちゃん、凄く子供欲しがってます。でも私は、少し、じゃなくって、だいぶ不安」
「二世問題か。答えを出すにはとても難しい問題だね」
「遺伝しちゃうんですよね?この不便な機能」
先生は視線を天井に向けて、少し考えてこう言った。
「まだデータが足りないから、遺伝するともしないとも断定できない。これが一医者として答える見解」
「それは、良く聞くやつです」
「そうだね。でもね、本質はそこじゃ無いと私は思うわけ」
「本質?」
先生は「うん」と頷き、冬葉の横に座った。
「冬ちゃんと同じ様に、秋くんも君の気持ちを感じ取ってるかもね」
「どうやって?」
「触れることで」
「ん?」と口を尖らせ、先生を見る。
「じゃぁ何故、秋くんが子供が欲しいと分かったのかな?何も言われていないのに」
「それは、人の無意識的な表情と言いますか」
「表情が物語ってたというわけだね」
冬葉は頷いた。
「それと同じことが、違う形で秋くんの身にも起こっていたらどうだろう」
冬葉は秋の特徴を一個ずつ答えていく。
「えっと、秋ちゃんは触覚型で -」
「そうだね」
「だから、アイロンがけが超得意で - 」
「うん、ほんと、その通り」
冬葉の声がトーンダウンして行く。
「ザラザラしたものが駄目だけど、柔らかいものは大好き…、
だけど、この頃、抱き締められてないかも。
触れることで私の気持ちに気づいたから?
遠慮しちゃったのかな、嫌いになっちゃったかな」
先生は思わずフッと笑った。
「君たち夫婦は微笑ましい。君たちを見ていると、穏やかな気持ちになるよ」
「いきなり何ですか」
「だからね、縞田夫婦には仲良くいて貰わないと」
冬葉は下唇を突き出し、涙をグッと堪え、
「日陽先生」と声を震わせる。
「私がまだ幼いときね、人は何故、進化の過程で言葉を身につけたのかって考えた事があるんだ。生意気なことに、まだ小さな私が導き出した答えはね、“愛情を育むため” だった。まぁ、今まで育む相手が見つから無かったのは想定外だったけど」
冬葉の顔が綻んだ。
「意外です。イケオジなのに」
「嬉しいこと言ってくれるね」
「育む相手、見つける協力しましょうか。顔広いですよ」
「冬ちゃんが選んでくれる人は安心できそうだね」
さっきまでの弱々しい声から一変する。
「でっ、ガチでどうしますか。異性でも、勿論、同性でも大丈夫ですよ」
「ううん冬ちゃん。私 どストレート。女性でお願いできるかな」
気づけば十四時四十五分を回っていた。
せっかくのデートなんだから病院専用の駐車場を使うといいと言って、冬葉の背中を見送った。
「これで良かったかな秋くん」
日陽はポツリと呟く。
三嶌 日陽
年齢: 43歳
職業: 医師
身長: 182㎝
体重: 65kg
近況: 摂取物がダイレクトで腹の脂肪になっていると実感する今日この頃




