十月十二日
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氏名:生田 湊
年齢:二十一歳
学歴:大学休学中
【家族構成】
父(四十八歳):同居。会社員。
母(四十八歳):同居。パート。
【生育歴】
誕生:予定より一週間遅く出生。体重2885g。妊娠期・出産時のトラブルは特になし
一歳〜三歳:
(一歳)標準的な発育。発達の遅れはなし。
(一歳八ヶ月)第十地区 梟町の繁華街でストロベリーガスの被害に遭う。
(二歳)「急に泣き出し、あやしても収まらない」「抱っこを嫌がる」「吐き戻しや食欲不振」「物にぶつかりやすい」ことがあった。この特徴は三歳半まで続いた。
(三歳)三歳半を過ぎたころ徐々に落ち着き始める。
幼稚園:好奇心が旺盛で、図鑑を読み耽ることが多い。五歳で小学校三年生向けの簡単な文章を読むことができた。
小学生:
(低学年)運動面では、走ること・球技が得意。
学習面では、引き続き図鑑を読むのが好きで、知識が豊富。授業内容を理解してしまうと、とたんに詰まらなくなり、授業中に隠れて児童書を読んでいた。先生に見つかり注意されることも多々あり。
書き取りは雑で、ノートをまとめるのが苦手。
(中学年)スポーツで突出。陸上競技のクラブチームから声がかかる。
学習面では、高学年向けの本を読んでいる事が多く見受けられる。理科と社会が得意。
(高学年)身体能力、学習能力は同年代を上回る。
また、自身の能力が他の子より高いと自覚し始める。なぜ自分は周りの子と違うのか、という疑問が浮上し、自己探求が始まった。図書館に通い詰め、被害当時の新聞を読み漁り、ネットに上がっている当時のニュースを確認する日々を送る。-
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ナースステーションにて、電子カルテに入力されている生育歴を読みながら、友良はボソリと言った。
「中二の時か…」
九鬼は横でパソコンに向かい、事務作業をしながら、その独り言に反応する。
「初めての暴れん坊症状?」
「そうです」
「何か引っかかります?」
友良はマウスのスクロールを止めた。
「中学生のときに初めて、ってのが多いんですよねぇ」
「確かに。ていうか、加藤さんもだよね」
「まぁ、そうですが… 九鬼さんって、オブラートぶち抜けてきますよね」
九鬼はキーボードを打つ指を止め、椅子を右手に少し回し、顔を友良に向ける。
視線が合うと、こんな疑問を投げかけた。
「症状出たときって、どんな感じでした?」
「話し聞いてました?」
「いや-」
「いや?」
「症状が出る直前の状況とか」
「そもそもオブラートはご存知で?」
九鬼はお構いなしに話しを続ける。
「僕はそういう経験一度もないですから。同属なのに」
友良は電子カルテの画面を閉じ、腰を上げた。
「そんな経験、無い方がいいんです」
九鬼は友良の横顔を追う。
平静なその表情に、少しの含みを感じた。
そんな九鬼から逃げるように友良はナースステーションを出ると、ふぅっと一呼吸した。「よしっ」、と、小さく意気込み、隔離されている湊の様子を窺いに行く。
湊が保護室に入り三日が経った。
保護室の小窓を覗き込んだ。湊はベッドの上で胡座をかき、小説を読んでいる。ノックをすると、視線が上がる。友良が手を振ると、湊は微笑んだ。
症状は落ち着き、いつもの穏やかな青年がそこにいた。
外鍵を解錠し、ドアをスライドさせ、「失礼しますよ〜」と入室する。
保護室は計四室で、ナースステーションと隣接されている。保護室は壁で囲われており、出入り口は3つ。病棟内の女性病床側と、デイルームや男性病床がある側に一つずつ、共用廊下に面した場所にあり、もう一つはナースステーションの中にある。共用廊下に面した出入り口は常時施錠されているが、ナースステーションのものはその逆だ。何か異変があった際に直ぐに動けるよう解錠されている。
因みに、一人で保護室に入室する際は、ドアは開放するルールだ。
「調子はどうです?」
湊は小説を閉じてこう答える。
「可もなく、かと言って、不可もなく」
「フラットな状態ってことです?」
「まぁ、そんな感じです」
「その状態なら、明日ここから移れるかもって、九鬼さんからの伝言です」
湊は肩を窄めた。
「明日ですか…」
その一言に大きな不安を感じ取る。
これは友良が特殊者云々だからではなく、誰もが気付ける不安である。
そんな湊に友良は言った。
「怖いよねー」
そして続ける。
「出たくないよねぇ」
湊は眉尻を垂らして、申し訳なさそうに言った。
「保護室で隔離されていた方が、何かと安全というか、安心というか」
「そうだよね…… せめてさ、発症するタイミングとか判れば、それに対するアプローチが出来るのに」
「タイミングか…」
湊は右斜め上に視線をやる。
そして眉間を少し寄せ、小説の表紙に視線を落とした。
湊くんを見ていると、亀のつく名前の後輩を思い出す。
友良はあと七秒、この沈黙を待つとした。
七秒の根拠は特に無い。友良の経験則である。
四、三、二…
湊は友良を見てこうお願いした。
「棚の中に児童書と、水色の手帳があるんだ。取ってきてくれますか?」
「引き出しのほう?」
「そう、一番下の引き出し。すぐわかると思う」
「オッケー」
保護室を出る。施錠を確認し、湊の病室へ向かった。
デイルームの隣にある男性病床に入る。
四床ある中の三床が埋まっており、窓際のベッドを湊は使用している。
湊の入院仲間である佐々木が友良に声をかけた。
「湊、大丈夫そ?」
「落ち着いてるよ」
「そっか、良かった。待ってるって伝えて」
「うん」
「じゃっ」と言い、佐々木は部屋を出ていく。
綺麗に整頓された棚の、一番下の引き出しを開ける。
バスタオルを退かすと、児童書と水色の手帳が姿を見せた。
湊くんよ…露骨すぎやしないかい?
なんて言うか、お母さんにエロ本隠してるみたいな。
手に取った児童書と手帳は、紙の端っこが少し変色している。手帳は十一年前の西暦が表紙に刻まれていた。
この児童書って、芽衣が図書館で借りてたやつ。
友良は二冊を胸に抱いて、再び湊の下へ赴いた。
湊に手渡すと確認する。
「これで合ってる?」
「えぇ、はい」
湊は水色の手帳を指でなぞり、開いた。
手帳は分厚く、ページを捲るたびにスケジュールがマメに書かれていた。
そして捲る指を止める。それは、メモが取れるノートのページであった。
「俺さ、腹違いの姉さんがいるんだ」
「はい?」
生育歴にも記載されていない姉の存在に、思考が一瞬止まる。
「誰にも言わないで。俺と加藤さんの秘密ってことで」
「九鬼さんにも?」
「うん。九鬼さんには俺から追々、然るべきときに」
「然るべきときって」
「とにかく、お願い」
そんな弱々しくお願いされると、
「わかった」
としか言えないじゃないか。
湊はニッコリ微笑み、「ありがとう」と言った。
友良は一呼吸し、手帳を指差す。
「でっ?今から秘密の共有をすると」
「さっきタイミングって言ったでしょ。それで思い出したんだ」
手帳を友良に向け差し出した。
「これ、その、お姉さんの字?」
「うん」
八ページにわたり、可愛らしい丸文字で書かれていた内容は、新聞や雑誌、報道で情報を得た特殊者の興奮症状について。
ケース毎に纏められ、お姉さんなりの推測を立てている。その中には、名前や場所は載っていないが、明らかに春と私の事だとわかる記事も含まれていた。
-この症状は思春期、特に中学生が多い。
仮説その①、思春期特有の性ホルモンの影響による、扁桃体の過活動が原因説。10代の脳はまだ発展途上と言われている。扁桃体のブレーキ役である前頭前野が未発達のため、暴走列車と化した扁桃体にブレーキを壊されている状態 -
仮説その②を読み、友良は何か気づいたように「あっ」と声を溢す。
「湊くんがああなった時も、大きな低気圧が近づいてたよね…」
その②の仮説を湊にみせる。
すると湊は過去を振り返り、言った。
「…規則性あるかもです。俺がこうなる時って、空模様が急激に変化してる」
仮説その②、それは、気象の乱れによる頭痛発作によるもの。自律神経、特に交感神経の過剰な興奮で引き起こされる。
湊は続けた。
「鎮静剤打って数時間後。加藤さんが帰った後なんだけど、俺、数回嘔吐してるんです。交感神経が興奮している状態だと、吐き気を催す人がいるって、小学生のころ読んだことがあって。恐らく、姉さんが言ってるそれは可能性がある」
「どんな小学生よ。でも、ちゃんと姉弟だねぇ。姉の仮説に弟が答えるとか、素敵」
湊はへへっと、はにかんだ。
「っで、このお姉さんの仮説。とても有用だと思うけど、なんて九鬼さんに説明する?」
「加藤さんからうまい具合に伝えて欲しいです」
友良は険しい顔で言う。
「…型に嵌めることはしたくないけどさ、九鬼さんの優位感覚しってる?」
「えー、触覚とか?」
友良はゆっくりと一回首を振り、答えた。
「視覚優位、聴覚が補完してるタイプ」
「おぅ…それは何というか、詰むやつだ」
「私でも無理だよあのタイプは」
湊は決心した表情を向ける。
「じゃぁ、俺の仮説として、俺が九鬼さんに説明する」
友良は不安そうな表情を浮かべ、こんなアドバイスをした。
「この仮説は自分でたてたもの。そうやって自己暗示かけないと、確実にお姉さんの存在が明るみになるよ」
湊は気まずそうに、手帳と児童書を差し出すと、こう言った。
「これ、加藤さんが持っててくれない?」
「えっ、いやいやいやいや、そんなことできないよ」
「でもこれがあると、姉さんの影がどうしてもチラつく」
「棚に閉まっておけばいいじゃん。ほら、タオルの下に隠してたじゃん」
「九鬼さんが部屋に来るたび、俺の一挙一動をチェックされるんだよ?棚なんかに閉まってたら一発アウトです」
「今までは大丈夫だったんでしょ?」
「これからが駄目なの。意識させたのは加藤さんだからね」
「私がいけないの?」
「もお加藤さんが話してくださいよ〜」
「それは断るぅ」
湊は、空気が抜けていくように息を吐くと、肩を落とす。
「本当に駄目ですか」
と、萎れていく人に、私は何度、「わかった」と言ってきただろうか。
「ありがとう」
と言って、安堵する声に、私は何度、後悔したことか。
友良は手帳を閉じて言った。
「私が持っててもいいけど、お姉さんの手帳、勝手に読んじゃうかもよ?」
「いいよ。むしろ読んで欲しい」
湊の声は落ち着いているが、若干の揺らぎと緊張を、友良は感じ取る。
「なんで?」
「姉さんと加藤さんは歳が近いから」
「それだけの理由で読ませちゃうの? 姉弟とはいえ、手帳はセンシティブじゃない?弟が赤の他人に読ませたなんて、私だったらゲンコツだけど」
湊は自慢気にこう返した。
「俺の姉さんは海のように思慮深くて、空のように広く透き通った心の持ち主だよ」
「なるほど、私とは正反対のようで」
友良は手帳と児童書を再び胸に抱える。
そして湊は、友良の瞳を見据えながら言った。
「読んだら感想聞かせて欲しい」
その瞳から逃れるように、友良は視線を逸らす。
「感想か…あんまり期待しないで。私、文章組み立てるの苦手なんだよね」
「大丈夫、俺整理するの上手いから」
二人は、フフッと笑い合うが、そこにはぎこちなさがあった。
「それじゃ、私はこれで」と、踵を返すと、佐々木の言葉を思い出す。
「あっ、そうそう、佐々木くんからの伝言。湊くんのこと待ってるってさ」
「うん。うれしい」
そして友良は、そっと保護室の扉を閉め、施錠した。
手帳と児童書を抱え、歩を進めていくと、良からぬことが頭をよぎる。
これって、コンプラ的に完全アウト行為じゃん。だって、患者の私物じゃん。
患者に「盗られました」とか言われたら証拠がない。
いや、湊くんの言葉を疑ってはいない、いないけれども、人間どこで気持ちが変わるかわからないわけでー
友良は悶々としながらナースステーションに戻ると、幸いなことに九鬼はいなかった。
防犯カメラがあること、そして、その防犯カメラを確認されたら一巻の終わりであることも理解している。
ならどうするか…
友良は背筋を伸ばし、仕事モードの表情に切り替えた。
ならどうするか…
なんて考えてらんない!ここは正々堂々と、正面突破するのみ!
友良は覚えていた。お昼のワイドショーで観た窃盗犯の手口を。
正々堂々と自分の家ですよと言わんばかりに人様の家へ侵入し、窃盗を行う。
今がまさにそれと類似している。
正々堂々と休憩室に入り、あたかも自分の物であるかのように、自身のバッグに突っ込んだ。
「意外とイケるもんだな」とつぶやき、仕事に戻った。
その三日後、友良は九鬼に自首することとなる。




