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第十二章 『月の戯れ』 その1



 岩窟の神殿の地下深く、『月の泉』まで降りたシャラは、遥か頭上に煌々と輝く満月を映す泉の淵に佇んでいた。

 その『月の鏡』に・・美しい緑色のローブを羽織り、その手に銀の剣と弓矢を持つ若い女の姿が映っていた・・。


 ぺルの持つ力を見極めるため、しばらくようすを見るつもりだったが・・神殿に主神殿の間諜以外の者がすでに入り込んでいた。消えた三人の見習い神官の似顔絵を描かせたところ、その一人は確かに見覚えがあった。

 ・・そして、サアラの語った夢・・。


〈やはり・・急がなくてはなるまい・・〉



 ペリの病のための治療が、始まった。

 岩壁の何層もの廻廊をつなぐ螺旋階段の巡る聖堂。その真下に湧く、霊なる『忘却の泉』に毎日身を浸し、少しずつその記憶を消して行く・・。

 その後、広台に横たわり目を閉じる。その間、回廊に居並ぶ神官達の唱和の波動が眠る少女を包み込む。


 しかし、現に記憶を失っているぺリの場合は、些か普通とは手順が違う。

 ・・まず、忘れている〝現世〟での記憶を、全て蘇らせる必要がある。その後、その蘇った記憶を一つずつ消して行く。

 ・・そうして全てを消去し、現世が無になった時に、その空っぽの〝現世〟の容器が割られ、その身体を流れる全ての血が、『魔月の祭壇』に捧げられる・・『赤い月の酒』として。


 飲み干されたミタン王室の処女の血は、酩酊したように〝魔月〟を赤く染め、ミタンの夜を照らす。

 その妖しい光の影響は、少しずつ健やかなる森の木々を侵し・・気高き精神を誇る王朝とその民に及ぶ・・。


 

 ペリはその『忘却の泉』で、毎日少しずつ忘れていたことを思い出していた・・。

 ・・一年近くを過ごした『春の森』での出来事・・消された記憶・・更に『月の宮殿』・・ミタンの日々へと・・。

 わずか九才の少女に、どれ程の〝現世〟があろう・・数回の『魔月の儀』で十分のはずだ。ところが他ならぬペルのこと、わずか九才の少女には沢山の〝現世〟があった。


 確かに、ぺルにも少女らしい夢想家の資質はあった。しかしそれよりも彼女は真実の探求者であり、思索家であり、実践家だった。

 更に合理的で明快なその頭脳には、ここ数年の経緯から複雑に入り組んだ〝迷宮〟が誕生していた・・。



 一方、ミタンの王宮では、皇太子夫妻を初め、『婚礼の儀』の随行員達全員が、突然、悪い酒の酔いから醒めたように「ペル誘拐事件」の事の重大さに気がついた。

 その救出作戦のため、増員した兵をハルの駐屯地に派遣し、またシュラ王に宛て親書も送った。


 本来なら、シュメリア側が『月の神殿』を徹底的に捜索して、ぺルの救出とシャラの逮捕に乗り出すべきなのだ。しかしここに、二つの懸念があった。


 一つは、すでに『春の森』周辺にシャラの魔手が伸びていると云うことは、ここミタンの森林地帯も例外ではない。そのためには、その不可解な『魔月計画』とやらの要である『魔月の三角地帯』の調査が絶対的に必要で、シュメリア側との協調が欠かせない。


 ・・そしてもう一つは、シュラ王自身の事だった。

 カンとハルの報告によると、曾てシュメリアで聞かれた奇妙な噂が、今回の件の重要な鍵を握っているらしいと云うことだ。が、その亡者云々・・の、そもそもの発端は、亡き妻との再会を渇望するシュラ王自身だったはず。


 それらについて協議した結果、軍と情報部を含めた外交使節団をシュメリア王宮に派遣し、事の真相を見極めるべくシュラ王に謁見頂くことを求めた。


 

 しかし、やや虚弱な気のある王は、少し前から病に臥せっているとのことで・・面会が叶うまで暫くの間、待たされた。




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