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『月の迷宮』(第2巻)「禁断の塔の戦いへの叙事詩より 及び 外伝」  作者: nico


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外伝  幕間 『黒猫』



 数年ぶりに都に足を踏み入れた男は、久方ぶりの都の路地を巡るうちに、いつしか王宮裏手の側道に来ていた。内裏の辺りだ。

 

 見上げた夜空に掛かる半月が、雲間に隠れようしている。

 その時、どこからか猫の鳴き声がした。


 (・・うん・・?)


 そのまま視線をずらすと、王宮の外塀の上に黒猫の姿があった。その首に三日月を象った飾りをつけている。


 (・・内裏の・・飼い猫か・・)


 猫は男に顔を向けたまま再び・・聞き覚えのある・・鳴き声を上げた。

 

 (・・え、いや・・そんなはずは・・。ま、猫の鳴き声なんてみんな・・)


 そう思いつつ、立ち止まった男は唐突に声を発した。


「・・俺はもう、とっくの昔にお役御免だぜ・・」

 

 その言葉に応えるように、路地のひっそりとした暗い陰からひとりの男が姿を現した。

 

「・・さすがだな・・衰えちゃいないね」

「いや・・簡単に見破られるくらいだからな・・」

「・・王宮に用事かい・・」

「いや、いや、とっくに足を洗ってるよ」


 かつて都にいた頃にはずっと隠密で行動していた男に仲間はいなiい。が、男と同じように、陰で動く連中の中には、幾人か見知った相手がいた。


「・・近くで、おまえさんの商隊を見かけたんでな」

「なるほど・・で、何が起こってる」


 その言葉に、相手は思わず笑いを漏らした。


「・・なんでい・・その手には乗らねえぞ・・」


 雲間に隠れていた月が姿を現そうとしていた。それを合図のように相手の男は、何が独り言でも呟くように言いながらその場を離れていった。


「・・満ちては欠け・・欠けては満ちる・・お月さま・・時には、雲間にお隠れだ・・」 


 

 しばらく前のことだった。馴染みの商隊と合流するまでの仮住まいとしている岩屋の近くに、ひとりの僧服を纏った男が倒れていた。ひどい熱で、意識を失っているようだっった。


「・・はやり病でなきゃいいがな・・」

 

 男は涼しい岩屋に瀕死の僧を運び込み、急遽作った寝床の上に横たえた。それから半分顔を覆っている頭巾を外し、しばらくの間、そこから表われた顔をジッと見ていた。

 

 一緒に暮らす女が、汲み置きの水と柔らかい布を用意して横たわる僧の側に座った。


「・・エッ・・」

 

 女は思わず顔を上げて、男の方を見た。が、男は頷いただけで、相変わらず無言のままだった。



 それから数日が経っていた。この岩屋の辺りには獲物が豊富だった。狩りから戻って来た男が訊いた。


「・・容体はどうだ」

「もう・・大丈夫だと思うわ・・」

「よく、持ち直したな・・」


 通常の症状とも思えない病人の不思議な熱の原因をすべて把握しているかのように、男は効き目の抜群な薬草をどこからか採取して来ては、女に指示して煎じていた。


「・・おまえの・・熱心な看病のおかげだな・・」

「・・・・」


 

 その後、野生の滋養に富んだ食事で徐々に回復していった僧に、女が尋ねた。


「あなたの・・お名前は・・?」

「・・・」

 

 僧は何かを思い出そうとしているような様子を見せたが・・思い出せないのか無言のままだった。

 罹患した熱病のせいなのか、僧は問いかけは理解しているようだが、それに応えて言葉を発することはなかった。

 横になったままいつもぼんやりと辺りの様子を眺めていた。時折、動き回る女の様子に視線を向けていることもある。

 そんなある日、何かに慌てた女は、手に持っていた水の入った壺を取り落とした。


「アッ・・」


 僧服の男は何事もないかのようにそんな女の様子を見ていたが・・それからゆっくりと・・その目の中に、かすかに面白がっていいるような表情をみせた。

 それから、何か言葉を発した・・。


「・・そこ・・つ・・ぶ・・・・」


 壺を片付けようとしていた女は、思わず顔を上げた。


「エッ・・エッ?!」


 女は反射的に男の枕元に行き・・。


「・・わ、分かるの!・・わ、私が誰だか・・」  

 

 そう訊いた。が、男は、すでにぼんやりとした無関心そうな表情に戻っていた。

 


 そのことが気になっていた女は、その後も何回か問いかけた。


「あなたの・・お名前はなんですか・・」


 僧は一生懸命思い出そうとでもしている様子で、かすかに言葉を発した。


「・・・・シ・・」

「・・シ・・シュ・・?」

「・・・・」 

 


 その翌朝、驚いたことに僧の寝床はもぬけの殻で、その姿もどこにも見当たらなかった。


「何でい・・もうとっくに、良くなってたのか・・」

「・・・そうね」


 寝床を片付けようとした時、夜具の下から何かが落ちた。拾い上げると、見るからに高価な金細工の腕輪だった。


「・・礼ってことか・・入院代にしても、おつりがくるぜ」


 じっくりとその腕輪を眺めていた男が言った。

 

「・・助けて・・よかったのかな・・」

「え、何言ってるの・・自分で担ぎ込んできたのに・・」

「・・この辺り、へたな獣にうろうろされたら困るからだよ・・」


 それから再び、男は腕輪を眺めると言った。


「ま・・これで、船に乗れるぞ・・」

「え、行けるの・・!?」

「ああ・・おまえの仲間がいるかも知れねえとこにな・・」



 後日、落ち合った商隊と共にその船の出る港に向かう途中、男と女は数年ぶりに都に足を踏み入れた。男は昼間はすっかり商人の仕事ぶりが身についでいたが、日が暮れると、どうしても前職の習性が出てくる。

 

 それから数日して、商隊は都を立った。


「・・これで、ほんとにシュメリアの都も見納めだな」

 

 が、そんな男に、女はちょっとトンチンカンな言葉で応えた。


「・・ただ・・似ていただけかも知れない・・」

「あ・・なんの話だ・・」

「・・・シャール・・」

 

 男の脳裏にふと、黒猫の姿が浮かんだ。


「ああ・・ま、確かに、そっくりな奴ってのはいるよな・・」







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