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『月の迷宮』(第2巻)「禁断の塔の戦いへの叙事詩より 及び 外伝」  作者: nico


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外伝 その三 『夏の森のリデン』



「・・森の木々は震撼として葉を落とし、枝はその実をつけず、新しい芽は育ちません・・泉の水は枯れ始めております・・」


 森の民達の訴えを伝える家臣の言葉に耳を傾けていたリデンは静かに立ち上がると、考え深そうに眼下に広がる美しい渓谷に目をやった。


 ・・数年前から、同様の訴えを耳にするようになった。その度に、各地に配下の者を派遣しては調査に当たらせ、問題の究明に取り組み、改善策を講じていた。

 しかし、この数年は更に天候不順が続き、広域な森の処々で木々が枯れ初めていた。


 この美しい『精霊の森』を住まいとする女王リデンにとっては、ミタン、トルクを含む周辺の広大な森林地帯さえ、その庭先に過ぎない。

 この世界の全ての森は精霊達の庇護の下にあり、代々のリデンはその長い在位の間、常にその健全な育成に心を砕いていたからだ。



 『精霊の森の創世記』の物語によると・・遥か太古の昔、精霊達をその絶滅の際にまで追い詰めた最初の危機が『精霊の森』を襲った。


 それまで深い森の生み出す新鮮な空気を滋養としていた精霊達は、本来、実体を持たなかった。

 しかしそれ以降、この地上の〝時〟を生きながらえるため、人間と同じ肉体を纏う必要に迫られた。

 

 そのため、精霊達は美しい人間の若者を深い森の中に誘い込み、さんざん迷っては疲れ果てた若者が暖かな木漏れ日の差し込む大木の根元に眠りに就くのを待った・・。

 そして・・小鳥の囀りを心地よい楽の音に・・サラサラと葉を揺らす微風を衣擦れの音に・・香しい花々の香を纏った美しい乙女の姿でその夢の中に現れ、その耳元にそっと囁く。

 やがてそんな幸せな夢の中で、若者は思わず夢の乙女を抱き・・精霊達は人間の姿を手に入れた。

 ・・そうして以来、森の精霊達は人間と契ることで、その姿を地上に現してきたのだと謂う。


 

 その精霊達が生まれ、また還って行くところと謂われる『太古の森』と同様の名で呼ばれ、尊敬を受けていた先代のリデンは、十年程前にその深い森へと還って行った。

 その先代に長い間仕えたハマの祖父は、老齢を理由に引退する時に、まだ若い孫のハマを『太古の森』の許に送った。


「・・どうぞ、孫のハマを、リデン様の足としてお使い下さい。私の足は衰えてしまいましたので・・」


 ハマが五十年ほど仕えた時、『太古の森』は、若い『夏の森』のリデンにその座を譲った。


 以来、ハマは新たなリデンに仕えているが、森ではそれも僅かな期間に過ぎない。

 ましてや、『精霊の森』の女王とはいえ・・その即位から僅かまだ十年ほどの今生のリデンは、未だ若芽の芽吹く季節の中にいるのだ。



 歴代のリデンの在位は、一様ではない。

 

 時代の流れが大きく変わる時に、それまでの時代を生きた精霊の女王は次のリデンへとその名とその座を譲り、『太古の森』へ還るのだという。


 そして美しい『夏の森』、いずれは豊穣の『秋の森』とも呼ばれるだろう・・と、森の民が皆、挙って称賛する今上のリデンが新たな『精霊の森』の女王の座に就いた。

 歴代のリデンの中でも異例の若さでの戴冠だった。しかし新たな精霊の女王としての並外れた資質は、何よりもその輝く純白の髪が表していた。


 そんな歴代のリデンが蓄積して来たあらゆる知識、智慧、経験等すべては奥深い『幽玄の森』の大木の年輪の中に記録として刻まれている。

 それは代々のリデンに受け継がれ、次の『精霊の森』の女王になるべく選ばれた時から、次期リデンはその大木の許に通う。そしてリデンに選ばれた者のみがその声を聴く事が出来ると謂われる大きな幹に耳を寄せて、年輪の語るその言葉に耳を澄ますのだ。

 更にその後の長い在位の間も、リデンはそれを続ける。それでもその膨大な記憶をすべて聴くことは、これまでの最長の在位を誇ったリデンにさえ困難なことだった。

 そして『精霊の森』の女王は、その姿は老いることのないまま、その膨大な記憶の蓄積によってその髪だけは次第に叡智を表す純白へと変わって行く。


 

 これから長い年月を君臨することになるだろう『夏の森』のリデンは、そんな年輪の語る記憶に耳を澄まし始めてからまだ僅か十数年にも関わらず、その髪だけは眩しく輝く光沢に真夏の日差しを残しながらも、既に老賢者のような『冬の森』に変わっていた。


 そんな特異とも思われるリデンの誕生。ならば時代は今、そんなリデンを必要とする全く新たな始まりを迎えているのだろうか。



 そして『精霊の森』ではその民も皆、その森の清浄な空気ゆえか、通常の人間達より遥かに長い生命を保つ。森の精霊を生母に持つ者は、更に長く若さを留めて時を生きる。しかしリデンのように幾百年もの間、この世の時間を留まることはない。


 そのため森の人々にとっても、女王の禅譲を経験する事は極めて稀なことだった。その機会に出会った者は皆、新たに誕生した若いリデンを全力で支えて行くことを心に期した。

 精霊の叡智に富んだリデンとはいえ、その長い在位の間に更に深い経験を積んで年輪を重ね、大木に育って行くのだから・・。



 そんな者達の一人、ハマは『太古の森』に仕えている間に、ひょんな事から、不死のリデンでさえ森の大気の中に消えてしまう場合があることを知った。しかしそれもまたリデンの運命の一つとして、誰しも受け入れるべきことではあった。


 それでもハマは密かに、昨今の風雲の流れの故か・・夏の嵐の到来を予感させるような、そんな時代の色合いが、杞憂に過ぎない事を祈っていた・・。


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