第十三章 『月の泉』 その4
「『月の鏡』が割れましたね・・」
そう言いながらシャラは、カンのいる泉の淵にやって来た。
「ペルさま、ここにいらっしゃったついでですから、ぜひご覧になって頂きたいものが・・」
そう言いながら、既にシャラは剣を構えるカンに何の関心も払っていないようだった。
突然、消えた相手の殺気に、却ってカンはシャラの所在を失った。
それを隙と察知してのことか、カンは暗黒の闇に素早く剣を突きつけた。
が、それよりも早くシャラの一太刀が傷を負っていた足を打ち、カンは激痛の余りその場に倒れ気を失った。
シャラは太刀を脇に置くと、ペルを両腕で抱えた。
水面の波が静かに収まり、再び遥か頭上の月が泉の鏡に映っていた。
「いいですか、ペルさま・・教えて頂きたいんです。あれは一体誰なのか・・」
そう言いながら、シャラはペルを腕に抱えたままジッと泉の水面を見つめて待ち構えていた。
・・その鏡に映る姿を・・その緑色の衣を纏った・・姿を・・。
・・だんだん照準が合って来るように、水面の鏡に何かの姿が現れて来た・・。
「・・いいですか、よく見て」
そう言いながら、その姿がハッキリと現れるのを待っているシャラの目に映ったのは・・。
「お、お前は・・」
(・・ふふふ・・)
「ウワ!!」
シャラはいきなり足を何物かに掴まれた。
ねっとりとした感触で・・水のようにも、長いこと水の中にいたもののようにも・・或いはもっと沽液質の血の滴りようにも・・。
・・泉に映る『月の鏡』から何かの腕のようなものが出て、シャラの片足をしっかりと掴んでいる。青白い・・まるで長い長い間、水の中にいたような・・ふやけて生気のない・・死人の手。
まるで・・うっすらと鱗さえ見えるような・・。
しかしその手の力はまた驚くほど強く、シャラの身体を水の中に引きずり込もうとしている・・その強さは、まるでその者が抱いて沈んでいる石の重さそのもののような・・。
シャラは必死にその手を振り解こうとしていたが、一瞬でも力を抜けば、そのままズルズルと深い水の中に引きずり込まれてしまいそうだ。その水の流れが続く渓谷の深い、深い水の底へ・・。
(・・なぜ・・)
掴まれていない軸足を何とか少しずつ後ろにずらしながら・・何故、と言う疑問が頭をかすめた。
その疑問に答えるように・・水面の鏡から声が聞こえた。
(・・ふふふ・・その姫さまの力を・・頂いているのさ・・)
シャラはその言葉にハッとして、静かにペルを放した。
引きずり込もうとする力が、心持ち弱くなったような気がした。
それから・・その手を脇に置いてある太刀に伸ばす。その手が太刀に届くと、ギュッと掴んで拾い上げ、ありったけの力で水の中から出ている腕に打ちつけた。
飛沫が飛び、腕は一瞬のうちに斬り千切られる。と、まだシャラの片足に吸い付いている手だけ残して、水中に沈んだ。
・・そこから、濁った緑色の液体がドクドクと浸み出し泉の水を染める。
水面の淵に突っ伏していたカンはふと意識が戻り、飛んだ飛沫を払うように目を擦った。その目を上げると、少しだけ視力が戻っている。
暗い視力の中でシャラが太刀を手に、何やら見えない相手と対峙している。
その形相からは余裕など消え去り、まるでなにかに憑かれたような表情で水の中にでもいるかのような相手に必死で太刀を打ちつけている。
その傍らでは、デュラが唖然とした様子でシャラを見つめている。
その時、ペルの開いた胸元から月光を受けて何かがキラリと光った。
「ペルさま・・合わせて、合わせて下さい・・!銀の板を!」
先程からエネルギーのひどい流出を感じてグッタリとしていたペルは、カンの声に胸の銀の飾りに手をやった。
・・暫くボンヤリとその飾りを眺めていたが、それからやっと声を絞り出すように言い続けるカンの言葉の意味を把握したのか、その二枚の小さな銀の平板を重ねて掲げた。
差し込む月光を受けて、透かし模様の古代文字が輝くように浮かび上がった。
《・・甦れ・・炎の戦士・・携えし・・降魔の剣と共に・・!》




