第十三章 『月の泉』 その3
「ペルを置いていけ・・。そうしたらお前たち三人には用はない。・・どこへでも行くがいい」
「・・何を言う。我々はペルさまをお助けに参ったのだ」
「なら、三人共、ここから出ることは出来ない。特にこの『月の泉』からは・・」
「シャラ・・勝負だ!!」
カンが剣を構えた。
「カン様!」
ダシュンも剣を構えて言った。
「ダシュン、助太刀致すな!ここは俺とシャラの勝負だ。それでなくば、この目に刺さった月の矢を返すことが出来ん・・!」
そう言うと、カンは一歩踏み出した。
シャラの手にも、いつの間にか『月の太刀』が握られている。
しかし、そこにそのまま佇むシャラの身体は殆ど不動で、その光の太刀さえ長い銀髪とその衣の一部であるかのようだ・・。
カンも同様、不動のまま空気の動きを・・その皮膚感覚で見ていた。
・・神殿の地下の洞窟で、二人の戦いが始まった。
その間、ダシュンはペルとデュラを引き寄せてその攻防を見守っていたが・・いったい何時、どちらに勝敗が決まるのか予想もつかなかった。
全ての感覚を研ぎ澄まして戦うカンには、一瞬の躊躇も許されない。
常に気配を察知しては、剣を瞬時に移動させては構える。凝縮した気迫と緊迫感を漲らせて。
シャラを取り巻く空気は違う。白い僧衣を纏って、さりとて生身ではない。周りにバリアを張っている。しかしそのバリアを破って、太刀の刀身で相手をぶった斬るような無粋な真似はしない。
太刀は、バリアの形を変容させるための呪術師の杖のようなもの・・その隙間から、まるで蛇が瞬時にその舌で獲物を捕らえるように攻撃に出る。
シャラはカンの動きを見ることが出来るし、いつでも倒せた。
その時、均衡が破れた。
月が天頂に上り、直下の泉にその姿を映した。
シャラが動いた。カンも、それを察知して構えた。
月の太刀がカンの頭上に降り落とされた。間一髪、カンの柄がそれを防いだ。
月の光さえ通さぬ闇がカンを助けた。そうだ、今や闇こそが、厚い雲のように魔月の力を遮る唯一の味方なのだ。
「フッ・・」
シャラの表情に、一瞬の称賛とも、余裕ともつかない表情が浮かんだ。
それから突然、太刀をしならせ襲いかかった。
月の泉を舞台に、二人の太刀が更に激しく交錯する毎に、その刀身に映る月光が稲妻のように走る。
太刀の噛み合い、また反発する金属音が洞窟に反響し、光と音の綾なす戦慄を奏でる。
シャラの身体はその光の太刀をまるでしなる鞭のように扱いながら、時にゆっくり、はたまた瞬時に空を舞う・・その切っ先を相手の急所目がけて。
その太刀が更に猛攻を加えた。
カンは必死にそれに耐えた。が、
(・・あの一太刀・・なぜ、発せぬ・・)
と云う思いが頭の中を過った瞬間、カンの剣が飛んだ。
その強い衝撃でカンの身体もバランスを失い、泉に映る鏡を割った。
「カン様・・!」
ダシュンが跳んで出た。
しかしシャラはまるでその機会を待っていたかのように、身体を翻し、ペルを捉えた。
そんな予想外の動きに対応が遅れたダシュンは、すぐに無謀にも討って出ようとして、目を見張った。明らかにシャラの様子が先ほどまでと違う。何か二倍も三倍も重力を増したかのような威圧感が漂っている。
ダシュンも剣に覚えのあるミタンの戦士だったが、その威圧感の前に、突然それまでの意力が半減して行くような気持ちに襲われた。
「ふふ・・」
シャラの口から含み笑いが漏れた。
「私と・・この姫君とは、相性がよろしいらしくてね・・」
シャラはいたぶるような調子でダシュンに迫って来たが、勇気を振り絞ってかかって来た相手を二、三度、月の太刀で打ち据えると、それ以上は放っておいた。
ダシュンは砕けたように動けなかった。
その間に、剣を拾って再び態勢を整えようとしていたカンは、やはり先ほどまでの気配とは違うシャラに、緊迫感が増していた。
闇の中にいるカンに、更なる巨大な闇の固まりが迫って来るような感じがしていた。




