今までの人生で一番危険な相手
やばい、どうにかして切り抜けなくてはならない。
「お客様どうされましたか!? 急に机に頭を打ち付けてどうされまれましたか!? 脳みそが元々小さいのにもっと小さくなってしまわれますよ!?」
「それで、切り抜けたつもりになってんじゃねえよ。とんでもねえ事してくれたな」
「すいません、お頭。つい、数秒前の記憶が無くなりまして」
「諦めろ、お前の記憶が無くなっても、俺がしっかりこの目で見ていたからな」
どうやら、シルドラは最初から俺達の様子を見ていたようだ。チッ、趣味が悪いぜ。これで言い訳も出来なくなったって事だな。
「ち、違います。アリマは私を守ろうとしてくれて……」
「そうだとしても客に対しての接客の仕方に問題があんだろ。なあ、アリマ」
「そうだぞ、二度もわしを殴りおってもう許さんぞ!!」
おっさんも復活してきた。ドラキュラよりもタフなんじゃねえかな。俺は周りを見る、ここはカジノだ。五万エン程度ならいくらでもある。最悪の場合はここでシルドラとドンパチするはめになるだろう。そうなれば、職業ガチャは必須だ。盗んででも、俺はやるぞ。
「支配人、その女を一日好きにさせろ。そうすれば今回の事はなかった事にしてやる」
調子よく、げすい笑みを浮かべるおっさん。誰も助けてくれないと思ったエクレアは青くなっていた。これは、やるしかねえかな。俺がすぐにでも動ける準備をする。
「ああ、そう言えば。うちのカジノのルールをご存じですか?」
「そんな事はどうでもいいだろ」
「いやいや、ルールってのは大事ですよ。ちゃーんと、守れない奴はどうなるのか書いてあるんだがな!!」
シルドラは容赦なく、おっさんの腹に蹴りを入れた。苦しそうに倒れるおっさん。ありゃ、再起不能だな。
「おいおい、人には接客がどうの言っておいて総元締めはこれか?」
「アリマ、俺は言ったはずだ。客の接客態度としてはどうなんだってな。うちのカジノのルールを守れねえ奴は客じゃねえんだよ。つまみ出せ!!」
その後、おっさんは何かをわめいていてようだが、黒服達に連れられて外に追い出されてしまった。シルドラ、流石だぜ。
「シルドラさん、すいませんでした」
「気にすんな、カジノっていう場所の都合でどうしてもああいう奴が少なからず出てくるんだ。今度からはすぐに騒いで俺に助けを求めていいからな」
「ありがとうございます!!」
「アリマ、そろそろ見てるばかりじゃ飽きたんじゃねえか。お前の腕前を見せて貰いてえんだが」
「へいへい、そろそろやりますよっと」
シルドラはエクレアを見ていたというよりは俺を見ていたようだ。俺はシルドラに促されたので、ディーラー側の席についた。まあ、ここのレベルは掴んだ。後は実践あるのみだな。
俺は昨日から用意していた自分用のカードを机の上に置いた。机の上にカードを置くのは、お客を待っているという合図だ。
「エクレア、一人呼び込め」
「わかってますって!!」
エクレアの見た目もあって、すぐに裕福そうな男が釣れた。男はすぐに席に着いた。俺の姿を見ると、ニッコリと人のいい笑みを浮かべた。
「見ない顔だね。もしかして、初ディーラーかな?」
「そうです。今日が初出勤なんで少し緊張しています。お手柔らかにお願いしますね」
俺も丁寧に挨拶しておいた。エクレアが別の生き物を見たような視線を俺の方に送ってきている。俺だって、必要な時には必要な態度をとるっつーの。
さて、男の態度的に稼げると思われているな、まあ初めてなら行けるかもって思うわな。カード捌きも甘いって思われるかもしれないしな。
俺は昨日用意して置いたカードをシャッフルする。
「どちらに?」
「そうだな、まずは赤でいこうかな」
まずはある程度は勝たせてやらないとな。俺は一番上のカードを捲る、赤のカードであった。つまり、お客さんの勝ちってわけだ。
「ほほう、いい調子だ」
「チャンスアップは?」
「もちろん、するよ」
俺は今度もシャッフルをする。もちろんだが、俺は既にイカサマをしている。じゃなきゃ、勝たせるなんて事はできねえからな。俺がどんなイカサマをしているのか、それは至極単純だ。
俺は数日前の夜にシルドラからゲームの仕組みを教えてもらった後にすぐに、カードに細工をしたのだ。このカードは赤と黒の二種類しか存在しない。なら、話は簡単だ。カードが裏の状態で、色の判別が出来たら絶対に勝てるってわけだ。
トランプでいう所のマークドデックと言った所だろうか。マークドデックはトランプに予めこちらにしかわからないような微細な傷をつけて置いて、判別するイカサマだ。
それを俺もこのカードにやったってわけだ。案外バレるのではって思われるかもしれえねが、それはイカサマを知っていたらの話だ。この異世界イリステラはまだそこまでイカサマが浸透していない。なら、見つけるのは難しいだろう。
「途中まではよかったんだが、運がなかったようだな。楽しかったよありがとう」
「いえいえ、またの挑戦をお待ちしておりますよ」
俺は負けさせた男にニッコリとエールを送った。まあ、何回やっても結果は同じだがな。イカサマは知らなきゃ、一生勝てないようなっている。あんまり勝ちすぎると怪しまれるから適度に負けておくのもコツだ。そうして、俺が負けすぎないように調節するってわけだ。
それから、俺はエクレアを使って、ガンガン客をとって荒稼ぎした。しかし、ちょっと調子に乗りすぎたのかやってくれる相手がいなくなってしまった。少々、やりすぎてしまったようだな。
まあ、ここらで潮時ってのは感じていたし、そろそろ終わりにしてもいいんじゃないかな。シルドラの方を見ると、ご満悦の様子だ。じゃあ、終わりに……。
「悪い。ここ空いてるか?」
終わろうとしていた矢先に男が座った。俺は受け答えが遅れてしまった。それもそのはず、その男は黒髪で黒目をしていたのだ。黒髪と黒目で驚く事かと思うかもしれないが、この異世界イリステラに黒髪で黒目の人間はほとんど存在しない。少なくとも俺は火の大地では見た事がなかった。金髪碧眼がポピュラーな世界なのだ。
黒髪と黒目で驚いたというのもあるのだが、それだけでここまで驚きはしない。俺は男の持つ、独特の雰囲気に飲まれたのだ。説明は難しいのだが、俺の中の危険レーダーがこいつはやばいと唸っている。こんなのはこの異世界に転生してきて初めての経験だった。
「どうした、俺の顔に何かついているか。もしかして黒髪が珍しいのか、風の大地の倭国じゃ、黒髪は結構いるけどな。黒目はちょっと珍しいかもしれないな」
気になる事を言っているが、今はそんな事はどうでもいい。危険だとわかっている相手をわざわざ相手する奴はいねえだろう。俺もそうだ。
「申し訳ございませんお客様。俺の方はもう上がりでして」
「固い事言うなって、中々景気がよさそうだと思って見ていたんだ。俺とも遊んでくれよ、もちろんタダとは言わないぜ。ライカ!!」
ライカと呼ばれた女性はこちらに近づてきて金の大量に入った袋を机の上に置いた。ライカという女性には獣の耳と尻尾が生えていた。俺は初めて見たが、獣人と呼ばれる種族がいる事は知っていた。だから、それに対しては驚きもしなかった。
驚いたのは、金額だ。そこには、見た事もないような金額が置かれていた。数えなくてもわかる。数十万は間違えなく入っているだろう。俺が今日見た中では最高金額だ。
「全部かける。これで、少しはやる気になったか」
男は不敵に俺に笑いかけるのであった。




