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年賀状〈日常編〉

一月二十七日。

一月もとい、睦月も終わりを迎えようという頃。

千香は朝餉を終えると、屯所内の掃除に取り掛かった。


「あれ。山南さん。それ新年の挨拶の文ですか? 」


縁側を掃いていると、山南が文を手に歩いて来たので、千香は尋ねる。江戸時代の年賀状というものは、遠くにいて会えない人には書状を、直接会える人には、挨拶回りをするという風習がある。時期としては遅い気もしたが、なにぶん新年は大坂へ行っていたので、書く暇もなかったのだろう。


「ああ。森宮さん。これは江戸の小島鹿之助さんという人に宛てて書いたものです。私たちは達者でやって居ますと一言。 」


「ああ。小島さん!確か近藤さんと義兄弟の契りを結ばれた方ですよね! 」


「ええ。そうですよ。そんなことまで後の世に伝わっているとは思わなんだ。 」


山南はほほう、と興味深そうに頷く。


「文、かあ。私には出す相手がいないので、なんだか山南さんが羨ましいです。 」


千香は寂しそうな笑みを浮かべる。


「いえ。何やら森宮さんに文が来ている様ですよ。だから、その文の返事を新年の挨拶と添えて返してはいかがでしょう。少し時期外れではありますが。 」


「私に、ですか?可笑しいな。文をもらう様な間柄の人なんて居ないはずなのに。 」


そこまで考えると、パッと記憶が蘇ってきて、龍馬からではないかと思い当たる節があることに気付いた。


「そう言えば、前に約束した覚えが。山南さん、その文いただけますか? 」


「勿論です。でも今は、森宮さんは掃除をなさっている様なので、昼餉の時にでも渡しますね。 」


「はい!ありがとうございます。 」


会話を終えると、山南は千香に軽く会釈をして去って行く。

千香は龍馬からの手紙の差出人の名前についてぼんやりと考えた。

やはり偽名の才谷梅太郎で来ているのだろうか。

というか、かの有名な坂本龍馬と手紙のやり取りなんて、後の世に残ったら物凄いことになるのではないか。

歴史が捻じ曲がりかねないやも。

ああ。どうしよう、と頭を悩ませていると、声が聞こえた。


「千香。今日もありがとう。 」


「平助!ううん。これが私が皆の力になれることだから、当然だよ。 」


藤堂は、にこりと穏やかな微笑みをたたえて居て。


「さっき山南さんと何話してたの?いや、偶然見ちゃって。 」


「新年の挨拶の文について話してたの。山南さんが江戸の小島鹿之助さんへ書いたって聞いて。私も出そうかなって思って。 」


藤堂は千香の言葉に疑問を浮かべた。


「でも、千香この時代じゃ出す相手居ないんじゃない?あまり街にも出れないし、友達も出来にくいんじゃ...。 」


「平助酷いな。私にだってそれくらいの友達いるよ! 」


千香はぷうっと頬を膨らませる。

それに藤堂は笑いながら返して。


「ごめんごめん。千香になら友達くらい居るよね。だって、明るくて真っ直ぐで、優しいから。 」


「ほ、褒めたって、何にも出ないよ! 」


藤堂の言葉に頬を染め、箒を動かす。


「お二人共、朝からお熱いことで。 」


スタスタと沖田が歩いて来たかと思うと、冷やかし始めた。いつものことなので、最早二人共慣れつつあったが。

だから、別段反応も返さず受け流すに限るということを悟った訳で。


「ああ。沖田さん。今新年の挨拶の文の話をしてたんです。山南さんが江戸の小島鹿之助さんに出すそうで。 」


「そうですか。小島さんに。それで?森宮さんはその文の何に騒いで居たんです? 」


「山南さんに、私には文を出す相手が居ないって話したら、文が来ているって教えてくれたんです。その返事を少し遅めの新年の挨拶にしてはどうかって。 」


すると、沖田は何か勘繰る様な顔をして言った。


「その文は、森宮さんの知り合いからの物ですか。 」


「はい。多分...。 」


沖田の言わんとしているところを理解できない千香は、首を傾げた。


「多分...か。もしかしたら、恋文かもしれない。 」


「ええ!?それ本当か? 」


沖田が、ニヤリ、と口角を上げた。

それに気付かず、いの一番に反応を示したのは藤堂。恋仲である千香が他の男に想われるのは、良い気持ちはしない。自分一人だけで十分だ。と思っている様で。


「ないない!それは蓼食う虫も好き好きって言うやつですよ。 」


千香は顔の前で、手のひらをブンブンと振り否定する。


「いーや!千香は、他人を警戒しないところがあるから心配だ!その文、断じて読ませないからな! 」


「ええ!!本当に只の友達から来てたらどうするのよ!返事出さないと相手に悪いでしょ! 」


千香は沖田の方へ向く。


「それに、沖田さん。あんまり平助を揶揄わないでください。結構何でも本気にしちゃうんだから。 」


「いや。平助は土方さんとは違ってころっと騙されてくれるから、何だか楽しくて。 」


沖田がケラケラと笑っていると、噂の人物が来た様だ。千香と藤堂は、土方を恐れているところがあり、青い顔をする。

沖田がくるりと後ろを振り返ると、今にも雷を落としそうな顔をして土方が立って居た。


「土方さん。どうかしましたか?私に何か御用で? 」


にこにこと恐ろしいほどの笑顔で、沖田は言う。


「総司に藤堂。少しは態度を改めたらどうだ。幹部がこうじゃ、他の隊士に示しが付かないだろうが。 」


土方の醸し出すオーラに言わなくて良いことを言いそうだと思い、藤堂の呼び止める声に僅かにごめんと返し、千香はその場を離れ。

あらかた掃除を済ませると、昼餉の支度をし、広間へと配膳する。

山南に文を貰い、隊士たちと昼餉を摂り食器を洗い終えると、部屋に篭った。


手紙に差出人は、才谷梅太郎と書いてあり、やっぱり、と頷く。手紙の内容は所々読めない箇所があったが、概ね、元気にしているかという内容だった。


「ええと、返事は墨で書こうか。一応簡単になら崩し字は書けるけど...。それよりも、未来にもし私が書いた手紙が残ったら。...ああそうか!この文は見たら燃やしてくださいって添えればいいか! 」


記憶を辿りながら、墨で返事を書いていく。現代にいた頃はあまり墨を使う機会が無かったが、案外上手く書け、千香は満足そうにした。

しかし、書けたは良いものの手紙の出し方が分からず。


廊下へ出て、誰か居ないかと探す。

すると、山南が歩いて来るのが見えた。


「山南さん!あの、文の出し方ってどうすれば。 」


「おや。森宮さんにも知らないことがあるんですね。 私の文を出すついでです。出しておきましょう。 」


山南は千香から手紙を受け取ると、懐にしまった。


「すみません。ありがとうございます。一応、私も文の出し方を知っておきたいので、付いて行っても良いですか? 」


「ええ。勿論です。では今から行きましょうか。 」


「はい! 」


千香と山南は街へ出て、飛脚に金と手紙を渡した。


「これで、届きますよ。 」


「はい!出し方を覚えたのでこれから、自分で来れます!ありがとうございます! 」


「いえいえ。では、戻りましょうか。 」


「はい。 」


屯所までの帰り道、千香は夕餉を何にしよう、とか返事は来るだろうか、などとぼんやり考えながら歩いて居た。


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