第一章:Marriage meeting 02
ガタガタ……
揺れる馬車の中、
私は落ちつかなかった。
(内装も凄く綺麗だなぁ……)
私が挙動不審になるのも仕方ない。
乗っているのは貴族ですら所有することのできない、
聖女様の血筋の中でも
特別視された女性にのみ与えられる馬車なんだから。
クリアレーゲルという名前なのだけれど、
遠目に見ただけだとしても
クラスメイトに自慢できる代物。
そのまさかの誰もが憧れる
クリアレーゲルにまさか乗ったとなれば、
きっとみんなも私の言葉を信じないくらいに驚くはず。
それくらい、私は貴重な体験を今している。
そして……さらにさらに、
私の隣にいるのは、
女神ローゼ様の名と同じ姓を名乗ることが許された、
「三英雄」と謳われるマイナ=ローゼ様。
30年前の魔族との戦いで活躍し
争いを収めたという
輝かしい功績を持つ「生きた伝説」。
私たちの目指す存在とは言われて育ってきたけれど、
憧れよりどっちかというと
畏怖の対象みたいになってしまっていた。
三英雄様はどなたも一目見るだけで違いのわかる、
鮮やかな黄金色の瞳をもっている。
「ミスティミリア=アイネル。
私は貴方に謝らなければいけません」
そんな人が、私に謝罪を始めた。
「え……?」
戸惑う私に、
マイナ様は目を閉じて告げる。
「私は貴方のことを出自を知っています。
その上で、この実習先を送るのですから」
「マイナ様……」
ああ……そうことだったんだ。
それだけで、
何故、私が選ばれたのかわかってしまった。
確かに聖エアリア学院では、
私だけにしかない条件が一つだけあった。
「ありがとうございます、お優しいマイナ様」
そう、いなくなっても、
悲しんでくれる家族がいないのは、私だけだ。
「ミスティミリア=アイネル……」
だからこそ笑顔でマイナ様に告げた。
その反応は予想していなかったみたい、
マイナ様は驚いたように私の顔を見ね。
雲の上にいると思っていた人を驚かせたことに、
とても満足して、マイナ様への感謝を告げた。
「私は感謝をしているんです。
身寄りのない私をここまで育ててくれた、
聖エアリア学院に、そしてこのサータ王国に。
そしてこの王国を護られるマイナ=ローゼ様に」
私が家と家族を失ったのは、
元を辿ればサータ王国の制度のせいだ。
恨む気持ちがない、と言えばそれは嘘。
どうして私が……
だなんて考えたことはたくさん。
そんな気持ちを抱えてはいるけれど、
だけど……だけど、
国のために身を粉にして尽力する、
この人には感謝を伝えたいと思った。
私の笑みにマイナ様は、何を思っただろうか。
できれば、辛い思いをしてくれたこの人に、
少しでも感謝が伝わればなと思う。
マイナ様は眩しそうに目を逸らして、
「ありがとう」と呟いた。
それを見て「ああ、三英雄も人なんだ」と
私は今更ながら実感してしまった。
私たちと同じように、悩むし、
辛いことがたくさんあるんだって。
「今から行く場所は危険なところ。
貴方の身の安全は保障できません。
けれど、行ってもらいたいのです」
「はい、わかりました」
私はまるでピクニックへ行くように
わざと軽い感じで答える。
帰ってこられないかもしれない、
だからこそ身寄りのない私が選ばれたんだ。
もう覚悟は決めた。
そしてこの人に選ばれたことを今は、
誇りにしようって。
「……ミスティミリア=アイネル。
貴方は強いのですね。
もっと早くに貴方のことを
知っていれば良かった」
寂しそうな声に私は首を振る。
「親しい人は私のことをミミって言います。
クラスメイトはみんな、良い人ばかりなんですよ」
三英雄にかけるには
それはあまりにも不遜な言葉だと思う。
シスターセッチが聞いたら
卒倒していたに違いない。
けれど、この人には伝えたかった。
私は何も悲しくなんてないよって。
そんな私の気持ちが伝わったのか、
マイナ様は微笑みで応えてくれる。
「そう、ミミ。
貴方は良い仲間に巡り合えたのですね。
これから先、何か困ったことがあれば
遠慮なく私のこと『も』頼りなさい」
「はい、ありがとうございます。
お優しいマイナ様」
馬車は気づけば
裏路地みたいなところを走っている。
王都にもこんな光の差さないような
暗い場所があることに驚いてしまう。
「どこへ向かっているのですか?」
「目的地にはもうすぐ着きます」
そう言った傍から、馬車は減速していく。
「ミミ、
これから会う者はとても気難しい方です
その方の世話をするのが貴方の実習。
いいですか、絶対に粗相のないように」
中々に難しいことをおっしゃる。
そういうのは私の苦手な類の話だと思う。
「どう気難しいのでしょうか?」
マイナ様はどういう言葉が適切だろうかと考え
「……そう、ですね」
そしてポツリと呟いた。
「いつも寂しさを抱えた人、
と言えばいいのでしょうか?」
馬車が停車する。
さて、どんな恐ろしい場所が待っているのだろうか。
三英雄のマイナ様がそれだけ危険視する場所なのだ、
まるで想像できないけれど、
多分、見るだけで卒倒してしまうに違いない。
従者が開けてくれた扉から降りると、
「……ほわ~」
私が高めていた緊迫感は、
口からふわーと出て霧散してしまった。
目の前にあったのは、
古びた石造りの平屋。
外から見た感じは……
どれだけ言い繕っても廃墟にしか見えない。
そしてそこにかかっている
看板は汚い字でこう書かれていた。
『フレデ商店』
散々脅された割に、私は拍子抜けした。
(どう見ても、ただの売れないお店だよね)