第一章:Marriage meeting 01
「ああ……女神様……、
何故……かくも私にこうも試練ばかり与えるのでしょうか」
シスターセッチが大仰に天を仰いでいるのを
私は「悩みが多いんだろうなぁ」と見ていた。
白を基調とした修道服はくたびれてしまい、
頭巾……ウィンプルから
零れる栗色の髪はバサついており
ここ数日ろくな手入れをしていないのは
一目でわかってしまう。
「いくつもの困難を乗り切り、
そして教え子を導いてきたこの私に……
まだ苦労が足りぬと仰るのですね……主よ」
(笑っていれば綺麗な人なんだけど)
普段からは
チャーミングと言われている優しげな瞳や眉も、
絶望という言葉を全身で体現する今のシスターには、
なんだろう、悲壮って言葉が一番ぴったり。
「あぁ……」
(声かけないわけにもいかないよね……)
呼び出されて来たのだから、
多分、私に関わることなんだろうしね。
「シセターセッチ。
そんなに嘆いちゃってどうしたんですか?」
悩んでいる人には元気な声で、
それが私のモットー。
何事も前向きが一番だと思う。
「……」
ギギギギ……
私の声にシスターセッチが振り返った。
錆びたゼンマイの玩具が発する、
そんな鈍い音が聞こえてきそう。
ひょっとしてかける言葉を
間違えちゃったのかな?
「えーと……シスターセッチ。
もしかして、その、深い悩みがあるんですか?
私で良ければ相談に乗り――」
「誰のせいだと思っているのですか!」
私の言葉に食い気味に
ヒステリックな声を被せてきて、
キーンとする耳を思わず押さえてしまった。
どうやら、
シスターセッチがご乱心の理由は私にある様子。
これは困ったなぁと思う。
また長くて同じことを繰り返す
シスターセッチの説教が始まってしまう。
「あの……どういうことでしょうか……?」
猛獣に恐る恐る声をかける気分。
私はとりあえず刺激しないように下手に出た。
けれどシスターセッチの怒りは
もはや私が沈められる領域ではなかったみたい。
どこかの激しい軍歌を熱唱するかのように
激しく首を動かしながら、
やっとお怒りの原因を教えてくれる。
「ミスティミリア=アイネル!
あなたの実習先が
見つからないからに決まってるでしょう!」
ミスティミリア=アイネル。
それが私の名前。
少し長くて呼び辛いなとは日頃から思っていて、
仲の良い友達からは愛称でミミって呼ばれている。
自分で言うのもなんだけれど、
私は割とありきたりな17歳だと思う。
私は聖エアリア学園の5年生。
6年制の学校だから来年に卒業だ。
同じ学年の友人たちに比べて、
少し、あ、いやほんのちょっとだけ
発育は遅れているかなと感じている。
みんなは身長が150はあるのに、
私は130しかないから
同級生でも見上げないといけない時がある。
体型も……いや、
まだまだ育ち盛りだからこれから期待。
唯一の自慢は肩で切り揃えた金髪。
少し癖毛なのが悩みではあるけれど、
これくらいウェーブしてる方が
可愛いのではないかと密かな自慢だった。
「えーと……シスターセッチ、
実習先が見つからないとどうなるんですか?」
「……このままだと卒業後、
あなたは無職となり路頭に迷います」
大変なことを言われた気がする。
思わず聞き返してしまった。
「もしかして寮から追い出されるんですか?」
「当たり前でしょう。
もう学院生ではなくなるのですから
学院寮には入れません」
これは一大事。
学院寮を追いだされたら、
私はどこで暮らせば良いのだろう。
今更ながら自分が
大変よろしくない状況下な気がしてきた。
「どうして実習先が
見つからなかったんでしょうか?」
「自分の胸に手を当てて、
ゆっくりと自問してみなさい」
シスターセッチは難しいことを言う。
とりあえず平らなことが
密かなコンプレックスの胸に手を当て
すーはーと深呼吸する。
「うーん……シスターセッチ、わかりません」
勿論、私の薄い胸には何の答えもなかった。
あるのは未来への希望だけ。
「ええそうでしょうねそうでしょうね、
自分でわかるようなら
こんなことにはなっていなかったのですから」
シスターセッチは
手元の資料を見て頭を押さえる。
「実技の成績も下から3番目、
学問の成績にいたっては最下位……」
聞きたくもない事実を告げられる。
自分の成績だなんて
まるで気にしたことがないので、
そんな順位を把握していなかった。
改めて聞くと明らかに最下位レースに参加している。
「シスターセッチ、
成績だけが全てじゃないと思うんです」
しかし成績だけで
私の価値を決められるのも困る。
そう反論したら、
シスターセッチはジト目で見つめてきた。
「それじゃ成績以外に
何が自信あるというのですか?」
「えーと……あ、お料理ができます。
これは結構自信あります!」
「……はあ」
深い、深いため息をつかれてしまった。
どうやら望む答えではなかったみたい。
「今は5年生の秋、実習先で学ぶことは、
卒業後の進路に直結するのです。
本来であるならば複数の候補を回り、
その中で生徒の希望と先方の要望と
マッチするところを探します」
シスターセッチが実習制度について
細かいところまで説明をしてくれている。
そのあたりの説明はさすがに私も覚えていた。
だからシスターセッチには悪いけれど、
聞き流すことにさせてもらおう。
私はシスターセッチの後ろ側、
つまり教壇の上に置かれた像を仰ぎ見る。
それは私たちの信仰する
女神ローゼ様の姿を象ったものだった。
少し私がいる学院についての
話が必要かもしれない。
ここ、聖エアリア学院は
王国内でも特殊な立ち位置の学校。
入学に当たり、絶対条件が二つある。
一つは女神に祝福された
聖女の血を受け継いでいること。
100年前、
彼女たちが信仰する女神であるローゼから
祝福を受けた一人の女性がいた。
その物語については今ここでは割愛するけれど、
聖エアリア学院に入学するには
聖女と謳われた彼女の血族でなければならない。
もう一つの条件はその子孫の中でも、
ある一定以上の素養を持っていること。
つまり聖女の子孫を名乗るのに
値するだけの力を持っていなくちゃいけない。
(聖女様の力か……)
私はそっと目に触れる。
素養の質は瞳の色で測るって聞いてる。
高ければ高いほど鮮やかな
黄金色になっていくんだって。
だからある程度の色がないと入学できない。
その「選ばれた少女」たちを育成する学院、
それが私のいる聖エアリア学院という場所だった。
英才教育は勿論、
血筋の尊さも兼ね備えたサラブレッド。
それは全ての分野から望まれる人材……
って聞いていたんだけどなぁ……。
「おお……女神様。
ミスティミリア=アイネルに救いの手を……」
気付いたらシスターセッチの説明は終わっており、
そしてまた何が見えているのか空を見上げて、
手をあわせて何か祈っていた。
私はその卒業説の競争率が高いはずなのに、
何故か「余った」らしい。
単に成績不振のせいだと思いたいけれど……
「シスターセッチ、
教え子の前で我らが主に頼るとは何事ですか。
女神様の救いを望む前、
あなた自身で彼女を導く努力をなさい」
そんなシスターセッチに叱責したのは、
教室に入ってきた純白のローブを羽織った女性。
美しい流れるような金髪、背筋はぴんと伸びており、
凛々しい顔立ちと堂々たる振る舞いは一目見ただけで
人を惹きつける魅力を持っていた。
「マイナ学園長!
こ、これは失礼しました!」
シスターセッチが弾かれたように立ち上がる。
彼女の顔には脂汗がびっしり浮かんでいた。
(ええー……マイナ様がどうしてここに!?)
私も動揺が隠せないでいた。
それもそのはず、マイナ様は、
学園長であると同時に「三英雄」の一人だ。
滅多に学園には来ず、まさに「雲の上」の人。
私は入学式を含めて、
3回しか、しかも遠目でしか見たことがない。
今年で50になるとは聞いているけれど、
とてもそうは見えない
若々しさと力強さを持っていた。
そして何より「聖女の再来」と呼ばれる、
私なんかとは比べ物にならない
鮮やかな黄金の瞳が否応なく私を緊張させる。
(喋ったら怒られそう……)
きっと、シスターセッチに
用事があるのだろうと思っていたが
「ミスティミリア=アイネル。
貴方には特別な場所での実習を与えます」
(私をご指名!?)
「が、学園長……?
と、特別な場所とは……」
シスターセッチが震える声で尋ねる。
学園長自らがそんな話を
持ってくるなんて聞いたことがない。
マイナ様はシスターの問いには答えず
私に向き直った。
「今から実習先へ連れて行きます。
シスターセッチ、手続きはもう済んでいるので、
あなたは何もする必要はありません」
確認する「いいですね?」という言葉に
シスターセッチはかくかくと頷くだけだった。
私はもはや自体についていけず、
ぽかーんとしているだけだ。
「ミスティミリア=アイネル。
出発します、すぐに支度をなさい」
「は、はい!」
私は慌てて荷物をまとめて立ち上がる。
といっても手提げの
学生カバン一つしかないけれど。
そんな私をシスターセッチは、
まるで送られていく子羊を見送るように
悲しげな瞳で見つめていた。
(えぇー……)
もはや良い予感が何一つとしてない。
学園長の手前なのでシスターに会釈一つして、
私は何も言わずについていく。
こうして私の運命は、
誰も想像すらしなかった軌跡を描くことになる。
ミスティミリア=アイネル、17歳。
私の人生にとって大きな転機であると同時に、
それは王都中の誰もが知ることとになる。
――これは、私と彼の始まりの物語。




