堕ちた天使を拾う
この小説には生死に関する表現があります。
薄暗くゴミなどが散乱し足の踏み場のない部屋にカーテンの隙間から光が漏れ出している。この日はとても良い天気だった。
気分転換でもしなきゃいけないな……
そう考え、重い腰を上げる。
このどうしようもない環境から抜け出したいと考えていた男はインターネットなどに溢れかえっているうつ病の改善法の一つ、[日光を浴びること]を半信半疑ながらも試してみる。
日差しが暑い……俺が引きこもっている間にこうも温暖化は進んでしまったのか。
ヨレたTシャツにだらしない体、そしてヒゲだらけで荒れてしまった肌、直視できないような顔。
歩くたびに周りからの目線が気になって仕方がない、まるで自分が嘲笑されているようだ。――そんなのは全て妄想だと頭ではわかっている……だけど理解できないんだ。……少し休憩しよう。
そう考え、日陰ができている所を探す。
ちょうど良いところにある、薄暗い裏路地に逃げ込もうとすると奥に人影が見える。
こんな姿を見られ2人っきりになってしまったら気まずくて仕方がない。急いで裏路地から出ようとする。――待て、少し違和感がある。
そう思い影をもう一度確認する、よく見ると人が倒れているような形をしていた。
こんな暑い日に倒れていたら、死んでしまう。――男は恐る恐る人影に近づく。
そこには薄い黄緑色の長髪と雪のように白い肌、そして天使のような翼と頭上に光る、輪っかを浮かべた少女が倒れていた。
なんだこれ……コスプレか? ……いや、そんなことはどうでもいい。
「あっ、大丈夫っです、か……!」
「返事をっ、くだ、さい……!」
久しぶりに出した声はうまく出せず途切れ途切れになっていた。
未だピクリとも動かない少女を見つめ、その場で立ち尽くし、冷や汗が出る。心臓は激しく鼓動し、呼吸が乱れる。
次に何をすればいい? 俺はどうすればいい……? そうだ! 救急車だ、救急車を呼べばいい!
最も重要なことを忘れていた、自身の頭の弱さを恨む。――これで彼女に何かあったらどうするつもりなんだ!
震える手でスマホを取り出し救急車を呼ぼうとする。
番号はなんだ……確か……確か……
番号を入力しようとする手が、止まる。悠長に考えている暇はない、脳をフル回転させ番号を思い出そうとする。
すると下から声がした。まるでハープのように美しい声に思わず聞き惚れてしまった。
「ここは……? あなたは?」
少女は翼を勢いよく広げる。翼が広がると同時に、羽根が周りに散り、ふわふわと浮いている。
少女はキョトンとした顔でこちらを見つめ、目が合う。
目が合う瞬間、影の差した裏路地で彼女の周りが少し、明るくなったような気がした。
少女はネットやテレビなどでは見たことがないほど可愛く……そして美しかった。
「おっ俺は! 通りすがりの、人間です……」
「あの! 倒れていましたよ……大丈夫、ですか? 救急車よびます……か?」
「救急車……? えっと、たぶん大丈夫だと思う」
「わかりました、えと……これで!」
そう吐き捨て、後ろを振り向き早歩きで後退りしようとする、だが服を掴まれ止められる。
「待って!」
「な、なんですか!?」
慌てて後ろを振り向き返事をする。
何か気に障るようなことをしてしまったのだろう。どんな罵倒も受け入れる覚悟はある。
「あの! 私、何も覚えてなくて……」
「えっ? ここに来た記憶がないということ……です、か?」
「そうじゃなくてっ! 全部覚えてないんです!」
「全部……?」
記憶がないのになぜ覚えていないことがわかるのだろうか……? とりあえず現状を確認しなければならない。
「えっと……名前、わかりますか?」
「……私はフィエル、天使です。あのぉここはどこなんでしょうか……?」
「てんっ……!?」
まさか本当に天使だったとは……! だが信じるにはまだ早すぎる。何か、揶揄われているのではないか?
そもそも本当に実在する生き物なのか? まずは確かめるのが先だ。
まずは宙に浮いた輪っかはどうやって浮いているのか、そして翼は本物かどうかを確かめなければ。
「あの……輪っかと頭の間、触っても良いですか……?」
「……? あぁニンブスのことですね! 良いですよ! 翼も触りますか?」
「えっ、はい……よろしくお願いします?」
輪っか……ニンブスと頭の間に手を入れ、左右に動かす。透明な棒などの突っ掛かりがなく、本当に頭の上にニンブスが浮いているのだと証明される。
「本物だ……」
「ニンブスは忠誠心の現れなんです! 光が強ければ強いほど忠誠心が強いんです!」
「それは覚えているんですね……?」
「確かに……どうしてでしょう? ふと頭に浮かんできたんです。」
首を傾げ、不思議そうな目をしながらこちらを見てくる。
「とっとりあえず……翼、触ってみますね」
フィエルは背中を突き出し、どうぞ触ってくださいと言うような表情をして、こちらをみてくる。
翼はふわふわでサラサラだ。触っている最中こそばゆいのか翼がピクピクと動いていた。
作り物とも思えないこの感触が本物の天使だという事実を突きつけられる。
「分かってくれましたか?」
満足そうな表情でこちらに振り向く。
「はっはい、本物だとわかりました……でもこれからどうするんですか? 最初は押し通せても確実にバレますし、多分……ただじゃすみませんよ?」
「そうですね……どうしましょ?」
「……そうだ! 人間さんのお家に泊めてくれませんか?」
ここで断ってしまったら、きっとフィエルは路頭に迷ってしまう。フィエルのことを思うならここで泊めてあげるのが最善だろう。だが自宅は地獄という言葉がお世辞になってしまうほど汚く、到底誰かを泊められるような場所では無い。
「図々しいお願いなのは分かってます! なんだってします! だからお願いします!」
頭を下げ、懇願するフィエルを見て見捨てると言う選択はできなかった。
「わかりました……泊めます! だからっ、どうか頭を上げてください!」
「ですが……俺の家はお世辞でも綺麗とは言えません、むしろ地獄のような場所です……なので少し待っていてくれませんか?」
顔を上げ、満面の笑みでこちらを見上げ元気な声で返事をする。
「もちろんです! いくらでも待ちます!」




