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顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい  作者: 光川
現れない幽霊編

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カムアウェイ

 週末、金曜日の昼休みがやって来た。


『教えてエリオット様の100のことっ』の収録は明日に決まり、今日はゆっくりして体力温存といきたいのだが。ユズリハさんとの約束があるからそうも言っていられない。


「ハモリ我慢大会で、みんなで歌う楽曲の集計結果を発表していきます。第十位、親切な天使のアンチ。これは定番だな、俺の叔父がこのアニメ好きで小学生のころ見せてもらった覚えがある。第九位、青のかすみ。年末の歌番組にも出ていた大ヒットアニソンだ。これはもう練習しなくてもみんな憶えてるんじゃないか?」

「これ一個一個綿貫のコメント入るんだ」

「ラップ入れたやついねーだろーなー」

「綿貫、わたしのやつ入ってる? ルージュの言づて」

「北野のは入ってない」

「うえ、そこは引っ張ってドキドキ楽しむやつじゃんっ、なんでばらすの!」


 文化祭実行委員の綿貫君司会で、この一週間のうちにクラス内で投票された歌ってみたいカラオケランキングが発表されていく。普段は学食だったり部室に行く面々も珍しく教室で昼食を食べていて珍しい光景だ。


「静粛に―。ちなみにラップは多くの票が入っていましたが絶対にグダるので省きました。第八位、天体観察。やっぱりこれは外せない名曲だな。色んな世代に、それこそ先生方も知ってるだろうし堂々のランクインだ。第七位、クワガタ。夏の定番ソングでこれも古い曲だから一般のお客さんにも楽しんでもらえるかもな。続いて――」


 十曲、最初は少ない気がしていたけれど、十曲分の歌を憶えるのってけっこう大変かもしれない。というかグダるラップ大合唱とか絶対面白いのに! 三十人近くでグダりながら本気で合唱してたらそれだけで笑いがとれるのにどうして省くかなぁ綿貫君! 揃って歌えたら歌えたで面白いのに……くそ、クラスの人数超えた投票したのが不味かったか……。


「綾野、なんか、ありがとね」


 後ろの席に座っていた横浜さんに肩をトントンされ振り返る。


「ん、え、なにラップの話?」

「違う。その、夏生が喜んでたから」

「あ、それか」


 トネリコさんとユズリハさんと僕で組めば八百長試合は出来るものの……。


「どう着地するかはわからないよ?」

「そこは本人たちの問題でしょ、あ、私の曲入った」


 黒板を見れば、第五位にドミノ町サティスファクションと書かれていた。


「お礼、何が良い?」

「いいよ、そんなの。こちらこそ今までお世話になってたみたいだし」


 僕は中学からの同級生に見守られていたお陰で居心地の良い高校生活を送れているのだ。これくらいでお礼など貰えない。


「んー、世話したつもりもないけど。それこそただの趣味だし。今日も頑張って咲いてるな、みたいな。だからたまに気にかけてるだけ」

「趣味?」

「そう」

「ん?」


 僕と横浜さんの間で認識に齟齬があるのかもしれない。


「私、アスファルトの間に伸びた花とか見ると。おー育ってるなって感心するんだけど。綾野を見てても似たような感覚がある。どう育つんだろう、みたいな」


 あ、これ見守られるというより観察されてたんだ。


「小学生の頃を思うと、伸び伸び育ったものだと感心するよ」

「……小学生?」

「綾野が転校して来てから、小、中、高と一緒でしょ」

「中学校からだと思ってた」

「ほら。そういう子供がさ。あの頃から随分育ってる。いやー、雑草って強いね」


 横浜さんは僕を見て感慨深げに頷く。


 そうなんだ、小学生の頃から一緒だったんだ。小学生の時ってリリーと一緒にいた記憶しかないんだよなぁ。


「ま、そういうことだから」


 横浜さんは立ち上がると最前列で綿貫君の結果発表にかぶりついている北野の方へ向かった。

 んー。これは成功するかはともかく、失敗で終わらせたくは無くなってきた。


「ということで第一位、私は軟弱! でしたっ、もうこれはサビの『私は軟弱』の部分が絶対に盛り上がるので皆で一生懸命練習して参加者にぜひサビの部分を失敗してもらいましょう、以上です!」


 パチパチと適当な拍手に教室が包まれる。

 綿貫君の結果発表、なんだかんだ面白かったな。


・・・


 大場という友人がいる。

 お料理研究会に所属している大柄な男。昔は柔道だとか水泳だとかをやっていたらしいけれど、高校に入ると前々から興味があった料理の上達に舵を切ったらしい。

 最近は至高の豚汁作りに熱心なようで、昼休みに会う機会が減って来たのだが……。


『放課後、調理実習室で待つ』


 とのメッセージが送られてきた。

 大方、豚汁の試作品を食べさせてくれるのだろうと軽い気持ちで赴くと。

「いやいや、くっさ。豚汁作ってたんじゃないのか」


 ――調理実習室は、異界と化していた。


「らっしゃい! そちらの実習テーブル席へどうぞ!」


 頭にタオルを巻き、黒い半袖Tシャツを着た大場に迎えられる。柔道選手のような体格の大場はただでさえ暑苦しい体格だというのに、もはやこれは……。


「え、家系?」

「三郎系だ。間違えるなよ?」


 校内にラーメン屋が開店していた。

 どおりで廊下通った時から臭いと思ったんだよ。骨から煮込んでるなこれ。調理実習室にはすでに先客もおり、その中には副担任の阿部先生だったり教師陣の姿もある。


「綾野、これが豚汁の完成形だ」

「豚ではあるけども……」


 僕の知っている豚汁とは何もかも違うような。


「――ニンニク入れますか?」

「っ」


 前に大場に連れられて三郎系ラーメンの本家、三郎三田本店に行った時を思い出す。小盛りで胃がはちきれるかと思ったけれど確かあの時教えてもらった呪文は……。


「ええと」


 今日はバイトは無い、けどユズリハさんに会う……か。しかたない。


「ニンニク抜きヤサイアブラで」

「はいよ。あ、お客さん、水は自分で用意して」


 大場以外の調理研究科会のメンバーは極太麺をチャッ、チャッ、と湯切っていたりトッピングを盛りつけたり、寸胴鍋をチェックしたりと忙しそうだ。


「大場、これ文化祭で出すの?」

「あ、撮影は辞めてね。うちは食うか食われるか、それだけだから」

「店のルールは聞いてないよ」

「はいよっ、綾野にはサービスのチャーシュー付きっ」


 ドン、とテーブルの上にドンブリが置かれる。


 たっぷり盛られたもやしとキャベツ、厚切りのチャーシュー、今は見えない麺……。


「でか……」


 気持ち作ってから来ないと食べられない量出て来たぞ。

 卓上に置かれていた割りばしを見つけ、引き抜く。


「じゃあ、いただきます」


 意を決して、啜る。


「うまっ」


 暴力的なアブラとニンニクの旨味が脳に刺激を与える。シャキシャキのもやし、ジューシーなチャーシュー、そして本家に勝るとも劣らないスープに極太麺が良く絡む。

 なんで学校でラーメン食っているんだろうという些細な疑問と共にスープを飲み込む。

 ――戦い。

 これは胃袋との、自分自身との戦い。

 十六時ニ十分という中途半端な時間に啜る麺のなんと美味いことか――そして。


「ごちそうさまっ」


 ボーっとしながらも完食すると。


「どうだった」


 と大場に感想を求められる。


「……すごく美味しかった」

「ふふん」


 僕の感想に大場は満足そうだ。


「綾野は線が細いから、たっぷり食わせないとっていつも思ってたんだ。んじゃ500円ね」


 金とるんかい、なんて言葉は浮かばないほどに大満足だった。


「ちなみに今日が事前審査会として、生徒会や先生たちに食べて貰ってたんだけど。好評みたいで安心したよ」


 ここ最近ずっと豚汁作っているなと思っていれば、まさかこんなことになっていたとは。


「……う」

「綾野?」

「ちょっと、食べ過ぎた……」

「ほら、これ、口臭ケアタブレット」

「ありがと」


 タブレットを口に入れつつ周囲を見れば、ぼーっとした顔で腹をさすっている生徒や先生がちらほら見える。


「ふぅ、じゃ、ごちそうさま」

「あざっしたー」


 調理研究会の面々に見送られ、調理実習室を後にする。

 もう、夕飯はいらないな。


・・・


 軽快とは言えない動作でクロスバイクを漕ぎ、家に辿り着くと。


「レー。明日楽しみだね」


 僕が自分のために買った缶のコーラを飲んでいる妹に玄関で出迎えられた。ダンスの練習でもしていたのか、半袖短パン姿で長髪をポニーテールに纏めている。


「あと、レーがバンジー飛ぶ日も決まったから。エリにコメントしたあと、レーが飛んでエリのライブがドン、だよ」


 我ながらどうしてこんなに妹に協力してあげているのだろうか。


「ほんとレーのエリ好きにはこまったものだよ。そんなに一緒にいたいんだ、ふふっ」

「僕とエリちゃんが一緒ねぇ」

「イヤだって言ってもさいしゅーてきにはエリといるもんねっ」

「昔ならともかく……いや」 


 不思議と、否定的な気分にはならなかった。

 僕らがこうして家で会うことも、そのうち無くなるのだろう。一年前とかそれより前は延々と同じ場所にいるものだと思って窮屈で重苦しい気分になったけれど。

 案外、今からでも離れようと思えば離れられるんだよな。ユズリハさんのフットワークを見習って、たまには一人で旅行に行ったって良いわけだし。

 思ったより僕の腰は軽かったらしい。

 足りなかったのは気持ち、だろうか。誰かの後を追うだけで、自分で目的地を決めて出かけた事が無かったから漠然とした希望を抱えていただけなのかもしれない。

 僕はもう――。


「レー?」

「いいよ、一緒にいようじゃないか妹よ」

「……ぇ」


 妹の普段通りの言葉で気がついた。

 エリと一緒にいるしかない、なんて事は無い。「どこか遠くへ行きたい」という思い、それは裏返せば「あの場所からどこにも行けない」という思いが心のどこかにあったからだ。

 けれど。どうやら、たぶん、考えてみたところ。


 僕の心は、もう、縛られてはいないようだ。


 僕は既に好きな場所に行ける。新宿も池袋も、数百円あれば行ける。北海道も沖縄も二回くらいならホテル付で行ける。

 ――もう、飛び立てる。


「…………ぁ」


 ポカンと僕を見る妹からコーラを奪う。


「っ、ぷはぁ。脂っぽいもの食べたからスッキリするな」

「なにか食べたの? エリのは?」

「エリのは、どうしようかな」

「夜は一緒に食べる?」

「出かけるから」

「一緒に?」

「なんで」

「門限は」

「ユズリハさんのやつだよ?」

「だ、……う」


 さて。妹の夕飯はどうするかな。夕飯を大量生産するのにも飽きて来たし、たまにはお一人様のために手の込んだものを作ってみようかな。


「レーっ、どこに行っちゃうの?」


 妹が僕の手に触れる。コーラを取り返そうとしているのかもしれない。


「たぶん、エリの知らない場所」

「……ぁぁ」


 そして、僕も知らされていない場所だ。今日はどこに連れていかれるのやら。


「はい、空き缶あげる」

「……ぁ……ぅ」


 口をパクパクとする妹の頭を撫で、キッチンへと向かう。そうだな、エリの好物でも作ってみよう。


「どこ、いくの?」

「キッチン」


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