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顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい  作者: 光川
現れない幽霊編

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池袋ナイトウォーク

 教会から一度家に帰り妹の夕飯を準備し、着替えて、日の暮れた空を眺めながら再び外出。帰宅ラッシュ中の電車にガタガタと揺られながらワイヤレスイヤホンに集中する。


『我々のラジオもそろそろ名物コーナーが欲しいところなんですが、十週続かないと正式なコーナーとは認められません。先週までやっていたヤツは飽きたので終わりです』

『終わっちゃったかぁ』

『我々が飽きずに続けられるコーナー、毎度おなじみ流浪の番組のように長続きするコーナーを目指しております』

『いや終わったのよ、流浪の番組は』

『ということで新コーナーはこちらっ、爆裂弁当屋のコーナー。これは先週わたくしが立ち寄った弁当屋の店員がどう見ても並盛以上のライス、から揚げを弁当に詰め込みわたくしの腹が爆発したという出来事から作られたコーナーです。リスナーの皆様が出会った爆裂弁当屋がありましたらぜひ教えてくださいっ!』


 途中まで聴いていたオールデイジャパンをタイムフリーで再生していると、新コーナーが発表されていた。今週末までに一、二本はメールを投稿しておきたいところだ。


『ちなみにまだ我々のラジオグッズであるTシャツが少量余っておりますので、ぜひ採用目指してくださいっ、ステッカー十枚でTシャツプレゼントです』


 Tシャツ獲得まであと五ポイント。このままのペースだと難しそうだ。どうにかして欲しいのだけれど……。

 爆裂弁当屋か。普段弁当屋とか行かないからピンとこないなぁ。困った、Tシャツほしいのに。


「池袋ー、池袋ー」


 イヤホン越しにアナウンスが耳に届く。

 人の流れに乗り、混雑するホームを抜けて一度階段を降りる。


「えっと」


 東口から出ればいいんだっけ。

 頭上の案内板を見ながら歩き、再び階段を上るとピコンとスマートフォンにメッセージが届いた。


『ついたっすか? 自分はいまメイトの中に居るんで、近くの公園で待っててください』


 ユズリハさんに付き添い、今日は池袋に訪れたわけだが。

 こんな人がたくさんいる所にユズリハさんが望むモノがあるのだろうか。


・・・


 指定された公園で人の流れを眺めていると、オーバーオールを着たユズリハさんが走って来た。


「お待たせしましたー、大量っす。イラスト集に単行本、それにエリちゃんグッズ。これ最近発売されたんすよ」

「へぇ」


 ユズリハさんは大きめのビニール袋からエリオットのクリアファイルを取り出す。

 いわゆるアニメショップが集まる場所ということもあり、ユズリハさんと似たような事をしている女性がチラホラと見える。


「ここはグッズ交換も盛んっすねー。一時期ヤリすぎて指導が入ったんすけど、結局ここに戻ってくるのが女オタクの帰巣本能を感じるっす」


「密売かと思った」

「うはは、少年名探偵のトリックで使われそうっすね。群衆に紛れてとあるアイテムを渡す、みたいな」

「指示書とかね」

「あー、いいっすねー」


 ……指示書か。そう言えばさっき届いていたな。


「んじゃこれ指示書。ユズさんも出て」

「え?」


 人の目があるので一応ユズさんと呼び方を変えつつ、つい先ほどスマートフォンに送られてきた『エリオット様の100のことっ』の企画書を見せる。


「さっき詳しいのが送られて来たんだけど。ユズさんにも届いてない?」

「え、うわ、なんでっ、なにこれ」


 ユズリハさんが自分のスマートフォンを確認し、目を見開く。


「いやぁ。うちの妹が誕生日にやりたがってるみたいで。僕は一切関係ないんだけど」

「いやいや。は、配信とか、やったこと無いんすけど」

「収録らしいよ」

「ムリっす。配信やったこと無いって言いましたけど実は一回お絵かき配信に挑戦して全然喋れず失敗したんですよ」

「どうせ締め切り間に合わないんだし、ここで出ておけばまた仕事貰えるかもよ」

「諦めないでくださいよ、自分、夏休みの宿題は最終日に頑張るタイプなんですよ」

「とりあえずユズさんも参加ってことで。マネージャーさんには今、連絡した」

「おいぃーっ」


 よし、これで頭数は揃いそうだ。あんまり知らない女性ライバーだったりアイドルだったりと絡んでいたらそのうちファンの人に刺されそうだし。出来るだけ身内で固めておきたい。エリオットのママであればギリセーフだろう。


「なんてことしてくれたんすか、ほら、見てください、コレ。ホモサピエンスと見る有名イラストレーターの過疎配信ってやつ。これ見てくださいっ、うわぁあ、心臓キュッとなって来たぁ」


 これだけ元気なら大丈夫だな。


「で、今日はどこに行くの?」

「うわぁ、決定した空気だぁ。はぁ。これも娘のためかぁ。うー。……ちょっとお腹空かないっすか?」


 急に食事に誘われる。やっぱりユズリハさんって変な人だ。変にポジティブというか何があっても最終的にはユーモアを取る人な気がする。


「んー、確かに」


 夕飯にはちょうど良い時間だ。近くのケバブ屋の前にも人が集まっている。


「ファミレスでも行く?」

「それも良いっすけどせっかくレーさんいるので、普段女一人だと行きにくい場所に行きたいなーって思いまして」


 モジモジするユズリハさんに連れていかれた先は――。


「うっま、まさに天下一やっ」


 メガネを曇らせながらユズリハさんがスープをレンゲですくう。

 濃いめのドロドロスープが特徴のラーメン屋、天下一風。二階のテーブル席に運ばれて来たラーメンは確かに美味しくて、普段は中々食べない味と言う事もあり箸が止まらない。


「来週末で学校も終わりと思うと、余計に美味しいっすね」


 紙ナプキンでメガネを拭くユズリハさんが意外な事を言う。


「ユズさんって学校行ってるんだ」

「行ってるわ。偏見っすよー、陰気なお絵かき女が学校行ってないとか」

「そこまでは言ってないけど」


 と言うより、ユズリハさん。やはり最初に会った時のイメージとは少し違う人なのではと思いつつある。服装にしても今日のオーバーオールしかり先日のハーフパンツしかり活動的に見えるし……。


「そのメガネって、伊達メガネ?」

「まあ、そうっす」


 ユズリハさんの顔をまじまじと見ると、レンズに度が入っていない事に気がつく。


「もしかしてオシャレにこだわりある人だったりする?」


 だとしたら少し恥ずかしい。僕、高校生にもなって母親が買って来た服着てるもんな……。


「いやそんなことは。動きやすい服は好きっすけど、メガネはほら、そのー、ブルーライトカット的な」


 メガネの奥の瞳が揺れる。


「あー、そういうのか」

「視たくないものをこれでカットっす」


 絵を描いている時はずっとモニター見ているだろうし、それでか。


「服で言えば綾野兄妹こそペアルックで現れて衝撃でした」

「その話はよすんだ」


 妹が勝手に僕の服に合わせただけなんだ。


「仲良くて羨ましいっすよ。見た目は似てなくても一発で、あー、兄妹してるなーって」

「……まあ、兄妹ではあるからね」

「お姫様の笑顔の理由が良くわかったっす。そりゃあタンデム自転車乗ってくれるお兄ちゃんいれば楽しいっすよね」

「自転車の話もよすんだ」

「ははっ。二人が帰るときの後ろ姿、面白かったっすよ?」


 その笑顔には苦笑するしかなく、残ったスープを飲み干す。


「じゃ、そろそろ行きますか」


・・・


「あっつ。もうスーパー銭湯でも行きたい気分っすねー」

「スープまで飲んだから、あっついね」


 パタパタとシャツの中に空気を送り、ラーメンで火照った身体を冷やす。


「一応、前回よりも早い時間にしたのは訳がありまして。こっちっす」


 ユズリハさんが歩き始めるので後に続く。普段は来ない街という事もあり色々と目新しい。

 映画館の近くを通り過ぎ、現在の放映中映画一覧が目に映る。

 ユズリハさんの趣味に付き合うより、こっちを見た方がよっぽど楽しそうだ。


「ユズさん、こっち行かない?」

「いやいやいや。せっかく来たんすから、ゴースト・シスターズは確かにちょいホラーではあるけど、心霊スポットの方が趣深いはずなんで付き合ってくださいよ」


 果たして納涼できるほど怖い場所がこの繁華街にあるのだろうか。


「これから向かうはかつての牢獄、昼間は見に行ったことあるんすけど夜は色んな意味でちょっと近寄りがたくて……。けっこうヒヤッとすると思うっす」


 ユズリハさんがニヤリと笑う。


「昼には行ったことあるんだ」

「サンシャインのすぐ近くなんで、五分くらいで着くっすよ」


 大通りを抜けて信号を渡ると超高層ビルがいきなり姿を現す。


「池袋は良いっすよねー。大きい本屋さんとかオタクグッズもあって最低限の身だしなみを整える洋服屋さんもあるんで、もうこの街で完結するまである」

「へぇ」

「レーさんは来ないっすか?」

「来ないかな。僕、基本的に家と学校とアルバイト先くらいしか行かないから」


 あ、最近は教会も増えたか。


「せっかくの東京住みなのにもったいないっすよ」

「ユズさんは青森に居た時、名所に行ってた? ねぶた祭とかさ」

「……そう言われると。そこまで行かないっすね」

「ほら」

「いやでも青森と東京は全然違いますから、基本的にどこも明るくて車が無くても電車やバスが滅茶苦茶多くて子供だけでも移動しやすいし」

「青森には、心霊スポットは無かったの?」


 と言えば、ユズリハさんの足がぱたりと止まる。

 先ほど待ち合わせた公園よりも広く木々が生い茂った公園の前で、ユズリハさんが振り返る。


「その話はまた後で。ここっす」


 本日の心霊スポットに到着したらしい。


・・・


 広々とした公園の中にはちらほらと人が見える。

 これがまさか全員幽霊、なんてことは当然なく。しかも、肝試しに来た人たちという雰囲気も無い。どう見ても普通の公園だ。


「ここ、昼間はたまにコスプレ会場として使われることがあったりします」

「幽霊よりも見応えありそうだ」

「色んなキャラ見れて楽しいっすよ」


 コスプレ会場から心霊スポットと言うのも懐が広い場所だ。


「たしか、こっちだったかな」


 開けた場所から左に逸れて、大きな石の前で立ち止まる。


 永久平和を願って。

 大きな石にはそう刻まれている。


「なにか、感じますか?」

「特に何も」

「ここ、拘置所で、処刑場だったらしいです」

「……」


 日常では聞かない単語にヒヤッとする。


「その上で、なにか感じます?」

「……怖くなったけど。霊感があるわけでも無いしなぁ」

「無いんすか、霊視能力」

「無いよ。視えた事ないし」

「ほーん。私は実は霊が視えるんすけど」

「おー、すごい」

「ははっ、微塵も信じて無いっすね。もう不思議センサービンビンなんすよ?」

「不思議ねぇ」


 僕が日常的に接している不可思議なんてキラキラしている妹くらいだ。


「ま、とりあえず拝んでおきますか?」


 ユズリハさんの提案に頷き、手を合わせる。

 そうか、この大岩は慰霊碑か。


「立ち入り禁止の場所が特に怖いらしいんですけど。ここも写真を撮るとへんなものが映るらしいみたいで、撮ってみます?」


 そういうタイプの場所か。


「いや。あんまり良くないんじゃないの。仮に霊魂がいたとしてさ、夜にフラッシュたかれて撮影されたら文句も言いたくなるだろうし。それでうわーでたーってのも」

「なるほど。確かに人の家にわざわざ来て騒ぐってのも迷惑な話っすね」

「お墓とか霊園とかが心霊スポットって言うのも個人的にはどうかとと思うよ。そこはそもそも、そう言う場所なんだから」


 心にもないことを言った覚えは無いけれど。こう言っておけば深夜に墓場に連れていかれることは無いだろうという下心もある。


「……ははっ、仰る通りっす。じゃあ、撮影は辞めときますか」

「いいの?」


 ユズリハさんは僕を愉快だと言いたげに見つめる。


「写真に写るのであればここで直に視えるもんすからねー。デジタルの正確さよりは自分のおめめの不確かさの方が幽霊を映すはずっす」


 メガネを外したユズリハさんが辺りをぐるっと眺め……ため息をつく。

 どうやら幽霊の姿は無かったらしい。

 正直なところ撮影して映っていたら怖いというのもあるのだが、そこは言わないでおこう。

 先日の夜の山登りの方が長く怖かったけれど。ここはここで、しっかり不気味だ……。

 疲れた様子で座っているサラリーマンとか、住所不定そうなオジサンとか、幽霊どころか実体を持っている方々の方がわりと怖い。


「ちなみに。この時間、いや、もう少し遅くなると更に怖くなったりします」

「丑三つ時、とかそういうこと?」

「遠からずっす。言うなれば一番心苦しいというか、胸に来る怖さっす。ああもう想像するだけでひえってなった。ちょっと来てください、騒がないでくださいよ?」


 ……嫌だなぁ。

 そう思いつつユズリハさんの後を追う。暗い公園を抜けて広い道路が見えてきた。まさか滅茶苦茶足が速いバアさんが現れるとかだったらどうしよう。


「ああ、いますね。もう見ればわかるっす」


 断言してる……。


「右の方、見てください。いますよ」


 わざとらしく怖がらせるユズリハさんに促されるまま、右を向くと――。


「っ……はぁ、そういうことか」

「ね?」


 ため息と共に苦笑する。


「確かに僕らの年代であればもう少し遅い時間に出会ったらけっこうヒヤッとする方々だ」


 補導されたら、困るもんな。

 心霊スポットの直ぐ近くには交番があり――。


「親に連絡行く方が怖いっす」


 ユズリハさんは淡く微笑んだ。


・・・


 人通りが減ったサンシャイン通りを進み、家電量販店でプラモデルとゲームを眺めて、ゲームセンターで太鼓を叩いて――そろそろ帰るかと駅へと向かう途中。


「本日の不思議探しはこれにて終了っす」

「不思議探しというか、普通に遊んだだけでは?」

「楽しかったんでオッケーっす。ところでレーさん、週末、金曜は暇っすか?」


 次の不思議探しを打診される。


「それは……。いいけど。夜?」


 ほんとアクティブな人だ。こうして出歩いて実際に観察することでイラストの参考にでもしているのだろうか。


「そりゃあ夜の方が楽しいじゃないっすか、日中は眩しくて辛いってのもありますけど。夜の街の光ってなんだか好きなんすよ。あ、深夜とかではないのでご安心してください」


 あんまり出歩いていると親はともかく妹の方がうるさい……のだが、ユズリハさんを言い訳にすれば許されるか。ラッキー。


「んで、イラストは描けそうなの?」

「……そんな急かされましても。果報は寝て待てと言いますし。あと一回か二回付き合ってくれればきっと、いや、絶対、いや、きっと描けるんで!」


 うーん、これは無理そう。


 ま、イラストを抜きにすれば自分一人では行かない場所に行くのは楽しいし、ユズリハさんと喋るのも面白いから夜の散歩と思って付き合うのは嫌ではない……次は。


「次は、どこ行くの?」

「それは着いてのお楽しみ、というかレーさんが決めたって良いんすよ?」

「――僕が?」


 話の流れとしては自然だけれど、ソレは思いもしない事だった。

 僕が行先を決める、か。


「だって他県に行くのは大変っすけど、都内だったら千円もあればどこでも行けるじゃないっすか。レーさんバイトしてるしそのくらいのお金はあるでしょ?」


 思えばリリーの腰にくっ付いているだけの子供時代。真野先輩に引き寄せられた中学時代。

 偏差値だけで決めた高校……。自分の意思でどこかに行くと明確に決めたことって殆ど無いかも知れない。


「そっか、もうどこでも行けるのか」


 ……こんな変なタイミングで気付かされてしまった。僕ってもう、どこにでも行けるじゃん。


「ね、楽しそうでしょ?」

「うん、楽しそう」


 エリちゃん、ユズリハさんを紹介してくれてありがとう。何か新しい扉が開いた気分だ。


「次回は私が決めますけど、そのうちレーさんが決めた場所にでも遊びに行きましょうよ」

「そう、だね」

「よしっ。じゃ、また連絡するっす」

「うん、またね」


 そう言ってユズリハさんと別れ、電車に揺られる。


 ――不思議探し。

 心霊スポット巡り。

 これらの目的はユズリハさんのスランプ解消を目指した気分転換に他ならなかった。

 だが。これは僕にとってとても良い機会なのでは、とも感じる。

『馬鹿げた事件』で薄らいだ疑問に、僕なりのはっきりとした答えを出せるかもしれない。幽霊は、現れるのだろうか。……あの人に会えるのだろうか。

 きっとこの疑問に答えが出せれば、心の中に残るモヤモヤが晴れるはず。


 ――だから。


 現れない幽霊の影を追う。


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