安楽椅子探偵と成すべき考察
「エリーゼ、おーい」
仲良くなったばかりの友達が『殺された』事実は、妹の心を深く傷つけたらしい。引きこもって部屋から出てこず――。
あれ、これ普段とあまり変わらなくないか? 特に気にする必要もないのでは?
別に部屋に鍵をかけている訳でも、というか我が家の個室に鍵は付いて無いし。表面的には普段と変わりがないとも言える。
「学校行くか」
バーチャルアイドル殺害事件。
それは世間でいうところの『殺害』とは様相が違う。
より手軽でリスクの少ない殺し方。罪状で言えば不正アクセスとかなのかな。
他人の積み上げたものを戯れに崩す悪趣味な遊び。
以前小林がまとめサイトで見ていたなと思い出し、一連の事件を調べてみればここ最近、こういった事件が増えているらしい。
「トネリコ・ルリカ。最近の被害者だな」
いつものように小林と大場と食堂で昼食をとっていると、小林が意地の悪い笑みを浮かべた。
「まとめサイトで見たのか?」
と、案外俗っぽい趣味を持つ友人に聞いてみれば――。
「切り抜き動画で見た。とはいえ、生意気そうなのが炎上する分には笑えるんだが、普通のお姉さんがこうなるのは愉快じゃあないな。というか、面白くない」
小林はそう言いながらスマートフォンを見せてきた。
液晶画面の中には二人の女の子。
『エリオット・リオネットだよ』
『みなさん、こんルリ―。トネリコ・ルリカですー今日はなんと、前回に引き続きエリちゃん先輩と遊んでいくよー』
記憶に新しい二人の二度目のコラボ。
『とってつけたような先輩呼びはいい。今日はエリの選んだゲーム。遊戯大戦。世界各国のゲームが収録されているやつなんだけど。負けた方が引退ね』
『重っ。罰が命がけじゃないですかぁ。あ、エリさん。みなさんがお兄さんはどうしたとコメントをしてますけども』
『誘ったけど普通に断られた。はぁ、ほんとエリがいないと何もできないくせに』
『さっ、ではやっていきましょー』
そんなオープニングトークからしばらく、二人はワイワイとゲームを始めたのだが。
『あれ。止まった。トネリコ、身体動いてな……。ん?』
トネリコの2Ⅾモデルが停止した次の瞬間――。
「うわ。美少女がリアルなオバサンになってる」
かつ丼を食べ終わった大場が端的に状況を呟く。
これがバーチャルアイドル殺害事件の全て。
ネットの一部で騒がれている一連の事件はバーチャルアイドルの2Ⅾもしくは3Dモデルに実在する人間のテクスチャを上書き、そして『これが中の人です!』と大々的に拡散することで炎上させる嫌がらせだ。
実際の殺害事件という訳では無いけれど、ショックを受けて活動停止や引退をしてしまう人もいるとか。
正直なところトネリコさんのやつは笑ってしまうほどギャグっぽかったのだが、会社としては色々と問題があるようだ。
手法はまだあり、配信中の事故を装いディープフェイクという技術を用いて実在する人物を画面に映し、疑似身バレを起こすという事もあるという。
大抵の人は信じなくても、面白半分に燃やす人はいる。
引退してしまえばそれはバーチャルアイドルにとっては事実上の『死』とも言えるし、楽観はできない。
そして、『この人は自分ではありません』という証明も難しい。
だって。じっさいに現実の自分の顔を映すわけにもいかないのだから。現実と二次元の曖昧な業界だからこそ対処に困る方法だったりするわけだ。
「これ以来トネリコ・ルリカは活動休止。事務所判断というやつだろうな。最初はなんというか、標的にされても問題ない相手に行われる悪戯、それこそ一つのショーとして成り立っていたものだったんだが流行ってしまうと、こういうただの嫌がらせが起こりはじめる」
「で。どうして綾野はコレが気になるの?」
「それは」
逡巡の後、呟く。この二人であれば言っても問題ないと判断したのだ。
「このアホっぽい顔の方。まあその、知ってる奴でさ」
「へぇ」
大場はさほど驚くこともなく、小林は何かを察したようになるほど、と呟いた。
「そんな顔するな。ま、このバーチャルアイドル殺害事件に関しては、そう心配する事もないだろう」
「それはどういう」
僕の表情がツボに入ったのか、小林は苦笑する。
「なんだ綾野。まさか自分でこの事件を解決でもするつもりだったのか?」
「いや、そこまでは」
とは言ったものの、意識していなかっただけで多分、そのつもりだった。それをこうもまっすぐに指摘されると恥ずかしいどころの騒ぎではない。
「お前よりもよほど熱心なファンが、こういうのを許すわけ無いだろ。それは企業の方もそうだ。もう犯人グループの炙り出しは済んでいる、と思う。俺も詳しくは無いがハード面からにしろソフトウェア面からにしろ、アプローチする経路は限られるだろ」
小林はスマートフォンを数度タップし、新たな画面を見せてきた。
この男、ゴシップ関係なら機械の操作も得意なのだなと思いつつ、その画面を見ると。
「妖精の頂?」
その名前には見覚えがあった。たしか――。
「企業ではないバーチャルアイドル集団。その中の一人が、この一連の事件の火元と言われている。メンバー限定配信で取り上げられた話の様で今事実確認をする事は難しいが。で、過激派かつ技術力と行動力のあるファン、通称『妖兵』が標的のバーチャルアイドルのPCやらに遠隔操作ウィルスを送り込んだ。というのが通説。妖精の頂は歴史が古い分ファンの層も厚い。企業の中に潜り込んでいるのも居たのかもしれないな。企業支給のPCにトロイの木馬が仕込まれていた可能性もある。どのみち、魔法じゃないんだ。遅かれ早かれ解決する問題という訳だ」
ログだって残っているんじゃないか? という言葉で締めた小林の解説と共に、ネットに上げられている記事を眺める。
「つまり。お前の出る幕は無いよ」
至極真っ当な意見だった。
反論の余地もない。ゴクリと唾を飲みこんだ僕をみて小林は続ける。
「探偵役はもう他に居て。お前がやるべき事は犯人捜しとかでもなく、そのいも……知り合いとやらのケアなんじゃないのか?」
なんとも、ほれぼれするほどの問題処理だった。
「はぁ、僕の悩みは解決しました。小林、お前は安楽椅子探偵になれるよ」
スピード解決だった。
「時間の問題だろうって話だ。幼稚な悪戯も事が大きくなれば咎められる。俺のはあくまで素人の推測の寄せ集め。お前が悩むまでも無いって事だ」
「おみそれしました」
加えて、もしかして、僕は友人にかなり気を使って貰っているのではなかろうか。そんな素振り出したつもりは無かったと言うのに。
「小林……お前」
「なんだ?」
「めっちゃバーチャルアイドルに詳しいのな」
「ぶふっ」
うどんを啜っていた大場が噴き出す。
「お前なあ、人がせっかく良い事言ってると言うのに」
「あはは、ごめんごめん。うん、いや、そうだな。ほんと、……その通りだ」
あっさりと。漠然とした不安は払拭された。
いや、どちらかと言えば大きそうな問題に目を向けて、自分だけが解決しなくてはならない問題から目を逸らしていただけなのかもしれない。
どうやら僕は、好きでもない妹を心配しているらしいが。
そんな自分と向き合うのには少し勇気が必要で。
敬愛する真野先輩に電話を掛けると一言だけ頂けた。
『とりあえずがんばれー』
という事で、とりあえず頑張る。
まずは、妹との関係。そして俺の問題に目を向けなくては。
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