神釣家
前回までのあらすじ。
→綾野礼、親戚主催の因習村ツアーに招待されるのだった。
神釣の家は女系家族である。一番上に大ばあさま、名は千歳。その娘が継ばあさん。更にその娘が承子おばさん。承子おばさんには妹がいるけれど僕は殆ど会った事が無い。男連中は明じいさんに恵介おじさんで二人とも入り婿。神釣は男が生まれにくい家系らしく、男連中は家の片隅で肩を寄せ合って慎ましく暮らしている。
歴史だけは長い家系で山を越えた先にある上水流村ではいわゆる名士として頼られているのだが、上水流村は他県の市区町村と同じく人口減少の一途を辿る村なので──。
「で、村おこし? 因習村体験ツアーで?」
神釣家の面々に一通り挨拶した後お昼ご飯に寿司をご馳走になり、武家屋敷の縁側にルカと並んで座る。庭には松やら池泉やらがあり、いわゆる日本庭園の様相で風情がある。さっさと帰りたいものの、肝心の大ばあさまがまだ寝ているとの事なので仕方なくルカと喋っているのだが……。
この家、子供の頃は何も思わなかったけれど改めて見ると随分と立派だ。
「噂ではアニメの舞台になり人気になった場所もあるとか。そこでルカも何か良い案がないかと考えたのでございます。そして思いついたのです。そうだ、因習村にしよう、と」
「いやバカ。因習村って大概滅ぶんだよ。外からやって来た探偵やらマジシャンやらが村の因習まるっと解決して後味悪く滅ぶのが因習村だからね。村おこしと言うか、村滅ぼしだから」
「礼さま、人にバカと言ってはなりませぬ。バカと言った方がバカなのでございまする」
数年ぶりに会ったものの、相も変わらずバカみたいな喋り方をしているなコイツ。
「それに礼さま。ルカはゲ謎が好きなのでございます。ルカもあんな風な因習村を作り上げ水木を招き入れたいのです。ルカの推しなのです、水木」
「それ化け物側の発想なんだけど」
「何を言うのです、ルカは人間が抗い頑張る姿を好むだけなのです」
「……そうですか」
ゲ謎というホラー映画は近所の教会で見た事がある。不死の薬を求めて薬剤会社の男がとある村に赴くところから始まる映画なのだが。映画としてはとても面白くてアンジェリカという自称シスターとしばらく語り合うほどには見ごたえのある作品ではあるものの。人が死んだり血が出たり妖怪が出たり、人間が愚かで邪悪で胸が苦しい悪趣味な描写が多々あり、あんな村には絶対に行きたくないと誰もが思うはずなのだが……。
ルカはどうやら違うらしい。
「ああ、なるほど。つまり礼さまはこう仰りたいのですね。まずは製薬会社からだと。アンブレラ社から作れと」
「別の事件起っちゃうだろ」
「思えばバイオシリーズも4あたりから因習村かもしれませぬ。ルカ、レオンも好きだったことを思い出しました。礼さま、知っておりますか? 新しいバイオにまたレオンが出るのだとか。今のうちにこの村をどうにかすれば、五年後あたりにレオンも来てくれるかも……」
「村をどうにかしてくれるな。ありのまま美しい日本を楽しんでくれ」
「日本と言うと新しいサイレント静岡も素晴らしゅうございました。礼さま。f、おやりになりました? 巫女やら何やら出てきてルカは没入感たっぷりで楽しめたのでおススメです」
「物騒なゲーム好きすぎ。僕はそういう怖いのとか血が出るやつ苦手なんだよ」
こいつ、村おこしだ何だと言っているけれど先ほどから基本的に村が滅びる作品好んでいないか?
「というか。ルカって巫女とかに関係あるの?」
「どういうことでございましょう」
「今もだけど、因習村ツアー体験版の時も巫女だとか聞いた気がするよ?」
僕の疑問を受け、ルカはきょとんとした後に「呆れました」とため息をついた。
「礼さま。この神釣ゆかりの者でありながら何を仰いますか。よいですか。この神釣、古くからこの地の水源を任された一族。人の力が及ばぬ時代は天に祈りを捧げ雨をもたらした──そう伝わっております。なので今でも、稲穂の収穫期になると祭りと共に水龍さまへの感謝の舞を捧げており……。つまり、神釣の女は水龍さまの巫女なのです」
「もしかして、ルカも舞ってるの?」
「もちろんでございます。大ばあさまも、おばあさまも、お母さまも。なんなら礼さまのお母さま、夏生姉さまも何度か巫女でございました」
まさか親戚が土着信仰、異教の巫女だったとは──。
ん?
「最後に軽いノリで参加した人いなかった?」
「遠縁とはいえ夏生姉さまも元を辿れば神釣ですので」
「判定緩くない?」
「ご存じですか? 姉さまは興味本位で祭りのお手伝いをしてくださったり、興味本位で大ばあさまにゲームやら若者の文化を教えて下さったり、礼さまが生まれる前より上水流に遊びに来ておられていたとか。ルカも幼少の頃、一緒にゲームで遊んでいただきました。思えばルカのゲーム好きは姉さまの影響かもしれませぬ」
急に聞かされる産みの親のエピソードは心臓に悪い。
おい、なっちゃんよ。
あんたがゲームやらを村に持ち込んだ結果、因習村爆誕しそうなんですけど。
「というか、ルカ。お前みたいなのが巫女ってどういう冗談なの」
訝しむとルカにしては珍しいムッとした表情を向けられる。
「礼さま。人に向かってお前だなんて言ってはダメですよ。他所でそんな風に言ってはないでしょうね」
「言ったことないよ。ただ、おま──」
「また言った。ルカは悲しゅうございます。昔の礼さまはそれはもう玉のように可愛い子でしたのに。憶えておいでですか。あれはそう、ルカが縁側で月を見上げていた時。小さな礼さまはルカと目が合うとひどく驚いてお漏らしをしてしまったのです。ルカがその後始末をしてあげると礼さまは「ありがとうルカちゃん」と仰って下さったというのに。あの可愛いかった礼さまはどこに行ってしまったのです」
「やけに鮮明に憶えているようだけど、その話ペラペラ喋ってないだろうな」
「ご安心下さいませ。エリィとリリーさま、それに学校の先生と二つ年下のみっちゃんにしか喋っておりませぬ」
「おりませぬじゃないんだよ、誰なんだよみっちゃん」
「だれー?」
「いやだから……え?」
何か、耳に子供の声が聞こえたような。
近くに居るのはルカだけのはず……。
もしや座敷童でも住み着いているのかと不安がよぎると──クイ、と腕を引っ張られる。ルカは僕の右側に座っており、引っ張られたのは左側の腕。
おいおい実体あるタイプの座敷童なのかよと恐怖と共にギギギと目を向けると──。
「るかねぇね、このひとだれー?」
声の正体を目の当たりにする。
二足歩行の、小さな人間だ。
その四頭身あるかどうかの身体をジッと見てしまう。子供特有の甘ったるいニオイ。神釣の子供なのだろうけれど……それにしてはいささか迫力不足というか大ばあさまやルカと比べると本当にただの幼児にしか見えない。
僕が神釣に寄り付かない間にこんなのが生まれていたとは……。
「おはよう、もみじ。よく寝れましたか?」
「うん、さっきおきたの」
「そうでしたか。あのね、もみじ、この愛想の悪い顔をしたお兄さんは礼さまですよ。ちゃんとご挨拶出来ますか?」
「れーたん? れーたんっていうの? もみじと、あそぶ?」
あまりにも小さく柔らかな手がピトっと僕の指先に触れる……ゔ。
……すまん幼児。ちょっと柔らかすぎて無理かも。
「この子は紅葉。ルカの、うちの弟。この神釣の跡取りとなります」
ルカは無表情で弟の頭を撫でた。
・・・
神釣紅葉。僕が神釣に寄り付かない間に生まれていたキッズとも顔合わせを済ませ、縁側で二歳児から最近ドングリを拾っただの近況報告を聞かされ、二歳児とはここまで喋るものなのかと感心しているとルカと紅葉の母、承子おばさんがやってきた。
どうやらやっと大ばあさまが目を覚ましたらしい。
加齢故に起きている時間が短いのかと思えば、明け方までゲームで遊んでいた結果の爆睡とは良いご身分である。
神釣姉弟に連れられ、広々とした神釣家にある部屋とは思えない雑多でごちゃついた趣味の部屋に通されると──。
「なんや。しばらく見んうちに、辛気臭さが減ったやないの。なあ、竜の子」
映画のキャラクターのフィギュアやら古今東西のゲームハードやらが並べられ、ブラウン管テレビからゲーミングモニターまで完備された和風娯楽空間に神釣家の主、神釣千歳が座っていた。
九十近い老骨にしては肌艶がよく、ややふっくらとした体形で白髪というには暗い、雨雲のような短髪を持つこの人こそが僕をここに呼び出した張本人だ。
ドラクエの版権Tシャツを着たその姿はとても地域の重要人物とは思えないけれど、まあ、神釣でルカと血が繋がっていると思えるのはこの人くらいのものだ。
「婆ちゃん、人を呼び出したんなら起きておいてくれない? お陰で因習村ツアーに巻き込まれたんだけど」
「なんや礼、お前のおかんなら喜んだろうに。ノリ、悪いの」
「ぐっ」
「ま、突っ立っておらんと座り?」
全国の綾野礼が選ぶ言われたくないセリフランキング上位が胸に刺さり、膝から崩れるように座布団の上に座る。この僕が……ノリが悪いだって?
「もみじもすわるー」
「……紅葉ボーイ。僕の上には座らないでくれ」
「れーたん、みてて。ぎゃえごじとシンデンたたかうの」
「それ戦いになるの?」
「へへへ」
「ルカ、これどかしてくれない?」
「礼さまが子に好かれる甲斐性があるとは思いもしませんでした」
ルカは弟を僕から引き剝がす事もせず、綺麗な所作で隣に正座した。
「……」
あのルカさん。僕本当にこの生き物苦手なんですけど。
胡坐をかく僕の足の中に納まった二歳児の身体はいささか柔らかすぎる。筋肉とかどこにあるんだこれ。まるでソーセージみたいに肉がパンパンに詰まっている。子供はさほど嫌いではないけれど幼児は生き物としてあまりにも無防備すぎて不吉だ。死の淵に立っているとしか思えない。実体験からして男の子は繊細なのだ。どこかに大事にしまっておいてくれないだろうか……。
紅葉ボーイは僕の気も知らずこちらを見上げるとニコリと笑い、怪獣のソフトビニールフィギュアで再び遊び始める。僕の頬は引き攣る。
「礼さま、先ほどからソワソワしておりますが。人の弟に何を思っているのですか」
ルカがそんな事を聞いてくるので思ったままを耳打ちすると。
「まあ! 大ばあさま、礼さまったらこんなことを。素質アリでございます。ろくでなしでございます」
更に大ばあさまに告げ口をした。すると大ばあさまは。
「かっかっかっ! 普通は逆やろ、生命力に溢れてるとか言わな。そんなん承子が聞いたら泡吹くわ」
盛大に笑った。手紙で呼び出された時はそろそろ寿命なのかと心配したものの、この調子ならばまだしばらくは大丈夫そうだ。
「紅葉はこんなに懐いておりますのにお労しや礼さま。幼少のトラウマが尾を引き人を愛せないとは。ルカも我がことのように悲しゅうございます」
「大人なら大丈夫なんだよ、ただこれ、幼少期過ぎるよ。僕は会話に冗談盛り込めない年齢相手だと鳥肌立っちゃうの」
「ま、リハビリと思うんやな」
良くない感想を幼児に抱く僕に対して、神釣の顔役たちは責める様子すらなく朗らかだ。子供の頃からなんとなくこの二人は神釣の中でも変わっていると思っていたけれど、その感想は正しかったらしい。普通の人とはどこかズレている。
「それで、婆ちゃん。こうしてはせ参じたけども。何か用?」
「相変わらず愛想がないわ。単刀直入に言わせてもらうと。礼、お前しばらくルカの面倒みてくれ」
「嫌だよ」
「そう言いなさんな。紅葉が生まれてルカもようやく自由の身。少し羽根伸ばさせてやって欲しいんや」
「羽根?」
大ばあさまに尋ねるも、口を開いたのはルカだった。
「早い話が跡目争いに負けたのでございます。争いどころか、そう、神釣に伝わる古い習わしに従い……。男児こそが家督を継ぐべき。そういうことでございます」
「今時そんな事ある?」
「あんな、女ばかりが産まれる神釣で百年に一度、無事に産まれる男児は水龍様の生まれ変わり言われておってな。その子こそが家督を継ぐべきっちゅう話や」
「本当に因習あるんかい……」
自分のルーツが因習村に繋がっていたとか恥ずかしいよ。
仮に因習村ツアーが実装されたら僕は旅のお方どころか和室にずらりと並んだ神釣家の面々の一人に組み込まれるじゃん。
綾野礼(17)神釣家とは遠い親戚。「あんた、悪い事は言わないからはやくこの村から出ていった方が良いよ」とか言うタイプの登場人物じゃん。
「神釣の男は産まれることが仕事の縁起物。これはどれほど時代が過ぎようと変わらん」
「そして紅葉が産まれた以上、ルカは用済みという訳でございます。礼さま、どうかこの哀れなルカを外の世界へ連れて行ってくださいませ。およよ」
ルカは寂し気に目元を覆い隠した。こりゃあ大変だ、僕もその表情に沿って顔を作る。形だけでも同情してやろう。
「……礼さま。今の話聞いておりましたか? 聞いておられたならなぜ人を小ばかにしたお顔で笑っているのでしょう。ルカ、実家からいらない子扱いされているんですよ」
「いらない子の我がまま聞いて因習村ごっこに付き合う家族なんて居ないだろ」
表情筋を揉みながら所感を述べるとルカは唇を尖らせた。
「むぅ。大ばあさま。竜の子がしばらく見ぬうちに手ごわくなっておりまする」
「都会もんは心が荒んどるんやなぁ」
二人は目を合わすとケラケラと笑い出す。
ここはアウェー、さっさと抜け出さなくては。
「れーたん。ねえねとけんか?」
「まあそんなところ。そろそろ帰らせてもらいますわ」
キッズから丁度良いトスが来たと思い、冗談半分で立ち上がろうとすると──。
「れーたん、かえっちゃうの。ふ、ふぇぇ」
今にも決壊しそうな涙目で見上げられる。おいおい、これだから冗談の通じないお年頃と言うのは──。
「ええと。……もう少し居ようかな」
まだ書き終わってはいないものの週一くらいのペースで投稿していきますのでよろしくお願いします。
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