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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女
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41話 新たな同盟




 その一瞬、世界は静止したように固まっていた。

 誰もが固唾を飲み、動き出すその時を待ち望む。



「ゴ、グ……ガアァ……」



 源三が呻くと同時に、延伸された深紅の刃も砕け散った。

 間違いなく右胸にある彼の心臓は貫かれた。デミオンを全身へと供給する器官が失われた以上、竜人である彼に助かる術はない。

 膝をついて、うつ伏せに倒れた。



「今度こそ、死んだか?」



 蒼真が呟く。

 三度目の正直か、二度あることは三度あるか。

 戦いを見守っていた一同は固唾を飲んだ。



「源三、もう眠ってくれ」



 郷士は祈るように、そう願う。



「親父……」



 天儀は苦い表情で、ただそう呟いた。

 そして彼ら思いが通じたかのように、竜人化した源三が分解され始める。デミオンの結合が維持できなくなり、粒子となって拡散し、消失し始めたのである。

 これはすなわち、竜人の死を意味していた。

 しかし誰一人として歓声を上げる者はいない。

 キサラギのドラゴンスレイヤーやアーシャを除けば、皆にとって源三は尊敬する存在であった。頼れる人物であった。あるいは英雄であった。

 その男の最期がこれほど惨めで、悲惨で、虚しいものであっては喜ぶこともできない。

 二機のヘリの音だけが、空に吸い込まれる。

 すすり泣く声は、それにかき消されていた。







 ◆◆◆






「どうなっているというのだ? まさかキャトルが死んだ?」



 リシャールは苦虫を噛み潰したような表情であった。

 彼はアーシャの暴走が止まり、大型ドラゴンが撃退されたことまでは把握していた。そしてイーグル小隊からの連絡が途絶えたことも。



「彼らが失敗したと? あの無能共め!」

「主任、どうか落ち着いてください」

「……すまないシモン君。私は取り乱していたようだ」



 彼らはフィールドワークとしてキサラギから出発し、横須賀にまでやってきた。その際に邪魔となるキサラギの監視部隊を殺害した。これはもうキサラギも分かっているだろう。当然、自分たちが疑われるはずだ。

 しかしそこは権力で圧し切れば問題なく、ドラゴンに殺されたとでも主張すれば良かった。

 一番の問題は実験体を確保できなかったことである。



「主任、イーグル小隊が消えたのならすぐに戻るべきです。我々の護衛は彼らだったのですから。キャトルと竜人殺しは諦めるべきです」

「私もシモンに賛成です」

「君たちの言い分は尤もだ」



 今の状況はそれほど良くない。

 リシャール、シモン、ヴァンサンの科学者組は戦闘において全く役に立たない。また連れている護衛や運転手はドラゴンスレイヤーではなく、銃を装備した一般人でしかない。彼らが隠れている車両は光学迷彩によってドラゴンの視界から隠れることも可能だが、極小の確率で見つかってしまうと死が待っている。



「この辺りが引き際だろうね。運転手君、車を出してくれ」

「はっ!」



 エンジンが静かにかかる。

 竜人殺しという最高の研究対象が手に入らずイーグル小隊が全滅してしまったことは厄介だ。またアーシャを暴走させていた首輪の反応も消えてしまっている。彼らはアーシャもドラゴンに喰われてしまったのだと考えていた。

 まさか首輪が破壊されたなどとは思わない。



「この責任はキサラギに取らせるしかあるまいな」



 リシャールは傲慢で不条理な発言をする。

 しかしこの場にいる誰もがそれを否定しなかった。RDOに比べれば、キサラギなど極東の村に過ぎない。たかだか一都市を維持するだけで精一杯の組織を怖がる必要などない。明らかに責任がなくとも、責任を取らせるくらい簡単なことなのだ。

 皆がそう考えていた。



『あら? 誰に責任を取らせるですって?』



 甘く、冷たい声が車内で響く。

 思わず全員が背筋を伸ばした。



「そんな、馬鹿な。通信機が全て乗っ取られている!」

「本当かねヴァンサン君!?」

「正体不明の電波を受信しています」



 ヴァンサンは正体不明と告げたが、リシャールには誰の仕業かわかっていた。

 キサラギに来て何度も聞いたこの声を忘れるはずもない。



「……ミスズ・キサラギかね」

『ふふ。流石に分かるわよね。そうよ』

「一体何のつもりだね?」

『何のつもりですって? それはこちらのセリフよ。確か……キサラギに責任を取らせる、よね?』

「くっ!? ああ、そうだとも。君たちにはキャトルを失った責任を取ってもらうとも。それとも何かね? RDOの……ゲオルギウス機関に逆らうというのかね? 極東の弱小組織が!」



 それはリシャールにとってせめてもの抵抗だった。

 権力に縋るというみっともない行為であることは承知の上である。しかし科学者である彼はこの権力によってでしか自分を守ることができない。

 しかし、それは悪手であった。



『そう。ならあなたが弱小と罵ったキサラギの……二月機関の力を魅せましょう。そうね……二月機関の最高傑作、この如月水鈴の力を特別に閲覧させてあげるわ』



 その瞬間、車両の天井が切り刻まれる。ほんの一瞬にして幾つもの斬撃が走り、バラバラになってリシャールたちへと降り注いだ。慌てて頭を庇うが、鋭利な切断面の金属板が降ってきたために無数の擦り傷や切り傷を作ってしまう。



「代価はあなたたちの命よ」



 直後に車のフロントから冷たい声が聞こえた。



「馬鹿な……なぜお前がここに……どうしてのこの場所が分かった」



 リシャールがその言葉を言い終わる前に水鈴の刃が振るわれる。その瞬間、運転手の男がバラバラに飛び散った。誰一人として、その刀の軌道どころか、何度振るわれたのか見切ることはできなかった。

 鮮血が車両を汚し、またリシャールの白衣にも降りかかる。

 彼は思わず悲鳴を上げた。



「私たちはシノビ。この程度は造作もないわ。ふふ、死を実感したかしら?」

「や、止めろ! この私が死ねばRDOが黙ってはいない!」

「いいえ。あなたはドラゴンに殺された。そういうことになるのよ。あなたも私のドラゴンスレイヤーたちにそうしようとしたでしょう?」



 スッと背中が冷えた。

 イーグル小隊に殺させたキサラギからの監視部隊のことを言っているのだと、すぐに理解できた。それと同時に、水鈴の言葉が本気であるということが。



「ひ、ひああああああああああああ!」



 気が狂ったように叫び、リシャールは腰の拳銃を抜く。小型ドラゴンを追い払うことすらできない頼りない武器だが、人間ならば殺せる。ここで水鈴を殺すつもりで引き金を引いた。軽い発砲音が響く。

 しかし、水鈴の腕がぶれると同時に甲高い音が鳴った。

 水鈴には傷一つなかった。



「へ……?」



 理解したくない事象を前に、リシャールを含め誰もが汗を流す。

 そしてリシャールだけでなく、護衛たちもそれぞれ銃を抜いて次々と発砲し始めた。どうにかして彼女を殺すことが彼らの希望であった。だがそれらは水鈴の腕がぶれて甲高い音が鳴る度に絶望へと変わる。

 やがて弾を撃ち尽くし、カチカチと引き金を引く音だけになった。

 一方の水鈴は涼し気な表情を崩していない。



「終わりかしら?」

「化け物め……」

「これくらいできなければ竜殺しは名乗れないわ。まぁ、私が特別というのは否定しないわね。遺言はそれでいいのかしら?」



 誰一人、口を開くことができない。



「そう、さよなら」



 水鈴の刀が紅く輝いていく。

 ドラゴンを切り裂く兵器が煌めいた時、リシャールたちの意識は途絶えた。







 ◆◆◆







 全ての戦いが終わった後、旭は悲しみに暮れる間もなく処理を始めていた。

 まずは地下シェルターに避難している人々に勝利を知らせ、徐々に地上へと戻らせていく。大型ドラゴンや竜人化した源三と戦った場所はまだデミオン濃度が高く、近づくこともできない。すっかり荒れ果てた戦場が修復されるのはもっと後になるだろう。

 そして、かつての源三の執務室に、主な人物が集められていた。

 まずはキサラギ側が夏凛、そして六道諸刃と七尾忠勝。旭は生産部門長の鬼塚、住民管理部長の青葉、警備部門長の三田郷士。そして旭の臨時リーダーとして獅童天儀がいた。



「まずはキサラギの方々に感謝の言葉を述べます」



 臨時とはいえ旭の指導者としてまずは天儀から口を開く。



「またキサラギの方々には設備の修復などにも力を貸してくださり本当にありがたく思っています」

「こっちはドラゴンスレイヤーをかなり失ったからな。力仕事をしてくれるのは助かるというもんじゃ」



 今回の戦いは旭にとって大打撃であった。

 ドラゴンに対抗するための物資をほぼ全て使いきり、所属するドラゴンスレイヤーの多くが死んだ。何よりカリスマ的指導者であった獅童源三の死は最悪であった。

 元からぎりぎりであった旭に余裕はなく、特に防衛戦力という面で危機的だ。



「早速ですが、今回の援護について僕たち旭はキサラギに対し、何の対価を支払うこともできません」

「そちらの事情は把握しています。またそのことについて、この私、千葉夏凛が如月水鈴の代理人として提案します。私たちキサラギと、そちらの旭で同盟関係を結びませんか?」

「それは願ってもないことです……が」

「キサラギは今後、設備の拡張を計画しています。そのためには人手が必須。そして旭には養いきれない人がいるのでしょう?」

「それは……はい」

「また私たちと同盟関係を結ぶことで、こちらのドラゴンスレイヤーを派遣することができます。また今回のように非常時においては即座に駆け付けましょう。それと旭は赫竜病患者の受け入れをこちらに要請していましたね? それも引き受けることを約束します」



 それは願ってもない提案であった。

 しかし一方で旭だけが得をする提案でもある。天儀は何か裏があると考え、悩んでいた。勿論、それが分からない夏凛ではない。



「そちらが独自に研究していらっしゃる赫竜病のデータ。またそれ以外にも旧日本国防軍の保管していた研究データも一部保有しておられるはずです。それらの融通が同盟の条件となります」

「……寧ろその程度で良いのですか?」

「はい。またキサラギの研究機能の一部を旭へと移設したいとも考えています」



 それだけの融通があれば、旭の復興は容易い。いや、困難な道であることは変わらないが、独自に進めるよりは遥かに楽だろう。天儀も臨時で指導者となったばかりであり、この申し出はありがたかった。

 ただし旭にはキサラギという都市に入れてもらえず、あぶれてしまった者も多くいる。同盟に反発する者も多少は出るだろう。天儀は青葉へと目配せした。

 すると意図を察した青葉は答える。



「住民の不満はすぐに抑えられるだろうさ。初めは反対する奴もいるだろうが……すぐに同盟の利点に気付く。長期的に見て悪くはないと思うがな。三田さんはどうだい?」

「こちらとしても戦力の増強はありがたい。ドラゴンスレイヤーは大きく数を減らしてしまった。少なくとも新世代が育つまでは心許ない」



 各部門のリーダーたちも同盟には意欲的だった。

 というより、そもそも旭だけでは未来がないと察しているのだ。

 天儀は最後に、確認の意味を込めて問いかける。



「では千葉夏凛さん。キサラギの方針は僕たちとの同盟、ということでよろしいですね?」

「その通りです。今更、と思うかもしれませんが、だからこそです」

「どういうことですか?」

「今回の大型竜襲撃は不幸な事故ではありません。元凶はRDOへと繋がります。私たちキサラギは彼らの要請を断り切ることができず、それが回り回ってこの旭へと被害をもたらしました」



 この正直過ぎる言葉に、旭の誰もが息を飲んだ。



「私たちはこれ以上、あの組織の言いなりになるわけにはいきません。だからこそ、関東圏の勢力全てと同盟を結び、一つの勢力となることが重要です。また水鈴様はキサラギがRDOと手を切ることも決断されました。手切れ金も既に用意しています。今まではRDOの支援を受ける代わりにあちらの要望にも従ってきましたが、今後は全てを私たちで担います」

「そのための同盟ですか」

「本当は旧名古屋にあるカンザキシティ、あとは大阪自治区や博多とも同盟を結びたかったのですが、それは時期尚早だと水鈴様は考えておられます」



 夏凛の言葉に、郷士は一瞬反応した。

 そして遠慮しがちに発言する。



「……カンザキシティはそれこそ独自性の高い街だ。同盟は難しいだろう。それにドラゴンスレイヤーを兵器として扱う風潮もある。如月家との対立は必然だと考えるが」

「私もあの街の現状を知っているつもりです。だからこそ先送りとしました。また大阪も十五年前の大阪事変で崩壊した時、東京は手を差し伸べませんでしたからね。感情としてこちらとは手を結ばないだろうという判断です。博多は遠い上に、東南アジアの組織と独自の同盟圏を構築しています。彼らは私たちと手を結ぶ必要性と有用性を感じないでしょう」

「なるほど。夏凛殿は色々と詳しいようだ」

「これでも如月家当主様の秘書ですから当然です」



 改めて夏凛は天儀の方を向く。

 答えは決まっていたが、これを聞いた天儀の心は一つにまとまった。



「旭は同盟の要請を受けます」



 大きな傷跡を残されたが、一方で希望も見えた。

 世紀末の悪夢によって崩壊した関東圏の復興の第一歩として。




水鈴さんは最強です

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