38話 逆の位置
シオンは右腕を再生させる源三を見つめつつ、腕にDアンプルを打ち込んでいた。これは普段使っている高濃度のものと異なり、普通のドラゴンスレイヤー用に調整されたものでしかない。そのため、強制活性化による強化時間もそれほど望めない。先程使った二つの赤い斬撃で、一つ目のDアンプルから取り込んだ分を使い切ってしまったほどだ。
(長期戦は無理か。これで決めないと)
諸刃から渡されたDアンプルは二本。つまりもう使い切ったことになる。
シオンの強化時間はもう一分もないのだ。
(完全に異形化している。となると、簡単にはいかないか。さっきので倒せなかったのは痛い)
完全に右手を再生させた源三は、調子を確かめるようにして掌を閉じたり開いたりする。先程までは刀と融合していたので、その違和感を確かめているのだろう。
竜人はドラゴンに匹敵する再生力を有するが、流石に刀は肉体の一部と見なされなかったらしい。
切り飛ばされた右腕は徐々に霧散し、赤い刃の刀だけが転がった。
源三はその転がった刀を意識しており、シオンはそれをチャンスと捉えた。足に力を入れ、左側から回り込むようにして接近する。
(まだ左脇の傷は癒えきってない。そこから心臓を狙う)
郷士を助ける時、二撃目に放った飛ぶ斬撃は源三の左脇に直撃していた。その傷はまだ修復されていないのだ。どうやら古傷と重なっているらしく、治りが遅いらしい。また右腕の再生に力を集中させたというのもあったのだろう。
とにかく、そこが唯一の突破口であった。
しかし源三もただでやられるわけではない。
意識を取り落とした刀へと注いでいたにもかかわらず、驚異的な反射神経でシオンに反応して見せた。左手一つでシオンを抑え込もうと試みる。
「くっ……」
踏み込めない。
そう判断すると同時に、足の向きを変える。そして背中側から右へと回り込んだ。
翼が死角となって源三にはシオンの動きが見えない。その視界からシオンが消えた次の瞬間、右脇腹に衝撃を感じた。
首を回して確認するも、既にそこにはシオンはいない。
右脇腹への攻撃は、源三の気を引くための囮でしかない。刃は活性化しておらず、衝撃を叩き込む程度でしかない。だが、源三は見事に釣られた。
シオンは身を低くして彼の足元を通り、再び左側へと出る。
(不味い。傷が塞がる)
流石に時間をかけ過ぎたらしく、もう左側の傷が塞がりかけていた。
シオンは体内デミオンを刀へと注ぎ込み、活性化させる。そして正確無比な突きを放った。予め付けた傷の部分かつ、肋骨の間を通り抜けるように放たれた一撃が源三へと迫る。
だが、源三は振り向くこともなく、尾の薙ぎ払いによってシオンを吹き飛ばした。源三自身の体によって尾が隠されていたので、シオンはそれに気付けなかったのだ。
「ぐっ、がっ!?」
吹き飛ばされたシオンは地面を転がり、何とか受け身を取って起き上がる。尾によって打たれた腰に激痛が走った。
「くぅぅ……痛……」
だが立ち止まってはいられない。
源三は既にシオンの目の前にまで迫っていた。痛む腰のせいで力が入らず、回避が遅れる。仕方なく防御の体勢を取る。どうせ攻撃を受けるならば、無防備よりも備えていた方がダメージも少なく復帰が早い。
「ガアアアアアアアアアア!」
「がぁっ、はぁっ!?」
出来る限りダメージを抑えようとしたにもかかわらず、その衝撃は凄まじいものであった。一瞬だが呼吸が止まり、意識すら失う。気付けば宙を舞っていた。
そして源三は追撃とばかりに翼を羽ばたかせ、またシオンへと迫る。
だが、唐突に源三は空中で体勢を崩した。頭部に狙撃弾が命中したのである。その弾丸は貫くまでは至らなかったが、こめかみに食い込んでいた。
(これは、諸刃か)
すぐに援護してくれた相手に思い至り、感謝と同時に刃を振るう。極限まで活性化させた刃から深紅の斬撃が飛び、バランスを崩して無防備な源三へと直撃した。残念ながら狙いは甘く、斬撃は胸部の厚い竜鱗に阻まれてしまう。ただ衝撃によって地面へと叩き付けることはできた。
墜落した源三へと追撃するため、シオンは着地と同時に地面を蹴る。もうこの時には体内の怪我も完全に治癒していた。普段から回復力は高めだが、今は活性化状態なのでそれが更に増している。骨に罅が入った程度ならば、宙に浮いてから着地する僅かな間で治ってしまうのだ。
「お、おおおおおおおおお!」
風すら追い越す突撃と、そこから放たれる突き。
それは寸分違わず源三の左胸を狙っていた。また、シオン固有能力である飛ぶ斬撃は、何も振るうことでのみ使える訳ではない。突きと共にその切先から、細長いデミオンの刃を伸ばすこともできるのだ。一瞬とはいえ間合いが大きく変化するので、竜人化して反射神経が人外となった源三ですら見切れない。
デミオンの刃は左胸の竜鱗を削り始める。
シオンの突撃と共にデミオンの刃は押し込まれ、同時に竜鱗に阻まれる。流石に伸ばした刃の方が強度で負けているので触れた先から砕けているが、少しずつ竜鱗を削っていた。ガリガリと削られることに危機感を感じたのか、源三はその両手で刃を掴み、受け止める。デミオンの刃は竜人の掌すら傷付けつつ、その役目を果たした。
その間にシオンは迫っており、遂に刀の切先が触れる。
「おおおおおおおおあああああああああああ!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
二人の叫びが重なる。
散りゆくデミオンが火花のように閃き、煌めき、世界を赤く染めていく。源三は刃を受け止めるも、シオンは逆に押し込む。瞬間的に竜人並へと活性化したシオンならば、押し負けることはない。
「届け!」
遂に竜鱗が砕け活性化した赤い刃が肉を裂く。
源三はますます吼えて両腕に力を込めるが、刀は止まらない。そこで先の焼き回しのように、鞭のようにしなる尾でシオンを弾き飛ばそうとした。
目の前へと集中しているシオンはそれに気付かない。
また吹き飛ばされるかに思えた。
しかしそこに二つの影が割り込む。それは蒼真と青蘭であった。
「私に合わせて」
「任せろ」
受け流しの達人、青蘭が尾に刃を添わせる。しかしそれだけでは力負けしてしまうので、蒼真が威力を減衰させるべく受け止め役を担った。
蒼真はシオンが大嫌いで助けるなど反吐が出るほど嫌なことだが、それとこれとは話が別だ。ドラゴンスレイヤーとしてやるべきことはやる男なのである。
二人の力で力の向きが完全に下方向へと変換され、地面を破壊して止まる。
「つら……ぬけえええええええ!」
シオンは残り少ない体内デミオンを一気に消費する。
それと同時に背後から何かがシオンの腕と手に持つ刀の間をすり抜け、源三の右手親指を吹き飛ばした。諸刃の狙撃である。これによって源三の抑える力が大きく低下した。
一気に刃が押し込まれる。
過剰に活性化した対竜武装は竜人の皮膚など一瞬で突き破り、左胸を貫通する。そこは人体における心臓があるべき位置。
源三の動きが止まる。
「シオン!」
聞き覚えのある声に、シオンは反応して首だけ動かす。
まだ少し離れているが、走り寄る赤髪の少女を見間違えるはずもなかった。よく見ると後ろからはこれまた見覚えのある二人が追ってきている。
(目を覚ましたか。天儀さんたちを振り切って追ってきたな……あいつ)
安堵と共に、シオンは力を吐いた。
刀を、源三の胸に突き立てたまま。
「シオン! あたし――」
アーシャはシオンへと飛びついた。
◆◆◆
「違う! 早く逃げるんだシオンさん!」
戦いは終わった。
ようやくか、と全員が一息つくなか、天儀だけは全力で警告する。彼にとって完全異形化した父の姿は衝撃だったが、それを上回るほどに危機的状況を理解していた。
「親父は内臓逆位だ! つまり――」
左胸を貫かれた源三がピクリと動く。
「心臓は右側にある!」
天儀では目視できない速度で、完全異形竜人の右腕が振るわれた。
◆◆◆
シオンは飛びつくアーシャに目を奪われ、気付くのが遅れた。
源三はまだ生きている。
そして竜人となった源三は、最高の獲物に目を奪されていた。
(狙いは――)
自身の思考よりも早くシオンは動く。
刀から手を離し、アーシャを突き飛ばしつつ背中で庇う。強靭な源三の爪が、シオンの背に突き刺さった。いや、そればかりか腹まで貫く。
「がっ……」
衝撃によって肺から空気が吐き出され、同時に血も吐き出す。その血はアーシャの頬にかかった。
「え? シオ――」
更には追撃としてシオンを喰い千切ろうとする。
しかしそこで蒼真が刃を突き出し、源三の眼を貫こうとした。反応した源三は喰らいつくことを諦め、その代わりに蒼真を巻き込むようにシオンを蹴り飛ばす。
シオン、アーシャ、蒼真はもつれながら吹き飛ばされ、転がり、偶然にも天儀や竜胆のすぐ側で止まった。慌てて天儀がシオンの容体を確認する。
「不味い。おそらく内臓の損傷を……」
本来ならば竜人から傷を負った時点で終わりなのだが、シオンには特異体質がある。それは天儀も先に見ているので、赫竜病対抗薬の投与は必要ないだろうと考えた。寧ろデミオンの抑制は自己治癒能力を低下させるだけである。
シオンは背中から貫かれた上に背骨が折れるほどの蹴りを喰らっている。普通に命に係わる重傷だ。ドラゴンスレイヤーでなければ即死だった。
一方でアーシャはシオンがクッションになり無事で、掠り傷程度。また蒼真も同様であった。
「ちっ……心臓は破壊したはずだ。どうなってやがる!」
蒼真の疑問は尤もであった。
そこで天儀が傷口を確認しながら説明する。
「親父は……あの竜人の元になった獅童源三は先天的疾患として内臓逆位を患っています」
「なんだそれは?」
「内臓の位置が鏡映しのように逆になっている、というものです。非常に珍しい疾患で、普通に暮らす分には問題もありません。しかし心臓の位置は……」
「右胸にあるってことか」
「はい」
「ちっ……」
丁度そこに青蘭も下がってくる。
勿論、状況の説明を求めた。
「ちょっと、あれどうなってるのよぉ」
「心臓が右側にあるそうだ。先に言っておいてほしかったぜ」
「それ、反則じゃない?」
内臓逆位は非常に珍しい疾患だ。
一応はキサラギが保有するアーカイブにも情報は保存されているのだが、マニアックな者でない限りは見ることもないだろう。勿論、ドラゴンスレイヤーを育成する段階でも内臓逆位の竜人など想定していない。
蒼真も青蘭もこのような状況は初めてであった。
「もう私たちで倒す手段がないわよ。諸刃の狙撃に期待ね」
『俺の方も、狙撃弾が残り一発しかない。それに体内デミオンも切れている。あの竜鱗は貫けない』
「あら、完全に手詰まりね」
旭のドラゴンスレイヤーは壊滅。対竜弾もほぼ使い切った。諸刃は後一発しか狙撃弾を持っていないし、蒼真と青蘭も体内デミオンを使い尽くしている。頼みのシオンも重傷だ。
一方で源三はぴんぴんしている。
左胸に突き刺さった刀を突き放ち、自身の武器として再利用していた。またそれを握る右手に竜結晶が覆っていき、やがて融合する。更には先にシオンによって右腕ごと落とされていた対竜刀も拾い上げ、左手と融合させる。
二刀流となった源三は空気を震わすほどに吼えた。
「グオオオオオオオオオオオオオオアアアアアッ!」
絶望が地上を支配する。
誰もが、あの竜人の討伐を諦めていた。
あらゆる手段を使い尽くした以上、彼らに戦い続けるだけの力は残っていなかった。
そう、彼らには。
『おいおい。話が違うじゃないか。俺たちは大型竜だって聞いたんだがな』
『竜人ですね、あれ。しかも完全異形化を……一〇一に説明を求めます』
唐突にインカムへと飛び込んできた通信。
蒼真はその声に覚えがあった。
「まさか……一〇九小隊か!?」
『お、繋がったか。こちら一〇九小隊、七尾忠勝。援軍にやってきたぜ』
その声と共に、空気を切り裂く轟音が連続して鳴り響く。
独特の音は空からであった。
見上げると、そこにはキサラギが保有する二機の軍用ヘリが滞空している。夏凛が要請した援軍が今、到着したのだ。
『水月君、水明君、準備は良いな?』
『こっちは問題ないぜ』
『へっ、水月に負けるかよ。俺も問題ない』
ヘリは源三の頭上で円を描きながらゆっくり飛ぶ。
そして側面からはヘリの中に固定された武装である重機関銃の砲身が覗いていた。その引き金を握るのは一〇九小隊に所属する双子、如月水月と如月水明だ。
『さてと、水鈴様からは幾ら弾を使ってもいいと許可を貰っている。存分にぶちかませ!』
忠勝の声と共に、対竜弾の重機関銃が掃射される。
源三のいた場所は破壊音と土煙に包まれた。
内臓逆位は結構レアな症例です。




