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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女

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36話 人か竜か




 竜人化した浅実とシオンは激しく打ち合う。

 狭い通路で巧みに互いの位置を入れ替えながら、何とか互角の戦いを演じていた。だが、不利なのはやはりシオンであった。



(刃が通らない)



 先程までシオンはアーシャから供給された過剰デミオンによって強化されていた。だがそのデミオンは一分ほどで全て排出されるものであり、もう強化など残っていない。

 また使い慣れない剣形状の対竜武装を使っているということも理由の一つだった。



「ガ、アアアアアッ!」



 唯一の救いはひたすらアーシャを狙っていることだろう。常に意識がアーシャへと向いているお陰で、シオンは竜人の猛威に晒されず済んでいた。

 竜人といえど、ドラゴンのように全身全てが竜鱗で覆われているわけではない。勿論、浸食が進めば最終的にそうなるが、まだ時間が経っていない浅実には鱗のない部分が幾らかあった。そこならばシオンの刃も通る。

 血が飛び散り、床や壁が汚れる。

 まだ人から竜人へと作り変えられている途中なのだろう。



(くそ……)



 そして血が流れる度に、シオンは刃を鈍らせていた。



(これが……人を殺すということか)



 血が流れ、苦しみの声を上げる浅実を見る度に心が痛む。

 彼女との会話、彼女と仕事したこと、彼女と共に戦ったこと、そんな小さな思い出がフラッシュバックするのだ。



(なるほど。水鈴姉さんが俺に友好関係を持たせたがらないわけだ)



 情が湧けば、刃が鈍る。

 これは竜人化した隊員を出してしまった小隊のほとんどに起こる。同じ小隊に属する仲間は、命を預け合うほどの信頼で結ばれているのだ。竜人化したからといって、即座に殺せるようになる関係ではない。

 だからこそ、竜人殺しであるシオンは単独で小隊を名乗っていた。

 これにはデミオンを排出する体質を利用した高濃度デミオン区域の調査に足手纏いとなる隊員を入れるべきではないという思惑もあったが、一番の目的は友好関係の排除である。

 如月水鈴の命令もあり、シオンは決して仲間を作ってはならなかった。



有希ゆき……俺は……)



 竜人殺しとして働き始めたのは十三歳から。そして十五歳になった今までに何体もの竜人を屠っている。その間に躊躇ったことなどなかった。

 だがシオンにとって初めての竜人殺しは七歳の時にまで遡る必要がある。

 自身の力を理解しておらず、幼馴染でもあった六道有希を竜人化させてしまった最悪の事件。そこでシオンは心身共に傷つきながら、初めて竜人を滅した。

 浅実と戦っているとその記憶が思い出される。

 己の罪深さを思い知らされる。



「アァァ……シ、オン」

「っ!? 理性が」

「タ、スケテ」



 浅実はまだ竜人化したばかり。デミオンの侵食も浅く、まだ少し理性が残っている。

 熱海の海岸でも理性を僅かに残した竜人を殺したが、その時とは状況が違う。全く知らない竜人ならば、仕事と割り切って容赦なく滅することもできた。しかし、浅実という人間はシオンと多少なりとも親しくなってしまったのだ。

 見れば竜胆が戦う正一の方も、理性が残っているのか行動が鈍い。

 あちらも同じなのだろう。



「ぁ、く……」



 言葉にならない何かが漏れる。



(こんなことなら)



 浅実の攻撃を避ける。

 大振りなお蔭で攻撃の意図が丸見えなので、回避は難しくない。



(こんな、ことなら)



 理性で抗いつつも、浅実は血肉を求める。

 どうにかしてシオンを払いのけ、アーシャを喰らおうとしている。



(こんなことなら……いっそ憎まれたままの方が楽だった)



 刃が深紅に染まる。

 それはシオンに染みついた一連の動き。回避して斬る。

 活性化した刃の軌跡が紅い三日月を残し、浅実の右腕を肘から切り落とした。そのまま活性化を維持して心臓を貫く。

 そして引き抜いた瞬間、噴き出た血液がシオンの右半身を汚した。



「アリ、ガ……」



 心臓を潰され、竜人としての生命が終わる。

 そして浅実が倒れた直後、竜胆が玄の膝を切り裂いた。これによってバランスを崩し体を傾ける。その瞬間を狙ってシオンは動いた。

 容赦なく、心を殺して、仕事だと念じて、刃は心臓を貫いた。






 ◆◆◆






 大型ドラゴンの腹より復活した最悪の竜人。

 その見た目からして、侵食が進んでいるのはすぐに分かった。



「死にきれなかったか、源三」



 郷士は顔を歪めて呟く。

 デミオンブレスを溜める大型ドラゴンを止めるべく、源三は過剰なデミオンを摂取して強化を施した。そして死ぬつもりで大型ドラゴンの口に飛び込んだのだ。お蔭でデミオンブレスは暴発し、大型ドラゴンの頭部を吹き飛ばすことになった。

 これで源三も死んだと思っていた。

 いや、死ななければならなかった。

 Dアンプルの過剰摂取によってドラゴンスレイヤーは強化の恩恵を得る。しかし身に合わない量のデミオンは赫竜病を誘発し、竜人化を早めるのだ。故に禁忌の手段とされている。使うとすれば、自殺前提の特攻に限らなければならない。



「ちっ……最悪だな。諸刃、撃て」

『ああ』



 蒼真はすぐにインカムで呼びかける。

 一撃で人間としての死が確定する竜人を相手に、接近戦は禁忌だ。接触禁忌種と呼ばれるだけはある。故に銃撃で殺すのが定石だ。

 諸刃の残り少ない体内デミオンで活性化させられた狙撃弾が飛来する。

 それは見事に、吸い込まれるようにして竜人化した源三の左胸へと直撃した。

 同時に、弾かれた。



『失敗した』

「嘘だろ……狙撃弾だぞ?」

『どうやら大型ドラゴンに匹敵する強度を得ているらしいな。大型の腹から出てきただけのことはある。濃密なデミオンに晒されて一気に侵食が進んだんだろう』

「冷静に考察している場合か!?」

『それと悪いが、俺の体内デミオンがほぼ尽きた。回復には時間がかかる。今はこの辺りもデミオン濃度が多少は高くなっているから、それによる自然回復を待つしかない』

「……最悪だぜ」



 そうして会話する間に、源三にも変化が現れた。

 彼はただ、ジッとしているわけではない。まだ変化の途上なのだ。大型ドラゴンの死体から発散するデミオンを取り込み、最悪の竜人として羽化しようとしていた。



「ガ、ガアアアアアアアアアア!」



 空気を揺らすほどの咆哮。

 それと同時に、源三の背が盛り上がる。そして弾けるように、二枚の翼が現れた。更には額から水晶のように半透明で、それでいて赤い角が二本生える。

 竜鱗、牙、角、そして翼。

 人の形状でありながら最大限、ドラゴンへと近づいてしまった竜人の末路がそこにあった。



「これでお前の援護なしか。冗談きついぜ」

『心配するな。青蘭にそっちへ行くよう言っておいた。もう夏凛さんの護衛は不要だからな』

「お前はどうするんだ?」



 その問いに対し、諸刃は少し間を開けてから答える。



『……鬼塚という人にあいつの居場所を聞いておいた』

「あいつ? おい、まさか」

『竜人には竜人殺しだ。キサラギではいつものことだろう? 俺が連れていく』



 よくよく耳をすませば、駆け足のような音も聞こえる。

 既に向かっているということだろう。



「ちっ……癪だが、精々時間稼ぎしてやるよぉ!」



 蒼真がそう叫ぶと同時に、源三も翼を広げて飛び出した。






 ◆◆◆






 血が流れる。

 床が赤色に染まる。

 そしてシオンは今、立ち尽くしていた。



「手慣れている……です?」



 竜胆のその問いに答えることもしない。

 すると天儀が思い出したかのように、シオンの正面へと回り込んだ。そして胸の傷を調べ始める。これは竜人化した浅実から受けたものだった。



「不思議だ。傷口に侵食が見られない」

「言ったはずです。俺は赫竜病にならない体質だと」

「本当……です?」

「僕が見る限り、赫竜病になっていないね」



 シオンの体質はキサラギでも秘密とされている。二月機関の職員やドラゴンスレイヤーはともかく、市民にまでは知らされていない。当然、外部の組織である旭が知るはずもない。

 赫竜病の治療法研究をしている天儀にとって、シオンの体質は興味深いというだけでは済まないものだった。

 だが、彼は道理を通さず自分の興味にだけ関心を示すような男ではない。

 まずシオンに頭を下げた。



「本当にすみません。シオンさんの仲間を……助けられませんでした」



 それを聞いてシオンは歯を食いしばる。

 この沸き上がる感情が怒りであるということを理解するのに、数秒の時間を要した。そしてその怒りは、シオン自身に向かっていた。



(天儀さんは初めから助けようとしていた。責めるのは筋違いだ。初めから殺すことしか考えていなかった俺とは違う。俺は……)



 赫竜病は不治の病である。

 治療法は存在せず、一度かかると死か竜人化の未来しかない。進行を遅らせる薬は幾つか開発されているものの、劇的な効果は報告されていないのだ。

 それでも天儀は治療しようとして、そして治療できなかったことを悔やんでいた。



「謝罪は……不要です。竜人は殺すしか……殺すしかありませんから」

「僕は必ず治療法を完成させる。だから、そんなことは言わないで下さい」

「だと、いいですけどね」



 シオンは天儀から離れ、剣に付着した血を払った。また顔にかかった血も拭う。そして剣を鞘に納めた後、アーシャの元へと近寄った。

 腰を落として彼女の様子を確認すると、呼吸は安定しており、表情にも柔らかさが戻っている。

 取りあえず、安堵した。

 その時、竜胆が警戒の声を発する。



「天儀、誰か来る……です」

「こんなところに? まだ外は戦いの音がするのに」

「二人来る……です」



 竜胆はドラゴンスレイヤーとして獲得した鋭敏な五感により、足音を知覚していた。駆け足で近づいてくるその足音は、すぐに天儀にも聞こえるようになる。

 通路の角から、二人の男が現れた。

 一人は自衛隊服を着た旭の職員。そしてもう一人はキサラギのドラゴンスレイヤー、諸刃であった。

 アーシャのすぐ側で膝を折っていたシオンも立ち上がる。



「シオン、仕事だ」

「……」

「竜人を殺す。それがお前の仕事のはずだ……丁度、今もこなしたところらしいな」



 諸刃は床に転がる三つの死体を確認する。

 紛れもないキサラギのドラゴンスレイヤーが着用を義務付けられている制服。死体も血に濡れたそれを纏っている。諸刃は正一たちの顔を知らなかったが、それによってキサラギの者であると見抜いた。

 つまり、交渉によって連れ戻すはずだったうちの三人だったのだと認識する。



「分かった」



 シオンは無表情でスッと立ちあがった。

 そして静かな足取りで諸刃の方へと向かっている。

 だが、それに待ったをかけたのが天儀であった。



「少し待ってください。外の状況は?」

「天儀さん、その……」



 答えたのは、諸刃をここまで案内してきた旭の職員であった。



「大型ドラゴンはキサラギの方が協力してくださったこともあり、無事に討伐されました。しかし……」

「問題が?」

「……落ち着いて聞いてください。御父君が、源三さんが竜人化されました。現在はその討伐戦を行っております」

「親父が!? くっ……」



 悔しそうに両手を握り締める天儀の横を素通りして、シオンは歩む。

 そんなシオンを天儀は肩を掴んで止めた。



「親父を……殺すんですか?」



 ただ、シオンは振り払ってまっすぐ進んだ。

 答えは言葉にせずとも、分かる。

 諸刃は腰に差してある刀を取り、シオンへと差し出した。



「これを使え。使い慣れていないものよりはマシだろう。それと一般用だがDアンプルも二つだけ旭から供与してもらった。多少の強化にはなるはずだ」

「分かった」



 諸刃は狙撃手ではあるが、念のために刀は所持している。そして普段から使われることもないので、刃毀れの心配もない。また供与されたというDアンプルも受け取り、シオンはポーチへと入れた。



「急ぐぞ」

「はい。その前に天儀さん」

「……何ですか?」

「俺は貴方の父親を殺します。その上で頼むのは最低のことだと思いますが……彼女を頼みます」



 シオンは首だけ回し、まだ眠っているアーシャを確認する。

 その後と、諸刃と共に走り去っていった。

 粒子化して消えていく玄と浅実からは、あえて目を逸らして。自身の心を苛む何かから目を逸らすように。






 ◆◆◆






『アーシャ』

『何?』

『もしも自由になれるとしたら……俺と一緒にいないか?』



 アーシャは微睡の中、思い出す。

 それは小田原城での会話だった。

 シオンもアーシャも、デミオンに対する特別な体質を持っていた。そしてこの忌まわしい体質のせいで、大切な人を殺してしまった。そんな共感があった。

 また富士樹海から脱出し、二人で協力してここまで戻ってきた。目的があったにせよ、シオンはアーシャのために手を尽くしていた。



(あの後、なんて答えたんだっけ?)



 どうしても、あの会話の後のことが思い出せない。



『アーシャ』

『何?』

『もしも自由になれるとしたら……俺と一緒にいないか?』



 ただ、この会話だけが何度も何度も頭の中で響く。

 それ以外のことは溶けて消えてしまったかのように思い出せなかった。

 自分はあの後、どう返したのだろうか。それがまるで思い出せない。マーブル模様の水の中を漂っているような、そんな感覚が思考をふわふわとさせる。



(あいつは……あたしと一緒がいいのかな?)



 そんなことを他者から言われたのは初めてだった。

 物心がついた時から研究所生活が当たり前だったし、それ以外の生活も知らない。世話役で友人だったメアリを殺してしまってからは、近づく人も減った。一緒に過ごす人などいるはずもない。孤独であったが故に、シオンの問いかけには戸惑うしかなかった。

 そして思い出す。



(あたし、まだ答えを返していない)



 意識が徐々に浮上する。

 久しぶりに感じる、すっきりとした感覚であった。まだ思考に霧がかかったような感覚は拭いきれないが、身体の軽さを感じる。



「あ……」



 目を開く。

 ぼんやりとした景色の向こう側に、シオンの姿が見えた。だが、シオンはすぐに背を向け、走り去っていく。アーシャは無意識で手を伸ばし、その背を掴もうとしていた。

 届かない。

 もっと手を伸ばす。

 しかしまだ届かない。

 ならば更に手を伸ばす。

 バランスが崩れ、身体が倒れそうになった。それを誰かの手によって支えられる。



「目が覚めたんですか? キャトルさん?」



 彼女を支えたのは竜胆であった。声をかけたのは天儀だったが。

 またこれによってアーシャは意識をハッキリとさせる。



「あたし……?」

「僕の声が聞こえますか? 僕が見えていますか?」

「……?」



 天儀はひとまず意識の有無を確認しようとするが、アーシャは首を傾げるだけだ。彼女は日本語が分からなかったのである。



「シオンは、どこに行ったの?」



 英語でそう尋ねる。

 これによって天儀も日本語が通じていなかったことを理解した。彼は医者というだけでなく、研究者として英語を嗜んでいる。読解は勿論、会話でも充分に使いこなせるほど熟達していた。



「彼は……竜人を退治しに行きました」



 自らの父である、獅童源三を殺しに行った。

 それが心に引っかかったのだろう。少しばかり言い淀んでいた。

 だが、それはアーシャには関係のないことだ。



「あたしも、行く。答えを、返さなきゃ」

「それは……危険です。それに僕はシオンさんからあなたのことを頼まれました」

「別にいいわ。あたし一人でも行く」



 アーシャは天儀を押し退け、立ち上がった。

 そしてシオンが去って行った方へと歩きだす。ずっと眠っていたからだろう。筋肉が固まっているせいか、足取りはおぼつかない。しかし、止まる様子はなかった。

 だが、そこに竜胆が立ち塞がる。



「どいて」

「通さない……です」

「あたしは行くわ」

「ダメ……です」



 無理矢理通ろうとするアーシャは、竜胆を押し退けようとする。しかし竜胆はドラゴンスレイヤーであり、か弱い少女ではない。その手を掴み取り、逆にアーシャを押し返そうとした。

 アーシャも竜胆も体内にデミオンを有する適正者であるため、潜在的な力そのものに差はない。ただアーシャは病み上がりで、普段から鍛えているわけではない。力負けしたのはアーシャであった。

 倒れそうになった彼女を、天儀が慌てて支える。



「り、竜胆、彼女は病み上がりだから……」

「む。どっちの味方……です?」

「あ、いや、僕は」

「さっさと放しなさいよ!」

「あ……」



 アーシャは天儀の拘束を振りほどいて走っていく。貧弱な天儀ではアーシャの力に抗えず、尻餅をついてそのまま倒れてしまった。慌てて竜胆が駆け寄るが、その代わりにアーシャを見逃してしまう。



「竜胆、彼女を!」

「追う……です?」

「流石に放ってはおけない……という速い!?」



 天儀にとっては驚くべきことに、アーシャは足が速かった。



(いや、彼女の適性を考えれば当然か……)



 だがすぐに冷静に戻る。

 アーシャは髪が竜人のように赤い。類まれなる適性を有するドラゴンスレイヤーは髪の一部が深紅に染まっている場合がある。一方でアーシャはその全てが美しい深紅だ。その適性の高さを鑑みれば、身体能力高さに違和感はない。

 ただ、これでは追いかけるのも一苦労だった。



「こうなったら僕たちも行こう。それに親父のことも気になる」

「……です」



 天儀としては後者が本音だったのかもしれない。

 立ち上がり、軽く白衣を手で払う。そして床に寝かされた正一の遺体を一瞥した。一方で竜人化していた玄と浅実の遺体は赤い粒子となって広がり始めている。つまり、周囲のデミオン濃度が一時的にではあるが高まりつつある。



「どちらにせよ、ここは離れないといけない」



 二人はアーシャを追って駆けだした。



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