34話 大型竜の脅威④
アーシャの暴走が止まった直後、旭を襲うドラゴンの群れに小さな異変が起こった。
それは戸惑うような、何かを見失ったような反応であった。それによって小型ドラゴンは統制を失ったかのように動きが乱れる。
更に大きな変化は大型ドラゴンにも訪れていた。
絶対に攻撃を通さないとばかりに張られたデミオンシールドは健在だったが、いきなりデミオンブレスの溜めが止まったのである。全身をボロボロにしてでも溜めていたので、同時に各部の崩壊も止まる。そして何かを探すようにキョロキョロと首を動かしていた。
(なんじゃあ? 何が起こっとるんじゃ?)
大型ドラゴンの様子を見ていた鬼塚も首を傾げていた。
それもそうだろう。ドラゴンの立場になって考えれば、ここでデミオンブレスの溜めを止める意味はない。今解き放てば、確実に旭という組織は壊滅する。この旧横須賀基地は高濃度デミオンに晒され、あらゆる物質が瞬時に竜結晶化することだろう。人間には赫竜病という道すら残されない。
だが事実、大型ドラゴンは動きを止めた。
いや正確には戸惑っているような反応を見せている。
(だがこれはチャンスじゃぁのぉ!)
すぐに鬼塚はインカムで確認する。
「レールガンはどうじゃ? すぐに使えるか!?」
『システムチェック完了です。ですが……』
「どうした? 問題か? こっちはチャンスじゃから、今すぐにも発射せんか!」
『いえ、それが――』
怒鳴り声に怯えつつも説明するレールガンオペレーターの言葉を聞き、鬼塚は目を見開く。
そして静かに確認した。
「それは本当なんか? いや、可能なんじゃな?」
『はい』
「よぉしぃ! すぐにやれぇい! 俺が許可する!」
『了解です。すぐに発射シークエンスに入ります』
旭が供給するほぼ全ての電力が、レールガンへと集められる。
『特殊対竜弾頭セット完了』
『電力供給ライン、オールグリーン』
『照準プログラム正常。誤差コンマ二!』
鬼塚は大型ドラゴンを睨みつける。
忌々しいほど頑丈なデミオンシールドに籠っているのは変わらないが、まだ動きは鈍い。そして小型ドラゴンはまだかなりの数が空を舞っているものの、やはり統制を失ったかのように飛び回っている。いや、まるで何かを探しているかのように各々が旋回している。
誰一人として予想できないだろう。
この場にいないシオンの手によってアーシャの暴走が鎮められ、ドラゴンが目標を見失ったなど。
「よぉぉぉぉしっ! 撃てええええええ!」
鬼塚はただ、このチャンスを逃すものかという思いを叫びに込める。
旭が誇る百二十ミリ対空レールガンが、青白い光を発した。
◆◆◆
一秒でも時間を稼げと言われたものの、蒼真はどうするべきか悩んでいた。
百メートルも上空で防護壁を張っている大型ドラゴンに何ができるというのか。しかし、蒼真が何かをするまでもなく、大型ドラゴンの動きがおかしくなった。
「何だ?」
この違和感は郷士も感じたらしい。
蒼真の近くまで走り寄り、この状況について考察を求めた。
「何が起こっているか、分かるか?」
「いや。だが……」
「だが?」
「少なくとも取り巻きの小型竜の動きは……獲物を探している時の動きに似ている」
少なくとも二人には状況が理解できていなかった。
しかし蒼真の指摘は的確で、事実として大型ドラゴンは極上餌を探していたのだ。突如として消失した膨大なデミオンを発する餌に、ドラゴンは戸惑っているのである。
しかし人間側からすればチャンスだ。
(今の内に諸刃の奴の要望も考えとかないとな)
一秒でも時間を稼ぐ。
それを忘れてはいなかった。空中で、防護壁に籠って、今にもブレス発射しようとしている。そんな大型ドラゴンに何かの対策を施さなければならない。
だが、それは無駄となった。
『諸刃だ。聞こえるか?』
「ああ、どうした?」
『アレはお前がやってくれたのか?』
説明されずとも分かる。
この異常を指しているのだろう。
「いや、俺も分からない」
『そうか。だが好都合だ。準備は整った』
「何をするつもりだ?」
そう問いかけた瞬間、オレンジ色の軌跡が空を裂いた。
地上から伸びるその軌跡は、大型ドラゴンが張るデミオンシールドとぶつかる。デミオンノイズによって活性化させた刃すら弾くその防壁はまさに最高の盾だ。だが無敵ではない。
対竜弾頭の弾丸は音速の八倍を超える速度に達しても融解しない。空気摩擦によって生じる熱が瞬間的なプラズマを発生させ、軌跡がオレンジ色に輝いているのだ。
燃え尽きることなく、発射したときと同じ百二十ミリの弾丸は弾頭部が紅蓮を発しながら……デミオンシールドを一瞬で破った。
僅かな拮抗すら許さず、正二十面体を構成する正三角形の一枚に綺麗な穴をあける。
いや、それだけではない。
蒼真にはその瞬間を見ることすらできなかった。
「嘘、だろ」
思わず漏らしてしまった本音。
それは隣にいる郷士の様子からも正当なものだと言える。
「やりやがったな……そういうことか諸刃ぁ!」
目に映るのは風穴の開いた大型ドラゴンの胸元である。いや、正確には首の付け根だ。
心臓とコアが埋まっていたであろう部位が、綺麗に貫かれていた。それどころか、背後のデミオンシールドまでもが貫通されている。
『あのレールガンの弾頭には、俺の体内デミオンを全て注ぎ込んだ。だからあの威力になった』
インカムを通して諸刃はそう説明する。
元々、対竜武装はデミオンを含んだ竜結晶製の兵器だ。そしてドラゴンスレイヤーはこれに体内デミオンを流し込み、活性化させることで威力を向上させる。これは刃であろうと、弾丸であろうと変わらない。
ただし弾丸の場合、活性化したところで発射されるとドラゴンスレイヤーの手から離れてしまうことになる。そのため銃口から発射されてドラゴンに命中するまでのわずかな間に活性率が低下してしまい、威力も減衰するのだ。
しかしレールガンによる弾頭の投射速度はおよそ時速一万キロ。大型ドラゴンに届くまでの時間はコンマ二秒程度だった。減衰など、あってないようなものだ。
『旭の連中の通信は……盗聴していたからな。使えると思った』
「……しれっと盗聴すんな」
『そのお蔭で何とかなっただろう?』
「運の要素も絡んだがな」
大型ドラゴンがデミオンブレスを溜め始めてからレールガン発射まで少しだけ間があった。無事に発射できたのは運良く、ドラゴンの動きが乱れたからに過ぎない。
だが重要なのは、大型ドラゴンを仕留めたということである。
デミオンシールドがガラスのように、粉々に砕けて散る。それらは空気に溶けるようにして消失し、同時に大型ドラゴンも落下した。
流石に巨体で質量も凄まじい。
およそ百メートルからの落下は絶大な運動エネルギーを生む。
爆発を思わせる轟音と共に、大型ドラゴンは地に落ちた。粉塵が舞い、同時に発生した爆風の如き余波が一切を吹き飛ばす。
土煙が晴れた時、確かにその巨体は横たわっていた。
「大型を……倒した?」
あれほど苦労した大型ドラゴンがあっさりと殺せてしまったことに、郷士は茫然としているようだ。いや、彼だけではない。誰もが状況を飲み込めずにいた。
しかし茫然としている暇はない。
動きがおかしいとはいえ、まだ小型ドラゴンは多数残っているのだから。
『残敵掃討を頼む。こっちはあと三発で狙撃弾も終わりだ』
「了解だ。小型竜程度なら、残りの体内デミオンでも何とかなりそうだからな」
蒼真はピクリとも動かなくなった大型ドラゴンを見つめつつ、そう告げた。




