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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女
31/42

31話 大型竜の脅威①




 獅童源三という男は、この危機において唯一冷静であった。

 今、まさに大型ドラゴンがデミオンブレスを解き放とうとしている。そして撃ち落とそうにも遥か上空にいるのでそれが難しい。対空砲も少しは当たってはいるが、強靭な竜鱗が全てを弾き返している。

 まさに絶体絶命だ。



「ここまでか」



 ただ、そう告げた。

 しかしこれは全滅を受け入れたわけではない。

 覚悟を決めたのだ。



「三田。後は任せる。分かっておるな」

「待てっ! あんた、まさか……」



 三田郷士は止めようとするが、少し遅かった。

 彼が手を伸ばすよりも早く、源三は自身の右腕へと注射を打ち込む。その中身は高濃度に濃縮されたデミオンである。

 ドラゴンスレイヤーは体内に蓄積したデミオンを利用して代謝を高め、肉体性能を向上させている。しかし一方でデミオンを自己生産することはできず、消耗すれば外部から取り込むしかない。それゆえ、補給用のデミオンを所持するのが普通だ。

 だが源三が使用したものは補給用のものではなかった。

 特別に濃度を高めた、危険なものだったのである。

 そして過剰にデミオンを摂取した場合、行きつく先は赫竜病による死か竜人化だ。いや、彼がドラゴンスレイヤーであることを加味すれば、竜人化は確定である。



「う、おおおおおお!」



 効果はすぐに現れた。

 デミオンが撃ち込まれた右腕を中心に赤色が広がっていく。透明感のある赤い鱗は肩と首を伝って頬まで到達し、そのまま右目と額にまで達する。右目の瞳孔は爬虫類のような縦長となり、威圧感が増した。

 一方で右腕にも侵食は始まっていた。服によって隠れているため見えないが、手の甲にまで侵食したことでそれが明らかとなる。

 源三はグッと足に力を込め、地面を割りつつ跳躍する。



「獅童! 止めろ!」



 後ろから郷士の声が聞こえるが、もう止まれない。

 流石に一度の跳躍で大型ドラゴンの元に辿り着くのは不可能だが、周囲を飛び回る小型ドラゴンの群れを足場にすれば不可能ではない。

 半竜人化によって瞬間的な身体能力が向上した源三は、目標とした一体目の小型ドラゴンの頭部を真っ二つにすると同時に足場としてしまった。そして二体目の小型ドラゴンの元へと跳ぶ。



「ぐっ……」



 本来は制御できているはずのデミオンを意図的に増加させ、暴走させたのだ。相応の反動が肉体へと帰ってくる。源三は痛みで歪んだ表情を浮かべつつ、それでもただ先へと進んだ。

 二体目、三体目、四体目と次々に小型ドラゴンを踏みつけ、デミオンブレスも発射直前の大型ドラゴンへと迫る。

 呆れるほどの身体能力に加え、曲芸じみたセンスが問われる方法だ。

 そう簡単には成功しない。

 だが源三はやり遂げてみせた。



「お、おおおおおおお!」



 最後の足場となる小型ドラゴンを力いっぱい踏む。

 それだけでその竜鱗が砕け散るほどの力強さであった。勢いよく大型ドラゴンの目前へと至った源三は、そのままデミオンを刀へと流し込み活性化させる。彼の目的は口腔内へ侵入しての直接攻撃だった。獅子の如き咆哮と共に放たれる突きは、吸い込まれるようにしてドラゴンの喉奥を目指す。この時、源三は地上から天へと上る流星のようであった。

 真っ赤に輝くほどデミオンを溜め込む大型ドラゴンの口の中へ、彼は消えていく。

 その瞬間、大型ドラゴンの喉元から膨大なデミオンが溢れだした。それは勢いよく広がり、大爆発を引き起こしたのであった。






 ◆◆◆






「傷口からの侵食が止まらない」



 天儀は額の汗を拭いながらそう呟く。

 彼は怪我人であった正一、玄、浅実の治療を行っていたのである。シオンとアーシャから離れた後、更生施設区画の廊下で可能な限りを尽くしていた。こんな場所での治療などあまり褒められたことではないが、事態は一刻を争う。



「どうなる……です?」

「このままだと不味い。傷口に赫竜病の症状が見られる。そしてドラゴンスレイヤーが赫竜病になると高確率で……」

「竜人化……です」



 赫竜病はデミオンによって引き起こされる細胞異常だ。普通ならば緩やかに進行して数年以内に死ぬから竜人化へと至る。しかしドラゴンスレイヤーが赫竜病になった場合、元からデミオンを細胞に取り込んでいるせいか一気に進行して竜人化するケースがほとんどなのだ。

 本来はデミオンとの適性のお蔭で滅多に赫竜病になることはない。だがその耐性を超えるデミオンが体内に侵入した場合、耐性として体内に取り込んでいるデミオンが赫竜病の味方をしてしまう。



「傷口は塞がりかけている。問題は傷口から侵入したデミオン……」



 傷を負ったままシオンたちの部屋にいたのは不味かった。

 高濃度デミオンが血中に侵入したことで赫竜病が発症しつつある。正一たちはドラゴンスレイヤーなので耐性があり、そのお蔭で発症の瀬戸際で止まっている。だが完全な発症も時間の問題だ。

 天儀は手持ちのアタッシュケースを開き、そこから注射器とアンプルを取り出した。そして慎重に三人へと、一本ずつ投与していく。



「天儀? それ」

「赫竜病対抗薬。ドラゴンスレイヤーならば少しは症状を抑えられることが分かっている」

「私に使っているもの……です?」

「うん。竜胆や親父にも投与しているやつだよ。効果があるかどうかは運次第、だけど」



 医者として救える命は救いたい。天儀はその一心で治療を続ける。

 彼が投与した薬はドラゴンスレイヤーの赫竜病耐性を高める効果がある。それによって赫竜病の進行を劇的に遅くし治療はできないまでも竜人化を防ぐというものだ。

 長くドラゴンスレイヤーを続け、無茶をしてデミオンの侵食が始ってしまった父に投与して効果は実証されている。



(親父、死なないでくれよ)



 外で続く戦いの音に少しだけ心を奪われながら、彼は処置を続けた。





 ◆◆◆





 源三をも巻き込んだ大型ドラゴンの大爆発は大きな被害をもたらしていた。爆発と同時に散布された大量のデミオンが地上を叩きつけ、幾人かに赫竜病が発症する。身体に赤い鱗が現れ始め、そのことで阿鼻叫喚となっていた。

 これは口内から喉にかけて溜め込まれた超高圧デミオンが傷口を押し広げることで生じた爆発である。高圧ガスのタンクが小さな亀裂から破裂する現象と同じだ。源三は大型ドラゴンの喉を傷つけ、それによってデミオンブレスの放射を止めてみせたのだ。

 そして肝心の源三だが、見当たらない。



「獅童さん! 獅童さんはどうなった!?」



 誰かがそう叫ぶ。

 いくらドラゴンスレイヤーが頑丈でも、あんな爆発に耐え切れるとは思えない。まして普通の爆発ではなく、高圧状態のデミオンが放射されたのだ。至近距離であんなものを浴びれば、一瞬で竜結晶化して死ぬだろう。

 あまりにも高濃度のデミオンは赫竜病や竜人化という道すら残さず、結晶化させてしまうのだ。



「あんた……やりやがったな」



 郷士は悔しそうに言葉を漏らす。



(竜人化を覚悟しての強化によって大型ドラゴンのデミオンブレスを不発に終わらせ、それどころか逆に利用して頭部を吹き飛ばす。そして自分は竜人となる前に死ぬ。それがあんたの最期だってのか)



 恩人である源三にそのような最期を強いてしまった自分が不甲斐ない。

 それゆえに彼は激しく怒りを覚え、歯ぎしりした。

 頭部を失い、落下しつつある大型ドラゴンを見遣る。源三の覚悟を無駄にしてはならない。

 彼は胸が膨らむほどに息を吸い込み、叫んだ。



「今だあああああああああ! やれええええええええええ!」



 タイミングを合わせたかのように対空砲は再び小型ドラゴンを狙い始め、落下する大型ドラゴンへと寄せ付けないようにする。そして対竜武装を装備した地上部隊が突撃を開始した。

 ドラゴンは心臓かコアを破壊されない限り再生する生命体だが、生命体の重要機関を破壊されたら流石に動きを止めてしまう。特に知覚器官である頭部が消し飛ぶようなダメージを与えたならば、それは心臓やコアを破壊するチャンスとなり得る。

 郷士を含め、旭所属の数少ないドラゴンスレイヤーは対竜武装の刀を掲げて切りかかる。これらは体内デミオンを利用して刀身を活性化させることが前提となっているため、ドラゴンスレイヤーしか使えない。一方でドラゴンスレイヤーでない者は銃型の対竜武装で突撃を敢行する。

 意外なことだが、銃の実質的な射程距離はかなり短い。理論上の射程距離と異なり、『戦場』で『敵』に当てることを前提とすると近付くのが一番ということになる。大型ドラゴンはそこを気にする必要もないほど巨大なのだが、突撃した味方ドラゴンスレイヤーに誤射しないよう彼らの背中について共に接近するのだ。



「うおおおおお。撃てえええええ!」



 郷士の言葉と共に銃声が鳴り響く。

 無数の対竜弾が大型ドラゴンへと突き刺さった。しかしドラゴンは大型になるほど豊富なデミオンを操り、竜鱗を固くする。至近距離からの対竜弾ですら少し傷をつける程度であり、そのほとんどが弾かれてしまっていた。



(やはり効かんというのか!)



 所詮は寄せ集めに銃を持たせただけ。急所を狙うという概念すらない。いや、それは教え込まれているのだが戦場という特殊な空間においてそんな基本は彼方に忘れ去られている。

 そして有効と思しき数少ないドラゴンスレイヤーも旭所属は元自衛隊の古株ばかりだ。如何にデミオンが代謝能力を高めてくれるとはいえ、年齢には勝てない。



(傷が疼くな)



 ふと、郷士はそんなことを考えた。

 彼の顔や体に刻まれた無数の傷は、かつての戦いで受けたものだ。使い捨てにする勢いでドラゴンスレイヤーが投入されるような戦場で生き残ってきた証だ。

 ここで死ぬのも良し。

 命を賭ける戦場はここだ。

 自らの傷がそう叫ぶ。

 全長五十メートルを超える大型ドラゴンからすれば、人間など羽虫のようなものだ。たとえ頭部が吹き飛んでいようとも、身動ぎするだけで圧し潰してしまうほどの差がある。

 だが、それは身を引く理由にはならない。

 寧ろ一歩でも先へ進むべきなのだ。



「あんたが命懸けで作ったチャンス。必ずものにしてみせる!」



 思い浮かべるのは源三の雄姿。

 イメージするのは勝利の一刺し。

 体内デミオンを活性化させ、より強く踏み込む。

 小型ドラゴンの一体が迫るも、余計なことはせず回避して突き進んだ。直後に背後から小型ドラゴンの絶叫が聞こえてくる。追随するドラゴンスレイヤーに斬られたか、対竜弾で蜂の巣にされたのだろう。



「お、おおおおおおお!」



 再生中である大型ドラゴンの頭部は無視して、首に沿って突き進む。一見すると吹き飛んだ部分こそ攻撃すべき弱点のように思えるが、そこを攻撃しても時間稼ぎにしかならない。狙うは心臓かコアの二択。そのドラゴンの急所は決まって首の付け根の奥に埋まっているのだ。

 ただ、そこを目指して走るだけでよい。

 ここまで潜り込むと流石に対空砲の援護も難しく、小型ドラゴンが大量に襲ってくる。しかし三田は活性化した肉体を限界まで酷使して突き進んだ。決して止まることはなく、振り返ることもなく、撤退のことなど考えずに走り続ける。

 仮に大型ドラゴンの心臓を破壊したとしても、小型ドラゴンに囲まれて死ぬ。それが分かっていて、それでも彼は前へ進むことを選んだ。

 ただ源三に恩を返すために。



「見えたぞ! そこか!」



 小型ドラゴンの群れによって隠されている視界の向こう側が僅かに見えた。大型ドラゴンの急所が埋まっているだろう部分がようやく見えた。

 距離にすれば頭部分から二十メートルもないはずだったが、それでもようやくという安堵が生まれる。

 あと少しで殺せる。

 そんな希望が彼に小さな油断をさせてしまった。

 目を見開き、声を漏らす。



「なぁっ!?」



 一瞬で目の前へ迫る巨大な爪の一撃。

 それは大型ドラゴンの前足によるものだった。しかも視界を塞ぐように群れていた小型ドラゴンすら巻き込むことを厭わない。

 いや寧ろ郷士を殺すために小型ドラゴンを目隠しに利用していたのだ。

 初動さえ分かっていれば回避もできただろう。

 だがここまで迫っている巨大な詰めを回避する方法はない。刀で弾くにしても今の体勢からではとても間に合わない。郷士は無念の死を感じた。

 しかしそこに助けが現れる。

 一瞬で斜め前へと躍り出たかと思えば、大型ドラゴンの爪攻撃を弾き返したのだ。



「行け!」



 キサラギのランク六ドラゴンスレイヤー、如月蒼真。単独で中型ドラゴンの群れすら相手にできる彼の実力ならば、大型ドラゴンの爪程度は弾くこともできる。

 更にはどこからともなく飛来した対竜弾が、急降下で迫る小型ドラゴンの心臓を吹き飛ばした。

 これによって道が完全に開ける。



「感謝する。キサラギの戦士よ」



 郷士はただそう告げて飛び出した。

 残る僅かな距離を一跳びで詰め切り、デミオンを流して活性化させた刃を突き立てる。

 その瞬間、大型ドラゴンが大きく震えた。

 戦場は僅かな静寂に包まれた。

 いや、それは郷士の錯覚だったのかもしれない。それよりも彼は動揺していた。



(浅い)



 彼は手応えから、刀が心臓に届いていないことを理解していた。そもそも根元まで刺さっておらず、これ以上進む気配もない。

 ドラゴンの急所は心臓かコア。

 だが大型ドラゴンほどにもなると竜鱗から心臓まで、刀一本では届かなくなる。当たり前だ。体格の大きさに合わせて肉の厚さも増していくのだから。更に恐ろしいことにドラゴンは巨大であるほどその肉体もデミオンで強化され、硬くなる。刃は増々通らない。



「馬鹿野郎! ボケっとすんな!」

「っ!」



 再び迫る大型ドラゴンの前足。

 それを蒼真が弾き、また守った。

 慌てて刀を抜き、今度は肉を削ぎ落そうとする。だが今度は赤い竜鱗が刃を弾く。先の一撃は突きという接触面積の小さな攻撃だったことで刃も通ったが、斬撃はそうもいかない。



「大型にそんな攻撃が効くか! 代われ!」



 慌てた郷士は一歩下がり、そこへ滑り込むように蒼真が切り込む。充分にデミオンを活性化させた刀で斬撃を放った。

 流石にランク六というドラゴンスレイヤー適性を有するだけあって、大型ドラゴンにダメージを与えうるだけの威力はあった。真っ赤な首の根本に、小さな傷がつく。蒼真もこれには舌打ちした。



「ちっ!」

「ここまで攻撃が通らないとは……おのれ……」

「もうすぐ傷も再生する。さっさと引け!」

「しかし」

「見て分かれ! もう首もほぼ再生している」



 郷士はハッとさせられ、ようやく振り返った。そこにはほぼ外殻の戻ったドラゴンの首があった。そして首をもたげてこちら側を見ている。

 そして次の瞬間、大きく翼を広げた。



「くっ! 飛び立つつもりか! この……」

「待て」

「止めるな。あの人の犠牲を……」

「黙って一旦下がれ」



 無理にでも特攻しようとする三田を蒼真が止めた。

 ここは何としてでも大型ドラゴンを落としたままにしておくところであり、三田の判断も間違ってはいない。これほどのドラゴンを相手に犠牲者なしで勝利するという方が烏滸がましいのだから。

 だが蒼真は知っていたのだ。

 援護射撃が来るタイミングを。

 どこからともなく飛来した弾丸が、大型ドラゴンの片翼を奪う。ドラゴンの翼は頑丈な骨格によって繋がっており、簡単に断ち切ることはできない。しかし弾丸は骨格部を破壊することはなくとも、損傷させることに成功する。



(流石だ諸刃)



 キサラギにおいて二人しかいないランク七の一人、六道諸刃の狙撃である。

 対竜弾を刃と同じく活性化させ、威力の底上げを狙ったものである。狙撃弾は一撃必殺に重きを置いた弾丸であり、製作コストが高い代わりに大型ドラゴンにも効果を及ぼす。

 バランスを崩した大型ドラゴンは身を捩った。

 もしもあのまま攻撃を続けていれば、郷士は押し潰されていただろう。蒼真はこれを見越したからこそ彼を引き戻したのだ。

 続けて二発目がもう片方の翼、三発目が復活した頭部の左目を撃ち抜く。



「戦いはここからだ。まだ捨て身になるなよ」

「……いいだろう。キサラギの戦士」



 空を小型ドラゴンが覆い、対空砲が雨の如く地上から天へと降る。

 地に落とされた大型ドラゴンも、その巨体を持ち上げ、咆哮した。狙撃弾の向きから自らを傷つけた人間がいるであろう位置を睨みつける。



「さっきのデミオンブレス暴発でかなりデミオンを失っているはずだ。それでも撤退しないってのはおかしいな。心当たりはないのか? ドラゴンを誘引する何かがあったりな」

「残念ながら心当たりがない。それに奴が引かないなら、倒すまで!」

「ちっ……足を引っ張るなよ。傷のおっさん」

「三田郷士だ。そっちは?」

「蒼真だ」



 互いに今更な自己紹介を済ませ、同時に斬りかかる。

 デミオンブレスはドラゴンにとっても一発限りの切り札のようなものだ。大型ドラゴンでさえ使用すれば大きな消耗を強いられる。その代わりに威力は絶大なので、源三が体を張って暴発させてくれなければ全滅は確実だった。

 しかし安心できるわけではない。



(デミオン計の警告音が止まらねぇ。忌々しい)



 蒼真は心の内で何度も舌打ちする。

 そうでもしなければこの苛立ちは収まらない。

 暴発したとはいえ、旭という組織を一撃で壊滅させるだけのデミオンが一気に散布されたに等しいのだ。蒼真の所持する小型デミオン計はここが危険域だと知らせ続けていた。



(最低でも濃度レベル三。俺やこのおっさんも長くは戦えねぇか)



 狙撃弾が大型ドラゴンの翼や目に直撃し、何度も怯ませる。

 蒼真と郷士は押し潰されないよう気を付けながら死角に潜り込み、何とか心臓を狙おうとしていた。またこうしている間に他の旭のドラゴンスレイヤーも追いつき、大型ドラゴンを囲む。

 だがドラゴンもただでやられる的ではない。

 煩い羽虫が一匹程度なら軽く手で払う程度だけかもしれないが、集まれば身を捩って振り払う。翼を広げて暴風を巻き起こし、尾を鞭のように振り回し、逃げ遅れた者を前足で叩き潰す。そして目に付く人間エサを喰らうのだ。

 本気で暴れ始めた大型ドラゴンは一瞬にして二人を殺し、一人を喰らい、十人以上を負傷させた。



「雑魚は近づくんじゃねぇ! 食われたら奴を回復させるだけだ!」



 顰蹙を買いそうな発言だが、蒼真はあえて厳しく叫んだ。

 事実、大型ドラゴンは一人捕食したことで少しだけ動きが良くなる。蒼真は苛立ちを表情を浮かべながら身を捻りつつ跳び、右の翼を切り裂いた。ドラゴンの翼は骨格部と被膜で形成されており、骨格を断ち切れば飛ぶ力を失う。大型ともなればこの骨格が非常に硬く中々斬れないのだが、蒼真ほどのドラゴンスレイヤーならば竜結晶の刀を最大限に活性化させることで何とか通用する。

 だが流石に無茶だったらしく、ちらりと刀身を確認すると刃毀れしていた。



「グオオオオオオオオオオオオ!」



 そんな咆哮が空気を震わせる。

 この巨大な生命体はただ叫ぶだけで人間の三半規管を狂わせるほどの空気振動を生み出すのだ。まだ空中にいて踏ん張り切れなかった蒼真はバランスを崩し、落下する。そこは丁度、前足部分の近くだった。



「く、そ」



 咄嗟に転がって回避するも、軽く振るわれた前足が掠る。それでも質量差から蒼真は吹き飛ばされ、瓦礫にぶつかった。何とかそこでは受け身を取ったのでダメージは最低限だが、そこに小型ドラゴンが襲撃を仕かける。

 自身に重なるようにして落ちた影からそれを察し、蒼真はカウンターを決めた。

 急降下してきた小型ドラゴンは心臓を一突きにされ、死ぬ。だがその際に少し暴れまわり、蒼真の刀が折れてしまった。



(仕方ねぇか)



 折れてしまった刀は投げ捨て、大型ドラゴンに注意しつつ周囲をさっと見渡す。そして旭のドラゴンスレイヤーの死体を見つけた。その手には抜身の刀を握っており、まだ使えそうだと遠めに判断する。

 あまり気は進まないが、仕方ないと割り切って駆けだした。

 蒼真は身を低くして走りつつ、流れるように死体の握る竜結晶の刀を手に取る。そしてさらに加速し、大型ドラゴンの左側に回り込もうとした。

 一方の大型ドラゴンも蒼真は脅威であると認識しているらしく、他の羽虫ドラゴンスレイヤーは軽く尾で払ってただ一人のドラゴンスレイヤーに集中する。



「ちっ……これだから知能の高い大型は面倒だ。だが甘いぜ!」



 再びどこからともなく飛来する狙撃弾が大型ドラゴンの目を破壊した。

 激しく動き回るドラゴンの小さな眼を的確に狙い撃つあたり、流石は諸刃であった。蒼真もこれを信頼して既に踏み込んでおり、首の下まで潜り込んでいた。そして活性化させた刃を素早く二度振るい、肉を削ぎ落す。



(やはり浅い)



 しかし思ったより刃は通らない。

 続くように郷士が部下らしきドラゴンスレイヤーを三名引き連れて追撃する。蒼真が付けた傷を更に抉るようにして一人一撃ずつの合計四連撃を見舞った。最も硬い竜鱗は蒼真が削いでいたので、その分だけ深く傷をつけることに成功する。

 まだ心臓は見えないが、確実に近づいた。

 しかし大型ドラゴンも馬鹿ではない。自らの体を激しく回転させ、しなる尾が全周囲を薙ぎ払う。全長五十メートルを超える巨体がその場で一回転するだけで、人間からすれば脅威だ。

 また脱落者が増える。

 流石に読んでいた蒼真は下がっていたが、この惨状には眉を顰めた。そしてインカムを通して諸刃へと話しかける。



「こちら蒼真だ。きりがないぞ。狙撃で心臓を狙えないか?」

『悪いが射線が通っていない。低い位置から狙うには味方が邪魔で、高い位置から狙うには奴の頭部が邪魔になる。これなら空を飛んでいる奴の方が簡単だ』

「いくらお前の狙撃弾でも大型の竜鱗を貫いて心臓まで届かせるのは無理だろ。空に上がられたら竜鱗は削れないぞ。今付けた傷も半分ほど回復されているしな」



 大型ドラゴンほどになれば保有するデミオンは膨大だ。そのデミオンが供給されることで与えた傷はすぐに再生されてしまい、やはり倒すのは難しい。

 また蒼真には別の問題もあった。



「そろそろ体内デミオンが切れる。消耗が早い」

『アンプルは持っているのか?』

「こうなるとは思ってなかったからな。普段から持っている一本しかない」

『俺もだ。全力で活性狙撃弾を使っているから体内デミオンがギリギリしかない。それにアレ・・を使おうにも今日は持っていない』

「諸刃の切り札は使えねぇか……一発ぐらい用意しておけよ」

『アレの製作コストは並じゃないからな。キサラギも簡単には作ってくれないし、持っていけるのは初めから大型竜以上を相手にすると分かっている時だけだ』

「ともかく、俺もそう長くは戦えないぞ」



 蒼真はそう言いつつ、ポーチから赤い液体の入った注射器を取り出す。それを右腕に当てて底部のボタンを押すと、プシュとガスの抜ける音と共に中の液体が投与された。

 戦闘中に体内デミオンを補給するためのDアンプルである。ただし、これはシオンの持っているような高濃度のものではなく調整された補給専用品である。使用量を間違えれば竜人化は確実なので、慎重に使わなければならない。



「次の数分で決めなければ負けだ」

『奇跡でも起きない限りな』

「俺は奇跡なんざ信じねぇ。ただ俺たちの力で切り開くだけだ」



 蒼真はそう吐き捨て、体内デミオンを活性化させる。同時に刀にもデミオンを流した。

 相手は存在そのものが災害の大型ドラゴン。

 常に本気で活性化させていなければ、死ぬのは自分だ。

 分の悪い戦いは始まったばかりである。



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[一言] シオンがどうなっているか、、、展開が楽しみです。
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