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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女

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32話 大型竜の脅威②





 同時刻、シオンはアーシャを落ち着けるべく画策していた。

 とはいえ既に対処法は分かっている。暴れまわる彼女を何とか抑え、そして左肩に咬みつかせた。



「ぐっ……」



 アーシャは所詮少女だが、デミオンで強化されているために顎の力も凄まじい。シオンへと流し込まれた大量のデミオンで傷口が強化されていなければ噛み千切られていただろう。

 激痛であることには変わらないが、この時だけは自身の呪われた体質に感謝した。



(大丈夫だ。こいつの苦しみに比べれば……まだ耐えられる)



 デミオンの暴走。

 それは人ならざる力の暴走である。

 普通、ドラゴンスレイヤーを一般人から作るにはこのデミオンを投与しなければならない。しかしある程度調整しているとはいえ、成功確率は一パーセント未満。実際は遺伝子検査で適性を見て投与するのでそこまで失敗するわけではないのだが、それでも人の体質にデミオンが合わないことは確かだ。だからこそ、シオンの体質が異質なのである。

 そんなデミオンをこれだけ暴走させているアーシャの苦しみは想像に難くない。



(とにかくこの首輪を破壊する)



 暴走の原因はアーシャに装着されている金属製の機械首輪だ。

 今は高濃度デミオンによって表面が竜結晶化しており、工具などで破壊するのは不可能となっている。できるとすれば、同じ竜結晶だけだ。



「ああ! ぐっ、ああああああ!」

「落ち着けアーシャ。大丈夫だ。俺に流し込め」

「うああああああ!」



 シオンが幾らかの暴走デミオンを負担しているが、それでもアーシャの苦しみは止まらない。暴れまわるというほどではないものの、じっとしているわけではない。



(こいつで首輪を切るのは無理か)



 運よく、いや運悪くというべきか。黒服の襲撃者が持ち込んだ対竜武装の剣があればアーシャの首輪を断ち切るのも容易いと考えた。

 しかし苦しみ悶えるアーシャの首に竜結晶の刃を当てるなど、危なすぎて不可能である。首輪がせめて急所に装着されていなければと考えるも、今はもしもを期待している場合ではない。



(となれば、これしかないか)



 シオンは覚悟を決め、アーシャの首元に咬みついた。







 ◆◆◆





 大型ドラゴンが率いるドラゴンの群れは、徐々に旭の戦力を削っていた。そもそもこの戦いにおいて旭側には三つの不利な点がある。

 まず一つはドラゴンの再生能力だ。幾らダメージを与えてもデミオンが続く限りは回復してしまう。逆に人間側は腕が千切れたら戦えなくなるし、喰われるとドラゴンを回復させてしまう。持久力の時点で負けているのだ。

 二つ目は飛行能力である。大型こそ地に落としているが、それ以外の小型はほとんど空にいる。そして小型ドラゴンの戦い方は急降下しての強襲だ。上手く対空砲で撃ち落とせれば良いのだが、ドラゴンは巨体のわりに素早く、八割は当たらない。逆に狙われた人間はほぼ間違いなく押し潰されるか、食い殺される。

 そして三つ目は純粋な戦闘力の不利だ。たった一体で小さな自治体を軽く壊滅させる大型ドラゴンに加えて、数えるのも面倒なほどの小型ドラゴンまでいる。

 まず勝利はあり得ないだけの条件が揃っていた。



「鬼塚さん! もう対空砲の残弾がありません!」

「なにぃ!? 倉庫を掻っ攫っても構わん! とにかく探せ!」

「もう竜結晶化させていない弾頭しかないですよ!」

「ええい! 何てことだ!」



 鬼塚は思わず自分の帽子を取り、握り潰した。普段は禿を気にして絶対に外さないのだが、そんなことを考える余裕もなかった。

 焦りと死の恐怖が伝播する。



「もう無理だあああ! 俺たちも地下シェルターに逃げましょう!」

「いやだぁ! 食べられたくない!」

「うわあああああああああ」

「静まらんか! 情けない!」



 まさしく鬼のような形相で怒鳴る鬼塚の言葉すら届かない。

 既に数匹の小型ドラゴンは対空砲を突破して急襲し、幾人かの犠牲者も出ている。その度に護衛のドラゴンスレイヤーが対処してくれているが、そろそろ限界だ。

 パニックは伝染する。

 もうまともに対空砲の狙いも付けられていない。数少ない弾が更に無駄となる。そして弾が外れると、その分だけ小型ドラゴンは急襲を成功させる。



(このままじゃぁ、いかん……)



 元から薄氷の上で成り立っていた戦闘・・だ。

 だからこそ一歩間違えれば、それは虐殺・・となり得る。

 ドラゴンが人間を喰らう、一方的なものが始まりかけていた。かつて世界に初めてドラゴンが誕生したとき、各国のあらゆる都市が壊滅したように。

 鬼塚は後ずさり、唾を飲む。



(これはまるで……)



 世紀末の悪夢。

 鬼塚を始め、誰もがあの厄災を思い出していた。かつて東京を滅ぼした超大型ドラゴンとその群れを。

 この旭には厄災の被害者が多くいる。もう五年以上前のことだが、誰もが鮮明に覚えていた。辛うじて残っていた東京という都市機能を徹底的に破壊し、滅ぼし尽くしたドラゴンを誰が忘れられようか。


 ――悪夢はまだ、醒めない。


 だがここに、一縷の望みとなり得る情報が入った。

 それは通信機を通して鬼塚の耳に直接届けられる。



『鬼塚さん、もうすぐコンデンサの交換が終わります! システムチェックが完了すれば、レールガンの再発射が可能です』

「っ! よぉぉし! 急ぐんじゃあああ!」



 どうかこの悪夢が醒めるように。

 失われかけた希望の炎が、再び鬼塚の心に灯った。







 ◆◆◆





 一秒が長い。

 それが大型ドラゴンと戦う蒼真の思いだった。

 ほんの僅かでも気を抜けば、喰われる。一瞬でも目を離せば尾で打たれる。そして一時でも攻撃の手を止めれば空に逃げられる。



(戦力が圧倒的に足りねぇ)



 本来、大型を倒すならばキサラギの精鋭を集め、入念な準備を施す必要がある。こんな出会い頭に戦って良い相手ではない。

 また体内デミオンを常時活性化させることで何とか食らいついているため、それが切れた時に敗北が確定する。もう予備のアンプルも使ってしまった。つまり後がないのだ。



「三田のおっさん! 援軍はないのか!?」

「そんなもの、ありはしない。これが旭の全勢力だ」

「切り札になり得る兵器は?」

「初めに使ったレールガン。あれが最大の兵器だ」



 郷士としても答えにくかったのだろう。言葉が尻すぼみになっていた。

 時間と共に仲間もやられ、今や旭のドラゴンスレイヤーは郷士を含めて十人も残っていない。その分だけ手数も減り、不利になる。またどれだけ傷を与えても、大型ドラゴンはそれを瞬時に回復する。

 だが、更に不幸は続いた。



「が、がああ。ああああああああああ!?」



 傷つき、倒れていたドラゴンスレイヤーの一人が呻きだした。

 そして呻きは叫びへと変わり、すぐに見た目にも変化が現れる。彼は右腕を食われていた。だが、その右腕から赤色の何かが噴き出したのである。それは血よりも鮮烈な赤であり、やがて形を成す。

 失われたはずの右腕が、元に戻ったのだ。

 透明感のある、特徴的な赤い鱗に覆われて。



「馬鹿な……竜人化……した?」

「そんなことを言っている場合じゃない! ヤバいぞ!」



 彼を治療していた二人が慌てて逃げようとする。彼らはドラゴンスレイヤーではなく、銃型対竜武装を配布されただけの一般人だ。故に竜人からすれば、その逃走はカメの歩みの如き遅さであった。



「アアアアアアアアアアアアッ!」



 そんな人ならざる咆哮と共に動き出す。

 逃げる二人の内の一人をあっという間に捕まえ、背後から首筋を噛み千切った。鮮血を噴き出しながら倒れる人間エサを、竜人は貪り食う。

 口からは骨肉の欠片が血と共に垂れ、いつの間にか顔にまで竜鱗が侵食していた。更にはその髪も黒から赤へと徐々に変化していく。爪や歯は鋭く尖り、全身の筋肉が僅かに膨れた。

 蒼真はそれを見て、歯ぎしりしつつインカムに向かって呟く



「諸刃」



 それだけで意味が分かったのだろう。

 ヒュンと風を切る何かを感じた。同時に、竜人は仰け反る。その左胸には穴が空いていた。

 ドラゴンと同じく、心臓を破壊された竜人は死ぬ。諸刃の狙撃で心臓を貫かれ、その竜人も倒れた。



「怪我人をこの場から下げろ! 竜人化しやすくなってやがる!」

「どういうことだ蒼真」

「おっさんも分かってんだろ。この辺りはさっきのブレス暴発でデミオン濃度が高い。傷を負ったら、そこから血中にデミオンが侵入する」

「……くそ!」



 その忠告も少し遅い

 この現象は一人では済まなかった。



「が、あああああ!」

「ぐおおおおおおおおおおおお!」

「だ、だずげ……」



 負傷し、少し離れたところで治療を受けていたドラゴンスレイヤーたちが次々と竜人化していく。

 ついに『時』が来てしまったのだ。

 これには蒼真も冷や汗を流す。



(ただでさえ大型が厄介だってのに……竜人だと)



 これは初めから分かっていたことでもある。

 デミオン計はずっと警告していたし、大型ドラゴンと戦えば怪我人が出るのは必然だった。



「ウガアアアアアア!」



 また一人、竜人化を果たしてしまう。

 そして飢えを満たすため、近くの人間を襲い始めた。それを目の当たりにした蒼真は叫ぶ。



「ドラゴンスレイヤーは絶対に怪我を負うな! 一撃で竜人化させられるぞ! できるだけ離れて対竜弾で仕留めろ! 躊躇うな! あれは……」

「蒼真、後ろだ!」



 まだ叫んでいる途中で大型ドラゴンが迫る。今度こそ厄介な蒼真を食い殺そうとしたのだ。勿論、蒼真は跳んで回避し、その頭部に着地する。更にそのまま跳んで、首の上に着地した。

 このまま首を伝って心臓やコアのある根本を目指そうとしたのである。

 当然、大型ドラゴンも易々とそんなことをさせたりはしない。激しく首を振り回し、蒼真を振り落とした。

 着地した蒼真を狙って小型ドラゴンが急襲する。



(不味……)



 着地したばかりで、今の蒼真は人体の構造上動くことができない。

 だがそれを助けたのは郷士であった。跳び蹴りで乗用車ほどもある小型ドラゴンを弾き飛ばす。だが今度はその郷士を狙って竜人が迫ってので、それを蒼真が斬る。

 活性化した刃は一撃で左肩から右脇腹までを切断した。そこには心臓も含まれており、竜人は死に絶える。



「助かったぞ」

「こっちもな、おっさん!」



 だがそうやって小さく会話する暇すらない。

 次は大型ドラゴンがまた攻撃を仕掛けてくる。二人は気付いていたのですぐに回避したが、大型ドラゴンの狙いは二人ではなかった。

 郷士が蹴り飛ばしたはずの小型ドラゴンが、喰われる。



「なっ……共食い!」



 郷士は焦った。

 いや彼だけではない。蒼真も、この光景を目の当たりにしたドラゴンスレイヤーの誰もが焦りを覚えた。



「消耗したデミオンを回復するつもりか!」

「させるかよ!」



 二人はすぐに攻撃へと移る。だが大型はただ全身を振り回して大雑把に払いのけた。今の大型ドラゴンにとっての興味は小型ドラゴンにしかない。同族であるはずの小型ドラゴンを喰らい、その内包するデミオンを取り込むことで回復するのが目的なのだ。



(くそ、今は諸刃も竜人の狙撃で手一杯だ)



 少し目を向ければ、竜人が順番に心臓を狙い打たれ、倒れている。今はそちらが最優先であり、諸刃も大型に構っている余裕はないだろう。

 この共食いも蒼真と郷士の二人で止める必要がある。

 蒼真は少しでも気を引くため、腰から拳銃を抜いて何度も引き金を引いた。軽く弾ける音と共に対竜弾が発射され、しかしそれは竜鱗で弾かれる。



「やっぱ無理か」



 取り回しを優先した拳銃型は威力が低く、小型を相手にしても牽制にしか使えない。まして大型ドラゴンの竜鱗ともなれば豆鉄砲ほどの鬱陶しさすら感じさせることができないだろう。せめて眼球や口内などに当たれば別だが、拳銃型は命中精度も悪いので狙って当てるのは無理がある。

 その間にも空を舞う小型ドラゴンすら引きずりおろして食らいついており、折角今までダメージを与えつつ削ってきた大型ドラゴンのデミオンは回復されつつある。

 新たな厄災、竜人が発生してしまったことにより、戦場はさらに混乱へと導かれた。



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