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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女
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3話 キサラギ



 キサラギという都市は元々は日本政府の直轄都市だった。ドラゴンスレイヤーたちも国家公務員という扱いであり、全て政府に管理されていた。

 しかし五年前に東京が壊滅し、キサラギはドラゴンスレイヤーが統治する新組織となっている。日本最初の竜殺一族を生み出した政府組織、二月機関が現在の統治組織だ。二月機関の最高司令官として君臨するのが、如月家当主の如月水鈴である。

 世界的に見ると旧政府や旧自治体がドラゴンスレイヤーを擁する都市を管理するのが一般的であり、ドラゴンスレイヤーの一族が都市を管理するキサラギは非常に珍しい例と言える。



「水鈴様、新たな赫竜病患者の収容施設を建設して欲しいと要望がありますが、そろそろ土地に余裕もなくなってきました。地下は重要研究施設や発電施設もありますので、竜人化が起こった場合の被害が甚大となりますし、そろそろ壁の拡張を考えなければなりません」

「分かっているわ。でも五年前に討伐した大型竜のコアは対竜防壁の修復とアップデートで使ってしまったし、増築となるとまた大型竜のコアがいるわよ? 小型や中型のコアで代用しようとしたら何年かかることか分からないわ。だからRDOと取引したのだけど……」

「しかしこちらの被害は予測できませんよ? よりにもよって、あの場所で実験だなんて」

「まだこちらは下手に出るしかないわ。何とか、シオンの力で技術的優位を獲得できればいいんだけど」



 二月機関本部の執務室で水鈴と彼女の秘書の夏凛かりんが話し合う。キサラギという都市は水鈴のほぼ独裁である代わりに、彼女がほとんどの政治的判断を下す。水鈴の仕事量をこなすには、人としての限界を超えなければならない。

 つまりドラゴンスレイヤーである水鈴でなければ不可能な統治システムだ。

 まだ独立して五年ほどなので、体制が整っていないというのも理由の一つである。



「何とか水鈴様の仕事を減らすことができれば、色々とできることも増えるのですが……」

「東京が壊滅したのはこの国にとって最悪だったわ。関東地域の負担を全て私たちが受けることになったし、まだ受け切れていない需要もたくさんあることだし」

「キサラギでは受け止めきれないことは分かり切っています。既に構築されている周辺自治体へ支援する方がまだ現実的です」



 人も物資も何もかもが不足している。それがキサラギの現状だ。もはやマネーなど役に立たず、キサラギの住民は全ての物資を配給で手に入れている。食料とて栄養重視であり、合成蛋白質や合成ブドウ糖にビタミン剤という味気ないものばかり。今の世代はこれらの食糧で育った世代であり、強い反発もない。しかし平均寿命は二百年前と比べて明らかに下がっている。

 数字を見ても限界ギリギリなのは分かり切っていた。

 食料生産、竜の研究、ドラゴンスレイヤー管理、赫竜病対策、インフラ整備などのあらゆる機能をキサラギという一つの都市に詰め込むのは無理がある。



「だからこそ、RDOの支援がますます手放せないのよね」

「頭の痛い話です。先の会議も随分と一方的でしたね」

「そうね。こちらの被害を最小限にしようとすれば、シオンにも頼まないと……そう言えば遅いわね。そろそろ帰還していると思うのだけど。夏凛、確認して貰える?」

「はい。少し出かけますね」



 夏凛は早足で執務室から出ていく。

 扉が閉められた後、水鈴は深く息を吐きだした。



(せめて赫竜病患者を一括で治療できる大規模施設があるといいのだけど)



 ドラゴンがこの世界を支配して百年以上が経った。

 各都市はドラゴンの支配区域から逃れるように建設され、慢性的に悩まされつつも急だって対処するべきことではなくなった。しかし、赫竜病は違う。ドラゴンが世界を支配する限りデミオンは撒き散らされ、何かのきっかけで過剰に取り込んだ人間は赫竜病に感染する。

 今の時代において、最も考慮するべき問題は赫竜病と竜人になりつつあった。





 ◆◆◆




「こんなところにいたんですねシオン君」

「夏凛さん。お待たせていました」



 夏凛は武装管理室で探し人を発見した。

 大抵のドラゴンスレイヤーは任務後に自分の武器を預けに来る。キサラギの全域で銃刀法に関連する法律が施行されているため、無闇に持ち運ぶわけにはいかないのだ。緊急時における多少の緩和はあるものの、平時に武器を持ち歩くことは許されていない。



「丁度武器を預け終わったので、そろそろ行こうかと思っていました」

「良かったです。では一緒に行きましょうか」



 急ぐ夏凛はシオンの手を取って早歩きする。だが、シオンは反射的にそれを振り払ってしまった。



「あっ……」



 そんな声を漏らす夏凛に、シオンは後悔した。悪意のない、反射的なことだったとはいえ、これはあまりにも失礼にあたる。

 すぐに謝罪した。



「すみません夏凛さん、その」

「分かっています。ですが気にすることはないんですよ?」

「あまり俺に触れるべきではないですよ。俺は普通のドラゴンスレイヤーとは違いますから。もしも夏凛さんに何かあると姉さんが困ります。何かの間違いで夏凛さんが赫竜病になったらキサラギの仕事が回らなくなりますから」

「あら? 私のことを心配してくれるわけじゃないの?」

「いえ、そういうわけではないんですけど」

「冗談よ。さ、急ぎましょう」



 コミカルなウインクがシオンの罪悪感を打ち消してくれる。こんなできる女だが、彼女は独身だ。ちなみに彼女は気にしているので、結婚の話を夏凛の前でしてはいけない。

 二人は執務室へと急いだ。





 ◆◆◆





 シオンは水鈴の前に座り、渡された電子デバイスを眺めていた。作戦概要とクライアントであるRDOの科学者からのコメント、またRDOとキサラギによるミーティング議事録が全て保存されている。読破するには時間がかかるため、概要だけをサッと確認していた。



「どうぞシオン君。水だけどね」

「ありがとうござます」



 装飾も造形美もない実用重視の鉄コップだ。

 一口含み、喉を湿らせてから水鈴に質問する。



「作戦の概要と俺が重要ポジションに選ばれた理由は分かった。ですがこの実験はなんだ? 幾らなんでも、たとえRDOからの要請でも……無茶が過ぎる」

「言いたいことは分かるわ」

「姉さんも分かっているはずだ。ドラゴンスレイヤーとして五年前の東京で戦ったんだから。RDOの連中が指定した富士樹海は『竜の巣』だ。あそこは大型竜や超大型竜が生息する接近禁止区域。もしも変な刺激をして超大型竜がキサラギに向かってきたら……」



 今度こそ、関東地区の人間は全滅する。

 シオンが言わんとした言葉の続きを水鈴も理解していた。



「『世紀末の悪夢』……二十二世紀の最後の一週間が悪夢になった事件。そして東京が壊滅した事件。その二の舞になる可能性は私も考えたわ。それにRDOの連中にも『竜の巣』をつつく危険性を伝えた。でも彼らにとって極東の壊滅は対岸の火事以下なのでしょうね」

「ふざけている」

「彼らからすれば、キサラギという都市はその程度の価値ということよ。この島国にはキサラギ以外にも自治都市は幾つか残っているわ。名古屋や大阪は完全独立しているけど、博多は東南アジア圏と協力しつつRDOとも手を組んでいると聞くわね。東北や北陸の事情は詳しくないけど、あそこも独立した組織があるみたい。かつての国家としての形は完全に消滅したわ」



 東京に全長百メートル以上の超大型ドラゴンが襲撃してきたのが五年前。二一九九年十二月二十七日から二二〇〇年一月二日まで戦いは続き、復興不可能なほどの被害をもたらした。超大型ドラゴンが引き連れる大型、中型、小型ドラゴンが東京二十三区を破壊し尽くし、撒き散らされるデミオンにより赫竜病が蔓延する。

 後に世紀末の悪夢と称されたこの事件により、国家としての機能は消滅したのである。

 まだ、たったの五年だ。

 人々は悪夢から覚めることができないでいる。

 そんな超大型ドラゴンが生息する竜の巣で実験するなど、キサラギの誰も賛成しない。しかし、断り切れないだけの力関係がある。今のキサラギはRDOの支援がなくては存続できないのだ。



「他に手はないのか?」

「今後RDOからの支援が打ち切られたとして、キサラギが崩壊することは明白よ。でも、この作戦の報酬として支援される物資があれば話は変わるわ」

「シオン君、水鈴様を責めないでください。これでもかなり調整した計画なんです。作戦概要を見て頂くと分かりますが、今回はデミオン濃度レベルの高い場所で調査や探索をして貰います。竜の巣での実験となると、ドラゴンスレイヤーですら活動制限のあるレベル三以上のデミオン濃度が予想されます」

「だから俺に話が回ってきたと?」



 水鈴と夏凛が同時に頷く。



「体内保有限度以上のデミオンを強制排出する特別な体質の……つまりシオン君にしか不可能な任務です。防護服があれば普通のドラゴンスレイヤーでも活動はできますけど、ドラゴンとの連続戦闘が予測される竜の巣で動きにくい防護服は致命的」

「いや、俺一人での任務の方が危ない気が……そもそも俺は小型竜を討伐するだけで精一杯。何の嫌がらせですか」

「それは普通の状態でしょう? 高濃度Dアンプルを摂取したシオン君なら、竜人化の心配なく一時的な超強化ができるじゃないですか。ドラゴンの撃退は難しくても、逃げることはできると思います。それにこの任務は他の小隊も参加しますよ。シオン君に頼みたいのは、デミオン濃度が異常に高いエリアの調査です。まぁ、念のため程度ですから本当にするかどうかは別ですよ。ね、水鈴様」

「ええ」



 夏凛の説得は尤もなことだ。

 言われずともシオンの体質を利用した作戦であることは分かっているし、危険地域の調査はシオン以外に適任者がいないことも理解している。

 一番の問題としてシオンが提示するのは、実施される実験の内容が空かされていないことだった。キサラギのドラゴンスレイヤーは資材の護衛をするということしか知る権利がない。何をされるか分からない怖さがある。



「実験の内容は少しでも分からないのか? どんな実験をするかは知らないけど、延々とドラゴンに追いかけられるのは困る」

「目的は聞いているわよ? 竜の巣への対抗策ということだけね」

「やっぱりモルモット扱いか。世界で六つ確認されている竜の巣の内で、一番RDOに被害がない極東で実験しようってことだろ? あいつらの中心都市からの距離なら、キプロス島が一番近いのに」

「無理でしょうね。あの一帯は海流や気流がランダムに変化するせいで航空機でも接近が難しいとか、まぁ、そんな理由を言い訳にされたわ」



 どちらにせよ、賽は投げられた。

 ここでシオンが文句を言っても作戦は止まらない。



「実験予定日は十日後、五月二十日。前々日にキサラギを出発し、車で富士樹海北部に向かうわ」



 資源の有無が力となる。

 RDOに何かをされてキサラギが滅びるのなら、抵抗の余地もあった。だが、何もしないことでキサラギが維持できなくなるというのが現実だ。

 今キサラギにできることは、実験が無事に終わるよう祈ることと努力することだけだ。



「あ、そうそう。今日も竜人を始末してくれたみたいね。それと竜人のなりかけも。既に噂が出回っているわよ」

「……またか」

「すっかり嫌われ者ね」

「何でそんな嬉しそうな顔なんだ……」



 水鈴は妙に笑顔で傷を抉る。

 今日始末したのは竜人を一体と、竜人になりかけたドラゴンスレイヤーだ。そして出回っている噂は後者に違いない。



「で、その噂って?」

「いつも通りよ。竜人殺しと一緒に任務に出たら、殺されるって」

「シオン君は気にしないでください。いつもの言いがかりです」

「分かってますよ夏凛さん」



 竜人殺しである限り、そんな噂は付き纏う。

 もっと酷いものになると、人を人とも思わない虐殺者、殺しを正当化するためわざと人を竜人に変えている、ドラゴンを操る悪魔、などになる。



「竜人を殺すには俺の体質が適しています。だから……仕方ないです。それに幸いにも俺には友好関係が全くありません。誰を殺そうと、情に負けることはないです」



 ドラゴンという厄災によって人類は大幅に減り、自由は失われた。

 やる気のある者がやればよいという時代は消えてしまったのだ。今はもう、できる者がやらなければならないのである。

 シオンはそれを受け入れていた。




実は日本消滅してます。

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