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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女
29/42

29話 刺客




 激しく暴れまわっていたアーシャも今は呻くだけになっている。

 無意識に両手を首元へと伸ばし、苦しそうにしていた。しかし今も大量のデミオンを発しており、耐性を有するシオンですら触れるだけで皮膚に違和感を覚える。



(やっぱり外れないか)



 その間にシオンもアーシャの首輪を外そうと試みるが、どれだけ力を込めても壊せない。それでも諦めずに首輪の継ぎ目へと爪を差し込み、変形させようとする。

 だがその行為はアーシャの首に負担を与えて余計に苦しめる以外のことにはならなかった。



「聞こえるかアーシャ? 俺が分かるか?」

「うぅぅ、ああああ、あ」

「俺が何とかする。もう少し耐えてくれ」



 急げ、急げと願い続ける。

 アーシャも意識はあるのか、シオンの服をぎゅっと握りしめて耐えていた。耐えろ、頑張れとしか言えないシオンはもどかしく、何とかして苦しみを取り除けないか考える。

 これほど彼女が苦しむ理由は不明だ。

 間違いなく首輪が何かの作用を引き起こしているのだろうと思われる。富士樹海での実験の時もアーシャは苦しみながらデミオンを放出し、ドラゴンを呼び寄せていた。今も警報音が鳴り続け、シェルターへ避難するように呼びかけている。本来ならば武器のないシオンたちも逃げるべきだが、ドラゴンを呼び寄せてしまうかもしれないというリスクがある。



「うがあああ! あ、うあああ!」

「くっ……痛」



 暴走してデミオンをまき散らすアーシャはシオンの左肩に咬みつく。その傷口からシオンの体内に大量のデミオンが入り込み、身体が焼けるような感覚を覚えた。過剰なデミオンによってドラゴンスレイヤーの細胞が活性化しているのである。

 これがシオンでなければ即座に赫竜病が発病し、そのまま竜人化していただろう。

 シオンから濃密なデミオンが放出されていた。あまりにも濃いデミオンは赤いオーラのように発せられ、空気へと溶けていく。これにより周囲のデミオン濃度は急激に高まっていく。だがそれでもデミオンを放出しきれず、左肩から首にかけて竜の鱗が浮き出てきた。シオンのデミオン排出力を以てしても足りなかったのだ。



(これほどのデミオンが……不味いか)



 身体が熱を帯び、持て余すほどの力を感じる。

 赫竜病に感染してしまったかにも思えたが、その思惑に反してそれ以上進行しなかった。左肩から首にかけて、すなわちアーシャに咬まれている部分に浮かんだ赤い鱗の他は赫竜病の症状が見られない。ここで身体に送り込まれるデミオンと排出されるデミオンが釣り合ったのだ。

 シオンは僅かに安堵し、アーシャを咬みつかせたままにする。それで少しマシになるなら、この程度の痛みは安い出費だ。

 そんな時、複数の足音が近づいてくるのを聞いた。ようやくかと溜息を漏らし、だが今近づかれるわけにはいかないと気付く。今は周囲に大量のデミオンが充満しているのだ。シオンだから問題になっていないものの、そうでない者は危険である。



「近づくな! 危険だ!」



 故に精一杯叫んだ。

 咬みつかれている左肩に響いたが、そんなことは構っていられない。しかし警報音に負けない声で警告しても足音が止まることはなかった。



「待て、今は入るな!」



 足音は扉の前で止まった。

 シオンの警告が聞こえていないというはずはない。正一たちが危険を顧みず戻ってきたのか。それとも天儀や竜胆が工具を持ってきたのか。

 正解はそのどちらでもなかった。

 いや、半分正解だったというのが正しい。

 勢いよく扉が開けられ、入ってきたのは見知らぬ装備の五人組である。フルフェイスのマスクで顔を覆い、また全身に黒を基調とした装備を身に着けている。そして彼らは血塗れの正一、玄、浅実を縛って連れていた



「は?」



 そのまま驚く暇もないほど速やかに短機関銃を突き付けられる

 アーシャに強く掴まれ、咬まれている今の状況のせいもあって全く反応できなかった。だがそうでなくともかなり訓練された動きだった。

 シオンに銃を向ける男が威圧的な英語で警告する。



「動くな。こっちは死体を持って帰ってもいいって言われている。少しでも動いたら撃つ。勘違いするなよ? まず撃つのはそいつらだ」



 そう言って彼が顎で示したのは正一たちである。

 まさに典型的な人質だ。



「それでも抵抗するならお前を死体で持ち帰るしかなくなる」



 シオンはまず、冷静に状況を考察する。ドラゴンの群れが襲撃しているという関係上、敵が旭でないことは分かる。そもそも敵は英語で話しかけてきた。相手が日本人なら、わざわざシオンに英語で話しかけてくるとは思えない。

 可能性として最も高いのがRDO。

 そして丁度RDOからはリシャールに伴ってイーグル小隊というドラゴンスレイヤーが訪れている。シオンはその小隊が最も可能性が高いと考えた。もしも正しいならば、アーシャを回収しに来たという理由で説明もできるからだ。



「……要求はなんだ?」



 シオンはまず、そんな問いかけを投げる。

 人質を取っている以上、何かの取引をしようとしているのは間違いない。この質問は間違いではなかったはずだ。しかし男は更にシオンへと銃口を近づけ、脅すような声音を吐く。



「まずはその女を放せ」

「……この通り、しがみつかれて咬みつかれている。無理だ」



 男は隠すことなく舌打ちした。

 そして隣の男に顎で指示を出す。すると指示された男は短機関銃を肩にぶら下げてシオンとアーシャに近づいた。無造作に伸ばされた両手には、二人を引き離すためぐっと力が込められる。そのせいで咬みつかれたままのシオンは痛みに悶えた。抵抗するようにアーシャが顎に力を込めているため余計に。

 男は苦痛に耐えるシオンを虐めるかのように、徐々に徐々に力を込める。

 だが先に悲鳴を上げたのは男の方だった。



「ギャアアア!? 熱い!?」



 これは男にとって計算外だったと言わざるを得ないだろう。

 今のシオンとアーシャからは大量かつ高濃度のデミオンが流出している。そんな二人に触れるということがどういうことか、ドラゴンスレイヤーならば誰でもわかる。ただ彼らは油断していたのだ。防護服があれば多少は大丈夫だと高を括っていた。いや、実際に問題なかったのだが、シオンとアーシャのごく近辺については防護服など全く役に立たないほどに高濃度となっていたという誤算があった。

 男が嵌めていた手袋が赤い結晶で覆われていく。

 物質の竜結晶化が始まったのだ。

 これはデミオン濃度レベル四以上で起こりやすくなる現象で、当然ながら赫竜病のリスクはもっと高い。彼の手袋の下では赫竜病が進行し、透き通るような赤い鱗が浮き出ているはずだ。

 彼らは知らないことだが、シオンとアーシャの体表付近におけるデミオン濃度レベルは六にも到達していた。これは竜の巣の奥地にも匹敵する高濃度である。

 あまりの高濃度のせいか、アーシャの首輪にまで竜結晶は侵食しつつあるほどだ。



「おい! ディーン!」

「た、助けてくれ隊長おおおお……」



 このあり得ざる事態を前にイーグル小隊の面々はサンマルティーニを含め固まってしまう。

 チャンスだ。

 シオンはそう思った。いや、思うと同時に動いていた。

 赫竜病に感染した男の腰元へと手を伸ばし、素早く剣を引き抜く。キサラギのドラゴンスレイヤーが使う刀形状の近接対竜武装と異なり両刃の西洋剣の形をしていたが、使えないこともなかった。

 一方で突然の竜結晶化に驚いた男たち、イーグル小隊の面々はそれどころではない。

 キサラギのシノビの動きに注意を払う余裕などなかった。

 シオンの最速不意打ちは完全に予想外で、瞬時に脅してきた男の両腕が切り落とされる。



「ぎゃああ!? あ、え。腕ええええ!?」



 戸惑い、痛みに叫ぶ。両手は赫竜病に侵され、シオンを眼で追うどころではない。勿論、サンマルティーニたちも同様だ。

 彼らはすぐにシオンを見失う。

 いや、正確には見失っておらず、その影だけは追うことができていた。彼らも汚い仕事を任せられているが、本来はドラゴンスレイヤーなのだ。デミオンに適応した彼らも人外の動体視力を備えている。本来は反応すらできない今のシオンの動きを辛うじて追えていた。

 だが、この場合は僅かに眼で追えてしまうことが仇となった。

 シオンは腕を切り裂くと同時に移動し、壁を蹴って天井に向かって跳んでいた。アーシャを抱えながらであるにもかかわらず、随分と身軽である。それも彼女に咬みつかれることで高濃度のデミオンが供給されているからだ。Dアンプルを摂取した時と同様の、いやそれ以上の身体能力を獲得し、数の不利すら覆す。

 そのまま身体を反転させつつ剣にデミオンを流し込んだ。濃密なデミオンが供給された刀身は鮮やかな赤に輝き、シオンがそれを振るうと深紅の斬撃が飛ぶ。斬撃は一番後ろにいたサンマルティーニの右肩から腹にかけてバッサリと切り裂いた。



「たいちょ……」



 大量の血を噴出させるサンマルティーニに驚愕し、その血によって視界が妨げられている間にシオンは更に二度剣を振るう。狙うは勿論、正一たちの側にいる二人だ。

 この小さな隙を作るために、敢えて一撃目は隊長を狙ったのである。如何に訓練された部隊でも、隊長格が大怪我でもすれば動揺は生じるだろう。こういった判断を瞬時にこなせたのは、普段から一人でドラゴンと竜人を狩っていた弊害……いやお蔭かもしれない。

 天井を蹴って残る一人の背後に降り立ち、背骨を断ち切る。デミオンで強化されていることもあり、左手でアーシャを抱えたままで、つまり右手だけで剣を振るっても充分な威力があった。

 使っているのは対竜武装なので、元から人体など骨ごと容易く切り裂けるのだが。



「ぐ、おお……貴様あああああ! 劣等民族があああああああ!」



 血を流しつつも、サンマルティーニは生きていた。

 だがシオンはその咆哮すら無視して状況整理に努める。



(両腕を落としたのが一人、隊長格は大怪我をさせた、飛ばした斬撃も二人に当たっている、最後の一人はもう動けないな)



 まだ一人も殺してはいない。

 しかし戦えるのはサンマルティーニを含めて残り四人。またその四人も血を撒き散らすほどの重傷である。ドラゴンスレイヤーでなければ動くこともままならないであろう傷であり、まともな戦闘力が残っているとは考えにくい。



「おおあああああああああ!」



 サンマルティーニは短機関銃をシオンに向ける。

 もはや本来の、シオンとアーシャの確保という任務を忘れているのかもしれない。確かに最悪は死体でも良いという命令オーダーであったが、生きている方が良いことに違いない。そのために人質という手段を選択したのだから。

 こんな本来の仕事とは程遠い人攫いをさせられ、仲間を殺され、無様に傷を負わされた。

 最悪の一言に尽きる。

 彼の指は躊躇うことなく引き金に触れ、そのまま力が込められるかに思えた。



「あ?」



 だが彼は力を失う。

 身体から力が抜け、銃を落としてしまった。マスクの内部で視線だけ下げると、胸から赤い刃が飛び出ている。

 まさかと思って再び正面を見たが、そこにはアーシャを抱えたシオンがいた。

 ならばこの刃は一体誰のものだろうか。

 そう思った時、背後から澄んだ女の声が聞こえた。



「不審者、確認。不審行動、認定。排除……です」



 スルリと滑らかに刃は抜かれた。

 同時に先の傷とは比べ物にならないほどの血が噴出し、そのままサンマルティーニは意識を失った。






 ◆◆◆





 旭を襲撃した大量のドラゴンは止まることを知らない。恐れることを知らない。

 しかし人も同じだ。旧横須賀基地は旭にとって最後の砦なのだ。恐れはしても決して止まることはない。この日のために溜め込んだ竜結晶の弾丸を惜しみなく使い、ドラゴンスレイヤーたちは刀を抜いて果敢に切りかかった。

 そんな中、傷だらけの男が声を張る。



「恐れるな! 家族を守れ!」



 彼の名は三田さんだ郷士ごうし

 旧日本政府の研究機関によって開発された血族の出身だ。三田家は名古屋を中心としたエリアを担当していたが、彼は色々とあって関東に流れ着いた。

 そして旭と、そのリーダーである源三に恩義を感じていた。

 たとえここで身を滅ぼそうとも、必ずこの基地を死守すると誓いを立てていた。



「撃て! 通常弾でも牽制にはなる! 一度に近づけさせるな!」



 一方で源三は背後で指揮を執っていた。

 彼自身も元自衛隊のドラゴンスレイヤーだが、今は全体を管理する仕事がある。ただ最前線に身一つで突っ込めばよいというわけではない。

 とはいえ、源三がこうしていられるのも偶然ここを訪れていた一〇一小隊のお蔭であった。

 主に六道諸刃が狙撃によって大型ドラゴンを抑えているからこそ、源三は指揮官としての役目に集中することができる。

 郷士も数少ない旭のドラゴンスレイヤーとして小型ドラゴンから仕留めていく。



「はああああ!」



 対竜弾が小型ドラゴンの頭部を吹き飛ばし、その隙に郷士が心臓を破壊する。

 彼の実力はランク四に相当する。これは中型ドラゴンとも単騎で戦えるという意味である。戦えるというのはあくまで互角というだけであり、倒せるとは限らないが。ともかく、郷士は小型に苦戦するような男ではなかった。まして銃撃の援護があるのだから負けるはずがない。

 次、次、次と心で唱えながら小型を仕留めていく。

 彼にとってこの程度は作業なのだ。

 しかし皆がドラゴンを容易く倒せるわけではない。



「来るな! 来るなああああああ!」

「うわあああああああ! 弾が詰まった! 誰か! 援護!」



 空から急襲してきた数体の小型ドラゴンが旭の迎撃部隊を喰らう。彼らの使う小銃は自分たちなりに整備しているもので、完璧ではない。弾が詰まって制圧力が低下した部隊からドラゴンに襲われていく。

 勿論、それを見て近くの部隊も掩護射撃しているが、そのせいで余計に空への射撃密度が低下する。

 たった一つの部隊が弾を詰まらせただけで戦線は瓦解し始めた。

 一連の流れを見ていた源三は慌てて刀を抜く。



「儂が行く」

「獅童さん!? ダメです、あなたはもう……」



 彼の護衛が止めるのも効かず、源三は強く踏み込んだ。そして居合切りの要領で抜刀と同時に小型ドラゴンの首を落とし、流れるような動きで心臓を貫く。

 しかしまだ小型ドラゴンは二体も暴れており、源三は続いて姿勢を低くしつつ潜り込んだ。コンクリートすら砕くドラゴンの身体能力は驚異的である。決して攻撃を受けないよう、素早く刀を突きだす。源三の刀は暴れる小型ドラゴンの心臓を寸分たがわず貫き、その命を終わらせた。



「獅童さん! すみません!」

「ここはいい。一度下がって態勢を整えろ。空を飛ぶドラゴンを近づけさせるな!」

「はい!」



 そう言いつつ、源三は残るもう一体の小型ドラゴンと戦いを始めた。

 大型ドラゴンが率いる群れは大多数が空を舞っており、横須賀基地の奥へ進もうとしている。彼らが銃弾を惜しまず使って射撃しているからこそ、ぎりぎりで抑え込んでいるのだ。小型ドラゴンを仕留めることも重要だが、基地に侵入させないことも絶対に必要だ。



『獅童! 対空砲の準備も整ったぞ! もうすぐアレも使える!』



 源三のインカムに鬼塚の怒声が飛び込んでくる。

 生産部を管理するのが鬼塚の仕事だが、兵器の管理や整備も担当している。そしてこの旧横須賀基地は対ドラゴンを想定した軍設備であったため、当然ながら対空設備も充実している。ただし対空砲は扱える者が少なく、こうして起動に手間取ったのだ。

 だが、ようやく反撃に移れる。



「撃て」

『任せておけ!』



 前線より少し後方に設置されている対空砲が一斉に起動する。

 そして狙いをドラゴンに定め、掃射を開始した。






 ◆◆◆





 サンマルティーニの心臓を貫いたのは竜胆の刀だった。

 そのまま彼は倒れ、噴出した血液が彼女を染める。また彼女は身体が血で汚れているのを気にした様子もなく、シオンの飛ぶ斬撃でダメージを負った三人に素早くとどめを刺した。



「あ、あああ……ぐぅうううう……」

「煩い……です」



 また両腕を失い、蹲っている残りの一人も。

 この女は躊躇いというものがないのだろうかとシオンは思った。竜人化した元人間でさえ、多少は苦悩し、覚悟を決めて殺害する。ところが竜胆は敵性を確認した瞬間に始末した。



(いや、ただ感情が見えにくいだけなのか?)



 シオンから見て竜胆という少女は掴みにくいという印象だ。顔の下半分を包帯で覆っているから余計にそう感じるのだろう。前髪の一部が赤く染まっているので、それだけデミオン適性が高いということは分かる。もしかすると幼少の時点で適性を見出され、充分な情緒が育成されない内に戦いへと駆り出されてしまったのかもしれない。

 と、そこまで考えて思考を止める。

 竜胆に続いて天儀も部屋を覗いてきたのだ。そして彼は部屋に飛び散る血を見て分かりやすく表情を引き攣らせていた。



「天儀、入って……です」

「あ、うん」

「いや、待て! 入るな!」



 しかしシオンはそれを拒絶した。

 え、でも……と言いたげな天儀に激しく捲し立てる。



「ここはデミオン濃度が上がっている! こんなところにいたら赫竜病になるぞ!」

「あ、でも僕は親父のお蔭で結構耐性があるから……」

「この部屋もそろそろ危険だ! そこに転がっている腕を見ろ!」



 シオンが指差すのは初めに不意打ちで切り落とした男の腕だ。血だまりに転がって分かりにくいが、装着されている手袋が竜結晶化している。高濃度なデミオンに触れた証だった。



「俺とアーシャの周りは急激に濃度が上昇している! 早く逃げ――」

「ぐ、あ、うああああああああああ!」

「また苦しいのかアーシャ!? どうすれば……ともかく逃げろ!」



 アーシャはシオンの肩を咬むのも止め、また暴れ出した。

 そして両手で首輪に触れて苦しむ。



「正一さんたちを連れていってくれ! こいつは俺が何とかしますから!」



 シオンも慌てているのか、命令口調になったり丁寧な言葉遣いになったりと定まらない。しかしだからこそ天儀も危険な状況なのだと心から理解した。

 するべきことは二つ。

 正一、玄、浅実の回収、それと脱出だ。



「竜胆! この人たちを医療区画に連れていく。手伝ってくれ」

「……です」



 竜胆はその小柄で三人の大人を引きずり、部屋から脱出した。少しばかり扱いが雑だったが、正一たちもドラゴンスレイヤーなのだ。その回復力と耐久力のお蔭で死なずに済んでいる。天儀の適切な治療が望めるなら助かる可能性は非常に高い。

 あとはアーシャの首輪をどうにかするだけだ。

 竜結晶化が進行し、おそらく天儀が持ってきた工具で切断することは難しい。新しい方法を模索しなければならない。しかしどちらにせよ、デミオン耐性のない者は邪魔でしかない。

 幸いにも天儀は貧相な正義感で動く男ではない。理想こそ高いが、自分にできることは尽くす性格だ。そして竜胆は彼に従う。シオンの目論見通り、二人は銃撃のせいで負傷している正一たちを部屋から連れ出そうとしてくれていた。



(まずは暴れるアーシャを止める。俺に咬みつかせてでも!)



 アーシャは身体が火照っており、また息も荒い。苦しいのか、呻き声も続いている。

 風邪の時の症状にも似ていた。

 これは代謝能力が高まりすぎているため引き起こされる現象だ。つまり今のアーシャは過剰なデミオンによって肉体が活性化し過ぎている状態なのだ。もしも彼女にデミオン耐性がなければ赫竜病が発病するばかりか、竜人化がが進行するに違いない。



(さっき少しマシになったのは俺がデミオンを吸った……いや余計なデミオンを押し付けられたからか?)



 シオンは先の戦闘で過剰なデミオンを使い、肉体能力を限界以上に高めていた。これは高濃度Dアンプルでも再現できるし、竜人殺しをする時も使っている。しかし効果時間は一分程度で、斬撃を飛ばすなどをすれば著しく効果時間が低下するという欠点もあった。

 しかしアーシャに咬みつかれてデミオンを送り込まれている間は力が低下するどころか、無限に湧き出るようにも思えた。事実、アーシャが咬みつくのを止めている今は少しずつ身体からデミオンが放出されており、左肩から首にかけて浮かんでいた竜の鱗も消えつつある。

 絶対に赫竜病にならず、竜人の攻撃を受けても竜人化しないシオンに赫竜病の症状が発現したのだ。どれほどのデミオンが送り込まれたのかは想像もできない。しかしだからこそ、アーシャは身体を蝕むほどのデミオンを排出することができた。シオンという排出ポンプを通すことで暴走するデミオンを減らせる。これが今のシオンにできる最大の対処法だ。



(だからこそ、この部屋には誰も近づけるべきではない。赫竜病にさせないために)



 部屋から脱出しようとする人影を視界の端で確認しつつ、そんなことを考えた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公、大幅に強化されてくれないかな、、、
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