28話 首輪
首輪が発動した瞬間、アーシャにも異変が起こった。
「うぅっ! うあああああああああ!?」
身動ぎ一つしなかった彼女が突然呻き、悲鳴を上げたのだ。両目をカッと開き、バタバタと四肢を暴れさせる。
「きゃっ! どうしたの!?」
アーシャを膝に乗せていた浅実は驚き、彼女を抑えようとした。しかしアーシャの力はドラゴンスレイヤーすらも上回っており、浅実一人で抑えることができない。
それを見てシオン、正一、玄も彼女を抑える。
「なんて力だ! 気を付けて玄」
「おわっ! 顎蹴られるところだったぜ! 危ねぇなぁ!」
シオンもアーシャの両肩を抑え、暴れないように固定する。
その時、彼女の首にある機械的な首輪に赤いランプが灯っているのを確認した。
(あれ? こんなの点灯してたっけ?)
しばらくアーシャと共にいたが、彼女の首輪にこのようなランプは点灯していなかった。それは間違いないと断言できる。
(この首輪、科学者が付けたもの……奴らが何かしたのか?)
シオンは見事に正解へと辿り着いたが、それが分かったところで対処法があるわけではない。今は暴れまわるアーシャを抑えるだけで精一杯だ。
(こいつが目を覚まさなかったのもまさか首輪のせい……いや、今はそんなことを考えている暇はない。何とかして彼女を鎮めないと)
この場でアーシャに対処できる可能性があるのは医者である天儀だけだ。天儀も先程から暴れるアーシャを観察し、対処法を編みだそうとしているのが分かる。
しかし、この場はそれどころではなくなった。
『緊急放送、緊急放送』
この部屋だけでなく、建物全体に響く放送。
誰かに促されるまでもなく、天儀が説明した。
「これは危険が迫った時の警告放送です。おそらくは……」
『旭に複数の竜が接近。住民はただちに避難シェルターへと移動せよ』
「そういうことだよ」
暴れまわるアーシャと、急激なドラゴンの接近。
この因果関係をシオンは知っていた。
(竜の巣の実験と同じか)
そうしている間にもアーシャは叫び、暴れまわる。
「うわああああああ! あああああああ!」
抑えているだけで精一杯だ。
しかし、何かの対処を取らなければならない。シオンは避難放送に負けない声で叫ぶ。
「首輪! この首輪を破壊します。多分、これが原因です」
「そうなのかい?」
「見覚えのない赤いランプが灯ってからこんな様子になっています。無関係ではないと思います」
「それなら僕が工具を取ってくる。君たちは彼女を抑えておいてくれ」
天儀はそう言って部屋から飛び出す。勿論、竜胆もついて行った。
◆◆◆
この緊急事態を前に、源三は旭のドラゴンスレイヤーを集めて出撃した。レーダーにより複数のドラゴンが接近しているとなれば慌てるべき事態だ。
しかし、今回はあらかじめ警告されている。
心の準備はできていた。
「大型竜の接近も確認されている。戦闘員は小型を狙え。儂が大型を抑える」
旭にも何十人かのドラゴンスレイヤーは所属している。しかし大部分は一般人で、彼らは銃の対竜武装を使って援護射撃をする。
そして源三は数少ないドラゴンスレイヤーであり、ドラゴンの対策部長でもある男に告げた。
「三田、儂と共に大型をやってくれるな?」
「任せてくれ。あんたに受けた恩は返す」
これまで小型ドラゴンや中型ドラゴンを退けた経験はあるが、流石に大型は初めてである。心なしか源三にも緊張が見えた。
しかし彼は旭のリーダー。
常に雄々しく、強くあらねばならない。
「行くぞ! 必ず守り切るのだ!」
源三は深紅の刀を掲げる。
彼の後ろに付き従う兵士たちも銃を掲げ、雄たけびを上げた。
ドラゴンを倒す。そんな奮起のために。
◆◆◆
「まさかこんなことが起こるなんて……」
源三の執務室に残った夏凛が呟く。
それに答えたのは青蘭だ。
「もしかしてこのドラゴンもあいつらの仕業じゃないの? 樹海でも似た実験をしていたし」
「俺もそう思っていた」
「あ、やっぱり蒼真もそう思うでしょ?」
夏凛を守るため、この部屋には諸刃たちも待機している。水鈴の最優先命令が夏凛の守護であるからだ。
それに偶然居合わせたとはいえ、これは旭の問題でもある。
援護はするが、直接的には戦わない。
現に、諸刃は窓から狙撃銃を出してドラゴンを狙えるよう待機している。
「夏凛さん、仮にこのドラゴンが奴らの仕業だとして、これは本命だと思うか?」
「いえ、陽動だと思います。蒼真君も違うと思っているでしょう?」
「意見が一致してよかった。となると、あの実験体を目当てに本命が潜入してくる可能性があるわけか。ちっ……あいつらの監禁場所を聞いておけばよかった」
蒼真は苛立たし気である。
一方で諸刃は静かな声で忠告した。
「落ち着け。苛立っても何も好転しない」
「けどよ」
「俺たちは俺たちの任務を遂行する。それでいい。必要以上をすれば、できたはずのことまで取りこぼす」
「分かったよ」
リーダーであり友人でもある諸刃の言葉には従うらしい。蒼真も大人しくなった。
そして諸刃は告げる。
「敵は大型。それは確からしいが、まだ大型になったばかりのようだ。比較的小さい」
「あら、もう見えたの?」
「西側からきている」
「もう見えたのね」
「ああ、まずは俺が撃つ」
そう言ってトリガーが引かれる。
パンと小さな爆発音が部屋に響いた。思わず夏凛は耳を塞いだが、蒼真と青蘭は慣れたもので平然としている。
「どうだ諸刃?」
「当たったよ」
諸刃は次の弾を装填した。
◆◆◆
大型ドラゴンにとって、それは無警戒な一撃だった。
音速を超えて飛来した弾丸はその心臓部へと真っすぐ向かい、その途中で停止する。もしもっと高威力だったならば心臓は貫かれていただろう。
死にはしない。
再生も始まっている。
しかし、この弾丸は大型ドラゴンに脅威を抱かせた。
「ウオオオオオオオオアアアアアア!」
空中で無茶苦茶に暴れまわり、自身に付き従っていた小型ドラゴンの一体を捕食する。まさに暴虐だ。
そんなドラゴンの凶暴さを地上から観察する一団がいた。
「おうおう。すげーな。あれがランク七、モロハ・リクドウかよ」
「あんな狙撃、人間じゃねーぜ」
「ランク七なんて人外ばかりだよ。今更じゃねぇか」
彼らの言語は英語。
そして数は五名。樹海で一人殺され、この人数になってしまった。
アーシャおよびシオンを回収するためにやってきたイーグル小隊のメンバーである。隊長であるサンマルティーニはそんな彼らを制した。
「騒ぐんじゃねぇ。仕事だ。首輪の反応がこいつに示されるから、ここに行って博士の実験体を回収する。いいな?」
『了解』
彼の声一つで隊員たちは統率される。よく訓練された証だ。
サンマルティーニはアーシャの首輪の発する信号をキャッチするデバイスを持っている。それを見ながら混乱の最中にある横須賀基地へと侵入し、任務を成し遂げるのだ。
彼らに失敗のに文字はない。
混乱する旭とは相対的な静かさで、彼らは潜り込むことに成功した。
◆◆◆
暴走するアーシャはますます暴れまわっていた。
そしてシオンはぴりぴりと肌が焼けるような感覚を覚える。
「これは……」
シオンが感じているものは正一たちも感じているらしく、彼らは引きつった表情を浮かべていた。
「まさか、デミオン濃度が上がっている?」
「やべぇな」
デミオンはドラゴンスレイヤーの力の源だ。しかし、過剰に摂取すれば毒になる。赫竜病という形で返ってくるのだ。ドラゴンスレイヤーはある程度のデミオン耐性を有するものの、高濃度環境に長時間の滞在は赫竜病のリスクを高めてしまう。
つまり逃げなければならないのだ。
しかしシオンは別である。
どれほどのデミオンを浴びても、赫竜病に罹らない。
「正一さんたちは逃げてください。ここは俺が何とかします」
「でも……いや、分かった」
普通のドラゴンスレイヤーにできることはない。
正一は気が引けたようだが、それでも逃げることを決意した。周囲一帯のデミオン濃度は上昇しつつある。逃げるなら早い方がいい。
「シオン、君は逃げないのか?」
「俺はこいつを鎮めます。何とかして」
これ以上デミオン濃度が高くなれば誰も近づけなくなる。シオンが止めるしかない。
(こいつを一人で放っておくわけにもいかないしな)
アーシャの開発者は、首輪を暴走させるという手段を使ったのだ。もう彼女を守ってくれる者がいるとは思えない。
(こいつを助けられるのは俺だけだ)
シオンとアーシャは近しい存在だ。
彼女を理解できるのは、この世でシオンだけかもしれない。
ならば彼女を助ける理由は充分だ。
「早く行ってください」
「分かった。君も無茶はしないでくれ!」
「生きて帰れよ!」
「その子も連れて帰ってきなさいよ!」
それぞれ激励の言葉を残し、走って逃げていく。
彼らの温かい言葉がシオンにとっては新鮮で、嬉しかった。任務中も危険地帯に援護に行っては、あとは何とかしろと言われて見捨てられることもしばしば。こんなことは初めての経験だった。
一方で逃げる正一はただ、自分の無力さが悔しかった。
(また彼を残して逃げるのか)
まるで樹海でのことのやり直しである。
あまりにも無力だ。
自然と拳を握る力が強くなる。しかし振り返ることはなく、広がるデミオンから逃げるために全力で脚を動かした。
◆◆◆
首輪を破壊するための工具を探す天儀は、金属挟とワイヤーカッターを発見した。そしてそれらを持って、再び監禁部屋まで走ろうとする。
しかし天儀は背後から口を塞がれ、動きを封じられてしまった。廊下に出ようとしていた天儀は思わず工具も取り落としてしまう。
その犯人は竜胆である。
「むぐ……」
「天儀、静かに。知らない気配が来る……です」
竜胆の言った通り、パタパタと廊下をかけていく音が過ぎ去った。それも二人が向かおうとしていた監禁部屋に続く方角である。
口から手を離された天儀は抗議した。
「何をするんだ」
「数は五人……です。武器を持ってた……です」
彼女は足音が通り過ぎる一瞬の音で装備も聞き分けた。
そしてこんな場所で武装している者が移動するのはおかしい。襲撃してくるドラゴンに備え、戦える者は源三に従って外に出ている。
「分かった。慎重に行こう」
「……です」
天儀は落した工具を拾い、監禁部屋に急いだ。
◆◆◆
上昇するデミオン濃度から逃れるためアーシャから離れる正一たちは、黒ずくめの装備で固めた五人組に遭遇した。顔もフルフェイスマスクで覆われているため、何者かも分からない。
シオンとアーシャを探すイーグル小隊である。
まさか敵だとは思わない正一は、すぐに警告した。
「この先はデミオン濃度が高い! 引き返すんだ!」
だがサンマルティーニは剣を抜いて正一を刺した。そんな予想もできない不意打ちを避けることなどできるはずもなく、正一は膝を突く。
「正一!」
「あんたたち何するのよ!」
「はっ! 何言っているか分かんねぇよ日本人!」
馬鹿にしたようにサンマルティーニが告げた途端、彼の部下たちが玄と浅実へと斬りかかった。武器を没収されている二人に抗う術はなく、とにかく逃げることを優先する。
そして二人は刺された正一を引きずるようにして元来た道を引き返し始めた。正一も傷を負っているとはいえ、引きずられながらであれば走れる。
しかし背後から銃で撃たれ、三人とも倒れた。即座に男たちの内の三人が正一たちに近づいて、ワイヤーで腕を縛った。更には猿轡を嵌めて助けを呼べないようにする。
「こいつら、キサラギのドラゴンスレイヤーだぜ」
「ああ、うまく行った。人質にするぞ」
彼らの目的はデミオン排出体質を有するシオンだ。そしてシオンはキサラギのドラゴンスレイヤーでもある。人質作戦が通用する公算は大きい。また通じなかったとしても、五人がかりで抑え込むだけだ。
ここで部下の一人がサンマルティーニに話しかける。
「隊長、この先はデミオン濃度レベルが高いみたいだ。ここもレベル二はある」
「何?」
「どうする? 引き返すか?」
「問題ねぇよ。俺たちの装備は防護服にもなってる。博士が言うにはレベル四でも耐えられるそうだ」
「なら追うのか?」
「当たり前だ」
「マジかよ。こんな服、信用できるのか?」
部下たちの心配は尤もなことである。
デミオン濃度はドラゴンスレイヤーの活動指針の一つだ。一般人ならレベル一以下の環境で暮らすことが推奨されている。耐性のあるドラゴンスレイヤーでもレベル二を限度としているほどだ。
そしてこれから進む先は更に濃度レベルの高い環境かもしれない。
つまり赫竜病のリスクが高まることを意味する。
いくらRDOの研究所が用意した防護服とはいえ、心配なのだろう。ガスマスクを着けていても毒ガス室に入りたくないのと同じ心理だ。
「任務は絶対だ。逆らうなら法に則って銃殺刑になるぜ?」
「わ、分かってるよ隊長」
「ターゲットの首輪信号はこの先からだ。急ぐぞ」
この作戦はアーシャの首輪を暴走させることでドラゴンの群れを呼び、それを陽動とすることで速やかに完遂される予定だ。
彼らは背中を撃たれてぐったりしている正一たちを引きずりながら、奥を目指した。




