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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女
24/42

24話 旭

あけましておめでとうございます




 世界にドラゴンという脅威が現れた厄災の日以降、日本の米軍駐屯基地は比較的早い段階で撤退した。世界全体で見ても二十年以内に全ての基地を撤退させている。

 そして横須賀米軍基地はアメリカ軍撤退後に自衛隊基地として改修されることになった。

 ドラゴンに対する最終防衛地として機能させることすら考慮し、アーコロジーとして自己完結可能な設備に整えられた。

 後に第三次世界大戦でも活用されることになったのだが、政府機能が壊滅した現在の日本では基地をコントロール可能な上層部が存在せず、民間組織の拠点となっている。



「それが『旭』だ」



 源三はジープを運転しながら旭という組織の成り立ちを説明していた。



「儂は元自衛隊所属のドラゴンスレイヤーでな。この横須賀基地に所属していた。だが、五年前の……世紀末の悪夢で政府が壊滅してからは儂が旭として運営していくことになった」

「あなたが旭のリーダー……でしたか。あ、申し遅れましたが永島ながしま正一しょういちといいます」

「お前も一族以外の竜殺しか」

獅童しどうさんは四番の竜殺一族と関係があるのですか?」

「よく聞かれるが無関係だ。儂の苗字は獅子の『獅』に童子の『童』で獅童しどうと読む。竜殺血族の四谷家とは関係ない」

「それは失礼しました」



 二人が会話を続ける中、シオンは助手席で身体を縮こまらせていた。雨で濡れた体が冷えるのだ。

 だがそうしていると源三が声をかけた。



「どうした小僧。痛むのか?」

「いえ、身体が冷えて。傷は回復はしました」

「……そうか。随分と回復が早い。よほど適性が高いようだな。その髪を見る限り、高ランクのドラゴンスレイヤーか」



 デミオンの適合率の高さを視覚的に表すのが髪色だ。赤が強いほどデミオン適性が高いということになる。シオンは赤のメッシュという形でそれが現れているので、適性の高さが伺える。



「それを言うなら、獅童さんの部下も随分と高いデミオン適性ですが」

「その子は特別だ」



 源三はバックミラーに目を向け、部下である竜胆を一瞥する。彼女も前髪の一部が赤に染まっているので分かりやすい。

 だが、源三は表情にこそ見せないがアーシャに驚いていた。

 全てが深紅に染まった髪という、見事な適性である。完全適性だと言われても納得できるほどだ。



「その赤い髪の子は何者だ?」

「RDOの実験体です」

「ふむ。そうか」



 他にも何か聞きたそうな素振りを見せる源三だが、それ以上は何も聞かなかった。

 そして景色が開け、海に出る。



「もうすぐ横須賀だ」

「キサラギに送ってくれるわけではないのですか!?」

「勘違いするな。永島といったな? お前たちは儂らがキサラギと交渉するための人質となってもらう。余計なことをすれば痛い目に遭うだろう。悪く思うな」



 源三が冷たく言い放つと同時に、竜胆がナイフを抜いて隣に座っていた浅実の首に当てた。

 車内に緊張が走る。

 チームメイトが人質となったことで正一と玄は一瞬腰を浮かしたが、竜胆がナイフを強く押し当てたことで大人しくせざるを得なくなった。



「安心しろ。如月水鈴はお前たちを見捨てるような女ではない。大人しくしていれば死ぬようなことも重傷を負うこともないだろう」



 そう言われると大人しくするしかない。

 また人質ということならば下手な扱いもされないだろう。



「分かりました。従います」



 それが正一の答えだった。






 ◆◆◆





 源三が運転するジープは横須賀基地のゲートを抜け、車庫で停止した。そこでようやく竜胆もナイフを離し、浅実も解放された。



「お前たちは軟禁させてもらう。ついてこい」



 浅実は玄が背負い、アーシャをシオンが抱える。

 その間に竜胆が武器を回収した。軟禁するというだけあって、武器を持たせるつもりはないのだろう。シオンも刀を没収された。

 武器は全てジュラルミンケースに収納され、ダイヤルロックがかけられる。

 あれではドラゴンスレイヤーでも抉じ開けるのは難しい。



「源三さん、私……」

「ああ。天儀てんぎの所に行ってメンテナンスしてもらうといい」

「はい……です」



 竜胆はジュラルミンケースを抱え、走り去っていった。

 シオンを含め皆がその様子を眼で追っていると、源三が咳払いする。



「お前たちはこっちだ」



 背中を見せて一人で案内する彼は一見すると隙だらけだ。

 それで玄が不穏な雰囲気を見せかけたが、正一が止める。無言で首を振るリーダーに制止され、余計なことをするのは止めた。

 ただ源三はそれにも気付いていたらしく、小さく鼻を鳴らす。



(簡単に脱走とはいかないか)



 シオンも取りあえず、脱走するという考えを捨てた。






 ◆◆◆

 




 五人に与えられた部屋は何もない大部屋だった。

 毛布、個室トイレ、水道という最低限の設備はあるようだが、それ以外は窓すらない。壁も鉄筋コンクリート製なので穴を開けるのも難しいだろう。

 唯一の良い点は古いながらも畳が敷いてあることだった。

 靴を脱ぎ、多少は寛ぐことができる。



「正一」



 そしてシオンがアーシャを寝かせて毛布を掛けると同時に、玄が口を開いた。



「分かっているよ。玄の言いたいことは」

「なんでさっき俺を止めた? 車もそこにあったし、獅童って奴を気絶でもさせれば逃げることはできただろ? 俺たちの方が数は上だった。あの女もどっかに行ってたしな」

「数は上だったかもしれないけど、玄とシオンはそれぞれ浅実と……その子を抱えてたからね。それにあの獅童というドラゴンスレイヤーはやり手だよ。話を聞く限り、世紀末の悪夢の生き残りだ」

「……だよな」



 玄は力を抜いてペタリと座った。

 一方で壁にもたれかかりつつ足を延ばして休む浅実は申し訳なさそうにする。



「ごめん。私が足手纏いになっちゃって」

「いや、浅実のせいじゃねぇよ。それより足はどうだ?」

「まだ時間がかかりそう」



 ドラゴンスレイヤーの代謝能力により骨折すら数日以内に感知する。シオンほどの適性者ならば骨折すら数分で完治可能だ。

 邪龍にやられた背中から腹にかけての刺し傷すら一夜で完治したほどである。

 流石に浅実の適正ではそこまでの治癒能力は期待できないが。



「シオン、そっちの子の様子はどうだい?」

「ずっと目を覚まさないですね。もしかしたら頭を強く打ったのかもしれないです」

「こっちで頼んで旭の医者をよこしてもらえないかな?」

「そう、ですね」



 アーシャも実験体とはいえ、デミオンを細胞に組み込まれている。髪色から適性を判断するとすれば、この中では一番だ。つまり回復力も一番高いと思われる。

 しかしそれでも目を覚まさないとなると心配だ。



(実験体という特殊な境遇だし、必要なメンテナンスがあるという可能性も捨てきれない)



 手遅れになってからでは遅い。

 シオンは早めに医者の手配を頼むことを決めた。






 ◆◆◆






 旭のドラゴンスレイヤー、赤城竜胆は毎日必ず医療区画を訪れる。横須賀基地の医療区画は研究所としての意味合いも大きく、設備も充実している。

 その理由は死の病、赫竜病だ。

 治療方法のないこの病を治療するための投資である。

 竜胆はその区画にある一室へと入った。



「天儀、いる?」

「いるよ」



 幾つか配置されたパーティションの奥から返事が返ってくる。しばらくすると、奥から白衣の青年がやってくる。彼はぼさぼさの髪を後ろで束ねているほか、髭もあまり剃っている様子がない。

 竜胆は呆れた様子で注意した。



「もう少し身だしなみを整えて……です」



 スッと青年天儀の後ろに回り込み、髪を結んでいるゴム紐を解く。そして手櫛である程度整えた後、もう一度結び直した。

 そして皴の寄った白衣を軽く払い、綺麗に伸ばす。



「ありがとう竜胆」

「ううん」

「メンテナンスだね。僕もキリがいいから丁度良かったよ。いつもの場所に寝ておいて。準備するよ」



 天儀はパーティションの奥に消える。そしてゴソゴソと何かを取り出す音がし始めた。

 一方で竜胆はカーテンで仕切られた場所に入り、そこのベッドに腰を下ろす。まずは口布を外し、次に上着を脱いで近くの籠に畳んで入れた。

 彼女の身体には所々、赤い鱗が浮き出ている。腕、肩、首、そして頬と露出している場所にポツポツとあった。

 そこに様々な器具を入れた箱を持って天儀が入ってくる。



「じゃあ、早速やるね」

「お願いします……です」



 竜胆は半袖の白服を捲り上げた。すると天儀が箱から聴診器を取り出し、心音と呼吸音を聞く。胸、背中と順に診察し、次に彼女の手を取った。脈の計測である。



「……うん、八十三だね。じゃあ寝転んで」



 まず彼女はうつ伏せになってベッドに横たわる。天儀は彼女の服を捲り上げ、背中に浮かんでいる鱗を調べ始めた。

 軽く叩いたり、ルーペで拡大したりと触診を繰り返す。

 そして最後に注射器で血液を採取した。



「ほぼ想定通りかな。無茶もしていないようで何よりだよ」

「今日は狙撃しただけ……です。後はキサラギの人たちを人質にした……です」

「また親父は変なことを……竜胆に怪我がなくて良かったよ。こっちも大きな進行は特になし。うん、じゃあ後はいつもの薬だね」



 天儀はアンプルを取り出して新しい注射器で吸引し、それを竜胆の腕に打つ。慣れているのか、彼女は身動ぎ一つしなかった。

 注射が終わると竜胆はさっさと服を着始める。

 その間に天儀は診断結果を述べた。



「竜胆の赫竜病は非常に緩やかな状態で進行している。上手くドラゴンスレイヤーの細胞に馴染みつつあるね」

「私の病気は治る……です?」

「ごめんね。今の僕には難しい。竜胆は赫竜病と共存している状態なんだ。他の患者と比べれば安定しているし、この進行速度ならおばあちゃんになるまで生きられると思う。でも、何かのきっかけで急変しないとも限らない。凄く微妙な状態だよ」

「天儀ならできる……です」

「うん。きっと治すよ。だからもう少し待っていてくれ」



 そう言って彼女を抱きしめ、その髪をすくように撫でた。

 天儀はその際に彼女の前髪を留めるヘアピンに気づく。素材そのものは鉄であり、何の変哲もないもの。しかしその飾りとして小さな竜結晶が取り付けられていた。



「これ、今日も使ってくれていたんだね」

「天儀がくれた、大事なものだから……です」

「子供の頃の手作りだからね。まだ使われていると思うと少し恥ずかしいな……」

「私が付けていると天儀が恥ずかしい……です?」

「ああ、違うよ。とても嬉しくて、何というか照れるんだ」



 竜胆のヘアピンはかつて天儀が手作りしてプレゼントしたものだ。それもある約束と共に。

 それを付けているということは、彼女も約束を覚えて意識しているということだろう。それが天儀には気恥ずかしかった。

 そんな天儀が愛おしく、竜胆は両手を彼の首に回す。そして耳元に口を近づけて囁いた。



「今日はもう少し、治療してほしい……です」



 甘えるような声音と息遣い。

 それが天儀の心臓を跳ねさせる。



「竜胆」

「天儀」



 これから二人の時間が始まるのだろう。

 研究で忙しいはずの天儀も満更でもなかったのか、彼女の可愛さに屈したのか。徐々に彼女の唇へと近づいた。

 しかし、そんな甘い空気をぶち破るノックと呼び声が響く。



「先生! 天儀先生!」



 まだ仕事時間という現実を思い出させられ、天儀は彼女の額に軽く唇を落とした。



「また今度だね」

「約束……です」

「分かっているよ」



 天儀はカーテンを通りながら『今行きます』と返事をする。彼の本業は医者であり、このように呼ばれたということは急患がいるということだ。

 後で、などとは言っていられない。

 竜胆に悪いことをしたと思いつつも、脳内を仕事一色に切り替える。彼を呼んだのは基地の設備を管理する女性職員の一人だった。



「どうしましたか?」

「先生、実は見ていただきたい患者が」

「新しい赫竜病の?」

「いえ、その、獅童さんがキサラギのドラゴンスレイヤーを保護していまして……その中の一人が頭部を強打した可能性があるとか」

「分かりました。僕が向かった方がいいですか?」

「お願いします。お忙しいとは分かっていますが……」

「構いませんよ」



 本来は患者をこの医療区画に連れてきて診察や治療をするべきだ。それを曲げて天儀に向かってもらうということは、面倒な事情があることに他ならない。



(竜胆が言っていた人質……そういうことか)



 賢い天儀はすぐに察した。

 何かの事情でキサラギのドラゴンスレイヤーを保護することになり、それを利用してキサラギと交渉しようとしているのだと……獅童源三の考えそうなことだとすぐに理解できた。

 女性職員は天儀の予想を補完するかのように、補足する。



「診察の際には銃で武装した者を二名付けますが、ご理解ください」



 それを聞いて天儀はやはりと思った。

 しかし彼女の提案については首を横に振る。



「不要ですよ」

「ですが」

「僕の護衛ということなら、彼女に来てもらいますよ。ね、竜胆」



 天儀が呼びかけると、竜胆がカーテンの隙間から顔だけ出した。いつの間にか口布も巻き直している。

 ドラゴンスレイヤーにはドラゴンスレイヤーを。

 そんな意図を見せつけられれば、女性職員も納得するしかない。



「分かりました。では先生」

「ええ。少し準備します。竜胆も着替えておいて」

「はい……です」



 返事をした竜胆はカーテンの奥に行ってしまう。その間に天儀は診察のための道具を幾つか取り出した。頭部を打ったということならば精密検査もするべきだが、そうなるとこの医療区画に運ぶ必要がある。まずは診てみるしかないのだ。

 天儀が一通りの道具を箱に詰めると同時に、カーテンの奥から竜胆も現れる。緑を基調とした自衛隊服をしっかりと着こなしていた。



「では行きましょうか」



 そう声をかけると、女性職員が案内を始めた。



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