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ドラゴン×キス  作者: 木口なん
1章 竜の少女

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23/42

23話 救援



 少し時は遡る。

 二体の小型ドラゴンと対峙する正一と玄は苦戦を強いられていた。彼らはランク二のドラゴンスレイヤーであり、実力としてはチームで小型を一体倒せる程度である。

 限界の戦いを強いられていた。



「畜生が……今日ほど力がないことを呪ったことはねぇぜ!」



 玄は自動小銃を構えつつ悪態を吐く。

 その指がトリガーを引くと弾丸は発射され続ける。竜結晶弾頭の対竜弾が小型ドラゴンの全身に刺さり、痛みに悶えるように身をよじっていた。しかし勢いは衰えず、自身を撃ち抜いた人間を喰らうべく襲いかかる。



「うおおおっ!? 危ねぇ!」



 ドラゴンの再生能力は驚異的だ。

 こうしている間にもドラゴンはコアよりデミオンを供給し、銃弾による傷を回復させている。

 先程からこの繰り返しだった。

 既にシオンが与えた目の傷も再生完了しており、負傷が戻る前に倒せなかったのは痛い。

 そして完全に再生した小型ドラゴンは悠然とした態度を取り戻し、牙を剥いてげんを威嚇する。



(俺じゃ決定打にならねぇ……懐に入ることができたら良いんだが)



 身体を打つ雨のせいか、動きが重く感じる。

 そして弾丸の数も少ない。



(マガジンもこれで最後。あと一回トリガーを引けば終わりか)



 玄が相手をしている小型ドラゴンは乗用車程度だ。小型の中でも一番小さな部類である。しかし逆に言えば小回りの利く車が襲ってくるようなもの。更に相手は再生までする。

 疾走する車に飛び込み、エンジンを的確に貫くという所業を成し遂げるに等しいのだ。



「う、うおおおおおおおおお!」



 トリガーを引き、最後の弾丸を撃ち尽くす。

 弾丸は小型ドラゴンの頭部や翼を破壊し、一瞬とはいえ動きを止めた。高ランクのドラゴンスレイヤーならばその一瞬で懐に飛び込み、赤い刃を以て心臓を貫ける。しかし玄のような性能の低いドラゴンスレイヤーではそれができない。身体能力が足りないのだ。

 しかしそれは理由にならない。

 これが最後のチャンスであり、玄は失敗覚悟で刀を抜く。思い切り踏み込み、その心臓を貫くために駆けた。



「うらああああああああああっ!」



 しかしその時、中型ドラゴンが空に上がった。

 羽ばたきが暴風を生み、玄も吹き飛ばされてしまう。そして彼が飛ばされた方向には、浅実とアーシャが隠れる車があった。






 ◆◆◆



 



 正一が戦う小型ドラゴンは狡猾で、動けない浅実とアーシャを狙っていた。浅実も足を怪我しているものの、銃による援護はできる。正一が壁となって戦い、浅実が銃でダメージを与えるという戦術を選択していた。

 やはり二人で戦うことで安定する。

 しかしそれも中型が空に上がったことで状況が変わった。暴風が吹き、正一は地面に転がされてしまったのだ。

 更に玄まで吹き飛ばされてきて、横転した幌トラックに激突する。



「玄! 大丈夫!?」

「う……痛てぇ」



 玄もドラゴンスレイヤーなので体は頑丈だ。打撲は負ったが、まだ動ける。正一も地面に転がされてしまったが、すぐに受け身を取って起き上がっていた。

 そして彼らが隙だらけにもかかわらず、二体の小型ドラゴンは動きを止めている。

 中型……いやほぼ大型のドラゴンが空に上がったことで、暴風を叩きつけられたからだ。小型ドラゴンですら動きを止めるほどの暴風。それを人間の体重で耐えられるはずがない。



「ふ、伏せるんだ!」



 正一が力いっぱい叫び、仲間に命じる。

 重心を低く、地面に張り付くようにすれば多少は耐えられる。

 瓦礫も幌トラックも吹き飛び、大雨すらも一時的に消し去った。そして中型ドラゴンは急降下する。



(もう、ダメだ!)



 もう叫ぶ気力もない。

 正一は目を閉じ、死を覚悟した。玄も悔しそうに歯ぎしりするだけであり、浅実は銃を向けることもしない。

 自分たちでは敵わない強大なドラゴンを前に戦意を喪失した。

 だが、急降下する中型ドラゴンは横から飛んできた赤い斬撃に首を深く切り裂かれ、横に吹き飛ばされてしまった。



「大丈夫ですか!」



 シオンは最後のDアンプルを惜しみなく使い、活性化状態になったのだ。過剰デミオンを放出することで斬撃を飛ばすこともできるため、刀しかなくとも遠距離攻撃が可能である。その分だけ強化時間が減ってしまうが、躊躇う余裕はなかった。

 首を深く傷つけられた中型ドラゴンは逗子ずしインターチェンジに激突し、高架が破砕される。コンクリートやアスファルトが飛び散り、金属の破片が火花を散らす。

 正一も目を開き、驚いた。



「シオン! 君も無事だったのか! こっちも助かったよ!」

「それより先に小型を始末します」



 そう言ったシオンは刀を二度振るい、また深紅の斬撃を飛ばす。それによって止まっていた小型二体の首が切り飛ばされる。ズルリと頭部が地面に落ち、水溜まりを撥ねた。

 ドラゴンは首を落とされただけでは死なない。

 急所である心臓かコアを破壊しない限り、再び首を生やして再生する。シオンはそんな暇を与えず、即座に二体の心臓を貫いた。過剰デミオンで一時的に活性化している今のシオンならば、この程度は容易い。

 小型ドラゴンは倒れた。



「助かったよシオン」



 取りあえずの脅威だった小型ドラゴンが排除され、正一も安堵しつつ立ちあがる。そしてシオンに近寄ろうとしたが、シオンは強い言葉で制止した。



「近寄らないでください。今は」

「え?」

「俺はDアンプルを摂取しました。近づくと赫竜病の発症率が高まります」



 そう言われてシオンの体質を思い出したのか、正一も足を止める。



「それよりもアーシャを連れてできるだけ離れてください。まだ中型は生きています」



 シオンが言った通り、中型ドラゴンはもう傷を再生させて起き上がっている。そして翼や尾で瓦礫を払い除けているところだ。すぐに襲ってくるだろう。

 そして傷を受けたドラゴンは積極的に捕食行動を取る。特に再生で失ったデミオンを回復するため、ドラゴンやドラゴンスレイヤーを好むのだ。彼らはコアから供給されるデミオンによって無限に再生可能だが、逆に言えばコアに貯蓄されたデミオンがなくなればそれも不可能となる。何度も再生したドラゴンはデミオンを補給するのに必死となる。

 端的に言うと狂暴化する。



「ウギャアアアアアアアアアアア!」



 絶叫、あるいは威嚇とも思えるドラゴンの咆哮。

 シオンは濡れた前髪を掻き上げる。雨水を吸って重くなった髪から水が滴り、頬を流れた。いや、それは冷や汗かもしれなかったがどうでもいいことだ。



(身の程を弁えろ、だったか)



 富士樹海で中型ドラゴンと遭遇した時、シオンは倒しきれなかった。またその際に蒼真から言われた言葉を思い出す。

 普通ならばここは逃げるのが正解だ。

 だがシオンに逃げる選択肢はない。



「ここは俺が抑えます」

「……分かった。シオン、頼むよ」



 正一は自分が無力であることを承知している。

 チームで挑んでやっと小型を倒せる程度の自分たちが役に立てるとは思っていなかった。シオンの言った通り、アーシャを連れて逃げるのが最適の役目である。



「玄は浅実を背負ってくれ。俺がその子を連れていく」

「分かった。任せろ」



 デミオン適性がそれほど高いわけではない彼らは、シオンほど回復力が高くない。浅実はまだ足の骨折から回復しておらず、玄も幌トラックに叩きつけられた時の打撲が治っていない。しかしここに留まっているわけにもいかず、玄は痛みに耐えつつ浅実を背負った。

 正一もアーシャを背負い、中型ドラゴンから離れるように駆けていく。



「死ぬんじゃねぇぞ!」



 玄も一言激励して去っていく。

 随分と態度が変わったものだとシオンは苦笑した。

 ただ言われずとも死ぬつもりはないが、そんな保証ができないほど敵は強大だ。三度も斬撃を飛ばしたせいで強化時間はほぼ無くなっている。

 勝ちの道筋は耐えきることだけだ。



(救難信号を飛ばしてからそろそろ十分……どれだけ耐えれば助けが来るか)



 信号がキサラギまで届いていれば、ヘリで救援を送ってくれることだろう。

 雨という戦いにくい環境で長時間の戦闘は危険が多い。また注意を引き付けてくれたり、銃で援護してくれる味方もいない。ただの時間稼ぎだと油断すれば即死だ。

 敵は人間など軽く捻りつぶせる大型に近い中型ドラゴン。

 シオンは深呼吸して、駆けだした。



「ギャアアア!」



 咆哮するドラゴンはシオンを認識した。

 そして再び羽ばたき、雨を吹き飛ばしながら空高く飛び上がる。中型ドラゴンはそのまま宙に留まることなく、重力に従って落下する。五十メートル近いドラゴンの落下はそれだけで絶大な威力の攻撃となりえるものだ。

 シオンはその場から離れ、ドラゴンが落下すると同時に跳んだ。大地を揺らすその衝撃から逃れるためだ。それによって落下と同時に発生した衝撃から逃れることはできたが、地面が割れて下地に敷かれている砂利や土すら弾け飛ぶ。

 水道管とガス管が剥きだしになり、散った火花が都市ガスに引火する。

 ドラゴンを中心に大爆発が起こった。



「ぐっ! が!?」



 空中ので爆発の衝撃を受けたシオンは上下の感覚すらなくなるほど回転しつつ吹き飛ばされた。そして瓦礫の山に直撃して何度か転がり、ようやく止まる。

 内臓を掻き回されたような感覚のせいで、咄嗟に立ち上がることもできない。

 それでも呻きながらドラゴンの方を見た。



「あ、の……野郎! また捕食を……」



 シオンが倒した二体の小型ドラゴンを捕食し、ダメージを受けた分だけデミオンを補っているらしい。そして捕食が終わった瞬間、中型ドラゴンが僅かに大きくなった気がした。



(錯覚? いや、まさか成長したのか!)



 その予測は正しかった。

 ドラゴンは口を大きく開く。そしてその奥から深紅の燐光が漏れ始めた。紛れもない、デミオンブレスの発動兆候である。

 大型ドラゴン以上しか使えぬはずのデミオンブレスを使うということからシオンの予想が正しいと証明されてしまった。今の捕食で一つの壁を越えたのだ。

 そして大型となったドラゴンの狙いはシオンではなく、逃げる正一たちである。



「く、そ!」



 急いで体を起こし、刀を杖代わりにして立ち上がる。

 痛みは気力で何とかなる。

 死の恐怖など今更だ。

 しかし肉体の故障は物理的に行動を不能にする。

 シオンは前に進もうとして急に力が抜け、倒れてしまった。



(この感じ、背骨がやられた)



 人体を支える中心の骨に支障をきたせば、立ち上がることすら難しい。勿論、ドラゴンスレイヤーの代謝能力ならば回復できる負傷だ。しかしすぐには戦えない。

 そして大型ドラゴンに容赦などない。

 深紅の燐光はやがて激しくなり、デミオンブレスは発射直前となった。



「待っ……」



 シオンが手を伸ばしても止まるはずがない。

 今、デミオンブレスが放たれようとした。

 しかしそこに銃声が鳴る。雨の音すら上回る強烈なその音が響くと同時に、大型ドラゴンの頭部が仰け反る。強烈なデミオンの光も散ってしまった。



「間に合ったようだな」



 聞こえたその声はシオンも知らないものだった。深く体に響くようなその声にはカリスマのようなものさえ感じる。

 何者の声かを確かめるべく首を捻ろうとしたが、その前に抱きかかえるようにして体を起こされた。



「無理に動くな。酷い怪我だ」

「何者、ですか?」

「儂は獅童しどう源三げんぞう。その服を見るに君はキサラギのドラゴンスレイヤーか。救援信号をキャッチして一般人かと思って来たのだが」



 獅童源三と名乗ったその男は、獅子のような風貌だった。逆立つ白髪と顔の皴が印象的で、片腕でシオンを支えることができるほど大きい。

 そしてもう片方の手には対竜武装の刀を手にしていた。



「ドラゴン……スレイヤー?」

「ふん。キサラギだけがドラゴンスレイヤーを保有しておるわけではない。それよりも下がるぞ」

「あ、いや! あの大型竜を何とかしないと。それに俺の仲間も」

「問題ない。お前の仲間は儂の部下が助けに行った。心配するな」



 デミオンブレスを止めた先の銃弾もその部下が放ったのだろうと予想できる。彼の言葉に嘘はないと確信できた。

 ただ、これ以上の考える時間をシオンに与えてもくれない。

 有無を言わせないとばかりにシオンを脇に抱え、正一たちの方へと走り出した。






 ◆◆◆






 死を感じた正一たちの元にも助けは現われていた。

 大型の狙撃銃を持った小柄なボブカットの女である。口布を巻いて顔の半分ほどを隠しているのが特徴的だ。また前髪の右側が一部赤色になっており、その部分を耳に掛けてヘアピンで止めていた。

 一見するとただの少女。

 しかし扱う武器は確実に対竜武装だ。

 腰にはやはり対竜武装と思しき刀を差しており、ドラゴンスレイヤーであることが窺えた。



「君は……誰だい? キサラギのドラゴンスレイヤーじゃないね?」



 しかし彼女は正一の問いなど無視してまた発砲する。かなり大きな発砲音が響き、またドラゴンの顔が撃ち抜かれた。

 そして次弾を装填する間に彼女は答える。



「私は『旭』のドラゴンスレイヤー。赤城あかぎ竜胆りんどう……です」



 時間差で行われた彼女の自己紹介は正一にとって驚くべきものだった。

 まずキサラギ以外のドラゴンスレイヤーということもそうだが、何よりも所属が旭であるということが驚きである。



「正一、この女……」

「うん。確かに旭って言ったよ」



 キサラギと敵対しているわけではない。

 しかし赫竜病患者の治療について何度もデモ活動をしている団体だ。その拠点が横須賀にあるということは分かっている。しかし積極的な交流があるわけではないため、実態は不明だ。

 正一も玄も警戒の態度を露わにする。

 その間にも竜胆は狙撃を繰り返し、大型ドラゴンを怯ませ続けていた。淡々と装填、発射を繰り返す彼女は言うべきことは終わったとばかりに口を閉ざしている。

 そこにシオンを抱えた源三も現れた。



「シオン!」

「何者だ?」



 正一と玄は警戒を強めるが、源三は二人を無視して竜胆に話しかけた。



「撤退するぞ竜胆」

「あれはどうする……です?」

「大型は手に負えん。スタングレネードだ。そっちの二人もついてこい。死にたくなければな」



 そう言って源三はスタングレネードを取り出し、ピンを抜く。激しい音と閃光でドラゴンの動きを止める装備品だ。ドラゴンスレイヤーが装備することもあるが、どちらかといえば一般人がドラゴンから逃げる際に用いる道具である。

 ピンを抜いて数秒後に炸裂するため、正一たちに考える余地などなかった。

 源三が大型ドラゴンに向かってスタングレネードを投げる。



「こっちだ」



 そう言って源三はシオンを抱えたまま走っていき、竜胆も銃を降ろしてそれに従う。正一と玄も仕方なくその後を追った。浅実とアーシャを抱えている以上、助けてもらう以外に道がない。

 そして数秒後、激しい閃光と音が炸裂する。

 視覚と聴覚を頼りとする大型ドラゴンもその二つを狂わされれば堪らない。



「ギャアアアアアアアアア! オオオオオオオオ!」



 翼や尾を激しく動かして暴れまわり、怒りを吐き出すかのように吼える。

 しかし閃光と音が収まった時、ドラゴンが標的と定めた人間は姿を消していた。残るは瓦礫の山と、虚しく響く雨の音だけであった。





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