22話 中型ドラゴン
玄は特別なドライブテクニックを持っていたわけではない。しかしドラゴンの群れに追われているという極限の状況が集中を生み、およそ二十分を逃げ切ってみせた。
しかしその場凌ぎの運転は車両に負担を与え続けた。
そして逗子インターチェンジ付近で遂に限界が訪れる。幌トラックの右前輪が外れたのだ。左に向かう緩やかなカーブの途中であったこともあり、バランスを崩した幌トラックは横転する。時速百キロで走る車両が起こす事故の被害は凄まじい。
幌トラックは大きくひしゃげ、見るも無残な姿となっている。
「ぐっ……何が起こった」
シオンは幌から弾き出され、地面に強く打ち付けられた。しかしこれで死なないのがドラゴンスレイヤーである。ドラゴンの一撃すら耐える耐久力がなければ竜殺しなどできるわけがない。
「……左腕がやられたか」
凄まじい耐久力とはいえ、着地の寸前に左手で受け身を取ったのがいけなかった。そうでなければこの程度の傷で済まなかったと思われるが、腕の骨折は現状において最悪だった。不幸中の幸いか、複雑骨折というわけでもない。痛みに耐えつつ、治癒を待つことにした。
四体の小型ドラゴン、一体の中型ドラゴンが次々と降り立つ。
シオンはすぐに周囲を見渡し、アーシャの姿を探した。ドラゴンスレイヤーである正一たちはともかく、アーシャは実験体だ。これほどの衝撃ではどれほどの怪我を負っているか分からない。
(探す暇もないか)
しかしまずは目の前のドラゴンたちだ。
刀を抜いて慎重に待つ。数もドラゴンの方が上であり、正面戦闘を強いられている。攻め込めば背後を突かれ、喰われる。
(せめて腕が回復するまで時間稼ぎがいる)
ドラゴンの鱗は片手で貫けるほど甘くない。また安定しないので力が左右にぶれてしまい、刃が折れる原因にもなる。
そして五体のドラゴンの中で一際目立つのが中型だ。
十メートル以上、五十メートル未満という曖昧な定義をされているが、同じ中型ドラゴンでも大きさによって脅威度は変化する。四体の小型ドラゴンを率いるこの中型ドラゴンは四十メートル級であり、中型としては最高峰だ。
「オオオオオオオオ……」
中型ドラゴンの低く響く唸り声が合図となった。
まずはシオンに一番近い、右後ろの小型ドラゴンが牙を剥く。一口で飲み込もうとするその攻撃に対し、シオンは体を捻りつつ跳んで躱す。そのまま小型ドラゴンの首に着地し、また跳んで背に移った。シオンはその際に竜殺しの赤い刃を振るい、片翼を切り裂く。
翼を支える骨格部を切り裂かれたが空気を受け止める被膜部分は繋がっている。そのため翼が切り落とされることはなかった。しかし再生しない限り、空を飛ぶことはできないだろう。
怒り狂ったように小型ドラゴンは暴れたが、もうその時にシオンは背中から逃げていた。続いて壊れた幌トラックを叩き潰そうとしている二体の小型ドラゴンに狙いを定める。
(そっちはさせない!)
小型ドラゴンの背中から跳んだシオンは、トラックを狙う二体に上から奇襲を仕掛ける。まずは片方の頭部を踏みつけ、踏み込むことで自らの体をもう片方の小型ドラゴンに飛ばす。踏まれた小型ドラゴンはバランスを崩し、シオンは勢いを取り戻した。
勢いの付いたままに、その右目を刀で貫いた。
赤い竜鱗に覆われていない部分はドラゴンであっても比較的柔らかい。シオンの刀はその半分ほどまで埋まった。
「ギャアアアッ!?」
さらに突き刺した小型ドラゴンの頭部を踏み台として、刃を抜きつつもう片方に再度跳ぶ。もう片方は体勢を立て直したばかりだったが、シオンの追撃で先と同じく片目を失った。
ドラゴンの感知方法は視覚と聴覚。
多数のドラゴンを相手にするとき、目を攻撃するのは有効な戦術である。小さな部位なので普通は狙わないが、今回は上手く不意打ちが決まった。
シオンの時間稼ぎが功を奏したのか、正一と玄が車から這い出る。浅実も気を失ったアーシャを背負って荷台から現れた。
「シオン、待たせた!」
「目に傷のある奴は俺たちがやるぜ! 中型は任せた!」
正一と玄はそれぞれ刀を抜き、背中合わせになって構える。二人は事故の衝撃から早くも復帰している様子である。シオンが見ると潰れた車の運転席から白い風船のようなものが見えた。エアバッグのお蔭でダメージが最小限で済んだのだ。
一方で荷台に乗っていた浅実とアーシャは重傷らしい。気絶しているアーシャは分からないが、浅実は片足を引きずっていた。
それでも、これほどの大事故で死者がいないことは奇跡だが。
(とにかく俺は中型を始末する)
まだシオンの左腕は回復していない。
ドラゴンスレイヤーの代謝能力ならば骨折すら間もなく回復する。中型ドラゴンは強敵なので、両手が使えなければ討伐は難しい。まずは時間稼ぎだ。
残る小型二体と中型一体を相手に片手で凌がなければならない。
シオンを脅威と見た中型ドラゴンは、その巨体で押し潰そうとする。
「冗談だろ!?」
四十メートルを超えるドラゴンはその巨体が武器となる。シオンは痛む体に鞭を売って全力で走り、驚異的なのしかかりを回避した。
破砕音と共にアスファルトが割れ、ガードレールが潰れる。
そのまま中型ドラゴンは暴れまわった。
振り下ろされた爪は大地を破壊し、振り回される尾が高架を破壊する。翼を広げるだけで暴風が過ぎ去り、一瞬とはいえ雨が吹き飛ばされた。
また警戒するべきは中型ドラゴンだけではない。二体の小型ドラゴンもいる。
シオンは中型ドラゴンから逃れつつ、小型ドラゴンの前にはわざと姿を見せた。そうしてドラゴンを引き付け、正一たちの援護をするのである。
(傷は負わせたけどあっちも小型竜が二体。『三』の小隊には荷が重い。俺が先に状況を動かさないと目の傷も回復される)
正一と玄はドラゴンスレイヤーとしては下に位置する実力だ。単独では正面から小型ドラゴンを倒すことすら難しい。それでも二人で二体を相手にできるのは、小型ドラゴンの両方が片目を負傷していることが大きな要因となっている。
シオンたちにとっての利点は雨が音を消してくれることだろう。
ドラゴンほどの巨体ならば姿も音も隠せないが、人間の出す程度の音ならば雨音が掻き消してくれる。狙うべきは死角。乱戦の中でも不意打ちはできる。
(この土埃に紛れる)
中型ドラゴンが暴れることで生じた土煙の中に身を投じ、ドラゴンの感知から逃れる。巨大なドラゴンならは隠れようがないが、人間ならば全身が隠れる。
人間の矮小さは大きなハンデにもなるし、上手く使えば武器にもなる。
不意打ちと暗殺こそキサラギのドラゴンスレイヤーが編み出した対ドラゴン戦術だ。シオンは土煙に紛れ、小型ドラゴンの心臓を狙って突いた。
赤い刃がドラゴンの鱗を突き破り、その首の付け根に刺さる。しかし左腕が使えないため、心臓までは届かない。刃は途中で止まってしまった。
(ダメか)
シオンは力づくで刃を押し込むようなことはせず、引き抜いて逃げる。無理に力を込めればまた刀が折れてしまう。
また土煙に身を隠した。
(そろそろ左腕も動かせる。もう少しか)
既に痛みは引き、腕も動かせるようになった。骨がほぼ接着した証拠だ。数分以内に完全治癒が完了することだろう。
中型ドラゴンは今もその身を回転させて暴れまわり、周囲に破壊を振りまいている。
そして小型ドラゴンは巻き込まれることを恐れてか、積極的にシオンを襲ってくることがない。
シオンの立ち回りは薄氷の上を歩くような危険なものだ。中型ドラゴンを引き付けるため、鬱陶しく振る舞わなければならないのだ。暴れまわる中型ドラゴンの予測不能な動きを見て躱し、可能ならば小型ドラゴンを仕留めなければならない。
そしてこのような乱戦において有効な戦術をシオンは知っている。
(中型に上手く小型を攻撃させれば……付け入る隙があるとすればそこだ)
シオンに差された小型ドラゴンは怒り、咆哮している。
噛み砕き、爪で引き裂こうとするドラゴンはシオンを追い始めた。それこそシオンの思う壺である。危険を承知で中型ドラゴンの暴れまわる場所に飛び込んだ。
その牙と爪は小型ドラゴンと比較にならないほど驚異的だ。巨体は暴風を生み、僅かに触れるだけでも大怪我は必至である。それでもここに飛び込む価値があるのだ。
シオンは回避できても、小型ドラゴンは回避できないのだから。
「オオオオオオオオッ!」
「ギャッ!?」
「オオオオオ! オオオオオ!」
唸る中型ドラゴンは邪魔をするなとばかりに小型ドラゴンを叩き潰す。徹底的に殴られ、尾で潰され、牙で噛み砕かれ、小型ドラゴンはあっという間に力尽きた。
中型と小型の間には隔絶した差がある。
ましてこの中型ドラゴンは間もなく大型ドラゴンになるであろう大きさだ。小型ドラゴンなど瞬時に喰われてしまう。
吼えた中型ドラゴンは力尽きた小型ドラゴンの首を噛み砕き、そのコアを捕食する。ドラゴンは共食いすることでも力を高め、巨大化する。ドラゴンは人を主に喰らうが、同じドラゴンも喰らうのだ。
(今後のことを考えれば中型に喰わせるのは不味いけど……今はこれしかない)
中型ドラゴンの捕食行動を横目に、もう一体の小型ドラゴンに狙いを定める。もう一体は暴れる中型ドラゴンに巻き込まれては敵わないとばかりに離れ始めている。
正一たちを標的にしようとしているのは明らかだ。
既に二体の小型ドラゴンを相手にしている彼らがもう一体を相手にする余裕はない。それに足を負傷した浅実と気絶したアーシャもいるのだ。シオンに様子を見る余裕はないが、少なくともそちらに向かわせるつもりはない。
滑る地面を強く踏み込み、大地すら割って飛び出す。
「っぁ! はあああああああああああ!」
普段ならばこんな雄叫びなど上げない。不意打ちこそ最良とされる。しかし聴覚を感知手段の一つとするドラゴンに対し、引き付ける役目を負う時には有効な手段だ。そして小型に音を聞き分けるだけの知能はなく、最も目立つ音に反応するだけだ。大雨と中型ドラゴンが引き起こす破壊の音がシオンの雄叫びをほとんど打ち消したが、小型ドラゴンはシオンの声に反応して首を傾ける。
だがもう遅い。
既にシオンはその間下まで迫っていた。
(そこだ)
強く踏み込んだことで充分な加速がある。
そして力とは速度の二乗に比例する。シオンは動かせるようになった左手を添え、刀の向きを自分の加速方向と平行に安定させた。
力を真っすぐ刀に乗せ、小型ドラゴンの心臓を貫く。
先程は片手故に力が足りなかったが、それを踏み込みによって補った。竜を殺す刃は根元まで突き刺さり、シオンは確かな手応えを感じる。
そして手早く刀を抜き、その場から飛び退いた。
急所を貫かれた小型ドラゴンは力尽きて倒れる。だが、次の瞬間には中型ドラゴンが死した小型ドラゴンすら捕食した。心臓を破壊された小型ドラゴンはデミオンの供給が途絶え、早速その身体が崩壊しつつあった。しかしデミオンが貯蓄されたコアは健在である。中型ドラゴンはそれを目当てに捕食したのだ。
「あの中型……死んだ竜からもコアを捕食している。もう知能が大型レベルだ」
ドラゴンはデミオンを取り込むことでコアに貯蓄し、その身体を巨大化させる。同時に大きなドラゴンであるほど知能も高い。
誤魔化して逃げるのも難しくなる。
シオンは左手を確かめるため、何度か握って開いてを繰り返した。
「よし、いける」
コアを咀嚼する中型は隙だらけだ。
不意打ちするには丁度いい。相手はほぼ大型といっても良い強さだが、不意打ちならば関係ない。首の付け根を削り取り、心臓を貫くだけだ。
ただし、ほぼ大型にまでなったドラゴンの鱗は硬い。
シオンは刀にデミオンを流し込み、活性化によって鋭さを高める。
そして身体の大きさ故に死角となっている後方から静かに駆けた。ドラゴンの急所である心臓とコアは必ず首の付け根にある。後方から迫れば、ドラゴンに気付かれることなく急所のすぐそこにまで辿り着けるのだ。
シオンは地面を割るほど蹴って跳び上がり、刀を振るう。
間もなく五十メートルに達しようとしているドラゴンは刀一本で届かない深い場所に心臓がある。まずは表面の竜鱗と肉を削ぎ落す。一度の跳躍で複数の斬撃を放つという離れ業が炸裂し、ドラゴンは身を捻って暴れだす。
危険を感じ、シオンは着地と同時に離れた。
(あんな風に暴れられたら近づけない)
中型や大型は暴れまわるだけで脅威だ。
特に心臓を破壊するためその肉体を削ると怒り狂ったように暴れる。それが中型や大型の討伐を困難にしている。
そして暴れるドラゴンは翼を広げ、力いっぱい羽ばたいた。
五十メートル近い巨体が宙に浮き、大雨すら吹き飛ばす暴風が吹き荒れる。
「あっ……」
シオンは吹き飛ばされた。
ちょっと毎週投稿が生活に合わなくなってきたので、投稿方法を切り替えます。これからは章ごとに投稿していくことにします。
次は大晦日から1章が終わるまで連続投稿しますね




