アップルパイ
朝起きると、家には領民からもらったらしいリンゴがたくさんあった。だからティナはアップルパイを作った。
本当のところを言うと、他の果物もたくさんあって、迷った。ティナとて、作れるものがアップルパイだけではない。パイ料理なら得意だ。
だけどやっぱりアップルパイにしたのだ。
アップルパイを作り終えると、家で食べるのではなく、大きな篭に入れて、外に出る準備をする。
起きたときに会ったのだが、父も母も家の中にいなかった (たぶん) 。畑にいるなら、行く途中に会うかもしれない。
外に出ると、黒い犬が寝そべって待っていた。
「おはよう、ラザレス」
『もう昼だ』
そう言いながら、犬はむくりと身を起こした。歩くティナの横に並び、黄金色の目が見上げてくる。
『よく眠れたか?』
「うん。とても良い夢を見たの」
『良かったな』
「うん」
着々と収穫が進んでいる畑の側を歩いていった。父と母はやはり外にいるらしいが、領民の目撃証言のみで、直接は会わなかった。
まあ日が暮れる前に帰ればいいだろう。
ティナは森に入っていった。
『ティナ!』
「アルヴィー、おはよう」
『おはよう!』
森に入った途端に、白いキツネが勢いよく現れた。精霊であるキツネはかわいらしい外見でティナを見上げて、犬とは異なり時刻のことは正さず挨拶を返した。
周りでは、姿が見えない精霊たちの声が広がっている。
精霊が集まって不思議な空気感の森を進み、今日は泉がある場所へと来た。
泉には透き通った水が満ち、水面には時折綺麗な模様が浮かぶ。魚はいない。精霊が遊んでいるのだろう。
水底に沈む石は、きらきらと光ってこれもまた綺麗だ。上が木々に覆われていないので、太陽の光が降り注いでいるから余計にかもしれない。
この季節だから足をつけると、冷たいだろうか。暑いときだと森自体不思議と涼しく、極上の感覚をもたらすのだが、秋から冬へと行く一方の季節だ。
結果、止めておいて座り、アップルパイを取り出した。姿の見えない妖精用と……。
『やっぱりティナのアップルパイは美味しいね! 他の食べ物に魅力は感じないけど、ティナのアップルパイは特別だ!』
「ありがとう」
もぐもぐと、口いっぱいに頬張っているキツネは、今だけはリスみたいだ。かわいいことに変わりはない。
膨らんでいる頬をつんつんしたい衝動に駆られたけれど、我慢する。アップルパイを食べる邪魔をするのは良くないことだ。
犬にもと思い、傍らに伏している犬を見る。
「ラザレス、食べないの?」
『……』
「ラザレス?」
『……アップルパイなんてこの世から消えろ』
ティナは突然の暴言にびっくりした。
アップルパイなんて、この世から、消えろ?
「何てことを言うの」
そんなことを言う犬だとは思っていなかった。この上なく酷いことを言われた気分で、ティナは犬からじりじりと距離を置いていく。
アップルパイがこの世から消えたら、ティナは耐えられない。アップルパイなんて消えろという考えは、相容れないものだ。
「……絶交」
用意していたアップルパイを皿ごと背後に庇い、呟いた。
絶交なんて初めて言った。
『……嘘だ。謝る』
すると犬はすぐに意見を翻して、閉じていた目を開け、頭を上げた。
「……本当?」
『本当だ。絶交はよせ』
謝られたことで、ティナも絶交は言い過ぎたし、そもそも絶交は出来そうにないと思った。
よって、頷き謝罪を受け入れ、仲直りの印にアップルパイを差し出した。
「最近ね、アップルパイを食べ過ぎた気がしたから、チェリーパイを作ろうと思ったの。でもやっぱりアップルパイを作ったの」
『そうか』
「美味しい?」
『美味しい』
獣は無言で美味しいアップルパイを噛み締めた。
そして、獣は、繰り返す。




