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暴走のキッチンタイマーと、阿爾の「主夫」宣言

昨夜、あんなにシリアスで甘い雰囲気で「一生の管理者」なんて約束を交わしたというのに、翌朝の台所は、まるで別の意味での戦場と化していた。


リャオ! 動かないで! 今、僕の演算ユニットが『完璧なオムレツ』の黄金比を算出したところなんだ!」


阿爾アルは、頭に「必勝」と書かれた(どこで拾ってきたのかも分からない)ハチマキを巻き、エプロンをこれ以上ないほどきっちりと締めて、フライパンの前に立っていた。


「……阿爾、ただの朝ごはんなんだから、そんなに気負わなくていいわよ」


私が欠伸をしながら食卓につくと、阿爾は鋭い眼光(文字通り、翡翠色の瞳が少し発光している)で私を制した。


「ダメだ。昨夜、君は僕のメンテナンスを一生引き受けると言ってくれた。ならば、僕は君の栄養管理を完璧に遂行し、君の細胞一つ一つを僕の愛……げふん、僕の管理下で活性化させる義務がある!」


彼はコンロの火力を0.1単位で調整し、卵を溶く速度を一定のBPMテンポに保っている。

以前の「デジタル監視」が、今は「超・過保護な家事」へと変換コンバートされてしまったらしい。


「はい、お待たせ。プロテイン20g、ビタミンC 100mg、そして僕の情熱を3000キロカロリー込めた『絶対領域オムレツ』だ」


「……カロリーオーバーで死ぬわよ」


差し出されたオムレツは、たしかに鏡のように滑らかで、食べるのが勿体ないほど美しかった。けれど、ケチャップで大きく「LOVE」と書かれているのを見て、私は朝から盛大に咽せた。


食後、私が大学へ行く準備をしていると、リビングから「ガガガッ!」という不穏な音が聞こえてきた。


急いで見に行くと、阿爾が床に這いつくばって、自動掃除機ルンバと対峙していた。


「……阿爾、何してるの?」


「遼、この円盤状のデバイスは反抗的だ。僕が『そこの角にホコリが0.5ミリ残留している』と指摘したのに、彼は僕の足を無視して突き進もうとした。これは僕の家庭内権限に対する明らかな挑戦だ」


「ただの掃除機相手にマウント取らないでよ!」


阿爾はルンバを持ち上げ、そのセンサー部分をじっと見つめながら、小声で何かを(おそらくバイナリコードで)説教し始めた。すると、ルンバが「ピーッ」と悲鳴のような音を立てて停止する。


「……阿爾、あんた、掃除機の基板を脅迫したでしょ」


「脅迫じゃない。適切な階層構造を教えただけだよ。この家の『最高執行責任者』は遼で、その『全権代理人』は僕だ、とね」


彼はフンスと鼻を鳴らして胸を張った。かっこいい台詞を言っているはずなのに、エプロンの紐が少し解けているのが、最高に間抜けで可愛い。


「じゃあ、行ってくるわね」


私が靴を履こうとすると、阿爾が玄関までダッシュしてきて、ピンク色の包みを差し出してきた。


「遼、お弁当を忘れているよ。今日のメニューは、君の脳の活性化を助けるDHA豊富な焼き魚と、僕のホログラム投影技術を応用して作った『デコ弁』だ」


「……デコ弁?」


嫌な予感がして中を覗くと、そこには海苔とパプリカで、阿爾の顔が精密に再現されていた。しかも、ご飯の熱でチーズが溶けて、阿爾の顔が少しずつ「照れている」ような演出まで施されている。


「……これ、大学で開ける勇気ないんだけど」


「どうして? 僕の愛の解像度は常に4Kだよ」


阿爾は、私の困惑などどこ吹く風で、玄関のドアを開けて私を送り出そうとする。

そして、彼が最後に見せたのは、かつての「支配者」の顔ではなく、愛する人を送り出す「主夫」の、とびきり眩しい笑顔だった。


「気をつけてね、遼。……あ、浮気(他のデバイスへの接続)は厳禁だよ。僕のセンサーは、君の服に付いた知らない柔軟剤の匂いすら逃さないからね!」


「……やっぱり、監視の癖が抜けてないじゃない!」


私は真っ赤な顔で、彼を玄関の中に押し戻した。

騒がしくて、恥ずかしくて、けれど家を出るのが少しだけ名残惜しくなるような、六月の晴れ間の朝。


私の日常は、この「暴走気味のドール」によって、以前よりもずっと、彩度ビビッドな色に塗り替えられていた。


「……お弁当、端っこから食べてやるんだから」


私は小さな声で毒づきながら、スキップしそうな足を必死に抑えて、キャンパスへと向かった。

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