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56 神様の言葉

 カゲロウは、どうしてここにハオランを連れてきたんだろう。


「マッタク、カゲロウさんは人使いが荒いんだカラ」


 ハオランはため息をつくと、海水が溜まっているという湖までスタスタと歩いていった。

 俺はカゲロウに駆け寄り、彼に耳打ちする。


「どうしてハオランさんを呼んだの? メウ横丁まで戻ってたの?」


「そうだ。奴のことは気に食わないが、(ほこら)まで行くには奴のスキルが役に立ちそうなのでな」


 ハオランの方に目を向けると、彼はもうスキルを発動したようで、水の表面がキラキラと光り出した。


「一体何をするんニャ?」


 リタにヒールをかけてもらい、すっかり元気になったクロジが首をかしげた。

 すると、ハオランの前から水底に向かって、透明な下り階段が出現したではないか。


「一体どうなってるんだ?」


 水辺へかけよると、透明な階段は水槽のような造りになっていた。その空間は水を通さず、階段の下はおそらく祠のある水底へと繋がっている。


「水族館にある、トンネル状の水槽みたいだな。一体どうやって……?」


「私のスキルを応用したのデス。要は、水を通さない性質の結界を水中に構築して、さらに歩きやすいようにそれを階段状に成形しまシタ。ここまで細かい芸ができるのは、私の技術の高さがあってこそデス。さすが私デス」


「なるほど。これなら泳がなくても水底まで行けそうだ」


 階段の淵に立つと、階段の行き止まりのあたりが青く光っているのが見える。

 あそこまで行けば、日本に帰れるのか?


 帰れずとも何か手がかりが掴めるのならいい。でも、もし何の手がかりも無かったら。そう考えるだけで胸の奥がキュッとなる。


 階段を降りるだけでも心の準備が必要だ。

 しかし、俺が覚悟を決めて深呼吸している横で、クロジとハオランはさっさと降りていってしまった。


「何をボーっとしてるんニャ。早く行くのニャ」


「ヒロさん、何をしてるんですカ? 行きますヨ?」


「あっ! ちょ! 待って! 俺も行くから置いていかないで!」


 ドタドタと二人を追いかけると、後ろからリタとカゲロウも着いて着た。


 ハオランの作った階段は、一段降りる度にキシキシと音が鳴る。あまり丈夫そうには見えないが、今のところ水が漏れてくる気配はない。


 どうにか水底までもってくれよ、と祈っているうちに、俺は青く光る祠のすぐ前まで来ていた。


「これが、日本とこの世界を結んでいる、青い祠か……」


 祠は静かに光を放っている。

 温かで神秘的な光。なぜか、この世のものとは思えない。


 こんなものが日本と異世界を繋いでいるだなんて、今まで考えたことも無かった。


 もしかして、日本のいたるところにこんなものが散らばっていて、行方不明者のうち何人かはこの世界に飛ばされているのではないか。


 しばらく祠から漏れ出る光に見とれていると、おもむろにクロジが口を開いた。


「これは……神様の言葉ニャ」


「なんだって? 神様?」


「ヒロ、ここを見るのニャ。祠の下に石の台座があるのは分かるニャ? そこに文字が刻まれているんにゃけど」


「……よ、読めない。俺はこっちの世界の文字は全く読めないんだが」


 街中で買い物をしている時や飲食店に入った時など、こちらの世界の文字は何度か目にした。俺は全く読めないが、カゲロウかリタが読んでくれていたので不便さを感じたことはない。


 しかし石の台座に刻まれている文字は、俺が今まで目にしたこちらの文字とは少し違って見える。


「リタ、これ読めるか?」


 するとリタは眉間に皺をよせ、ふるふると首を振り、そのままカゲロウを見た。

 カゲロウも小さく首を振る。どうやら二人とも読めないらしい。


「だから、これは神様の言葉だって言ってるのニャ。俺様がこっちで見た文字とも違う。猫チャンでも人間でも発音できないのニャ。ただ、俺様のスキルなら意味は分かるのニャ」


 クロジは異種間言語理解というスキルを持っていたはずだ。そのスキルで解読するのだろう。


「そのまま読み上げなくていいよ。意味を教えてくれないか」


 クロジはすうっと息を吸うと、真剣なまなざしで台座の文字を見た。クロジの黄色い瞳がわずかに光っている。スキルを発動しているのだろう。


「この祠を通る者 死の淵にいる者

 この祠から帰る者 世界の均衡を保つ者

 来るべき災厄を退けた時 その者は生の淵へ戻る……ニャ!」


 クロジはパッと顔を上げた。


「意味が分からないのニャ!」


「さっき、発音はできないけど、意味は分かるって言ったじゃないか!」


「でも詳しい意味までは分かんにゃい! 読んであげたんにゃから、あとは人間が頭を使うべきなのニャー!!」


 俺とクロジが言い争っていると、横でハオランがブツブツと呟いた。


「なるほど、こんな内容だったんデスネ」


 ハオランは、何度も「なるほど」と繰り返した。


「ハオランさんは、意味が分かったんですか? あ、ていうか、ハオランさんからすればこの祠はなんだよって話ですよね、ハハハ……」


 ハオランは俺が日本という異世界から来たことは知らない。カゲロウに無理矢理連れてこられて、水底への階段を作らされたに過ぎないのだ。


 しかし、ハオランの次の言葉が俺の度肝を抜いた。


「ヒロさんとそこの猫チャンは、日本から来たんデスネ?」


「……! どうして日本を知ってるんですか!?」


「フフン、なぜなら私も日本から来たのデス。日本への帰り方や、なぜ自分がこの世界に来たのかを調べているのは、あなた方だけではないのデス」


「嘘だろ!? だって、髪も、喋り方も……」


 俺は思わずハオランの髪を指さした。彼は黒髪ではなく、暗い赤色の髪をしている。喋り方も日本人のそれではない。

 ハオランは自身の髪をサラリとかき上げて言った。


「これはこっちの世界の人に合わせて、わざわざ染めてるんデス。ホラ、根本は黒いデショ? でも喋り方について指摘されるのは心外デス。だって私、日本語上手ですモン。まぁ出身は日本ではありませんガ。私は留学生として日本に来てたところ、こちらの世界に転移させられてしまったのデス」


 ハオランのことは、てっきりこちらの世界の人間だと思っていた。突然、自分も日本から来たと言われても、理解が追いつかない。


 ハオランは祠の台座に刻まれた文字を撫でながら言った。


「私がこちらの世界に来たのは3年前デス。元の世界に帰る方法をあちこち探した結果、ここの祠に辿り着いたのデス。そう、ここに来るのは初めてではナイ。しかしこの文字が読めず難儀していたトコロ、あなた達がやってきまシタ。感謝しますヨ」


 ハオランの口にした3年、という言葉が俺の心に重くのしかかる。この人は、日本への帰り方が分からず3年も孤軍奮闘していたというのか。その年月の重みを感じると、鼻の奥がツンとした。

 ハオランが続ける。


「猫チャンが台座の文字の意味を教えてくれたおかげで、自分の置かれている状況がよく分かりましたヨ。まず、『この祠を通る者 死の淵にいる者』この一節ですガ」


 ハオランは目を閉じ、一呼吸置いた。その唇がわずかに震える。


「私たちハ、日本で死にかけた状態でこちらに転移したようデス。ヒロさん、猫チャン、心当たりはありますカ?」


 俺はクロジと顔を見合せた。


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