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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode10『The Lightning Dyes White on Black』
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episode10 sect7 ”わが雪と思へばかろしかさのうへ”

 朝、マンティオ学園の生徒たちが登校してみると、教室の黒板には大きく「本日 臨時全校集会」と書いてあった。昨日、市内の中学校で起きた『BLEACH』によるテロ事件を受けてのことだろう―――とほとんどの生徒たちは理解した。

 先日世界中を騒がせた『ブレインイーター』事件のさなかでもダンジョン演習を敢行したマンティオ学園のことである。こうして登校している以上は休校するほどとは受け止めていないようだが、例えばそう、短縮授業とか、登下校時の注意喚起とかの説明を受けることになるのだろうか。

 体育館に集まった生徒たちの間では、ざわざわと予想が飛び交っていた。


 だが、その大多数の生徒たちの予想はハズレだった。授業はいつも通りやるし、登下校も極力一人にならないように、程度に教師の挨拶で語られただけだった。


 「本日より、1年3組に()()する生徒が1名いますので、この場で紹介しますねぇ。・・・じゃ、こっちに来て」


 テロの話もおざなりに、話すことが転校生かよ、と総ツッコミになるかに思われた。転校生が全校集会を開いてまで紹介されるなど、1学年で300人近くいるような規模の学校ではまずあり得ないことだ。しかし、教頭の三田園に呼ばれてステージ脇から現れた少女の顔は、髪こそ少し短くなっていたが、いまのマンティオ学園生なら全員見覚えのある顔だった。


 高総戦の全国大会で通り魔事件に巻き込まれ、面会謝絶の重篤な状態と周知されて以来、一切の音沙汰も無く行方をくらませていた、ネビア・アネガメントだった。


 「みなさん。おはようございます、カシラ。ネビア・アネガメントです、カシラ。本当は昨日からの予定だったんですけど、いろいろあって今日からまたマンティオ学園でお世話になることになったので、よろしくお願いします、カシラ」


 ペコリとお辞儀するネビアの姿は、初夏の頃の生意気な雰囲気とは似付かず神妙だ。見る者によっては違和感のある振る舞いの理由を、ネビアはマイクの前でゆっくりと語り出した。


 「見ての通り怪我も病気もありません、カシラ。本当は、通り魔に襲われたのも、面会謝絶というのも、全部嘘でした。ごめんなさい、カシラ。でも、嘘を吐いた理由は説明させてください、カシラ」


 ネビアの口から語られたのは、包み隠さない事実の羅列だった。

 高総戦。あの日、魔法学芸都市『のぞみ』の舞台裏で起きていた事件の話。

 さすがに、あの場所で渦巻いていた様々な人間の思惑すべてを語るわけではなかった。それはネビアの想像も含まれそうな話だったから。

 ただ、渋谷警備(反社組織)の子飼いだったネビアが、学生の身分であの場に紛れ、学生たちに違法な測定器具の埋め込みや、研究用データベースへの不正アクセスといった犯罪行為に加担していたことは、全て自白した。


 とはいえ、それはこれからする話の前置きだ。彼女が真に明かすべきことはそんな過去の出来事ではない。まさに、この話をするためだけに、彼女はわざわざマンティオ学園に頼んで全校集会という場を用意してもらった。


 「いまの私は、オドノイドとして、IAMOに所属しています。こうして編入学したのも、いま世界中で活動を広げてる『BLEACH』のテロ行為から1年3組の神代迅雷、そして彼の周辺人物の護衛任務の一環です、カシラ。―――でも、そのうえで、みなさんには言っておきます、カシラ」


 さも当たり前のように秘密を明かすと、ネビアはスカートからシャツの裾を出して、腹を見せた。だが、別に彼女は自身のキレイな肌を見せたいわけではない。

 ネビアの眼球が黒く染まり、くびれた腰回りからは黒い頭足類の触手らしき器官が10本、生え揃った。


 最近、見たことがあるんじゃないか?


 うねる黒い触手を見て、気付く者は気付き始めた。


 元より、一部の者は、マンティオ学園地下ダンジョンから死にかけの状態で運び出されたネビアの姿を見ていたハズだった。



 「私が、『ブレインイーター』よ、カシラ」



 明かすつもりでいると伝えたら、パートナーにも、昨日は迅雷にも止められた。必要以上に立場を悪くする意味なんてないだろう、と。

 でも、さっきも触れたが、この学園には『ブレインイーター』の正体を知る者がいる。例えネビア自身が明かさずとも、バレるのは時間の問題だった。また言うべきことも言わないまま、後でバレて険悪になる方がよほど不都合だ。


 「173人」


 ざわつく。


 「『ブレインイーター』が食べた人間の数よ、カシラ。世間じゃ最終的に158人ってなってるけど、足りない。私はちゃんと数えてるし、憶えてる、カシラ。西郷大志先生を喰い殺したのも私。マンティオ学園の地下ダンジョンやダンジョン演習の内部情報を盗み取ったのも私、カシラ。恨みがあるなら殺しに来てくれても良いわ、カシラ。今日、こうして私がのうのうと表を出歩いていられるのは、IAMOがどうとかじゃない。ただ単に、この世にオドノイド(私たち)を裁く法がないからに過ぎないわ、カシラ。そして、オドノイドを殺した事実を罪に問う法も、カシラ」


 そう。


 オドノイドには国籍も戸籍もない。だからオドノイドをどこで何人殺そうが、殺人罪にも器物損壊罪にもならない。オドノイドは法的に透明人間である。

 『BLEACH』も、人知れずオドノイドだけを専門に闇討ちする暗殺組織だったなら”良かった”のだ。それ以外の、どこかの法には引っ掛かる人間を巻き込んだから、彼らは危険な犯罪組織なのであり、こうしてネビアは日本に派遣されたのだ。


 「罪を償いたいなんて手前勝手な理由で戻ってきたワケじゃないし、この任務に志願したワケでもないわ、カシラ。私は、ただ組織の一員として与えられた任務をこなすだけ、カシラ。以上、自己紹介でした、カシラ。たぶん任務中だけにはなってしまうと思いますが、その間は学園の一員として勉強もイベントも一生懸命頑張りたいと思ってますので、よろしくお願いします、カシラ」




          ●




 集会が終わって、生徒たちは困惑を隠せない様子のまま教室に戻って行った。ネビアも、生徒としてここにいる以上、授業が始まるまでにはみんなと同じように自席に着かなくてはならない。


 「大丈夫?」


 そう言ってネビアにハンカチを差し出したのは、また彼女の担任教師となる志田真波だった。

 一瞬、なぜハンカチなど、と戸惑ったネビアだったが、ハッと我に返って自分が汗だくになっていたことに気が付いた。

 ただ、意味が分かっても戸惑いは残っていた。

 手を伸ばしかけた格好のまま止まってしまったネビアの手を取って、真波は自分のハンカチを握らせてやった。


 「私はまだ、あなたの先生よ」


 あの書類の束を受け取った日に、真波は、もう覚悟を済ませてきた。

 ここは高校で、真波は先生だ。世間が見放す殺人犯だったって、18歳以下なら真波は絶対に見捨てない。見限るのは卒業してからで遅くない。


 「・・・ありがとう、カシラ」


 「先生ナメんな。さ、時間押しちゃうから早く教室に行くわよ」


 集会では突き放すような説明をしたし、ネビアはそれを後悔していない。でも、後ろめたさがないかと言われれば、それも違う。ただ、開けづらいんだろうな・・・なんて思っていた教室の扉は、真波が問答無用でズバッと開け放ってしまった。

 ちょっと乱暴なくらいの真波にネビアが目をパチパチさせていると、真波はニヤリと笑い返す。


 「甘やかすとは一言も言ってないわよ」


 「ハ、ハイ・・・カシラ」


 「はーい座って座ってー。自称編入生のネビア・アネガメントさんよ。ヨロシクねー。はい、じゃあネビアさん。前でみんなに挨拶して」


 「ぎゃあ!?こっ、心の準備!?カシラ!?」


 引っ張られて教壇を譲られ、強引に前に立たされたネビアは、ゴクリと喉を鳴らした。また汗が出てきた。

 でも、迅雷と目が合った。

 それから、雪姫とも。

 少し、落ち着いてきた。


 ネビアの話すべきことは、さっきの集会で語ったことが全部だ。ここでは、簡単な挨拶だけで良いのだ。迎え入れられるか、避けられるかは、個人次第。ネビアは任務でここにいる。それ以上なら嬉しいが、それ以下になることだってない。


 「ネビア・アネガメントです、カシラ。私の素性とか背景についてはさっき全校集会でしゃべった通りよ、カシラ。みんなには・・・謝って済むようなことなんてひとつもないけど、もう一度ここで一緒に学校生活を送るのを、許して欲しいです・・・カシラ」


 当たり前だが、やっぱり、いかんともしがたい空気になってしまった。


 なにしろ、あの『ブレインイーター』だ。行方不明のクラスメートという印象なんて完全に上塗りされたことだろう。同じオドノイドの千影と比べたって、明らかにスタートラインが違う。

 全校集会では割り切れていたはずなのに、やはり、見知った教室、見知った人たち、少なからず感情を揺すられる。ネビアが徐々に伏し目がちになって、迅雷と真波がなにか言いかけた、直前だった。


 最初に口を開いたのは、雪姫だった。


 真っ先にネビアをフォローするとしたら、恐らく迅雷か真波のどちらかのはずだった。でも、2人ともきっと一言目に感情で話をする。それは、ネビアのスタンスに反することだ。

 だから、雪姫は、自分が先に声を上げることにした。


 「良いんじゃないの、別に」


 「雪姫ちゃん・・・」


 「そもそもIAMOの依頼なんでしょ?だったら、仮にブレインイーターだったオドノイドを送りますって言われても学園側に拒否権なんてなかったと思うし、仕事で来てるってことは監視役の魔法士も一緒に来日してるんじゃないの?」


 「それは、まぁ、カシラ」


 「ってことは、妙なことすれば即処分ってことだよね。任務の話だけど、事実、昨日は迅雷の命も狙われてた。IAMOの判断は間違いじゃない」


 良いんじゃない、という表現を選んだが、つまりみんなが欲しいのは安心なのだ。ネビアが同じ教室にいても大丈夫なのか、大丈夫じゃないのか。

 なんでもかんでも「俺はあいつのこと信じてる」で先に進めるほど世の中単純じゃないし、それは社会に出ていない高校生だって同じこと。

 大量食人の悲劇は二度と起こらない。ネビアはきっと、起こさない。それは分かる。では、なぜ分かるのか?それを、改めて詳らかにしてあげるのだ。


 ―――もう一押しだろうか。


 みんなの顔色を見て、雪姫は話を続けた。


 「それに、ブレインイーターは、そこのソイツに倒されて、IAMOに引き渡されてるんだよ?それもどうなのって感じはするけど、要するに、護衛対象が既にネビアの抑止力になってる。しかも、今日こうして正体を明かした以上、魔族に使われていた頃と違って逃げ隠れする余地もない。最初からネビアに次なんてない」


 まるで少し前の雪姫に戻ったかのような、冷ややかな物言いだった。極めて実務的な事実の羅列を、ネビアは黙して認めている。

 抑止力という観点なら、誤解も多く含まれる、尾ひれのついた噂だが、雪姫だって『ブレインイーター』を一度は殺す寸前まで追い詰めたことになっている。

 暴れても、ネビアにはメリットなんてひとつもない。だから、ここでIAMOの命令に従い、大人しく学生ごっこをする以外の選択肢はなかった。


 「・・・良いんだよね、信じても・・・?」


 一番前の席の女子生徒が、ネビアにそう訊ねた。

 意を決して、という表現が似合う顔だった。


 「それは()()()さんが決めることよ、カシラ」


 女子生徒―――佐々木果津穂は、ほんの少し、目を丸くした。

 私、この人と何回話したことあったっけ?

 なのに、ネビアは果津穂の名前を憶えていた。


 ネビア・アネガメントは、マンティオ学園の生徒指導教諭だった西郷大志を殺害している。身近に迫っていた危険の影そのものだ。

 だが、もう中学時代のクラスメートの半数はアルバムを見ないと思い出せないような人間より、真摯に現実に向かってはいないだろうか?


 なんとなく、教室の中で流れが定まった瞬間だった。


 過去がどうであれ、いまのネビアは迅雷とその周囲をテロから守るためにやってきたIAMOの魔法士、()()()()()


 果津穂の「分かった」という囁きで、ネビアの挨拶は終わりだった。

 真波はホッと胸を撫で下ろしたくなるのを我慢して、ネビアに教室の中央最後列に足されたままの空席を指し示した。


 「あの席で良いわね?」


 「もちろん、カシラ」


          ●


 転入生として潜り込んだ日の方が、今日のネビアよりずっと教室に馴染んでいた。スパイとして怪しまれてはならない前提で、そうあれかしと努め振る舞っていたのだから当然と言えばそうなのだが、休み時間に慈音や真牙なんかが気を遣ったように話し掛けに来るだけというのも半端に情けないというか居たたまれないものだ。


 (嘘吐きはドロボーの始まりなら、嘘吐きをやめたときがドロボーも終わりって?タンパク質の塊風情がそんな便利な可逆反応起こすワケないよねぇ!ドロボーはドロボー、ドロボーの終わりは人生の終わり!)


 「・・・うっさいわね、カシラ」


 「え、ヒドい・・・」


 「あ、えっと、と、迅雷!?カシラ!?なに!?カシラ!?」


 「いや、だから昼休みだしみんなで食堂行かないかって・・・・・・え、そんなにイヤ・・・?」


 ネビアが気付いていなかっただけで、時計は12時を既に2分ほど回っていた。そして、迅雷が半べそだ。


 「わー!!わーッ!!ち、違うのよ!!カシラ!!いまのはあなたに言ったワケじゃなくて!!カシラ!!そう、アレよ、自問自答?的な・・・カシラ!!」


 「爪噛んでる・・・」


 「ハッ・・・!?」


 ネビア・アネガメントには、ひとつ、スパイとしては致命的な欠点があった。嘘を吐くときに、無意識に爪を噛んでしまうのだ。学生相手だから隠せていたものの、迅雷にはさすがにもうバレていたらしい。


 「嘘判定?いまの嘘判定なのか私!?カシラ!?と、ととととにかく違くて!あー、行く、一緒させてちょうだい、カシラ!だからほら、泣かないでー、はーいよしよし・・・カシラ」


 「泣いてないもん!」


 なんだあの痴話喧嘩は。教室に企図しない笑いが起こった。

 ただ、迅雷の手を取って教室を出ようとするネビアを、雪姫が呼び止めた。


 「待って」


 「・・・?」


 席を立った雪姫は、そのまま迅雷とネビアの間に割って入るようにして、やや凄むように囁いた。


 「ネビアと2人で話がしたいんだけど」


 迅雷とネビアは顔を見合わせた。

 ネビアは少し悩んだ様子だったが、迅雷は笑ってネビアの背中を叩いた。


 先に食堂に行ってしまった真牙たちを追いかける迅雷を見送ってから、ネビアは、雪姫に連れられて屋上に上がった。風が冷たい季節なので、他に生徒はいないようだ。

 日当たりは良く、風があまり当たらないちょうど良い場所を見つけて、2人の少女は腰を下ろした。

 

 座った、ということはひとまず喧嘩の呼び出しではないらしい、とネビアは内心ホッとする。


 「えっと、雪姫ちゃん?話って―――」


 「はいコレ」


 「へ?カシラ」


 雪姫が座ってまずランチョンマットでくるんだ弁当箱を2つ、鞄から取り出すと、そのうちの片方をネビアに差し出してきた。

 キョトンとするネビアに、雪姫はクールに首を傾げてみせる。


 「もしかして持ってきてた?」


 「いや、ないけど、カシラ」


 「そ。良かった」


 「ありがとう・・・」


 ネビアがランチョンマットの結び目を解くと、中から出てきたのは水色に花柄の可愛らしい弁当箱だった。恐らく、夏姫のために買ったものだろう。中身は、卵焼きや野菜炒めなどシンプルなおかずばかりだが、なかなかどうして食欲をそそる香ばしさだ。お米は?なんて贅沢な疑問を浮かべる間もなく、おにぎりがトスされた。


 「いただきます、カシラ・・・」


 「どーぞ」


 野菜炒めをひとくち。冷めているのに豚バラの脂はしつこくないし、むしろキャベツともやしがシャキシャキとみずみずしい。やや強めの味付けはおにぎりと一緒に食べろ、という意味か。


 「おいしい、カシラ」


 おふくろの味、と言うには少しハイレベル過ぎる感じもするが、とにかく、冷めているけど、あったかい味だ。ネビア的には、”パパの味”が気分的には近いか。いつぶりだろう。誰かの手料理なんて。

 少しセンチメンタリスムになりつつ、ネビアは気付けばペロリと弁当を平らげていた。すっかり夢中だった。ハッとしてネビアが横を見ると、雪姫もしれっと自分の弁当を食べ終えている。ロイヤルな会食のゲストみたいなさりげなさである。


 空になった弁当箱を片付けて、雪姫は一度頬を掻いてから、言った。


 「まさか、こんな早く再会するなんて思ってなくて、昨日は言いそびれたけど―――元気そうで良かった」


 「私も、また会えて嬉しいわ、カシラ」


 「うん」


 天田雪姫とネビア・アネガメント。

 彼女たちは、互いが互いの人生における十字架だった。幼かったことも言い訳にならないような思い上がりの代償を払い合った仲だ。

 殺し合って出会い、再会して擦れ違い、三度目の邂逅で自分自身を殺させ合った。歪んだ愛憎の織りなした、数奇な運命だった。

 本当なら、どちらも救われることなく、あの日、すべてが悲劇のうちに幕を下ろすはずだった。

 にも関わらず、また出会った。運命を紡ぐ、なんて言い回しはあるが、本当に、何度目の交わりで終わるかなんて、本当に終わってみるまでは分からないものだ。


 ただ、それでも終わったことだってある。


 終わったからこそ、話せることが、お互い山ほどあった。

 話せる・・・いや、そんな格好付ける必要も、もうないんだ。

 話したいことが、山ほどあるんだ。


 「雪姫ちゃん。私ね、あなたのパパとママも殺してるの、カシラ」


 「うん。知ってる」


 「5年前のあのときからずっと・・・雪姫ちゃんのことが心に引っ掛かったままだった、カシラ。・・・謝って済むことじゃないのは分かってるのよ、カシラ。でも、マンティオ学園(ここ)であなたを見つけたときは運命だと思ったわ、カシラ。何度、全部しゃべってしまおうと思ったか―――私、ずっと、あなたに罪を裁いて欲しかったのよ、カシラ」


 「父さんと母さんのことを水に流すつもりは、ない。・・・けど、いいんだ。もう、いいんだよ」


 たくさんの記憶がまだ胸中を吹き荒れている。それでも雪姫は、柔らかな微笑みを浮かべて、ネビアの手に自らの手を重ねた。冷たいのに優しい、大きくなった手。ネビアにとってはどこか懐かしくもある、穏やかな笑顔。


 「あたしだって、バカな身勝手に巻き込んで、友達を殺してる。その報いを、あの日あたしを殺さなかった怪物に求め続けてきた。死んだってなんもないのにさぁ・・・あたしも、ネビアも、ただ自分が楽になろうとしてただけだったんだ」


 「・・・・・・」


 「ねぇ。こんなの、いまさらだけどさ。あたしと友達になってくれないかな」


 「どうして、そんな風に言ってくれるの?カシラ」


 「うん。・・・そうだなぁ。人間の本質なんて、善い悪いとか、温かい冷たいとか、そんなカンタンに一言でまとめれるもんじゃないでしょ?ネビアにだっていろんな背景があったんだと思う。そりゃあ人殺しだってあたしが思ってる以上にしてきたんだろうけど」


 ネビアの表情が苦々しくなる。

 それももう良い。良くないけど。雪姫は気付いて和らげる。


 「いなくなる前から、ネビアってあたしに対してはやたら真剣だったよね。あれだって、本当なんだ。そういうの引っくるめて、ただ、あたしは、ネビアに()()()()()()()()()()()()()()()()()だけ。友達って、そういうもんでしょ?」


 高総戦のあの日、まるでお別れの挨拶みたいなことを言ってきたネビアの背に伸ばしかけた手を、今度こそ届かせなくちゃならない。住む世界が違ってしまっても、良いのだ。またどこかに行ってしまっても、良いのだ。その手の温もりさえ確かなら、どこにいたって、繋がっていられるはずだから。


 「ありがとう・・・。・・・私なんかで良ければ、お友達になって欲しいな、カシラ」


 「なんかってなによ。これでも結構感謝してるんだからね。七十二帝騎のあの女と戦ったときは何回も助けられたし、アンタのおかげで()()()()()()()()()()も知ることが出来た」


 「・・・・・・・・・・・・やっぱ、聞いたんだ、カシラ」


 「喰われかけたときに。・・・まぁ、自分なんかって気持ちも分かるけど、やめにしよ?次、気軽に死んだ方が、とか、殺してくれ、とか言い出したらブン殴るから。あたしと一緒に頑張ろ。自分のことくらいは許せるように―――って、なに泣いてんの・・・」


 「にゃ、にゃっはっは!ちょ~っと、これ、困ったな、カシラ・・・。なんか、いろいろと、心の整理とかつけ終えたつもりだったのに、ゴメン、カシラ。こんな、救われても良いのかなって、にゃはは~」


 ネビアは慌てて袖で涙を拭ったが、目はとっくに真っ赤だ。これだと教室に戻ったときに雪姫にいじめられてたってバレちゃう、とネビアは軽口を叩いた。


 話したいことはまだあったけれど、それには昼休みじゃどうしても時間が足りない。

 予鈴が鳴る。教室に戻る前に、ネビアはいろいろ選び抜いて、雪姫にひとつ訊ねた。


 「前はなんで知ってんのってキモがられると思って訊けなかったんだけど・・・夏姫ちゃんは、元気にしてる?カシラ」


 「元気だよ。ちゃんと友達もいるし、学校の成績も・・・成績は、まぁフツー?ちょっとゲームの時間減らして家のことも手伝って欲しい気もするけど」


 「そんなこと言って、雪姫ちゃんが率先して甘やかしてるんじゃないの?カシラ」


 「なぜ知・・・それも父さんと母さんの記憶?」


 「まぁね。・・・これ、言うか迷ってたんだけど、記憶どころか2人の人格まで私の中に焼き付いてるのよ、カシラ」


 「え、怖っ・・・」


 「思ったより軽いわね・・・カシラ」


 「軽くはないけど・・・なんか妙に納得したというか」


 「い、いや!わたくしことネビアちゃん本人も雪姫ちゃんと本気で仲良くしたいのよ!?カシラ!!」


 「わざわざ言う方が怪しいっての」


 「うぐっ」


 親愛を証明するうまい方法が思い付かず、ネビアは苦しい身振り手振りで訴えた。雪姫は困ったように笑って、腰を上げた。


 「ほら、チャイム鳴ったし行くよ。ってかいまさらだけど迅雷の傍離れても良かったんだ?」


 「ま、同じ敷地内にさえいれば、カシラ。ほら、トイレとか体育の着替えまで一緒に居るわけにはいかないじゃん?カシラ」


 「思ったより軽いのね」


 「軽くはないけど・・・カシラ」


 しばらくは、こんな風に他愛ない話をする日が続くんだったら、お互い生きてて良かったと思えた。


          ●


 放課後、校門前に人集りが出来ていた。

 黄色い声が止まないのはまるで芸能人でも来たみたいな状況だが、来たのは芸能人ではない。川内兼平とアメリア・サンダース、ネビアと共に神代迅雷の護衛任務を受けたIAMOの魔法士たちだった。

 もっとも、今年のマンティオ学園の生徒にとってはまったく知らない顔というわけではない。2人とも、今年の高総戦では全国大会に出た生徒たちのサポーターを努めていた人物だからだ。

 ついでに言えば、彼らは俳優顔負けな美男美女でもある。黒髪ツーブロの爽やか好青年と、ウェーブのかかったブロンドの画に描いたような欧州系美女のコンビは、校門前に立っているだけで下校する生徒たちが揃って足を止めるほど注目を集めていた。


 実を言えば、エイミィことアメリア・サンダースに関してはIAMOから直接指名があったわけではない。最初は、それこそマンティオ学園に在籍していた経緯からネビアが選ばれ、それに伴う形でパートナーである兼平も自動的に任務に当たることになっただけだった。

 ただ、彼らが守らなくてはならないのは迅雷と千影だけに留まらない。それどころか、神代家だけでも収まらない。学外でも交流の深い『DiS』のパーティーメンバーについても『BLEACH』のテロの標的にされるリスクがあるとして護衛対象に含まれている。端的に言えば、ネビアと兼平の2人では手に負えない任務なのである。

 だから、兼平が与えられた権限の範囲でエイミィを呼んだのだ。兼平にとっても、守られる子供たちにとっても面識があり、かつ並大抵の危険には対処出来るだけの経験値がある魔法士となると、他にいなかった。


 しかし、なんとか人数を揃えられたと安堵したのも束の間。

 着任初日から重大な問題が発生していた。


 「お、来た来た。おーい、迅雷君」


 「兼平さん、こんにちは!よろしくお願いします!」


 学校から出てきた迅雷と学友たちを数えて、兼平は端っこに並んで歩く水色髪を二度見した。


 「え。あれっ?天田雪姫さん?俺、『DiS』のメンバーで揃ってきてって言ったよね?」


 「そうっすね?」


 いまいち認識がかみ合っていない迅雷と兼平を見かねて、エイミィが口を挟んだ。


 「私たちが知らない間に新規加入していたってことでは?」


 そう、兼平たちは、神代迅雷、千影、焔煌熾、阿本真牙、東雲慈音―――天田雪姫加入前の『DiS』の情報しか知らないまま人員計画を立てていたのだ!!


 「あの・・・別にウチまで面倒見てもらうこともないので・・・」


 「い、いやそうもいかないよ。迅雷君と親しい人を守る任務なわけだし―――」


 「親しい―――」


 何気ない一言にちょっとむず痒そうにする雪姫さん。

 煌熾が律儀に手を上げてから兼平に尋ねた。


 「最初って、どういう計画だったんです?部屋を借りて住み込みで、という話はネビアから聞いてましたが」


 「ああ。ネビアが神代家、俺が焔君の寮の予備部屋で、エイミィさんが阿本君の家のハズだったんだ。ほら、いまはたまたま東雲さんが迅雷君と一緒に住んでるから、これで足りるだろうと・・・思ってたんだけど・・・なぁ」


 「まさかエイミィさんをオレから取り上げたりしませんよね?」


 配置変更の雰囲気で真牙が兼平に詰め寄った。目が血走っている。


 「エイミィさん!!ウチ、道場もやってて部屋も結構余ってるんスよ!!だから、だからどォ~かオレんちに来てください!!」


 「えー、私は構わないけど、決めるのは兼平君なのよねー」


 「(面倒な振り方を・・・!!)」


 「兼平さん!!いや、様!!考えてみて!!迅雷だけこんな女の子にいっぱい囲まれてておかしくない!?コンプラ的にもさ、これはいかがわ・・・じゃなくていかがなものかと思います!!!!!!」


 「コンプラの話をするなら、それこそ天田さんに女性をつけることになるんだけど・・・」


 そう言って、兼平はネビアの方を見た。しかし、ネビアは頬を膨らませて迅雷の腕に抱き付いた。突然のスキンシップに迅雷がヘンな声を出す。やらかい。なにとは言わんがやらかい!!


 「やーよ、カシラ。私は絶対にこっち、カシラ」


 「なんなの、結局コイツも色ボケなの・・・?」


 「ひぎっ」


 ピリついた・・・物理的に刺すような冷気を感じたネビアが縮み上がった。顔に「あたしたちの絆ってそんなもんだったのか」って書いてある。感情が重い。それはいまさらか。


 「じょ、冗談よ、カシラ・・・」


 「え、冗談なの・・・?」


 「あっ、あーいやそりゃ迅雷と一緒にいたいってのが嘘ってわけじゃ・・・って、あー!!面倒くさい反応しないでくれる!?カシラ!!迅雷はちょっと黙ってて!?カシラ!!えっとね、それはそれとして私はやっぱり神代家に付いた方が良いのよ、カシラ」


 「ふーん?」


 ―――ダメだ、全然信じていないという顔ですわ。私たちの絆ってその程度なのね、カシラ。


 「あーっと、ごめんね、天田さん。ネビアは経歴的に犯罪の前兆とかに気付くスキルも高いんだ。だから、一番狙われるリスクの高い神代家にいてもらうのは初めから確定してるんだ」


 「・・・なるほど」


 今度は”?”がないっぽい。それでも、理由”は”あるんですね、とでも言いたげなトーンだったが。雪姫は依然として9割9分9厘、ネビアには下心があるんだろうと疑っているらしい。残念だったな。その通りだ。

 さて、自動的にエイミィが天田家にお邪魔する流れになってしまった。物分かりの良い主婦力抜群の雪姫は、これ以上どうこう言うつもりはないらしい。 


 「よし、迅雷。じゃあオレも万が一に備えてお前んちに住むわ」


 「もう少しなりふり構ってくんねぇ?」


 「じゃあ雪姫ちゃんち行っちゃうぞ!!良いのか!?」


 「良いよ、行ってみろよ、行けるもんなら」


 迅雷に指差されて背後を見た真牙は、雪姫と目が合って石化した。汚物を見る目なんて生易しい。真牙なんて家に上がらせたら、どうせ夏姫に対してもフザけた絡み方をするに決まっている。妹のいる神聖な空間で呼吸することすら許さん、という目だ。

 足りない。お姉ちゃんポイントが圧倒的に足りない。これは本格的に妹ちゃんをストーキングして彼女に迫るピンチというピンチから悉く救い上げ、お姉ちゃんポイント稼ぎに邁進すべきかもしれない。


 それはそれとして、じゃあ兼平はどうするのかが問題だ。なにしろ、体はひとつしかないのに、まだ真牙だけじゃなく煌熾のことも考える必要があるのだ。ある意味、本当に真牙が迅雷と一緒にいてくれれば大変やりやすくなるのだが、既に2世帯が暮らしている神代家にさらにネビア以外にも世話をさせるのはちょっと乱暴だ。


 「ということで、焔君、良いかい?」


 「阿本さえ良ければ」


 「やーだー!!ネビアちゃんかエイミィさんじゃないとやーだー!!」


 ダメなんて言えないことなど承知の上で駄々をこねてみた真牙だったが、無念。ネビアの下心と違って真牙の欲望を支えてくれる建前はどこにもなかった。

 急な決定だったので、泊まり道具の準備をするため一旦寮に帰る煌熾に、兼平と、護衛開始と共に単独行動出来なくなった真牙は付いていくことになった。

 別れ際、兼平は浮かれた様子のネビアに釘を刺した。


 「いいか!?俺は別にお前の気持ち云々抜きに、任務のために、仕方なくお前をそっちに置くんだからな!!友達んちにお泊まり会感覚でいるんじゃないぞ!?お前の働きで俺の評価も変わるんだからな!?頼むからちゃんとしろよ!?」


 「ほいほーい、カシラ」


 ネビアはニッコニコ笑顔でヒラヒラ手を振って兼平を見送りつつ、会話が聞こえないくらい離れたのを見てから口元に手を当てて、残ったみんなに囁いた。


 「あの人ツンデレなのよ、カシラ」


 「へー。兼平さんってネビアちゃんのこと好きなんだー」


 「あー・・・いや、そーゆー好きではないと思うけど・・・カシラ」


 イケメン公務員と言うと優良物件っぽいが、なぜかそういう目では兼平を見られないネビアは、慈音の素朴な感性に頬を掻いた。

 話を変えて、ネビアは迅雷に問い掛ける。


 「そういや、千影ちゃんの具合はどう?カシラ」


 「今日で退院だってさ。帰りに病院寄るけど、構わないよな?」


 「大丈夫よ、カシラ」


 この話題を朝一番にしなかったあたり、ネビアは本気で千影の怪我については心配していなかったのだろう。千影も千影で、ネビアが魔族の狙撃から迅雷を庇って頭部が半分吹っ飛んだときも割と冷静だったが、オドノイド同士ならそれが普通なのだろうか。


 雪姫も、今夜はバイトだからさっさと帰って夏姫の夕飯の支度をしたい、と言ってエイミィと共に帰ってしまった。

 迅雷は、ネビアと慈音を伴って学校の近くのバス停で病院行きのバスを待つことに。


 「としくん、ネビアちゃんのお部屋どうしよっか?」


 「どうって言ってもなぁ。和室で寝てもらうしかないなぁ」


 ちょうど慈音も2階に部屋を移したところだったので、いままで和室に布団を敷いていたスペースが、慈音ひとり分だけ空いている。


 「あとー」

 「ふむふむ。それなら」

 「あー、そうかも」

 「これも要るんじゃない?」

 「え、買い過ぎだよー」

 「かなぁ?」

 「それよりねー」

 「いやいや」

 「うーん、じゃあさじゃあさ」

 「よしそれで」


 ネビアの寝床以外にも、買い足す物とか家事当番とか固定費対策なんかの作戦を練り始めた迅雷と慈音を見ていて、ネビアはムズムズしてきた。


 「夫婦かっ!カシラ!それも子供出来たからどうしよう的な青~い感じじゃなくて、そろそろ親も歳だから次のリフォームどうしよう的な時期の!カシラ!」


 「ふっ・・・!?もー、いろいろ通り越しすぎだよぅ・・・」


 「まぁ、いまさらしーちゃんと甘々なだけの付き合いという方がイメージしにくいのも事実かもしれない―――」


 「ちょっと、としくん!?」


 はいはい、今年のベストパートナー賞おめでとうございます。前々から分かっていたが、この2人の関係性に割って入っていくのは相当困難だと思い知るネビアであった。・・・が、彼女はまだ気付いていない。本当の敵が誰なのかを。


 バスに揺られて15分。病院に着いた迅雷は受付で手続きをして、千影の病室に案内された。退院も決まったならすっかり着替えてロビーで仁王立ちしているんじゃないかと迅雷は期待半分に戦々恐々としていたのだが、意外なことに千影も病院では大人しくしていたらしい。

 ノックすると、元気そうな声が帰ってきた。これでも昨日入院した時点では脳に血が回っておらず会話もままならなかったのだ。夜にPINEで連絡が来たから大丈夫なのは知っていたが、いま、ようやく迅雷は心底ホッとしていた。


 戸を開くと、ベッドの上で千影があぐらをかいていた。服は患者衣のままだが、包帯はとっくに外されていた。


 「1時間早かったら包帯外すとこ見れたのに」


 「早く来たって追い出されて見れねーだろ、バカ」


 「わぷ」


 いつもならベッドの上にいるのは迅雷だったのに、奇妙な感覚だ。いつも通りに笑っていても、その格好で、そこにいるというだけで、実はまだどこか治りきっていないのではないかと心配が止まらない。

 迅雷も、みんなにそういう心配を掛けてきたということでもあるのか。その立場になってみないと分からないものだ。

 抱き締めた千影の体は、相変わらず小さくて頼りないが、それでもちゃんと温かい。


 「もう・・・そんな心配いらないって何回も言ったじゃん。よしよし」


 「あんな苦しそうだったじゃん・・・強がりかもって思うじゃん・・・」


 「えー?ほら、心臓ちゃんと動いてるでしょ?」


 「ん・・・」


 千影の胸に頭を抱かれ、迅雷は子供みたいにふわっとした返事をした。逆に迅雷が千影に心配されているかのような格好だ。

 その光景を一歩引いたところから見守っていたネビアは、感動的な再会では終わらない空気を感じ取り、ギギギ・・・と首だけ回して慈音を見た。なんというか、見てはいけないもの・・・いや、正直に言おう。見たくないものを見てしまった気がした。


 「え・・・なにアレ?もしかしてあの2人ってデキてんの・・・?カシラ」


 「・・・・・・」


 「・・・マジか・・・・・・カシラ」


 ネビアが視線を戻すと、迅雷からは見えないのを良いことに、千影がニチャアと勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。ただ、慈音と目が合うと、千影は照れ笑いに変わってほっぺたをぽりぽり掻いた。さすがのメスガキもキューピッド様には頭が上がらない。


 もっぱら今日の学校でのネビアの話なんかをしながらしばらく病室で待っていると、医師がやって来た。いつも迅雷が世話になっている脂ギッシュな先生だ。


 「やぁ、来たね・・・っと。まぁ見ての通り健康体そのものだから安心して良いよ?・・・っと」


 「フフン♪」


 「いやぁ、オドノイドの子を診るのは初めてだったけど、スゴいねぇ・・・っと。心臓真っ二つとかそもそも人間なら即死だよ?それが、救急搬送中に自分で傷口は塞いじゃうし、メス入れようにも切ったそばから治っちゃって広げる暇もないし、結局輸血と点滴くらいしか出来なかったんだよね~・・・っと」


 千影の肉体は勝手に元通りに再生するが、それはそれとして、治療魔法による応急処置も有効だったりする。千影は自前でそれが出来るため、酸欠で朦朧としていても雑に止血を済ませた状態で搬入されていた。特に千影の場合、普通の人間を治すのと違って、メチャクチャに肉や臓器を継ぎ接ぎしても最終的にオドノイドの再生能力が勝って綺麗に治るため、そのような無茶が利くそうだ。

 医師も、新しい興味の対象を見つけたみたいに興奮している。医者も学者ということか。


 「ま、そんな感じで、僕から説明することは他にないかな・・・っと。あとはいつもの手続きしてもらったら退院ってことで・・・っと」


 「お世話になりました」


 彼もああ見えて腕利きなので忙しい身だ。もう次の患者のところに行かないとならないらしく、小走り(迅雷の歩きの方が若干速そう)で病室から出て行った。

 迅雷の目の前で服を着替え始める千影をカーテンで隔離して3分。髪もいつも通りのサイドテールに結い直し、今度こそすっかり元通りになった千影を伴って、迅雷たちは病室を後にした。

 すれ違う看護師さんたちと挨拶しながら1階まで下りる。迅雷に会計窓口の順番が回ってきた。窓口の女性とも軽い世間話をする迅雷を観察するネビアは、とっくに呆れ顔だった。


 「『あなたが迎えに来る側なんて珍しいわねー』って、笑い話なの?カシラ・・・。センセも『いつもの手続き』とか言ってたし、看護師さんとも妙に仲良いし、迅雷どんだけここのお世話になってんの?カシラ」


 「うーん・・・10話中、5話くらい?」


 「急にメタいわね、カシラ」


 メタいついでに間を補完されて入院回数をかさ増しされないことを祈るばかりだ。

 もっとも、迅雷がこの病院で世話になっているのは大怪我をして入院した数度に限ったことではない。

 アルエル・メトゥとの戦闘で肋骨の大部分を、ジャルダ・バオースとの戦闘で右耳を失っている迅雷は、それらすべてを人工物で補っている状態だ。ジャルダ戦ではそれ以外にも無茶したせいで足の靱帯がゆるゆるになったし、殴られた右目はピントの調整機能が死んでいるためコンタクト必須。ハッキリ言って悲惨なくらいボロボロ。それでも魔法士として激しい戦闘を繰り返している迅雷は、そういった補助具の調整とメンテナンスで度々病院を訪れている。

 ネビアは敢えて触れていないが、迅雷はどう考えても本当なら荒事に首を突っ込んではいけない体だ。迅雷の日常の所作を観察するネビアの目には、殺しのターゲットだったなら涎を垂らして付け入りたくなるような違和感がたくさん映っていた。


 (・・・んな状態で暴走した私を一方的にボコせるって、よく考えたらバケモノの域に片足突っ込んでるわよね、カシラ。もし迅雷の体が万全なら―――)


 「・・・?どうかした?ネビア」


 「や。病院の常連客なんて守り通せるか不安になってきただけよ、カシラ」


 「まるで俺が自分から大怪我しにいくバカみたいな言い草だなオイ」


 「としくん、それはその通りだと思うの・・・」


 慈音がそう言うならそうなのだろう。少女3人、しょんぼりとしくんの背中をさすりながら帰路に着くのだった。


          ○


 家に帰って一番に驚いたのは、やっぱりというか、敢えてなにも知らされていなかった直華だった。


 「えええっ!?ねっ、ねねネビアさん!?なんで!?」


 「ふっ・・・それはね、もちろん可愛いキミを守るためさ、カシラ―――」


 間違いじゃないが、それは少し誤解がありはしないか。しかし、スパイとして一央市にいた頃のネビアにも一度モンスターの危険から助けてもらったことがあり、昨日も家族の危機に駆け付けてくれたネビアへの、直華の好感度は割と高めだったりする。


 「わー!!まさかまた会えるなんて!!え?ていうかウチに住み込みですか!?えー!?」


 「なおちゃんすっごい喜びようだねー」


 「いまからでも俺が呼んだことにならないかな」


 ともあれ、ネビアは神代家に歓迎された。IAMOの目的や、利害など抜きだった。マジックマフィアとIAMO、二足のわらじで幼少期を殺伐と過ごしてきた千影でさえすんなり居着くわけだ。慈音の両親だけは若干身構えていたが、娘が受け入れている手前、昨日の時点で覚悟は決めていた様子だ。


 「ほんと、良いトコね。ここは、カシラ」


 「でしょ?」


 ネビアが千影を見やれば、何様のつもりなのやら、どや顔が返って来た。

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