第二十三話 反乱
景正入院の知らせは翌日の朝のトップニュースとして報じられた。画面には景正本人は映らず、デモ隊に囲まれる救急車や、畠山たちの姿が幾度も繰り返し放映された。
里美は相変わらずの姿勢でそのニュースを見ていたが、いきなり目の前に現れた浩子に頭を押さえつけられてしまう。
「い、痛いっ」
抵抗する里美。それを押さえる浩子の目は怒りに血走っていた。
「おじいちゃんは無事なの? 助かるの? もし助からなかったら……。おじいちゃんにもしもの事があったら私絶対許さないから」
「それはないな」
後ろから声がしたので、浩子は怒りの目をその方向に向けた。雪かきから戻った隼人が服についた雪を払い落としている。
「なによ、無いってどういうこと?」
「痛いってば!」
浩子は里美の髪を強く引っ張る。
「安心しろ、お嬢さん。さっき官邸に問い合わせてみたが、命に別状は無いという事だ。たぶん過労がたたったんだろうな」
「本当に信じていいのね」
浩子はふっと里美の髪を離した。
「ああ、もし総理が死んだらお前を解放し、次の総理の家族を誘拐する。それだけの事だ。まあもっともお前が俺たちに復讐をしようというのなら……」
「そうする前に俺か俺の仲間がお前を殺す」
携帯を指差して隼人が微笑む。俺の仲間はどこにでもいるんだぞ。そう言っているようだった。
隼人が部屋へと戻った後、里美が頭を痛そうに押えながら、
「あいつ……。ああは言っているけど、本当に官邸に電話していたよ。無事を聞いて安心そうな顔していたし、最近なんか様子はおかしいけど、あなたが思っているほど悪人でもないから……。信じても大丈夫よ」
どこか不安を感じながらも隼人のフォローを入れる里美の言葉を浩子は信じてみる事にした。
同時刻、社労党の本部では、永井秀雄の取り巻きたちが彼の招集を受けていた。何事と騒ぐ彼らの前に、いつもより気合いの入った永井が現れた。
「諸君、朝早くから御苦労。私はこのたびの少年法改正法案に反対票を投じる事にした」
一同「おおっ」という歓声が沸き起こる。
「そこで君たちの覚悟を問いたい。私とともに反対票を入れる者は、これから私とともにある場所へ向かってほしい。賛成票を入れる者はこのまま党本部へと戻るように」
「そんなわけが無いでしょう」
「我々はどこまでも先生について行きます」
取り巻きたちの中で、賛成を主張した二人を除く残った十四名が永井に同意した。彼らは永井という存在無しには自己を主張する事も、自己を守る事も出来ない者ばかりだった。
「本当に私とともに行くのか、本当にその覚悟があるのか!?」
「先生のおっしゃることなら何にでも従います」
永井の強い念押しに対して、彼らは口々にそう答えた。
「後悔はしないのだな。ならば一緒に来い」
最後の永井の言葉の意味など理解もせず、彼らは裏切り者に罵倒を浴びせながら永井に引きずられて行った。
彼らがたどり着いたのはある記者会見場だった。取り巻きたちは一体なぜこの場にいるのか、ここで何をするのか全くわからないまま、永井の指示に従い、与えられた席に座るしか無かった。
そのおろおろした様子は全国の家庭に流されている事も当然知らない。
「これより、日本社会労働党幹事長、永井秀雄の記者会見を行います」
司会のアナウンスにより、やっとこの場を理解できた取り巻きたち、しかし、永井が話す内容は誰も知らない。
「私が日本社会労働党幹事長の永井秀雄であります」
永井の自己紹介と同時にカメラのフラッシュが激しくたかれる。
「私、永井秀雄と私の同士十四名は本日衆議院本会議で開かれる少年法改正案決議に反対票を投じる事を決定しました」
取り巻きたちにもフラッシュがたかれる。彼らは精一杯の虚栄を示した。
「しかし、我が社労党は党首の家族が人質に取られており、党の議員として反対するには人道的見解として真に危険、反している行為であります」
「だが、私永井秀雄とその同士の信念と致しましては今回の法案に賛成する事は許されぬ行為であります」
永井が大きく深呼吸した。カメラのフラッシュはその様子をも映し出そうと必死に光る。それを見ていた取り巻きの中には永井のマネをするものまでいた。
「よって、人質の命の安全と、私たちの信念の両立のために本日この時刻を持って社労党を離党する事を決意致しました」
会見場がざわめく。取り巻きたちの中にはこれの意味するところを知った慌てた者もいるが、まだ誇らしげにしている者もいる。
「犯人たちに告ぐ」
「この瞬間をもって我々十五名は日本社会労働党とは全くの無関係である。よって我々の反対は人質の命に影響されない。犯人よ、この十五名の名前と顔を覚えてほしい。復讐は我ら一人一人が覚悟をもって受ける。我々はそう決意したのである!」
取り巻きたちは辺りを見回した。彼らの席にはしっかりとネームプレートが目立つように置かれており、名前と顔がすぐに一致できるようになっていた。
慌てふためく醜態をさらす者もいれば、やせ我慢の姿勢をとる者、テレビの画像は各個人の様々な反応を映し出していた。
その光景は社労党首である陽子の目にも入った。
「永井先生……。ありがとうございます」
彼女は何度も画面の永井に手を合わせた。
「永井先生、これはどういうことですか!?」
会見の後、たまりかねたように取り巻きの一人が悲鳴を上げた。
「君たちは私と一緒に行く覚悟があると言ったではないか」
「それはそうですが……」
全員返す言葉も無い。
「嫌だったらよいのだよ。このまま党本部へ行って頭を下げて安藤党首とともに賛成票を入れるか、また君が思う党の理念を貫くかどちらかだ。もっとも後者は君たち独自の党の理念があればの話だがね」
今更ながら引き返すわけにもいかず、十四名は泣く泣く永井に従う事となった。
「社労党幹事長、改正反対のため離党!」
公民党本部の真柄健太の部屋にこの一方が届くと在室していた十二名全員が驚きと賞賛の声が上がった。
「そうか、この手があったか」
「これなら党にも迷惑をかけず、反対を貫ける訳だ」
「我々もすぐに記者会見を開き、離党を表明しよう」
永井の離党と真柄の反応はすぐに党首の治夫の知るところとなる。
「彼らの好きなようにさせればよい」
治夫はただ一言、そう言うだけだった。その後幹事長に小声で、
「これで党としての倫理的バランスが保たれるというものだ。もはや私の時代ではない、次の公民党は彼らのような者が中心となるべきであろうな」
少し寂しげに、治夫は微笑んだ。
永井の会見から一時間後、真柄健太議員ら公民党議員十二名の離党会見が行われた。その直前、真柄は仲間の一人に声をかけた。
「魚住、嫌ならお前は戻っていいんだぞ。お前は最近婚約したばかりだろう」
やっと得た彼の幸せをこの件で危険にさらしてはいけない、真柄はそう思った。
「ありがとう、真柄。しかしそいつは余計な心配だ。彼女は俺のこういうところが好きになったのだから」
「そうか……、これは野暮だったな。」
そうだ、野暮だぞ。と魚住は真柄の背中を大きく叩いた。それをしっかりと受け止めた真柄、同士十一名は堂々とした会見を行った。
この両党の会見に勢いを得たのか、民自党、民進党、共民党から少数ながらも離党を表明する者が現れた。
こうした各党の反乱を経て、二月六日午後三時二十分――、少年法改正案の賛否を決める衆議院本会議がついに開会した。




