第十四話 剥奪
隼人は話を終えると、どこともなく空間を見つめた。先ほど話していたときの興奮がだんだんと薄れていく。
それにつれて、里美の表情も和らいできた。隼人がストーカー殺害の状況を話していたときは、今にも誰かに殴りかかりそうな勢いだったので、すぐ後ろについていたのだが杞憂に終わったようだ。
浩子は隼人の話を終始黙って聞いていた。明美は以外にも落ち着いていた。彼女にとって少し刺激の強い話かと思っていたのだが、隼人の話に飲み込まれてしまったようだ。
しばしの間沈黙が続いた。浩子がそれを破った。
「犯罪少年を厳罰に処すために少年法を改正する。そのために私たちをさらったのね」
「そうさ」
隼人の焦点が空間から浩子へと変わった。
「私たち政党のトップの身内を人質にすればどの党も言う事を聞く、そう思ったんでしょ」
「ああ、どの党も政治家も国民より自分のほうが大切みたいだからな。自分の問題にしてあげたんだよ」
「じゃあ、なぜ……」
そう言うと浩子は明美を一瞬ちらりと見た。
「どうして明美ちゃんがここにいるの? 彼女のお父さんは政治家じゃないじゃない!!」
「その通りだ。彼女のお父さんは政治家じゃなくて弁護士だ。だからさ」
浩子は隼人の言葉が理解できず、戸惑っている。
「勘が鈍いなお嬢さん」
隼人はしょうがないか、との表情で話そうとしたが、
「お父さんが弁護人だったからでしょ」
と明美に遮られた。
「お父さんが彩子さんを殺した少年の弁護人だったからでしょ。そして少年は軽い刑ですんだ……」
検察側は少年の犯行を悪質な通り魔的快楽殺人であり、少年でも許されぬとして、懲役十年を求刑した。(それでもこの量刑は隼人や里美の望む刑とはかなりの開きがある。)
しかし、彼に与えられた判決は医療少年院送致であった。田原弁護士によって、精神病患者と認められたようだが詳細な理由は隼人はもちろん、両親・検察すら知る事はなかった。
判決を知った両親は「せめてあいつの顔を見られれば……」と、裁判を傍聴できなかった事を悔やんだという。
「それだけじゃないさ」
明美はこくんと頷いた。
「他の仲間の人もあなたと同じような目にあって……。それでお父さんが犯人の弁護人になった……」
「ああ、そうさ。すべてお前の親父がしたことだ」
隼人に再び興奮が舞い降りた。
「なぜどいつもこいつも軽い罰なんだ! 少年だからか、少年の未来を守るためか?彩子はその未来を奪われたんだ。お前らのように友達と遊んだり、好きな物を食ったり、将来の自分を思い描いたり……。そんな権利を奪われたんだぞ」
「この世を楽しく生きる権利を奪われたんだぞ! あいつが一体何をしたんだ? この社会に何か迷惑をかけたか!?」
隼人は浩子たちに問いかけるように顔を見たが、考える間を与えず再び叫んだ。
「あるわけないだろう! なあ、里美。しかしあいつは罰を受けてしまった。殺した相手は社会に迷惑をかけたあいつは軽い罰でのうのうとしている。なぜだ!?」
浩子は隼人が一瞬笑ったような気がした。
「俺には分からないなぁ……。どんなに考えても、ただ一つこうかなってことは、結局他人は俺たちの気持ちなんか分かってないってことなんだろうなぁ……」
とここまで言い終えて少しうつむいた隼人だったが、次の瞬間明美を睨みつけて近づいた。
「……そうだよ、だからお前をさらったんだよ。あいつらに分からせるために。何が正義か悪かは関係ない! どんなにふざけた野郎でも無罪にすれば勝ち、自分にお金が入るなんて考えているお馬鹿な弁護士野郎……!!」
明美の右手が隼人の顔を激しく弾いた。浩子ははっと息をのんだ。さっきまで怯えていた明美は激しい怒りに震え、浩子よりも鋭い視線を隼人に向けていた。口は何かを言おうと必死に動くが、何も語れずただ荒い息をつくのみで、そのうち目じりには涙が溢れ出してきた。
隼人はそんな明美の変化を視界の隅で見ていたが、やがてその場に力なく座り込んだ。
「俺にももう、未来や権利はないんだ……」
隼人はうわごとのように呟く。その表情は先ほどまでの彼とは全く反対の悲しみに沈んだ表情だった。
里美が隣に座って隼人を抱き寄せると、浩子たちに目で合図した。その意味を受け取った浩子は、明美を連れてそっと部屋を出た。
ドアを閉めて数歩歩いたところで、突然明美が浩子に泣きついてきた。
「先輩……、あたしついカッとなって……」
それが明美の言える精一杯の言葉だった。浩子は彼女が落ち着くまで側にいた。部屋の中でも似たような事が起きていた。




