第十三話 殺人
ゆっくりと俺はまぶたを開けた。時計を見る、起きるのにはまだ早い。久しぶりにこの夢を見た。そして、ここで終わってくれた。よかった。
そんなことを考えている俺の脳裏に、一瞬里美が泣きながら俺に飛びついてきた。
(いけない、またこの続きを思い出してしまう。せっかくここで目覚めたというのに…。)
不意に隣の部屋で小さな物音がした。俺はさっきの夢から逃れたくて物音の正体を探ることに決め、寝室を出ようとドアの前に立った。
「そこに……、いるんだね」
聞きなれない男の声がして、俺は一瞬戸惑ったが、すぐに思い出した。
(こいつがストーカーか?)
今年に入り里美から変な手紙や小包が届いて気持ちが悪い、との相談を俺は受けていたのだ。男が住んでいると思わせるために、と俺は里美に自分のパンツをあげて以来、手紙は途絶えたと聞いていたが……。
そう考えているうちに、ドアノブから「カチャリ」という音がした。俺は意を決すると思い切りドアに体当たりした。
「ひいっ!」
情けない声を上げて奴は倒れた。俺はそいつに乗りかかると
「てめえか、里美をつけているのは」
と、奴の髪をつかんだ。
「ひいいっ、許してください」
と、奴は泣き声を上げる。
「どうしたの?」
騒ぎに気づいた里美が部屋から出てきた。さすがにこういう時は目覚めがいい。
「ああっ、里美さん! 助けてください」
「馬鹿野郎!!」
奴は馬鹿なことを口にしたので、俺は思いっきり髪を引っ張り上げた。
「こいつがお前に変な手紙を送っていたんだよ」
たぶん暗くて見えないだろうが、そいつの顔を里美に見せる。
「許してください! 僕はただ……、あなたを独占したかっただけなのです! 他の男と会話をするのが許せ……ふごっ!!」
奴の言葉の途中だったが、俺はそいつを殴った。奴が言った「僕はただ…」のセリフは、俺に俺の思考が飛ぶスイッチを作動させたのだ。
「お前は“ただ”で人を殺すのか?」
今にして思えば俺はこのとき笑顔だったと思う。そして次の瞬間にはまた殴っていた。
「ただ」で人を殺すだと? 冗談じゃない、そんなことで殺されてたまるか、お前らは殺せたからいいと思っているだろうが、殺された者や残された者の体や心の痛みを考えたことがないだろう、ないんだろう!!
「僕はただ、人がどのようにして死んでいくか。それが見たかっただけです」
逮捕された十六歳の少年Aは、彩子を殺した動機について淡々と語り、さらに聞かれてもいないのに、殺害の状況について話し始めた。
「僕がナイフで胸を一突きにすると、彼女は最初は何がなんだか訳の分からない表情をしていました。やがて、口から血を流し、ひざから倒れ、涙をぽろぽろと流しながら、何かを……たぶん男の人の名前だったと思います。それをブツブツブツブツつぶやきながら死んでいきました」
彼の話にしばし呆然としていた刑事だったが、彼が一息ついたところで、
「それを見てお前はどう思った」
と質問した。彼はしばらく考えた後、
「なんか自分の思っていたのと違っていて……、期待はずれでした。残念です」
その顔には反省や後悔の念など微塵も感じられなかった。
「ただ人がどのようにして死ぬか?」だ? そんなことで死んだ彩子の気持ちを考えたことがあるのか、何が期待はずれだ。俺らはてめえの思い通りに生きなければならないのか!? 実験台か?
どうしても「人の死」がどういうものか、それが知りたければ自分でしろ。そうだ、自分で自分を殺せばいいのだ。誰もいないところで誰にも迷惑をかけずに死ねばいいのだ!!
そうそうすれば「人の死」というものが自ら体得できるだろう。こうしてこの世からイカレタ考えの持ち主が一人消える。お前にとっても世の中に人々にとってもどっちも得だ。
どうだ、素晴らしいアイデアだろう? ナイスな考えだろう? おい、何か言ってみろよ! 俺の考えに何か言ってみろよ!!
「やめてーっ!!」
後ろから、里美の悲痛な叫びがして、俺は我に返った。次の瞬間、俺の右腕は里美の手にがっちりと抑えられた。
「うっ……うっ……」
後ろを振り返ると、里美は下を向いてただ泣くだけだ。再び前を向くと、暗くてよく見えないが、ストーカーがぐったりと倒れていた。頭や顔から何かがドロドロと流れている。
「おい……」
左手で揺すってみたが反応がない。ためしに奴の腕を持ち上げて離してみた。腕は空中に留まることなく、パタンと床に落ちた。
改めてもう一度奴の腕を、今度は手首を中心に触れてみる。
脈がない。
「おい……」
俺は頬を何度叩くが反応はない。そのたびに俺の手は奴の血で汚れていく。
里美が手を離し、俺の背中に抱きついてきたので、俺は初めて自分の右手を確認できた。
指の関節を中心に奴の血が付いている。
(俺はこいつを殴り殺してしまった……)
俺の心が読めたのか、里美の泣き声がいっそう激しいものとなった。俺も自然と涙が流れていた。これで、どんなことがあっても彩子には二度と会えなくなってしまった。そう思った。
ふと顔を上げると制服を着た少年がベランダに立っていた。暗いのに顔がはっきりと見える。少年はニヤつきながら
「僕と同類だね。」
そう告げると、スーッと姿を消した。
俺はまだ捕まるわけにはいかなかった。泣いている里美を励まし、計画通りにアジトに行かなければならない。
俺は電気をつけた。そして奴の顔を見た。顔はボコボコで、赤黒い血がまだあふれ出していて、もう誰だか分からなかった。
手を洗うと、里美の荷造りの手伝いをした。いちいち丁寧にしている暇はない。乱暴に服を取り出し、そして押し込んだ。
奴の死体は頭をスーパーの袋で何重に包み、寝袋に全身を入れて車へ入れた。全ての終わりを確認すると、俺は猛スピードで里見の部屋を後にした。
アジトに着いた時はもう朝の八時を過ぎていた。俺は里美をだけアジトへ向かわせた。俺はこの山のどこかに一人で穴を掘り、奴の死体を埋めた。里美に罪はない。俺一人がやったことだ。
そうだ、なぜ少年法を改正させるかだったな。改正によってイカレタガキどもを護るおかしな法律を無くすためだ。これによっておかしなガキどもは全て処刑される。彩子や彩子以外の殺された者や遺族の無念もこれで晴らせるというものだ。そして、俺たちと同じ悲しい無念な思いをする者は増えることはないだろう。
素晴らしい考えだとは思わないかね?




