第十一話 カップル失踪
麻布署では、里美の部屋の事件の捜査が続いている。この日、署の会議室には『麻布女子大生失踪事件捜査本部』という貼り紙が貼られた。
「あのアパートは防音がよく効いていて、隣や上下の部屋の住人の言うには、彼女の部屋から物音は全く聞こえないというのです」
「そうか」
深夜とはいえ、誰か証言者がいるだろうと期待していた高橋刑事は肩を落とした。
「ただ……、これは事件に関係しているかどうかは分かりませんが、近所の主婦が夜中の三時ごろ事件現場付近を猛スピードで走る車を見たそうです。乗っていたのはどうも二人のようだったと」
「きっとそれですよ、高橋さん。捜査の手がかりは無くなったわけではありません」
色黒刑事が高橋刑事を元気付ける。その時、一人の刑事が部屋に飛び込んできた。
「部屋に残っていた血痕の血液型と、部屋の住人加藤里美さんの血液型が一致しました!」
「そうか……」
高橋刑事はまたもや肩を落とした。今度は色黒刑事も隣で落ち込んでいる。その姿勢のまま、高橋刑事は彼女の交友関係について聞いた。
「広いですね。人に恨みを買われるということも無かったようです。ただ、今年に入って『変な人に付きまとわれている』と大学の友人に語っています。彼氏と二人でその事でかなり悩んでいたようです」
「やっぱり……」
高橋刑事の事件現場での予想が見事に的中してしまった。色黒刑事の落胆は一層激しくなった。
「彼氏から……話は聞けたのか?」
「それがですね……高橋さん」
よくぞ聞いてくれたとばかりに、その刑事は大きく身を乗り出した。
「アパートの管理人の立会いのもと、家に入りましたが、それが……金品・貴金属の類はもとより、衣類・身分を証明するもの。その全てが無くなっていたのです」
「それでは彼女の家と同じ……!」
唖然とする高橋刑事。さらに彼らの驚きの報告が続く。
「それが大いに違うのです。彼の部屋は全く荒らされていません。血痕も、争った跡も、侵入された形跡も無いのです」
「まるで夜逃げのよう……と言いたいですね。電化製品や家具は残されているのですが。」
「その彼氏の名前はなんと言う」
別に聞いてみたところで何かの発見を期待しているわけでもないが、とりあえず、高橋刑事は聞いてみた。
「藤田隼人、二十二歳。加藤里美と同じ大学の四年生です」
さっきより冷静に刑事は答えた。
その五時間後――。高橋刑事は隼人の家にいた。「捜査に詰まったらもう一度現場に戻れ」という言葉を思い出し、先に里美の家に向かったが、目新しい証拠は何も発見できなかった。
せめてここに何かがあれば……、と汗を拭き拭き隼人の家に来たが、先ほどの報告どおりだった。
「取りあえず、二人についての身辺調査と家の周囲で証言者や目撃者探しを続けるしかないか」
高橋刑事はそういうと車に乗り、ため息をついた。そして汗を拭きながら自分の服を見て思った。
(そういえば二日も帰ってなかったな……)
二月だからそんなに汗臭くもないだろう。と彼は今日も帰らない決意をすると、運転席の色黒刑事に出発を促した。
ちょうどその時、隼人のアパートの前に一台の車が止まった。高橋刑事は色黒刑事に声をかけると、車を降りてその車に近づく。
「高橋じゃないか」
不意にその車にいた男から声をかけられ驚いた高橋刑事だったが、男の顔を見ると
「なんだ岡田じゃないか」
と、警視庁にいる友人に笑顔を見せた。
「本庁の事件に何か進展があったのか」
岡田刑事は車を降りると、隼人の部屋を指差した。
「事件の被害者である田原弁護士が過去に受け持った事件の関係者に話を聞こうと思ってきたんだ」
「おい……本当のあの部屋の住人か?」
「ああ、そうだ。どの部屋かは知らないが名前は藤田隼人という」
岡田刑事が隼人の部屋を指したのはただの偶然だったようだ。
「彼ならいないよ」
「なぜお前がそれを知っている」
高橋刑事は汗を拭きながら岡田刑事にこれまでのいきさつを話した。岡田刑事も自分の知っている情報を全て伝えた。
「なあ岡田、誘拐事件と女子大生の失踪、そしてその彼氏の失踪。この三つの事件は何か関係しているのかなぁ……」
岡田刑事は腕組みをしてじっと考えていたが、何かを確信したかのように、
「高橋、本庁に来てお前の口から今までのことを話してくれないか」
と言って、車のドアを開けた。高橋刑事は勢いよく乗り込む。
「お前は署に戻ってこのことを伝えろ」
と色黒刑事に叫んだ。
二台の車は同時に隼人の家を離れた。




