第12話 綾乃の成長とブチ切れキャッツ
キトラが少々過激な発言をする者たちに加護を与えてから1週間近く経ち、効果が切れたころにキトラは綾乃とダンジョンに潜っていた。
「ふぅ、、、意外と呆気なかったわね」
「駆け出し卒業おめでとニャ」
そういう1人と1匹の近くには切り捨てられたオークが転がっていた。
キトラの付き添いがあるとはいえ、初心者が実質ソロで1週間足らずで上層突破はかなりの速度である。
「立ち回りや太刀筋を見てると綾乃の師は一体多数を想定して指導してたと思うニャ。いい腕してるから油断や事故がなかったらダンジョンの完全攻略も可能性があるニャ!」
「ありがとう。ねぇキトラが配信でやったみたいに敵を足場にして跳んだり、もっと立体的な戦いは出来るかしら?」
「出来るニャ。少なくともヨシモリはしてたニャ!練習は必要だけど慣れたら戦闘に奥行きが出るからかなり強いニャ」
キトラの言葉を聞いて綾乃はニヤリと笑う。
そして地面に刀を刺した。
「ねぇあれってこういうことよね?はぁっ!」
刀の柄を足場にして壁に向かい跳躍し、すぐに壁を蹴り元の場所に着地する。
「おぉー凄いニャ!!タイミングも完璧だニャ!あとは動く敵にやれるかどうかだニャ」
「多分大丈夫よ。風の強い日に森で木の上を飛び移る修行をやらされたことあるもの。動物は難しいと思うけどレベルが上がってその辺の感覚も良くなってるから出来そうよ」
「・・・・・・にゃ?」
綾乃の言ってることがまったく理解できずにキトラが口を開けて固まる。
キトラの知識にあるこの世界の住人は平和ぼけしていると聞いたし、そもそも元の世界にもわざわざ木の上を飛び移る猿みたいな人間は多くはなかった。
「うちは代々山岳信仰をしてる修験者の家系なのだけど、ダンジョンが出来て以降、修行が厳しくなって天狗にでも成るのかってほど修行をするようになったのよ。おかげで兄と私の修行はずっと厳しかったわ」
「あぁ山に住む民族にはよくあるやつだニャ。道理でヨシモリもこの世界の人間にしては信仰深い奴だったんだニャ」
ダンジョンが出現したとはいえ、現代人として明らかにおかしいことを綾乃が言うが現代人どころか人でもないキトラにそれは分からない。
「まあうちはどちらかと言えば信仰をされる方なんだけどね。本拠がある父方の祖父の家だと定期的に修験者さんが集まってるし」
「そういやヨシモリも言ってたニャ。神官みたいなもんだと。それならにゃーをもっと敬うニャ!猫を敬うニャ!」
「あら?うちは猫を祀ってるけど知らなかった?銀色の猫の銅像が和室に祀られているわよ」
「それはいい心掛けニャ!別ににゃーは信仰が力になる神じゃないけど嬉しいニャ」
「あなたを信仰してる訳じゃないけどね。ご先祖さまが赤ちゃんの時に徳の高いお坊さんがうちの血を絶やさない為に密かに匿って逃げてたのだけど、関所を避けて山抜けしていたら迷ってしまったの。するとお坊さんが以前に下賜された銀の猫の像が本物の猫になって道を教えてくれたって逸話が残っているのよ」
「関所を避けるってご先祖さま何やったニャ、、、それはともかくその逸話は猫の素晴らしさを伝えるものだからどんどん広めるニャ!」
「嫌よ。それより私はこれで中層に降りていいかしら?貴方から見て私はそのレベルに達しているかしら?」
バッサリと切り捨てた綾乃はキトラに中層に降りる許可を求める。
自分の実力的には問題ないと思うが、戦闘において自分は初心者であり、経験豊富なキトラから見てどうなのかが知りたいと考えていた。
「問題ないと思うニャ。ただあまり深い階層まで潜らず、10層くらいまでにして経験を積むべきだニャ。戦場では特に生き延びるにはレベルや才能よりも経験がものを言う時が多いニャ!ダンジョンは適応力が強く求められるから経験の方が大事ニャ」
「そう。なら暫くは10階までにするわ。まだ配信まで時間あるでしょ?もう少し付き合ってもらってもいいかしら?」
「もちろんだニャ。それじゃ中層に進出ニャ!」
ダンジョンの地下6からは中層と言われ、上層と比べると難易度が大きく跳ね上がる。
上層は武装した軍隊で相手を出来るが中層からは現代兵器の効力が薄まり、生半可な兵器では費用の割に合わないと判断されて迷宮の氾濫を除き、軍としてダンジョンの攻略にかかることはない。
その中層で安定した活動が出来れば冒険者として1人前と言われる場所に綾乃が初めての1歩を踏み出した。
「はぁ、、、流石にキツいわね」
肩で息をしながら剣の切っ先を振るい魔物の血を払う。
小一時間で数回の戦闘をこなした綾乃が大きく息を吐き出した。
「初回としては十分だニャ。というか戦闘の才能がありすぎるニャ。今後の改善点としては体力管理をしっかり意識するニャ。安全性をしっかりとるなら7割の体力を残して撤退をするべきだニャ。5割だとイレギュラーに遭遇するとかなり危険だニャ!」
キトラが器用に前足を合わせて拍手?をしながら褒めて、その片手間に結界を張り、息を整えている綾乃の改善を述べた。
綾乃は猫のくせに割合とか分かるんだ。と思ったが真面目な話なので突っ込まずに素直に頷く。
「そういうものなのね。ちなみにキトラはどのくらいで撤退するの?」
「にゃーは正直ここのダンジョンなら撤退無しで攻略出来るニャ。配信の都合と魔力を使いすぎて邪神を刺激しないようにしてるから参考にならないニャ。魔王軍との戦いの時は普通の猫を装って敵陣に単騎で乗り込んでギリギリまで暴れてから空間魔法で撤退してたニャ。うっかり死線をオーバーランして死んだこともあるし、にゃーは参考にならないニャ」
本当に参考にならなかった。
猫の大きさで、通常の猫とは比べ物にならないほど俊敏性が高く、空間魔法でどこでも現れて、暴れ倒してから空間魔法で逃げるなんて悪質なテロにも程がある。
あと配信の都合とかどうでもいいから兄をさっさと救出してくれと綾乃は思ったが何とか言葉を飲み込む。
「本当に参考にならないわ。それよりも異世界って死者が蘇るとかってあるのね」
飲み込んだ言葉がちょっと吐き出たが、1番聞きたいことを彼女が聞く。
「そんな都合のいいことはないニャ。これは猫に与えられた女神様の慈悲だニャ!それにこっちの世界にも100万回死んだ猫がいるとも聞いてるニャ。本当にすごいことだから是非お会いしてみたいニャ!」
「そう。死者が生き返るのは魔法があっても無理なのね。それとその猫はお話だから多分実在しないわよ」
そんな都合のいいことは無いかと少し落胆する綾乃だが、実際にはある。
一部の神々も使う事ができるし、神の寵愛を受けた者が厳しい修行の末に修得する者もいる。
だがこちらの世界で使えるものはおらず、余計なことを言う必要もないのでキトラは嘘をついた。
「さてそろそろ体力も戻ったにゃ?それならあと1回くらい戦闘してお家に帰るニャ!」
嘘をついた心苦しさを誤魔化すようにキトラは結界を解除して綾乃に帰るように促した。
「そうね。あんまり遅くなってあなたの配信の邪魔をしても悪いわね」
「有象無象なんて待たせておけばいいニャ!遅れても猫の気まぐれとしか思わにゃいし、猫に待たされるのも幸せなはずだニャ!」
この猫あまりに人類全員をお猫様の下僕と思っている。
誰がこんなに躾せずに甘やかしたんだ。
と綾乃が思ったが答えは考えるまでもなく兄だった。
猫好きだったし、文字通り猫可愛がりした上に余計な知識植え付けて増長させたんだなと真相に一瞬で辿り着く。
「神様にこういうこと言うのは失礼かもしれないけど、別に人間は全員が猫好きって訳じゃないわよ」
「もちろん知ってるニャ。ただ猫が予定通りに動くと思われるのは気に食わないし、そんなことは絶対にないので分からせておくべきニャ!」
反骨精神と言うべきなのか自由と言うべきなのか。
自分のせいで人を待たせるのも良くないし、ろくな躾をしなかった兄に代わり自分が叱るべきなのかと綾乃は迷ったがまだ遅刻してないのなら叱るべきでは無いと判断をした。
余談ではあるがキトラはその自由さで何度も叱られて来たが、全て何処吹く風と言わんばかりに無視をしてきた。
ただ単騎駆けで引き時を見誤り命を落とした際は、女神の寵愛があるとはいえ命を粗末にするなと聖女にブチ切れられ、あまりに長くうるさいのでこっそり耳に結界を張り、音を遮断するとそれがバレて大変なことになったのは今では思い出すだけでも震え上がる恐怖として刻まれている。
そんなこともあったなぁと過去を懐かしみながら綾乃の戦闘を見守り、ダンジョンの1階まで見送るとギルドマスターの平野が血相を変えてやってきた。
「キトラ様!どうか一緒に綾乃様とギルドに来てください!!」
ただ事ではない様子で駆けつけた平野に連れられてギルドの一室に入ると、ダンジョン庁の偉いさんと綾乃の警護チームのリーダーである内閣情報調査室所属の男が床に額をこすりつけた。
「キトラ様申し訳ありません!泉という政治家がキトラ様に対して害意を持ち、数時間後にインターネット上でキトラ様の秘密を暴露して討伐隊を差し向けると告知を始めました」
「にゃ?そんなの潰せばいいだけニャ。この国の規模と文明で情報統制が出来ないなんてあるわけないニャ。それににゃーとしては特に暴かれて困る秘密はないニャ」
「そ、それが正体というか飼い主にも言及すると言っていてこのままですと綾乃様にもご迷惑が掛かる可能性が・・・・・・」
実際に泉がどのようにキトラの情報を掴んだかは分からず、またそれが正しい情報なのかも分からない。
だがもし正しければキトラの怒りに間違いなく触れる。
そうなればどれだけの被害が出るか分からない。
荒ぶる神を相手に人間が出来ることは頭を下げて脅威が去るのを待つしかないのだ。
護衛チームは内調が主体の元で公安と冒険者のグループで形成されており、直接的な襲撃はかなり警戒していたがこのような形は警戒にも限度があった。
というよりキトラが普通に綾乃と家を出たり、姿を隠すこともしなかったので無理があった。
SNSでギルドや家の近くにいるキトラの写真が何度か投稿されており、護衛対象があまりに非協力的で隠し通すのは無理だと諦めており、三流週刊誌が記事にしようとすれば圧をかけて潰したらいいと考えていただけだった。
まさか政治家が地雷原で運動会をするような馬鹿なことをしでかすとは思わなかった。
秘書や周りのヤツも止めろよバカ!と心の底から殴りたいと、ブチ切れオーラを放つキトラの前で震えながら思っていた。
「・・・・・・ぶち殺す」
キトラが怒りのあまり語尾すら忘れて言葉を発するとぶわぁっと呼吸どころか心の臓が止まりそうなほどの畏るべき魔力が一気に広まった。
ギルドどころか隣にあるダンジョンに潜っている冒険者と魔物すらその魔力に怯えて地に伏す。
歴戦の冒険者が、国を守る使命を帯びた公安と内調の者が畏ろしさに震えて身動きが取れない中、1人の少女が跪き声を張り上げた。
「畏き異界の神よ!どうかその御怒りをお鎮め給え。御身の盟友たるヨシモリの妹であり、葛城の巫女綾乃が畏み畏み申して願い奉る!!」
綾乃がキトラの怒りを鎮めようと手を合わせ祈祷を捧げる。
今まで感じた神威など比べ物にならない呼吸すら許されないような重圧。
綾乃は生物としての格が違うことを強制的に理解させられ、信じていなかった訳ではないがキトラが神に属するものであると強制的に理解させられた。
呼吸すらままならない状態だが生まれてからずっと修行を積んだ身体が神の怒りに触れたと気づいた瞬間に怒りを鎮めてもらうべく反応をした。
「あっすまないニャ!大丈夫ニャ!にゃーは無闇に人間を殺さないニャ!それはヨシモリを悲しませるし、綾乃を生きにくくさせてしまうからしないニャ!そんなに畏まらなくても大丈夫にゃー」
慌てて魔力を引っこめるキトラが綾乃に告げる。
実際めちゃくちゃ怒りはしていたが、即座に天罰を下したり、空間魔法で即粛清!など行動に移さなかったのでギリギリではあったが理性的ではあった。
空気を和らげようとおどけるキトラに綾乃が大きく息を吸って長く吐いた。
「御身が温情に深く感謝致します」
「にゃ。それではにゃ~るを献上するニャ。とりあえずそれで我慢してあげるニャ」
それを聞いた平野が即座ににゃ~るを差し出すと緊迫した空気が少し緩んだ。
その間に綾乃達が話し合う。
「まさか私の氏名や写真が公表されることなんてないだろし、そんな重大なことになりますかね?」
「なります。大きくなれば必ず特定しようとする者が現れます。そうなればしばらくは平穏な生活から遠のいてしまいますよ」
「それにしてもわざわざ議員職にある人がキトラに喧嘩を売るのかしら?」
「おそらく逆恨みでしょう。どうやらアンチコメをして加護をもらったらしく、それを根に持ってのことだと思います。あと彼は単純に承認欲求から目立ちたいだけで深く考えてないと思います」
「ただの馬鹿じゃない。これってもう暴力で解決した方が早くないかしら?私について余計なことを言われる前にキトラが配信しながら相手の配信中に暴力で解決したらいいんじゃない。奇襲は誰がしたか露骨すぎるし、どうせ炎上するなら正々堂々と乗り込んで解決してもらいましょう。その方がマシだと思います」
綾乃がもうこれでいいでしょと問題が解決したみたいなスッキリした顔をした。
しかし法治国家を支える公務員である彼らは流石に許容できない。
いくら相手が公人でありながら議会を欠席し続けて、仕事のやる気がなく、話題になることに取り憑かれている承認欲求を求める怪物としても個人による報復と暴力は見過ごせない。
「しかしそれではキトラ様のイメージが悪くなり、配信に問題が出来るのでは?それにダンジョン庁の公認冒険猫が暴力沙汰というのはちょっと、、、」
「先に喧嘩を売ったのは向こうだし、キトラは自分で手を下さないと納得しないでしょ。こちらはお猫様に喧嘩を売ったお前らが悪いで突き通しましょ。どうせ何しても批判されて叩かれるんだから一緒よ」
みんな薄々分かっていたがキトラに喧嘩を売った以上はキトラは神としてのメンツがあるために絶対に自分で手を下さねばならない。
本来であればこんなことになる前に阻止しなければならなかったが起こってしまった以上はどうしようもなかった。
そもそもキトラに対してお願いは出来ても命令は出来ないので彼らは完全に諦めてキトラの配信の準備を始めた。
そんな公務員の姿を見て綾乃は大人って大変だなぁとキトラを撫でてお尻をトントンしながら眺めていた。




