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お姫様は愛する王子様を幸せにする  作者: 木蓮
<狭間>夕焼け色の王子様は愛するお姫様の隣りに居つづける

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トラオム 3

 しかし、その幸せはまたも母に邪魔された。

 幼い頃から僕は陛下を求めて暴れる母をなだめるために定期的に離宮に足を運んでいた。

 病んだ母の心は陛下と出会った頃の”ニホンジン”の少女の時のままだ。そして、自分から陛下(トール)奪った(・・・)王妃様を憎み、本当に陛下を愛するのは心優しい”イセカイジン”の自分だけだと思い込んでいる。


 僕はいつも狂った母が吐き出す恨みと憎しみをじっと受け止めていたが。

 成長した僕が若い頃の陛下の生き写しだと周りから言われるようになると母は陛下との懐かしい思い出の”二ホン”の話をするようになった。そして「あの女には渡さない」と呪いのように繰り返した。


 そして、もう1つ。今まで僕をいない者として無視していた陛下が急に関わってくるようになってきた。

 遠くから僕をじっと見つめるその昏いまなざしは母を思わせる湿度の高いもので不気味だったし、何より王妃様に瓜2つのサラフィーアを欲のこもったまなざしで見つめるのが許せない。スペクルム侯爵家に迷惑がかからなければ殴っていたところだ。


 ……母も陛下も。今さら後悔しても、取り戻そうとしても。もう自分たちが壊した幸せは戻らないのに。

 どこまでも僕につきまとう2人に疲弊する僕を見たサラフィーアは、子猫を守る母猫のように僕を守ろうと心配し、いつも部屋で帰りを待っていてくれるようになった。僕の心を全力で守ってくれるサラフィーアのおかげで僕は母の悪化していく狂気と陛下の悪意に立ち向かえた。


 そして、1年前。じきに17歳の誕生日を迎えようとしていた時。

 僕はいよいよ待ち望んでいたスペクルム侯爵家に婿入りし、サラフィーアとスペクルム侯爵家の人々と“本当の家族”になれることに浮かれて、その日を指折り数えて楽しみにしていた。

 そんな僕を見て何かを感じたのか。ある日、いつになく上機嫌な母はかつては愛らしいといわれていただろう崩れた笑みを浮かべて僕にうっとりとささやいた。


「待っていてトール。私があなたを”二ホン”に連れて行って幸せにしてあげる」


 と。離宮に閉じ込められてやせ衰えた母に何かができるわけではないと思いつつも、そのねっとりとした声には何か本能的に危険を感じた。


 しかし、その後は警戒しつつも何事もなく母と顔を会わせる最後の日になった。

 ……母は僕が婿入りした後しばらくして病死(・・)することが決まっている。きっと面倒事を嫌う陛下が身代わりの僕がいなくなって残された母が陛下を求めて暴れ狂うのを嫌がったのだろうと思っている。


 僕は義務で会いに行っていただけの母には一切の情はないし、今まで母に温情をかけてくださった王妃様や世話をしてくれた使用人たちの気苦労を考えると妥当な判断だと思うが。この時だけは最後まで陛下に顧みられない母を少しだけ憐れに感じた。


 今日も部屋で待っていてくれるサラフィーアに「母上の最後の挨拶をしに行ってくるよ」と声をかけて離宮に向かうと、いつも出迎えてくれるメイドがいない。

 怪訝に思いながら警戒しながら立ち入ると離宮はしんと静まっていた。その違和感に嫌な予感がして引き返そうとすると、さっき通って来た廊下にいつの間にか腰まで伸びた長い黒髪をなびかせた少女が立っていた。そのどこか見覚えのある少女と目が合うと彼女はふっくらとした唇をいびつな形につり上げた。


「トール、迎えに来たわ。――もう離れないわ」


 そして避ける間もなく抱き着いてきた少女の冷たい腕に閉じ込められて、僕の意識は深い闇に呑み込まれていった。


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