3話 色々なものに出会いました
増殖するのは、慣れれば早いものだった。第一、同類が出来れば出来るほど増える速度は指数関数的に大きくなるのだから当然のことではあった。十数回は繰り返しており、その都度新米のコピーたちにも手伝ってもらっているので、同胞は早くも一万六千余りといったところであった。
しかしこうも数が増えると壮観だ。僕からは近くのところしか見えてはいないのだが、それでも圧倒されるほどの群れである。人間世界の都会に戻ったと錯覚してしまいそうだ。
僕から見て左手の方がざわつきだした。
「あら、何かあったのかしら。」
と言ってイルが向かっていったので僕もそれについて行った。
同胞の数人が明らかに僕らとは別種の者に詰め寄られていた。警官服を着ており、五体いた。
「君たち、何者だね。見たことない風貌をしているが。」
尋ねられたコピーたちはひたすらどぎまぎするだけである。
「誰なの、この人たち」とイルに聞くと
「白血球よ。あなたのいた世界での役割が似てたから警官にデフォルメしておいたわ。」
案外素直に答えてくれた。するとなんだ、ただいま僕らは職質を受けているようなもんなのだ。
ここで有害と見なされれば即攻撃対象になってしまう。そういう状況である。何をしたらいいか分からない新米コピーに代わり、職質先輩として僕が質問を引き受けた。
「あのう、先程からここに越してきた菌なのですが。」
「はて、このような大勢でか。」
「ええ、大家族なものですから。」
ちょっと苦しいか。白血球警官たちも少し怪訝そうな顔をしている。
しかしどうあってもウイルスとバレるわけにはいかない。一発アウトだろうから。まさか実際に後ろ暗い立場で職質を受ける日が来ようとは。
「悪さはしていないか?何か隠していることは?」
「いえ、何もありません。ただ住んでいるだけですから。」
警官たちはしばらく考え込んで内輪でゴニョゴニョと話していたが、やがて結論が出たようで僕らに向き直った。
「まあとりあえずは大丈夫だ。ただ悪さはするんじゃあないぞ。そのときは君らを殺してしまわねばならないからな。」
僕と真正面で対面していた一人がそう言うと、警官たちは引き上げていった。
しかしながらこれが全く理不尽な話。ウイルスはただただ生きているだけであるのにそれだけで犯罪のごとく扱われてしまう。人間をやっていたときはただ悪党としか思ってはいなかったが、こうして考えるとなかなかに不憫な面も持ち合わせている。今となっては我が身もそうなのだが。
目をつけられてもいけないというイルの言葉に従って、僕は一同でこの肺から移動することを決めた。ただし、人間でも大変なように、集団行動は難しい。そもそもウイルスに集団行動もなにもないじゃないかとも少し思ったが、僕らに限ってはそれがあるらしい。僕が人間由来だからだろうか。
従って、手際良く移動するために同胞のウイルスたち一万六千余りを小隊に分けていく作業が必要だった。あまり難しく考えずに一つの小隊につき一千体で構成することにしたのだが、誰がそれぞれを先導するかまで決定しなければならなかった。
見た目の差異はイルにデフォルメしてもらったので見分けがつくものの、それぞれがどんな奴かが分からなかった。
「あなたに近いウイルスほどあなたに似ているわよ。」
とイルが助言をくれた。なるほど、コピーよりもコピーのコピーの方が精度が落ちるというわけである。
であれば選び方は簡単だった。しっかり思い出してみると、増殖作業は14回行っていた。すると僕の直接のコピーがハイホーをはじめとして14体いるわけだ。こいつらはそのまま隊長に任命である。一隊を僕が先導するので、残るは一席だが、そこはハイホーの最初のコピーを採用した。ハイホーは彼にモルゲンと名付けていた。
僕としても自分の直接のコピーたち全員にはさすがに名前をつけてやらなければならないだろうという義務感があったので、ハイホー以外の13体にも名前をつけてやることにした。
一番隊は僕が率い、二番隊はハイホーが先導していくので、三番隊以降からだった。三番隊隊長は、これは僕としても不思議であったのだが、女性の見た目をしていた。イルは「あなたの女々しいところが出たんじゃない?」とあまり問題にはしていないようだった。彼女はすみれ色のセミロングの髪に和装?をアレンジしたような服といういでたちである。体もしっかり女性らしく作られていたからやや困ってしまう。彼女はリンドウと名付けた。すみれ色だからスミレというのも捻りがないと思ったために、近い色の竜胆を選んだ。
四番隊の隊長は僕よりも随分背が高い大男だった。灰色の髪に、言っちゃ悪いが蛮族にしか見えない格好をしていた。山のようであったので、シラミネと呼ぼう。
五番隊長は遊び人の男の風であったから酒からとってアンシャンテ。六番隊長は姐御肌の女性で、ツバキ。そんなイメージを抱いた。七番隊長は吟遊詩人風の痩せた桃色髪の男でシタールと名付けた。
八番隊長は騎士の風貌の金髪の男。どうして本当はただのウイルスなのに、デフォルメで鎧まで来ているのかはさておき、彼には英国っぽくリチャードと名付けた。九番隊長は黒髪和装の学者だった。浅葱色の着物のうえから外套を羽織った昔風の男。スズリと呼ぶ。
厳かな雰囲気の十番隊長は僧侶だった。僕のほんのひとつまみの良心が色濃く出たのだろうか。いかにも仏教の若い僧のような見た目で仏具のようなものをじゃらじゃらぶら下げている。畏れ多くなってしまうが、スイレンの名前を与えた。
十一番隊まで来ると、もうネタがきれてしまうのではなかろうかとも思われたが、案外皆特徴的でそう困らなかった。
十一番隊長は洋風貴婦人だった。ブロンドの結い髪を靡かせて、純白のドレスを着こなしていた。なぜか同じくらい白い日傘も持っていた。またまた貴人と対面しているようで心が引けたが、彼女はブーケと呼ぶことにした。
十二番隊長と十三番隊長は双子のような、同じ見た目をしていた。違いと言えば髪の色。兄?にあたる方が翡翠色。弟の方が東雲色といえばいいのか、淡い朱色だった。まあ僕から連続で生まれたのだから双子といえば双子だ。髪の色に合わせて兄をシグレ、弟をカイセイとした。
何やら怪しげだったのが十四番隊長である。魔法使いの格好をしている。みんなが容易に想像できるだろう、絵に描いたような魔法使い。とんがり帽子に黒いマント、ねじれた木の杖。それに脇には魔導書らしき本まで抱えている。魔法はまだ使えないらしい。フェノーメノと名付けた。
十五番隊長は黒服メガネの執事だった。特殊なのは彼、自分も隊長なのに十一番隊のブーケの執事を実際にやっているというところだった。そんなんで隊長が務まるのかとも考えたが、中々優秀なようだったのでそのまま採用した。名前はウェルダン。
最後の一人はハイホーの初子のモルゲンだ。暗い紫、黒紅のショートカットの女の子で鋭い猫目だった。
ともかく、ようやく編成が終わったところで本来なら一息つきたいが、ウイルス集団であることがバレてしまってもいけないので、早々に移動することにした。イルによれば、血流に乗って行くのが速いらしい。
僕は一番隊を引き連れて、肺の細胞をかき分けつつ進んだ。細胞はいくつも折り重なっていて、抜けていくのにはなかなか骨が折れたが、しばらく進んでいくと、すこし毛色の違う細胞壁が現れた。
「これが血管の壁よ。」
イルが言った。彼女は僕に同行するために一番隊にいる。
一部の壁を切り取り外すと、中には確かに血が流れていた。ただ人間の時とはかなり違っており、本来紅いはずの血が澄んだ水に見えた。あとから聞けばこれもイルのデフォルメらしい。そういうことだから見てくれは血流というよりも小川である。
賢い僕の子供たちは、周辺の細胞を切り取ってボートを作り出した。肉塊をボートの形にしただけのものではあったが、そこはまたまたイルの術で木製ボートの見た目になった。
ボートには八人ずつのりこんだ。ざっと計算して125ものボートがいるらしいが、一番隊の面々は問題なく完成させたようで全員が乗り込んだ。
だが、ボートのために細胞を壊しまくったのがマズかった。
「おい、お前たちはさっきの。何やっている!」
先程の白血球警官たちが数を増やしてやってきた。これはもう言い逃れができない。さっさと出発して逃げるしかない。
捕まる前にどうにか全員がそれぞれのボートに乗り込み出発できたようだった。途中血管沿いに追いかけられて「おい、止まれ!悪党どもが。」と罵声を浴びせられた。僕としても警官から逃げるなんてことは前世でもしたことがなかった。こんなにスリルのあるものだったとは。想像したことならあったが、実際はそれ以上だった。そして、ほんの少しの愉しさがあった。
行き先は他の十五人にも伝えてある。肝臓である。器官の特質上豊富な栄養が期待できる。一番隊は最前を進み、心臓を経由して大動脈に入った。
色々なものが見えた。赤血球にその他の血液成分。デフォルメされていてはただの人間の見た目であったが。それに他の菌やウイルスも大勢見かけた。僕たちとは違って群れていないようだったが。
程なくして肝臓に着いた。他の十五隊も続々と到着した。誰も捕まっていないようで安心する。
肝臓は広々として、一面鮮やかな赤だった。健康な体なのだろうか。僕たちの他にも大勢がいた。細菌もウイルスも。ただ特別悪さをしている様子は無かった。近くにいた細菌の一人に話しかけてみた。
「あのう、僕たちここに新しく住んでる者なのですが。」
細菌は一瞬怪しむ様子を見せたが、すぐに警戒を解いてくれた。
「ああ、あんたたちが。噂になっとるよ、肺で暴れたんじゃろう。」
さすがに騒ぎになっていたようだった。しかし、さっきのことなのに、もうここまで話がきているのか。
「この体は健康そのもの。悪いことは言わんから、余計な企みはせんことじゃ。あんたら全員退治されちまうよ。」
細菌は僕にそう忠告した。




