2話 増殖してみました。
しかしながら、僕は生前よりからっきしの無学であったからウイルスについての知識も無い。つまるところこれからどうやって過ごしていいのかさえ分からない。ガイド役がせっかくいるわけなのでイルディーズに聞いてみた。
「これから何したらいいんですか?」
イルディーズは大義そうに頬杖をつきながらプカプカと浮いていた。
「まあウイルスなんだし、まずは増えてみたら?あと、敬語はやめにしてちょうだい。堅苦しいのはいやよ。」
神様にタメ口きくのは無宗教者ながらに躊躇があるが、敬語で通すのもそれはそれで無礼だと思うので、
「わかったよ、イルちゃん。」
「イルちゃんはやめなさい!」
ウイルスというのは増殖していくことでその勢力を拡大する。一個体では無力なのだから当然の選択である。人間の増え方とは桁違いであることくらいは知っている。
「でもどうやって増えるの?僕は人間も増やしたことないから分からないよ。」
「ウイルスに雌雄はないから、残念ながら貴方はもう一生涯は童貞のままよ。まあイメージ的には3Dプリンターに近いわね。」
四千歳以上の神様でも3Dプリンター知ってるのか。しかしながらウイルスというのは勝手に分裂するもんじゃないのか。
「勘違いしている人も沢山いるみたいなんだけどね、ウイルスは自分だけじゃ増えられないのよ。そんな器官を持ってないもの。だからわざわざ人間やら動物やらの体の中に住んでるのよ。」
でも一体どうやって増えるのか。3Dプリンターと言われてもイマイチピンと来ない。実際にやってみようとイルに言われたので連れられるままに肺の壁まで飛んでいった。ウイルスの我が身はとんでもない小ささで、人間の頃には認識すら出来なかった細胞がでかでかと目の前にたたずんでいる。
「これにやってもらうのよ。」
「へえ、ちょっと気持ち悪いな。」
「何言ってんのよ、ちょっと前まであなたの一部だったのに。まあ気持ち悪がってるところ酷だけどね、この中に入るのよ。」
今となっては自分自身もそうだからあまり他人のことは言えないのだが、ウニョウニョしていてずいぶん気色が悪い。触ってみるとプニプニしていた。
「溶かすのよ、今なら出来るはずよ。」
確かに少し意識すると目の前からどんどん壁が溶け始めた。ちょっと経つと目の前に入っていけるくらいの大穴が空いた。
「さあ、入りましょ。」
そう言ってイルはズカズカ中へ入っていった。
中は液体で満たされていた。人間のときの感覚のせいで突っ込んでいくことに恐怖があったが、不思議と液中にあっても息苦しくはなかった。
「自分の遺伝子を取り出してみなさい。触手を自分の体の中に突っ込んでみなさい。真ん中らへんにあると思うわ。」
これまた抵抗がある。自分の腹に手を突っ込むのは人間ではあり得ない。ウジウジ迷っていると早くしなさいよと言わんばかりの鋭く冷たい目線を向けてくる。
観念して腹を貫くことを決意した。決死の思いで触手を腹の奥まで突っ込むと意外なことに全く痛くなかった。奥の方をかき回すとそれらしきものがあった。これまたミミズみたいな見た目である。
「この気持ち悪い見た目って何とかならないの?」
「ああ、デフォルメならできるわよ。」
「それってどういう......」
イルは何やら呪文を唱え出すと、指から蛍のような光を出して僕に浴びせかけた。すると光はみるみる膨らみ僕の体を包んだ。次の瞬間、僕は猫だった。
自分の手のひらを見るとプクリと膨らんだ肉球が並んでいた。
「どうして猫に?」
「いや、どうせなら可愛い方がいいかなと思って。」
「人間にしてくれよ。吾輩は猫じゃないから。」
「割とノリノリじゃないの。」
何やかんや言いつつ今度こそは人間の見た目に変えてもらった。
人間の見た目といいつつ、生前の姿とは随分と違っていたのでかなりの違和感があった。生前の体よりも一回り小さく華奢である。男にしては長い髪は深緑で、毛先にいくにつれて白くなっていた。
「この髪、長すぎやしないか?僕は男なんだからもうちょっと短髪がいいよ。」
「何言ってるのよ、ウイルスに男も女もないってさっきも言ったわよ。」
そういえばそうだ。僕の人格は記憶も当然あるので間違いなく男なのだが、体自体には男とも女とも言えないのである。
「そうすればあなたも色々と抵抗なく行動できるでしょう?」
足元を見てみると設計図のような紙が落ちていた。どうやらさっき体の中から取り出してきた遺伝子のデフォルメのようである。ミミズから紙になってくれたのは大変ありがたい。
「それ入れるのにちょうどいい穴があそこに見えるでしょう?そこに差し込んできなさい。」
言われるままに紙を穴に突っ込むと勢いよく中へと吸い込まれていった。少しすると細胞全体が脈動し始めた。
「ちゃんと動き始めたみたいね。真ん中らへんにコピーが出来上がるからそこで待ってなさい。」
しばらく待っていると確かに人間らしきものが下の方から出来上がり始めた。骨から組み上がり、その後で肉がつき内臓が形作られていくので見た目はかなりグロテスクである。こればかりは見た目を人間にデフォルメしたのが裏目に出てしまったようだ。
頭蓋骨が首に乗っかり肉に包まれて髪が生えると僕とそっくりの顔が目の前にあった。
「どうよ、自分のコピーが出来た気分は。」
「マッドサイエンティストになったみたいだよ。」
出来上がった僕のコピーは少しずつ動き出した。まるで生まれたばかりの赤ん坊だ。彼はきょろきょろ見回したあとで僕の方を向くと、じっと僕の顔を見つめた。
自分の子供と言われると不思議な感覚であるが、ウイルス的にはそういうことになるのだろうか。しかしながらいまだ一言もしゃべらない彼をどうしたものか。そんな僕の思案をイルは察したのだろうか、
「大丈夫よ、すぐに問題なくコミュニケーションが取れるようになるわ。私がそういうふうに設計したもの。」
言葉遣いはさておき、さらっとこういうことができるのはやはり神様らしさなのか。彼女が言った通り、コピーはたどたどしくも喋り始めた。
「こ......こ......こんにちは、は、はじめまして太祖様。」
ほお、よくできたものだ。ちゃんと分かる言語を話し始めた。ってそれよりも太祖様ってなんだ?僕のことか?イルが隣でニヤニヤしていたので
「ちょっと、太祖様ってなんだよ?」
と問い詰めると
「あなたがオリジナルなんだから別におかしくはないでしょ。コピーがオリジナルで親であるあなたをそう呼ぶように設計したのよ。他意はないわ、ムフッ、ウフフフフ、アハハハ。いやごめんね、ついね。つい。」
半分おふざけらしい。太祖様なんてどこぞの皇帝みたいな大層な呼び名はむず痒いのだが。
もう一つしんどいことがあった。コピーの見た目が自分と同じ見た目をしているということである。そのくせ自分とは違う動きをするのだから、まるで鏡の妖怪に遭っているようである。コピーは紫紺の大きな瞳を持っていた。確認する術がなかったから分からずにいたが、僕もそれと同じ瞳を持っているということか。しかしその瞳に見つめられるというのはいよいよ不気味だ。
「なあイル、このコピーの見た目はどうにかならないのか?」
「どうして?何か気に入らないの?」
「自分と同じ見た目ってのがキツいよ。違うのに変えてくれよ。」
イルは呆れ顔だった。
「あなた、贅沢ね。まあいいけど。」
そういって彼女はさっき僕にしたように呪文を唱えて光をコピーに浴びせた。
コピーが光の中から再び現れたとき、その見た目は僕とまるで違っていた。少し焼けた肌に切長の目をした猫のような青年である。体格は二回り僕より大きく、赤い長髪だった。
「そうそう!こんな感じ。そしたら僕もやりやすいよ。」
「まあ優しいイルちゃんですから、特別にこれから生まれてくるコピーたちの見た目も全部ランダムになるようにしてあげたわよ。」
コピーはしだいに流暢に話すようになった。人間の成長を超早送りにして観察しているようである。
「太祖様、私は貴方を太祖様とお呼びすればよいのですが、貴方が私を呼ぶときには名前が必要でございましょう。ですから私に名前をつけていただきたいのです。」
はて、名前をつけるのは苦手なのだが。幼いときに金魚を飼っていたのだが、そいつがまん丸だったからデブ助という名前をつけた。それを家族や友達に教えると大いに笑われたので、それからというもの自分のネーミングセンスを信じていない。
僕はまたイルに助けを求めた。
「僕に名前を考えるなんて無理だよ。どうにかならないかい?」
それを聞いてイルはちょっとムスっとしてしまった。
「ねえ、それって神様に頼むことじゃ無くない?私一応神様なのよ。名前くらい自分でなんとかしなさいよ。」
困ってしまった。コピーはさっきからずっと少し浮ついた様子で瞳を爛々とさせている。
「んー、どうしたものか。そんじゃ肺で生まれたことだし、ハイホーってのはどうだろうか。」
「クス、安直ね。」
「うるさいな、君がなんとかしろって言ったんだろ。」
イルと違って当のコピーは嬉しそうだった。
「ありがとうございます!ハイホー、いい名前です。大切にします。」
素直だからか、ちょっと可愛く見えてきた。ともあれ本人の同意も得られたことだし、彼の名前はハイホーに正式決定した。




