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第十八話 兎と番犬➂

「俺は今、非常に気分が良い。用事も済んだことだし、もう引き揚げるとする。

……邪魔さえしなければ、お前達には何もしない。失せろ」

「それは……立場上、聞けない忠告だな」


 相対する白い魔物が、自分達と同じ言葉を流暢に話す事に若干驚きつつも、ジ

ャーマンは努めて心を平静に保つ。

 動揺は心を乱し、心の乱れは、時に命取りともなり得る隙を生む。眼前の敵に

対して、僅かでも隙を見せる訳にはいかなかった。


 目の前の白い魔物に関する事など殆ど何も――それこそ名前さえ知らないジャ

ーマンではあるが、この魔物が相当高い戦闘能力を持つであろう事は、直接見る

前から予想できていた。その理由は、この場に駆けつけるまでに会った、市民の

避難誘導を行っていた衛騎士達(都市内の警邏と治安維持を担当する騎士。略し

て〝衛士〟と呼ぶ者もいる)から報告された情報だ。

 その衛騎士達も他の者から聞いただけで直接見たわけではないらしいが、曰く、

襲撃してきた白い魔物は城壁を打ち砕いて侵入し、圧倒的な暴力で多くの仲間達

を屠り去ったと言う。

 方法は分からないものの、この街の自慢である堅牢なる城門を打ち砕き、単体

で大勢の騎士達を蹴散らす魔物が並みの強さであるはずがない。彼の草原の主と

互角――とまではいかなくとも、それに近い実力を持つ怪物の可能性もある、と

ジャーマンが考えたのも当然と言えよう。


 そしてここに駆けつけ、白い魔物を直に見た瞬間。ジャーマンは自らの予想が

正しかった事をほぼ確信した。

 ぺたんと垂れた長い耳、黒くつぶらな瞳、白く柔らかそうな体毛、軽く押した

だけで転がってしまいそうな丸い体形――ジャーマンが今までに見た事も聞いた

事も無い、なんとも奇妙な見た目をした魔物。はっきり言って強そうに見える要

素など殆ど無い、一見間抜けとも言える、侮られて然るべき外見だ。

 しかし、ジャーマンは騙されはしなかった。白い魔物の全身から、その見た目

にはそぐわない気配が滲み出ている事を一目で見抜いたからだ。

 それは幾多の戦いを潜り抜け、数多の命を奪い、屍の山を積み上げてきた者が

纏う禍々しい気配。長年戦いの場に身を置いてきた優秀な騎士だからこそ感じ取

れた――血と暴力の気配だ。


 更に、白い魔物の右手に握られた武器――メイスが目に入った時、ジャーマン

を決して小さくはない動揺が襲う。しかし、それが表情に出ないよう瞬時に押し

殺す。

 何度も言うように、戦場で指揮官が動揺を露わにするのは余りよろしい事では

ない。部下の士気を下げ、敵にはつけ入る隙を与えてしまう。

 白い魔物が握るメイスに、ジャーマンは見覚えがあった。五年程前――死出の

草原から、キャンベル領内にとある魔物が侵入し、いくつかの村や町が多大な被

害を受けた事があった。

 全長が十メートルを優に超える巨体に八本の足を持ち、その体内を流れる血液

は触れたものを腐食させる猛毒、更には視界に捉えた相手を石化させるという脅

威の特殊能力を備えた、蜥蜴と蛇を融合させた様な外見をした魔物――邪眼蜥蜴(バジリスク)

である。

 バジリスクは傭兵ギルドが定める脅威度と呼ばれる魔物の強さ、厄介さを示す

目安の中で六つ星級という階級に設定されており、草原の主ことグランホース程

ではないものの、非常に強大な魔物であった。


 この恐るべき怪物を確実に討滅すべく、キャンベル領領主であるアーサー・フ

ォード・キャンベル子爵は、藍犬騎士団の精鋭部隊に傭兵ギルドから雇った腕利

きの傭兵パーティを何組か加えた、討伐隊を結成した。

 その際に集められたパーティの中の一組であり、アストルでも数少ない(ゴールド)級の

階級を持つ実力派の五人組傭兵パーティ――〝五連星〟。

 バジリスク討伐戦において、かなりの活躍を見せたそのパーティのメンバーの

一員であった戦士――彼の持っていた武器だ、とジャーマンは一目で気付くこと

ができた。五連星のメンバーが持つ武器はどれも見事な業物であった為、ジャー

マンの中で強く印象に残っていたからだ。

 ジャーマンが五連星と関わったのはその時が最初で最後であり、その後は特に

関わる事もなかった。だが最近風の噂で、五連星が仕事で死神の森へと赴き、そ

のまま消息を絶ったという話を聞いた際、たった一度とはいえ共に死線を潜った

戦友の悲報に、僅かな寂寥感がこみ上げたものだった。


(この魔物が彼らを……)


 白い魔物が五連星のメンバーの武器を持っている以上、そう考えてまず間違い

ないだろう。他の魔物にやられ、放置されていた彼らの遺体から剥ぎ取ったとい

う可能性ももちろん有るが、白い魔物から放たれる威圧感を考えると前者の可能

性の方が高い、とジャーマンには思えた。


(白い体毛……死神の森……まさか……)


 ジャーマンは先程キャンベル子爵から聞かされた、エアードの傭兵ギルドから

齎されたという情報を思い出す。目の前の魔物が、件の〝謎の魔物〟であるとい

う確証は無いものの、嫌な予感がしてならない。


「ん~~……」


 白い魔物が困った様子でポリポリと頭を掻く。

 ただ、別にジャーマン達と戦うのを恐れているという雰囲気ではなく、ただ単

に面倒くさいなと思っているのだろう、とジャーマンには感じられた。

 つまり、この白い魔物はジャーマン達のことを全く脅威とは考えていないとい

う事だ。

 その余裕が、人間という劣等種族を見下す傲慢からきているものなのか、はた

また彼我の力量差を確信できる、何らかの理由があるのか――そこまではジャー

マンにも分からなかったが。


「俺の言いたいことが、上手く伝わらなかったみたいだな……」


 白い魔物の声に、若干黒いものが混じり出す。

 幼い子供の様な高く愛らしい声質ではあるものの、そこに込められた剣呑さを

歴戦の騎士であるジャーマン達が感じ損ねる事はない。

 加えて、白い魔物の纏う気配が更にその禍々しさを増し、まるで周囲の空気を

ドス黒く染め上げながら、物理的な圧力を伴いつつ襲いかかってくるかの様な―

―そんな威圧感をジャーマン達に与える。それは暴力の世界に身を置く者達の間

ではよく語られる――いわゆる〝殺気〟などと呼ばれるものだ。


「今、この場合において『邪魔をしなければ何もしない』ってのは、つまり――」


 白い魔物は武器を持っていない方の手――左手を固く握ると、それを無造作に

振るう。すると、振るわれた手から半透明の巨大な力の塊が放たれる。

 それは地面を抉りつつ一直線に疾り、射線上に在った複数の建物を粉々に爆散

させた。


「――『邪魔をするなら殺す』……って意味だぞ?」


 白い魔物から凄まじいまでの殺気が溢れ出し、ジャーマン達の額にブワッと汗

が浮かぶ。それぞれの表情に在るのは、明確な驚愕と畏怖の感情だ。

 ジャーマンは自らの予想が間違っていなかった事を更に強く確信する。同時に、

もしも自分達が今の攻撃をまともにくらってしまったなら、おそらくは即死――

何かの幸運で命を拾ったとしても、確実に半死半生まで追い込まれるであろうと

いう事も。


(……今のはおそらく、いつか話に聞いた事のある【魔弾】と呼ばれるスキルだ

ろうな。……あれ程の威力を引き出せる使い手の噂は聞いた事が無いが)


 ジャーマンの中で、この白い魔物が途轍もない力の持ち主であろう事に、最早

疑いの余地は無い。それは彼の部下達も同様だ。

 ジャーマンは白い魔物の挙動に注意を払いつつ、その向こうにいる部下達を見

やる。

 騎士団内屈指の指揮能力と、様々な支援魔術を使いこなす事から、ジャーマン

だけでなく、他の騎士団員達からも強く信頼される壮年の魔術師。藍犬騎士団第

三大隊大隊長――ハウルド・バンセット。

 騎士団のムードメーカーにして、騎士団内で最高の火力の誇る若き魔術師。藍

犬騎士団第四大隊大隊長――ロットワイラー・ビルテンベルク。

 弓の師であった祖父の喋り方が移ってしまったという、その若さに似合わぬ年

寄りくさい口調が特徴的な女性。藍犬騎士団一の名射手にして第五大隊大隊長―

―マリアン・ベルジオン。

 そして、遠距離からの支援、攻撃を担当するハウルド、ロットワイラー、マリ

アンを敵の攻撃から守る役目を負った、壁役の重装兵達。


 ジャーマンはそんな部下達の中の一人――ハウルドに視線を送る。そして、ハ

ウルドがその意を察し、即座に頭を軽く振ったのを見て、微かに肩を落とす。


(まぁ、やむを得んか……)


 ハウンドは生物や物体が持つ魔力を感知する事ができる探知系魔術《魔力探知(マナ・ディテクション)

》を習得している。ジャーマンの先の視線は、それを使って白い魔物の魔力量を

測る事ができたのかを問いかけたものだったのだが、答えは残念ながら「否」で

あった。

 もっとも、これはある程度予想できていた答えだったので、ジャーマンも大き

く落胆する事はない。

 と言うのも、様々な魔術を修めているハウルドではあるが、実のところ探知系

魔術との相性は悪く、他の魔術と比べ、その熟練度は明らかに低い。自身を中心

とした、半径二十メートル以内に存在する物の魔力でなければ感知できないのだ。

 ちなみに、ロットワイラーに至っては攻撃に特化した魔術師である為、そもそ

も探知系の魔術は習得していない。


 眼前の白い魔物が猛者である事は既に確信しているものの、可能ならばどの程

度の魔力を持つのかを知りたいと思っていたジャーマンではあったが、仕方がな

いとすっぱり諦めることにする。

 その理由は主に二つ。魔術師であり、魔力による肉体の強化が得意とは言えな

いハウルドが、この怪物の半径二十メートル以内に近づくというのは大きな危険

を伴う行為であり、決して容易な事ではないと理解しているのが一つ。

 加えて、《魔力探知(マナ・ディテクション)》の発動によってハウルドが消費するであろう魔力に見合

うだけの情報が手に入るのか? という危惧もあった。

 ハウルドの《魔力探知(マナ・ディテクション)》はその精度も決して高いとは言えない為、余りにも微

量過ぎる魔力は感じ取れず、逆に多過ぎる魔力も正確にはその量を測ることがで

きない。

 具体的に言うと、脅威度六つ星級以上の魔物に相当する魔力を持つ者に

魔力探知(マナ・ディテクション)》を使った場合、脅威度六つ星級以上の魔力を持っているという事は

分かっても、それが七つ星級相当なのか、八つ星級相当なのか――そういった細

かい所までは測れない、といった具合だ。


 故に、仮にハウルドが白い魔物の魔力の感知に成功したとしても、白い魔物が

脅威度六つ級以上に相当する魔力を内包していた場合、ジャーマン達の得られる

情報は、せいぜい『この白い魔物は、最低でもバジリスク並の強さを持っている

』程度のものとなる。

 それはジャーマン達からすれば既にある程度予測できている事であり、わざわ

ざハウルドに魔力を消費させてまで確認すべきなのだろうか? という考えが頭

をよぎったのだ。

 これから行われる戦いは、おそらく死力を尽くす激闘となるだろう。であるな

らば、僅かでも魔力を無駄にする事になるかもしれない行いは極力控えるべきだ、

とジャーマンは判断する。


「やれやれ……互いの力量差を感じ取れないってのは哀れだな」


 そう言いながら、白い魔物は心底呆れた、と言いたげに頭を振る。


「言っておくが、お前達じゃあ俺には勝てないぞ。兎が何羽寄せ集まったところ

で、獅子には勝てないのと――」


 白い魔物が急に言葉を詰まらせる。

 よく分からないが、なにやら僅かにばつの悪そうな雰囲気を醸しているのが、

ジャーマン達には感じられた。


(……うさぎ?)


 態度にこそ出さないものの、ジャーマンは内心で首を傾げる。他の藍犬騎士団

の面々も同じだ。


 それもそのはず、なにせこの世界には〝うさぎ〟と呼称される生物は存在しな

い。それどころか、地球の兎と酷似した見た目を持つ生物すら存在しないのだ。

 牛や馬、狼や羊、鶏や豚といった、地球のそれらと酷似した姿、同じ名前で呼

ばれる生物は多々いるというのに、兎は存在しない。これは逆に不思議と言える

のではなかろうか。

 故に白い魔物のこの見た目は、この世界の住人達の目には見た事も聞いた事も

無い、非常に奇妙な姿に映るのだ。



 これは完全なる余談だが――この世界の頂点に君臨する然る御方が最近、地球

に観光に行った際、兎の可愛らしさに一目惚れし「私の世界にも似た様な姿の生

き物を誕生させたい!」と考え、それを実行したらしい。



「――あ~~……えっと、ほら、あれだ…………羊が何匹寄せ集まったところで

ぇ……竜には勝てないのと同じことだ!」


 ややしどろもどろとなりながらも、白い魔物は台詞を紡ぐ。心なしか、視線が

泳いでいる様に見えなくもない。

 羊呼ばわりされた事に、多少思うところがないわけではないが、それ以上に白

い魔物が自らを竜に例えたのが、ジャーマン達には気なった。

 そこらの野盗辺りが同じ台詞を言ったなら「思い上がりも甚だしい」と一笑に

付しただろうが、今の状況では笑う気になれない。

 この魔物なら、本当に竜に匹敵する強さを持っている可能性も決して零とは言

い切れない――そう思えてならないのだ。


「……かもしれないな」


 呟く様な静かな口調から一転――ジャーマンは咆える。

 死闘を予感させる戦いを前に自らを、そして部下達を鼓舞すべく、力強く咆え

る。


「だが……侮るなよ、魔物! 我らはラウヌス王国キャンベル領アストル守備軍、

藍犬騎士団!! この街とこの街の民の安寧を守護する者! この街に牙を剥いた

貴様を見逃す事は決してない! ましてや狼藉者に背を向け、逃げ出すなどあり

得ぬ!!」


 そう。例え、白い魔物の戦闘能力がジャーマン達の予想を遥か上回っていたと

しても――逆に予想より遥かに弱かったとしても、ジャーマン達のやるべき事は

変わらない。

 アストルを守る騎士団として、この街に襲い掛かる脅威を全力で討ち滅ぼすの

みである。


(……彼らを連れて来なかったのは正解だったな)


 〝彼ら〟とは、ジャーマンに白い魔物に関する報告をしてくれた、衛騎士達の

ことだ。

 ジャーマンは「自分達も同行致します!」という衛騎士達からの進言を却下し、

市民の誘導と護衛を続行するよう命令していた。中途半端な実力の者達をこの場

に連れて来たとしても、無駄に命を散らせるだけの結果に終わるだろうと判断し、

少数精鋭――数ではなく、質で勝負することを選択したのだ。

 ハウルド達が自分達と同じ様に、すぐさま現場に駆け付けるであろう事は、築

き上げてきた信頼によって分かっていた。

 ハウルド達が僅かな壁役達しか伴っていないのも、同じ理由からだ。

 彼らもジャーマン同様、この門前広場に来る前に部下達から白い魔物に関する

報告を受けていた。情報量は少なかったものの、その報告内容から「中途半端な

戦力は連れて行くべきではない」と判断したハウルド達は、部下達に怪我人の救

助や砕かれた城壁の応急補修などの任を与え、後方支援に回るよう指示を出して

いた。


 ちなみに言うまでもない事ではあるが、これは他の騎士達がジャーマン達だけ

に危険な役回りを押し付け、騎士としての役目を放棄したという事には当然なら

ない。

 この国では緊急事態発生時における市民への避難誘導やその護衛、怪我人の救

助や破損した城壁の応急補修といった作業も騎士達の重要な仕事の一つであるし、

そもそもそうするようにと命令を下したのは他ならぬジャーマン達自身なのだか

ら、なるはずがない。

 むしろ、彼らがそういった役目に回ってくれるからこそ、ジャーマン達は他の

事を気にせず、この戦いに集中できると言っても過言ではないのだ。

 後方支援無くして、前線の兵士達が満足に戦う事はできない。

 適材適所。

 人はその場、その時において、自分が最も活躍できる事に全力を注げば良い。

 野盗や魔物を相手に剣を振るうだけが、騎士の仕事という訳ではないのだ。


「そうかい」


 短く、淡白なその一言を発するのと同時に、白い魔物はジャーマンに向かって

踏み込む。

 自分達の覚悟を認めたのか、或いは、もう潰してしまった方が手っ取り早そう

だと判断しただけなのか。ジャーマンには分からないし、今考えるような事でも

ない。

 巨体に見合わぬ速度で持って、ジャーマンに接近した白い魔物は、その手に握

った凶器を振り上げた。

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