第十七話 兎と番犬②
「一人で突っ走るなって言ったろう、マリアン」
そう言いながら、女弓手の後方から姿を見せたのは、ローブを纏い、手には杖
を携えた、魔術師と思われる格好をした金髪碧眼のイケメンだ。
更にその後ろから、同じく魔術師風の恰好をした、カイゼル髭の似合うナイス
ミドルが姿を現す。
二人ともマリアンと呼ばれた女弓手と同様、犬だか狼だかの紋章が刺繍された
藍色のマントをローブの上から羽織っている。
「気を付けろ、二人共。あの魔物……見た目はアレじゃが、やはり相当に強いぞ」
「だろうねぇ」
「お主にかけて貰った《魔力の防膜》も、一撃で容易く破られてしまったぞ。ハ
ウルド」
「その様だな……」
会話しつつも、三人が俺への視線を逸らす事は一切ない。その瞳には、俺の一
挙手一投足を決して見逃さないという意思が見て取れる。
こちらも【鑑定眼】を織り交ぜつつ、新たに現れた二人を観察する。
まずはイケメンの方。イケメンなのは間違いないのだが、何と言うか……そこ
かしこからチャラ男っぽい雰囲気を漂わせている。
あくまでも俺の個人的な意見に過ぎないが、何故か常に微笑みを浮かべている
所とか。やたらと派手な装飾が施された金ピカの杖とか。所々着崩した服装とか。
特に魔術付与がされている訳でもない耳飾りやらヘアピンの様な髪飾りやらを、
いくつも身に付けているところとか。そういったいくつかの特徴から、そこはか
とないチャラ男っぽさを感じてならない。
歳は二十代前半くらいに見える。マントには女弓手のそれと同様のエンチャン
トが施され、派手な見た目の杖にはいくつかの属性の攻撃系魔術の威力を上昇さ
せる効果が付与されている様だ。
その他にも女弓手と同じ様に、いくつかの細々としたマジックアイテムで自身
を強化しているのが分かる。
魔力量は、女弓手よりもちょい多めだ。ミノタウロス共以上、透明になれる大
蛇や蠍の尾を持ったライオン未満といった感じだな。
次にナイスミドルの方。
こちらはチャラ男と違い、いかにも生真面目でお堅そうな見た目の男だ。
醸し出される落ちついた雰囲気といい。丁寧に手入れされていそうなカイゼル
髭といい。綺麗に整えられた、お洒落な七三分けの髪型といい。崩れた部分など
一切無い、ピシッとした服装といい。まさに、厳粛な紳士といった感じの出で立
ちである。
手に握った黒檀を思わせる黒色で木製の杖には、魔術発動の際の消費魔力を軽
減する効果と、魔力の回復をやや早める効果が付与されている。マントにかけら
れたエンチャントは他の二人と同じものだ。
指輪や腕輪といった小物にも、それぞれ何らかの効果が付与されているとい
う点もまた、他の二人と同様だ。
魔力量は女弓手と殆ど変わらない。厳密にはほんのちょっとだけ女弓手よりも
多い様に感じるが、本当に些細な差だ。
ここに来るまでに掃ってきた他の兵士達は、特にマジックアイテムと思しき物
を装備していなかったので、ああして様々なマジックアイテムを身に付けている
あの三人は、おそらく高い地位にある手練れの兵士なのだろう。
そんなことを考えていると、チャラ男とカイゼル髭の後ろから、長方形の大き
な盾……ライ……ライオット……ライオットシールドだったけか? それを思わ
せる形状の盾を持った兵士達がゾロゾロと姿を現す。その数、六人。
六人の兵士は二人ずつの三組に分かれ、それぞれ女弓手とチャラ男、カイゼル
髭の前に立ち、盾を構える。
ふむ……タンク役というやつか。
タンク役達も【鑑定眼】で見てみる。盾にはいくつかの属性攻撃に対する耐性
と、魔力を注ぎ込む事で強度を上げられる特性が備わっているものの、兜や鎧な
どには特にエンチャントはされていない。
あとはタンク役達自身の魔力量だが……オークと同等か、それ以下って所か。
おいおい、随分と頼りない壁だな。その程度の壁で、この体を食い止められると
思っているのか? もし思っているのだとしたら、随分と舐められたもんだ。
……ん?
ふと耳に届く、駆けて来る蹄の音。一頭……いや、二頭分かな?
音が聞こえてくる方向を見やる。背後からの攻撃は警戒しない。
未だ女弓手やチャラ男、カイゼル髭の魔力は感知できていないが、先の飛矢や
炎の槍の威力を見るに、過剰な警戒が必要な相手ではないと考える。猛者っぽい
雰囲気を感じると言っても、それはあくまで他の兵士達と比べたらの話だ。
目を向けた先には馬に乗ってこちらに向かって駆けて来る、一組の男女の姿が
見える。髪をオールバックにした渋いおっさんと、ポニーテールとツリ目が特徴
的な中々の美女だ。
恰好からみて、前衛職の兵士だろう。
それぞれ背負った武器と腰に差した剣、纏った鎧やマント、耳飾りといった、
複数のマジックアイテムを装備しているが、女弓手や魔術師組同様、特に厄介そ
うな効果を持つ物は所持していない。
「団長! シェリー!」
「ナイスタイミングだね」
ほほう、団長ね。ということは、あのオールバックがこの街の兵士のトップ的
な位置にいる人なのかな?
……流石に、あのオールバックのおっさんの名前が〝シェリー〟って事は無い
よな? ポニーテールの方の名前だよな? ……うん。とりあえず、俺の中では
そう考えておくことにしよう。
団長とポニーテールは、俺から五、六十メートル程離れた位置で馬から降りる
と、ゆっくりとこちらに歩いてくる。歩きながら、オールバックは背負っていた
盾を左手に装着し、右手で背中の剣を抜き放つ。
ポニーテールも方も、背負っていた斧の様な、或いは槍の様な武器(ハルバー
ドってやつかな?)を抜き、右手に握る。
それを見た女弓手とチャラ男、カイゼル髭とタンク役達も、俺に向かって近づ
いてくる。
やがて、団長とポニーテールの方は俺から十メートル程離れた位置で、女弓手、
魔術師組は三十メートル程離れた位置で立ち止まった。
団長とポニーテールも、俺に対して鋭い視線を送ってくる。二人とも中々の目
力だ。
……ん? 団長の方が俺の右手の辺りに目をやった瞬間、一瞬だけ目を見開い
たような……気のせいか? ……まぁ、いいか。どうでも。
そんな事より魔力量の測定だ。…………ふむ。団長もポニーテールも、女弓手
やカイゼル髭と大体同じくらいの魔力量か。
油断をするつもりは無い。だが正直言って、彼らが束になってかかって来た所
で、この体には太刀打ちできないだろう。
俺としては、この面々の中で一番魔力が多いのがチャラ男だというのが意外だ
ったのだが、それ以上に気になる事が二つ。まず一つ目に、女弓手とチャラ男か
ら感じ取れる魔力が……何かおかしい。
何と言うか……女弓手とチャラ男の纏う魔力に、僅かながら質の違う魔力――
他者の魔力が混じっている様な……そんな違和感があるのだ。
チャラ男と女弓手が装備しているマジックアイテムに宿る魔力ではない。マジ
ックアイテムの発する魔力の気配が、装備者の魔力に混じるという現象は、現在
までのところ見た事が無い。
まるで、チャラ男と女弓手自身に何らかのエンチャントが施されているかの様
な……。そう考えた時――俺の脳内に、先程女弓手がカイゼル髭に向かって「お
主にかけて貰った〝マナ・ベール〟も――」とかなんとか言っていた記憶が蘇る。
……あ! もしかして……カイゼル髭に何かしらの強化魔術か、防御魔術をか
けて貰っている……とか?
女弓手の言っていた〝マナ・ベール〟とやらは、おそらく俺の魔弾を防いだ、
あの半透明の膜のことだろう。チャラ男も女弓手同様、ここに来る前にカイゼル
髭から同じ魔術をかけて貰っている可能性は十分にあり得る。女弓手も、マナ・
ベールとやらがまだ効力を残している……或いは、それ以外の魔術も一緒にかけ
て貰っていたのかもしれない。
それ故にチャラ男と女弓手の纏う魔力に、他者――カイゼル髭の魔力が混じっ
ている様に感じるのだろう。たぶん。
なるほどな。他者から魔術をかけられている者の魔力ってのは、こんなふうに
感じられるものなのか。ひとつ賢くなれた気がするな。うん。
もちろん、まだ仮定であって確定ではないのだが。
二つ目に、どうやらこの兵士達は先に挙げた物以外にも、それぞれまだマジッ
クアイテムを隠し持っている様だ。
と言うのも、彼ら彼女らが近づいて来たから気付けたのだが、それぞれの衣服
や篭手の下――首元や指元などから、微かな魔力の気配を感じる。
おそらく、首飾りや指輪型のマジックアイテムといった所だろう。対象との距
離が近ければ近い程、【魔力感知】の精度は高くなるのだ。
なぜ先程【鑑定眼】を使った時に気付かなかったのかというと、このスキルで
鑑定する事ができるのは、俺がこの目で直接視たマジックアイテムに限るからだ。
それ故に衣服や鎧、篭手などの下に隠れていたアイテムについては、その存在を
知る事ができなかった。
女弓手と魔術師組は篭手や手袋を付けていなかったので、指輪は鑑定する事が
できたが、衣服の下に隠された首元のアイテムの効果は分からない。団長とポニ
ーテールに至っては、篭手と鎧のせいで指に嵌めているであろうアイテムと首元
のアイテム、どちらも正体不明だ。
とは言っても、彼ら彼女らが身に付けている他のマジックアイテムは正直大し
た効果ではないみたいなので、これらも余り過剰な警戒はしなくてもいいだろう。
何度も言うように、油断をするつもりはない。だが、警戒のし過ぎで萎縮して
しまうのもまたよろしくない……と思う。
ちなみに、タンク役達はやはり盾以外のマジックアイテムは所持していない様
だ。
それにしても……こういった細かな違和感や気配まで感じ取れるようになった
という事は、少なくとも【魔力感知】に関しては、それなりに使いこなせてきて
いると考えても良いのだろうか? もしそうなら、とても喜ばしい事だ。
我ながら呑気にもそんなことを考えつつ、兵士達を見回してみる。彼らの瞳の
中には、メラメラと燃える怒りの炎が見える。常に微笑みを浮かべているチャラ
男ですら、その碧眼の奥は激しく燃え盛っている気がする。
闘る気満々といったご様子だな。
一杯やる前の前座としては悪くない。しかし、闘り合う前に一応軽く脅して、
彼ら彼女らの覚悟を確認しておくか。
理由は草原で出会ったあの巨大黒馬の時と同様、戦いを始めて早々に戦意喪失
されるのは萎えるので、逃げるなら戦う前から逃げて欲しいからだ。
「おい。人間共」
「――!? 喋りおったぞ!」
「マジで!?」
俺が言葉を発すると、兵士達は驚きの表情を浮かべる。
城門前で屠った、あのムカつく兵士達と同じ様な反応だ。
「俺は今、非常に気分が良い。用事も済んだことだし、もう引き揚げるとする。
……邪魔さえしなければ、お前達には何もしない。失せろ」
我ながら傲慢な物言いで、言外に俺がこの体の戦闘能力の高さに自信を持って
いるという事をアピールする。
ただ、これは脅しでありながら、本音でもある。
以前にも言った通り、俺は一度拳を交えた相手には一切情けをかけない主義だ。
そして、女弓手とチャラ男からは既に攻撃を受けているので、普段ならば見逃し
たりは決してしない。
しかし、これも以前にも言ったことだが、何にでも例外というものは存在する。
俺は今、念願だった酒の入手に成功した事で途轍もなく上機嫌になっているの
で、彼らが素直に矛を収めて撤退するならば、今回だけは見逃してあげても良い
気分なのだ。
そもそも団長やポニーテール、カイゼル髭やタンク役達からはまだ攻撃されて
いないので、大人しく引き下がるならば、俺の方から彼らを攻撃する理由は無い。
俺の脅し文句を聞き、驚きを露わにしていた兵士達が再び表情を引き締める。
引き締めた後のその顔からは、先に倍する闘志が感じ取れる。
「それは……立場上、聞けない忠告だな」
団長が代表して口を開く。他の面々は口こそ開かないものの、団長の言葉に同
意しているのは、表情や醸し出す雰囲気から明らかだ。
まぁ、そうなるわな。
彼らの覚悟は本物っぽいが、念の為もう少しだけ脅しておくとしよう。
「ん~~……」
俺はあからさまに「面倒くせぇなぁ」と言いたげな雰囲気を出しながら、頭を
人差し指でポリポリと掻いて見せる。
言うまでもなく、これは演技だ。頭を掻いているのも、今回は故意によるもの
だ。
「俺の言いたいことが、上手く伝わらなかったみたいだな……」
兵士達にたっぷりと演技を見せつけた後、先程までよりも若干声にドスを利か
せつつ、台詞を紡ぐ。
……声質が声質なので、どんなのドスを利かせようとしても、余り怖い感じに
ならないのはご愛嬌だ。
「今、この場合において『邪魔をしなければ何もしない』ってのは、つまり――」
【魔弾】発動。左拳に魔力を集め、それを誰もいない方向に向けて振るう。
放たれた魔力の塊は地面を抉りながら一直線に進み、その先に在った家屋や商
店――複数の建物を破壊し、吹き飛ばす。
魔弾の炸裂した衝撃が地面を揺らし、大量の粉塵と建物の破片が舞い上がる。
飛散した建物の破片が雨の様にパラパラと降り注ぐ中、兵士達の幾人かが喉をゴ
クリと鳴らしたのが聞こえた。
「――『邪魔をするなら殺す』……って意味だぞ?」
仕上げとばかりに更に語気を強めつつ、目元に力を込め、目力が出る様に努力
する。
こんなつぶらな瞳に力を込めた所で、迫力なんてものが出るのかは甚だ疑問で
はあるものの、我ながら中々の脅しっぷりを披露できたと思うのだが……どうだ
ろう?
……ふむ。魔弾の作り出した破壊の痕を横目で窺いつつ、揃って額に汗を浮か
べ始めた兵士達を見るに、それなりに慄いてくれた様だ。
さあ、どうする? これでもまだ闘る気か? 逃げるのなら、とっとと逃げる
がいい。
ふと、正面に立つ団長と目が合う。他の兵士同様、額に汗こそ浮かべてはいる
ものの、その瞳は揺るぎない決意を言葉以上にひしひしと俺に伝えてくる。
念には念を――最後の揺さぶりをかけてみるか。
「やれやれ……互いの力量差を感じ取れないってのは哀れだな」
処置無し、と言いたげに頭を振って見せる。
「言っておくが、お前達じゃあ俺には勝てないぞ。兎が何羽寄せ集まった所で、
獅子には勝てないのと――」
あ……俺、兎だった。ごめん、今の無し。
「――あ~~……えっと、ほら、あれだ…………羊が何匹寄せ集まったところで
ぇ……竜には勝てないのと同じことだ!」
いまいち決め切れなかったのが我ながら情けないが、一応これにて脅しという
名の忠告は終了だ。
さあ、ファイナルアンサーは如何に?
「……かもしれないな」
団長が静かに答える。
しかし、そう言いながらも退く気が無いのは声色からも明らかだ。鋼の様な強
い意思を感じさせる、覇気のある声色。
思わず、団長の背後に〝不退転〟の三文字が浮かび上がっているのを幻視する。
「だが……侮るなよ、魔物! 我らはラウヌス王国キャンベル領アストル守備軍、
藍犬騎士団! この街とこの街の民の安寧を守護する者! この街に牙を剥いた
貴様を見逃す事は決してない! ましてや狼藉者に背を向け、逃げ出すなどあり
得ぬ!」
あら、かっこいい。と言うか、彼らは騎士だったのか。
藍犬騎士団……ね。差し詰め、この街を守る番犬といった所か。
団長が剣と盾を構える。
それを見た他の騎士達も、それぞれ戦闘態勢とでも言うべき構えを取る。未だ
に額に汗を張り付けつつも、全員がその顔に覚悟と誇らしさを感じさせる笑みを
浮かべている。
先に牙を剥いてきたのはあんたらのお仲間さんの方やで、というツッコミを入
れたい気分になるが、そんな空気でもないので飲み込むことにした。
それはともかく、彼ら彼女らの覚悟はもう十分に伝わった。これ以上の確認作
業は無粋というものだろう。
よろしい。では、いっちょ闘りますか。途中で無様に逃げ出すとかして、俺を
拍子抜けさせんでくれよ?
一応念の為、全身の体毛、及び皮膚の強度を強化。スキル【痛覚遮断】も発動
させておく。
「そうかい」
言うが早いか、俺は右手に握ったメイスを振り上げつつ、団長に向かって踏み
込んだ。




