第十六話 兎と番犬①
これは……戦いって言うより、掃除だな。
そんなことを考えながら、右手に握った戦棍を振るう。
俺だ。アルブスクルスだ。
メイスを一度振るう度に、鎧を着込んだ人間が四、五人ずつ纏めてふき飛んで
いく。箒で塵を掃うが如く、それはもうあっさりと。
兵士達が突き出してくる剣や槍の切っ先は、この体には全くと言って良い程歯
が立たない様で、いとも容易く弾かれるか、へし折れている。
予め城門の内側で待ち構えていたのであろう兵士の多くは、負傷するか混乱す
るかしていたのだが、そのどちらも免れた者やなんとか混乱から立ち直った者、
騒ぎを聞きつけて新たに駆け付けて来た兵士達は、果敢にも俺に立ち向かって来
た。
街を守る兵士としての責任感からか、それともただ単に彼我の力量差を感じ取
れないが故の無謀か……或いはその両方かは分からないが、なんとも勇猛なこと
だ。
実際に殴ってみた手応えと感じ取れる魔力量から推察するに、兵士達の実力は
どいつもこいつもせいぜい死神の森のオーク以下といった所なので、何百……い
や、何千人挑んできたところで俺の足を止める事は叶わないのだが、逃げること
なく立ち向かってくるその姿勢は嫌いじゃないぜ。
とは言え、仲間が目の前で何十人と掃われたの見た為か、俺に対する包囲の輪
が若干広がりつつある様に見える。背中こそ見せないものの、俺が近づくとジリ
ジリと後退る者が増えてきている。
俺の周りに歩兵がいなくなったのを見計らってか、遠くから様子を窺っていた
弓兵達が、俺に向かって一斉に矢を射かけてきた。
無駄無駄。特に魔力が込められている訳でもないただの矢では、天然の鎧であ
る体毛と皮膚を突き破り、この体に傷をつける事はできん。しかも今は念の為、
全身の体毛と皮膚の強度を魔力で常に強化している状態なので尚更だ。
案の定、降り注いできた矢の雨は先程同様、その悉くが弾かれ、ポロポロと地
面に落ちていく。
――お! ここで【危険予知】が発動。右斜め後ろ、火球や石礫が飛んでくる
――か。
スキルが発した警告に従い即座に跳躍、その場から離れる。直後――ほんの一
瞬前まで俺が立っていた場所に、いくつもの火球や人間の拳程の大きさを持つ石
の弾丸が着弾した。
いや~~、【危険予知】って本当に便利だわ。
一応、街に近づいてから【魔力感知】を全開で発動させっぱなしにはしている
ものの、周りを何百人という敵が取り囲んでいるこの状況では、流石にその全て
に注意を払う事は、今の俺にはできない。必ず取りこぼしが出る。なので、そこ
を補ってくれる【危険予知】さんには本気で感謝だ。
攻撃が飛んできた方向を見やると、少々離れた場所にローブを纏った魔術師風
の兵士が何人かおり、それぞれが驚きの表情を浮かべたり、口惜しそうな顔で舌
打ちをしたりしている。
今の攻撃はあいつらか……お返しだ、受け取れ。
【雷帝】発動。雷でもって魔術師風の兵士達――と、ついでに弓兵達も焼き払
っておく。
ダメージは一切無かったものの、遠くからチクチクと攻撃を飛ばされるのは煩
わしいからだ。
雷に打たれた兵士達は皆一様に体を痙攣させた後、バタバタと倒れていく。一
応、この街に思わぬ強敵がいた時の事を考え、魔力を節約しているので、雷の威
力はかなり控えめになっていると思うのだが、打たれた兵士達が再び動き出そう
とする気配は無い。
死んでいるのか、気絶しただけかは分からないが、暫くの間戦闘不能になって
いてくれればそれで良いので、いちいち確認やダメ押しをする気は無い。
その後も、適当に兵士達を蹴散らしつつ、とりあえず街の中心があると思われ
る方向へと歩を進めていくと、最初の城壁と比べると少々低めの壁と、落とし格
子が備え付けられているだけの、これまた城門と比べると少々簡素な門が見えて
きた。
ここに来るまでの間、目にした人間の悉くが兵士風の恰好をした者達ばかりだ
ったので、もしかしたらこの辺りは、兵士達が生活する為の地区なのかもしれな
い。
そして、もしこの壁の向こうが市民の暮らす地区ならば、酒場や食堂なんかも
在るだろう。そういった所になら、酒樽なども置いてあるはずだ。
この辺りにも、ちゃんと探せば兵士の為の食堂とかが在るのかもしれないが、
この辺りの建物はどれも似た様な外観をしているので、どの建物に食堂が入って
いそうか、外からでは正直目星が付かない。
しかし、市民が生活するエリアに在る酒場や食堂なら、まず間違いなく看板を
掲げていると思われるので、比較的発見しやすいだろう。
という訳で、この門もさっさと打ち砕かせてもらうとしよう。この壁の向こう
が、予想通り市民エリアであると良いのだが……。
そんなことを考えつつ、再び【魔弾】を発動。左拳に魔力を集め、それを門に
向けて撃ち放つ。
魔力の砲弾は射線上にいた大量の兵士達をふき飛ばしつつ、門に命中。城門の
時同様、周囲の壁諸共完膚なきまでに門を破壊した。
魔弾が開いてくれた道を進み、壁の向こう側へと足を踏み入れると、そこには
地球の駅前広場を彷彿させる、広い空間が広がっていた。駅前広場ならぬ、門前
広場といったところだろうか? そんな言葉が在るのかは知らないが。
王冠を被り、王錫の様な物を掲げた男……おそらく、この国の王様と思われる
者の巨大な石像が中央に立っている。
どうやら予想通り、ここは市民が暮らす為のエリアの様だ。広場の周りには多
くの民家や、様々な商店と思われる建物が建ち並んでいる。
店先に掲げられている看板の多くが、文字が書かれた物ではなく、記号の様な
簡単な絵が描かれた物である点を見るに、この国の識字率というやつは余り高く
ないのだろうか?
いや、そんなことよりも……市民の姿が全く見えないな。
耳に意識を集中すると、遠くの方から慌てて遠ざかって行く様な大勢の足音と、
「避難場所へ急げ!」やら「持ち物は最低限にしろ!」などといった声が聞こえ
てくる。おそらくだが、兵士達が市民を誘導して避難させているのだろう。
俺が城門を砕いてからここに来るまでに掛かった時間は、せいぜい十数分程度
のはず……ふむ、この街の兵士達は中々に有能な様だ。
ただ、広場のそこかしこに雑嚢や帽子、買い物籠や片方だけの靴などが散乱し
ているところを見ると、市民はかなり慌てて逃げ出したみたいだな。
ふと、とある物が俺の目に留まる。牽引動物の繋がれていない、乗り捨てられ
た幌付きの荷馬車だ。
馬が繋がれていないのは、おそらく俺の襲撃に驚いた荷馬車の持ち主が、文字
通りお荷物になる荷台部分を捨て、馬に乗って逃げたからとか……まぁ、そんな
感じの理由だろう。
その荷馬車から、俺が今求めてやまない香りが漂ってくるのを、この体の優れ
た嗅覚が捉えたのだ。
そう――酒精の香りだ。
すぐさま荷馬車へと近づく。我ながら早足になってしまうのは、逸る気持ちを
抑え切れていないからであろう。
そして、幌の中を覗き込んだ瞬間――俺は、思わずニヤけ顔になってしまうの
を止める事ができなかった。
そこには、まさしく俺の求めていた品――酒樽が積み込まれていたのだ。その
数、四樽。
くっくっく……口角が上がり、目尻が垂れ下がる。きっと今、鏡か何かで自分
の顔を見たなら、大層気味の悪い事になっているであろう。
酒樽の一つを引っ張り出し、匂いを嗅いでみる。ふ~~む、この香り…………
たぶん中身は葡萄酒だろう。
あ~~、この久々の酒の香り……たまらん。まさに馥郁たる香りとはこの事だ。
暫くこうして吸引していたいが……ここは敵地のど真ん中。そういう訳にもい
かないな。
さっさと回収して、撤収するとしよう。
尻尾から空の魔術袋の一袋を取り出し、それに酒樽を収めていく。流石は魔術
道具と言ったところか、四樽の酒樽は全て一袋の中に収まっていった。
酒樽を収めた魔術袋を、大切に大切に尻尾の中に仕舞い込む。
さて……森に帰って、早速一杯やりますか!
――おっと! そういえば荷馬車には、酒樽以外にもいくつか木箱が積み込ま
れているのだが……これらは何だろう?
「おお!!」
蓋を力尽くで引っぺがして木箱の中身を確認し、思わず喜びの声を漏らしてし
まう。なんと木箱の中には、ホール状のチーズが詰め込まれていたのだ。
思いがけず、酒のアテまで発見してしまった。やったぜ。
こっちの大きさの違う木箱の中身はっと……おお! この色艶。そして、この
とろみ。これは……蜂蜜! 透明度低めの硝子瓶に入れられた大量の蜂蜜が、緩
衝材と思しき藁と共に収められている。
チーズと合わせて、こいつも頂いておきますか。
俺にとって、蜂蜜をかけたチーズは数ある酒のアテの中でも、最上級に好きな
部類に入るアテだ。
こりゃあ、久しぶりの一杯は中々に素晴らしいものになりそうだ。僥倖僥倖。
積み荷のラインナップを見るに、この荷馬車はどこかの酒場か食堂辺りに、ワ
インとそのアテを卸しに行こうとしていた、問屋か何かの物だったのだろう。た
ぶん。
問屋が商品を捨てて逃げるのはどうなのかと思わなくもないが、そこは命あっ
ての物種。自身の身の安全の方が最優先という事だろう。
ご機嫌な鼻歌を歌いつつ、酒樽を入れたとは別の魔術袋にチーズと蜂蜜の入っ
た木箱を収め、それを尻尾の中に仕舞った――その瞬間。
再び【危険予知】が発動。真後ろから飛矢――か。
即座に振り返り、飛来してきた矢を掴み取る。
いかんいかん。酒を発見できた事に浮かれ過ぎて、警戒が疎かになってしまっ
ていた。
ふ~む……【危険予知】が発動した時点で分かっていた事だが、先程までの弓
兵達が射かけてきた矢とは違い、この矢には多くはないものの魔力が込められて
いるので、まともに当たったらちょっと痛かっただろう。
掴み取った矢を握り潰しつつ、矢が飛んできた方向に目をやると、その先――
崩れた門と壁の向こうに、弓を構えた一人の人間が立っている。
ボブカットにした金髪と三白眼が特徴的な女性だ。見た目から推察するに、歳
は十代後半から二十代前半といったところか。
やや小柄で線は細いものの、眼光は鷹の様に鋭く、その立ち姿にはほぼ隙が無
い……と思う。
なんとなくだが、猛者っぽい雰囲気を感じる。
どうでもいい話だが、この街の人間はやたらと金髪が多い気がする。ここに来
るまでに蹴散らしてきた兵士達も、その殆どが金髪だった。
おそらくだが、この街……と言うか、この国の人間の髪色は金なのが一般的な
のだろう。
纏っている装備は他の弓兵達と大差無い。目立つ違いといえば、犬だか狼だか
をモチーフにしているっぽい紋章が刺繍された藍色のマントを羽織っているのと、
他の弓兵達が持っていた統一された弓とは異なる、特別製と思われる弓を持って
いるところだろうか。
【鑑定眼】発動。ほほう……どうやらあのマントも弓も、マジックアイテムの
類らしい。
マントには炎熱に対する耐性と、装備者の俊敏性を上昇させる魔術が、弓には
発射する矢の威力と飛距離をアップさせる魔術が付与されている様だ。
他にも【鑑定眼】を使った事によって、足音を軽減する魔術が付与されたブー
ツ。装備者の視覚と聴覚を強化する耳飾り。《治癒》と《治療》の魔術をそれぞ
れ一日に一回ずつ発動できる指輪など、目立たない違いもいくつか見て取る事が
できた。
魔力量は……なるほど。ここに来るまでに見てきた他の兵士達よりかは、だい
ぶ多い様だ。森にいたミノタウロスや縞模様を持つデカい烏、鎧を着込んだ様な
見た目のサーベルタイガー辺りと同じくらいか。
荷馬車の車輪の一枚をもぎ取り、女弓手目掛けてフリスビーの様に投げつける。
我ながら中々の速度を出せたと思うのだが、女弓手はこれをヒラリと回避して
見せた。
ふむ。雰囲気と装備からある程度予想できていたが、やはり他の兵士達とは少
々違う様だ。だが……甘い。それは布石だ。
女弓手が完全に体勢を立て直す前に、すかさず追撃を放つ。親指を弾き、指弾
の様な形で魔弾を飛ばしたのだ。
もちろん、わざわざ親指を弾かなくとも魔弾は飛ばせるのだが、俺としてはこ
ういう動きを付けた方が【魔弾】の発動がスムーズになるような気がするのだ。
まぁ……単なる思い込みかもしれんがね。
ちなみに、拳から魔弾を放つ際にいちいち拳を突き出すのも同じ理由だ。
狙いは胴体。体の中心を狙えば、多少外れても体のどこかに当たる、と日本一
有名なガンマンも言っていた。
女弓手の表情が、あからさまにギョッとなる。
命中する――と思った瞬間、女弓手の前に半透明な膜の様な物が発生し、魔弾
から女弓手を守る。魔弾と膜は衝突後、双方砕け散り、虚空に消える様に霧散し
た。
ん~~? あの半透明の膜……以前に見た事あるような気が……いつだったっ
けか?
……まぁ、いいか。今はそんなことより追撃だ。今度は、またあの膜を使われ
たとしても、関係無くブチ破れる威力の魔弾をお見舞いしてやる。
そう考え、拳に魔力を集めようとした――その時。女弓手の後ろから、炎の槍
が一本、俺に向かって高速で飛んできた。
横に跳んで回避。地面に衝突した炎の槍が弾け、火柱が上がる。
そして、その直後――
「一人で突っ走るなって言ったろう、マリアン」
――俺の耳に、やたらと涼やかな、若い男の声が届いた。




