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第十三話 草原と黒馬

 広くなだらかな草原に、一陣の風が吹き抜ける。あちこちで一斉に緑の漣が起

きる様は中々に壮観だ。

 今朝の空合いは、ここ数日続いた曇天が嘘だったかの様に晴れ渡っている。今

日は数日ぶりに暖かな一日となりそうだ。

 現在、俺――アルブスクルスは、アストルという街を目指して、死神の森の外

に広がる草原を西に向かって突き進んでいる。

 俺が生まれて初めて故郷である森を離れ、人間の街を目指しているのには当然

確固たる目的がある

 ズバリ酒だ。


 およそ二週間程前、事のついでにヒトを殺しにかかってきた野蛮人共を返り討

ちにし、そいつらから剥ぎ取った戦利品の一つである〝日記〟の内容から、この

世界にもちゃんと酒が存在する事が分かり、俺の心の中に酒への渇望がひょっこ

りと芽を出した。

 前世の俺は大酒飲みとまでは言わないものの、それなりに酒好きな方だった。

 少なくとも、どんなに仕事でクタクタになって帰った日でも、寝る前の一杯は

欠かさなかった程度には。

 しかし、少し前までは修行に熱中していたのと、飲食が不要な体だったという

事もあり、酒を求める気持ちは心の奥底で埃を被っていた。

 だが、その〝存在〟と〝入手可能な場所〟が判明した事で、再び陽の当たる所

へ舞い戻って来たという訳だ。


 芽を出した渇望は驚くべき速さで成長し、瞬く間に大輪の花を咲かせてしまっ

た。もう俺には抑えきれない。

 そんなわけで、刻一刻と肥大化する欲望を鎮めるべく、人間の街へ酒の入手に

向かう事を決定した。あの野蛮人共の持っていた貨幣……捨てずに頂いておいて

良かった。

 地図と方位磁針を没収しておいたのも正解だった。おかげで、大体どの方角に

向かえば良いのかが分かったからな。

 ちなみに、行き先にアストルを選んだのは、森から最も近い街の一つであり、

かつ日記に書かれた内容から、酒の存在が確定している街だったからだ。


 もちろん、今の俺が人間の街に行ったところで、無事に酒を入手できる可能性

が低いことは分かっている。

 なにせ今の俺は魔物――まごう事なき人外だ。金は持っていると言っても、そ

れで素直に酒を売ってもらえるかは甚だ疑問だし、下手したら、いきなり武器を

向けられるという可能性も大いにあり得る。

 まぁ……幸い【万能翻訳】のおかげで会話は可能なので、なんとかこちらに害

意が無いことを伝え、交渉を試みるとしよう。

 どうしても売ってもらえなかった場合は仕方ない、地図に載っている他の街を

順繰りに巡るしかあるまい。地図に在る街、全てに販売拒否された場合は………

…そうなった時に改めて考えよう。

 森には葡萄っぽい見た目と味の果実も在ったので、それを使ってワイン的なも

のを自作する案も浮かんだのだが、よくよく考えたら『潰して発酵させる』程度

のザックリとした知識しか持っていなかったので諦めた。


 ふと、自慢の聴覚が遠くから結構な速度で近づいて来る足音を捉え、それが聞

こえてくる方向に目をやると、遠くからなにやら巨大な影が土煙を巻き上げなが

ら、こちらに向かって爆走して来るのが確認できる。

 何だ、あれ?

 なんにせよ、余り穏やかな雰囲気ではない。尻尾から魔術袋の一袋を取り出し、

その中から一本の厳つい戦棍(メイス)を引っ張り出す。

 これも野蛮人共から頂いた戦利品の一つだ。人間の中ではそれなりに強い部類

に入る(らしい)奴の主武器だっただけあって、装備者の筋力を微上昇させる魔術

と、装備者の属性攻撃への耐性を若干高める魔術が付与され、魔力を注ぎ込むこ

とで強度をある程度強化できる特性が備わっているという、おそらくそれなりに

値が張るであろう逸品だ。

 元々の持ち主である戦士は両手で持って構えていたが、体格と筋力の違いによ

り、俺は片手でも楽々と振るうことができる。


 とは言っても、筋力、耐性上昇の効果は微々たるものだし、強度に関しても、

俺の拳とこのメイスをそれぞれ限界まで魔力で強化した場合の最終的な固さ、頑

丈さは、どちらも俺の拳の方に軍配が上がる。

 加えて、俺には武器を扱う技術など無いので、正直俺は素手で戦った方が強い

だろう。にも関わらず、なぜこのメイスを取り出したのかというと、特に深い意

味は無い。

 せっかく手に入れたのだから、たまには使ってみるか――程度の気持ちだ。

 もっとも、まだあの近づいてくる奴と戦闘になると決まったわけではないが。


 待つことおよそ数秒。凄まじい速さで迫ってきたソレは、俺から十メートル程

離れた位置で止まると、鋭い眼光をこちらに向けてくる。

 それは全高五、六メートルはあろう、巨大な馬型の魔物だった。

 デカい。そして、黒い。

 全身を覆う体毛は尻尾に至るまで真っ黒だ。それ故にか、その金色の双眸はま

るでそれ自体が自ら光っているかの様に際立っている。風になびく鬣は、揺らめ

く黒い炎の様だ。

 なんだっけな……あれだ……ジプシー…………ジプシーバナーだったっけか?

 地球に存在していた〝ジプシーバナー〟という種類の馬を彷彿させる。あれを

そのまま巨大化させた感じの見た目だ。


 巨大黒馬は虫の居所が悪い様で、その鼻息は荒く、醸し出す雰囲気はやたらと

刺々しい。

 これは()る気だな。あれかね? この辺りはこいつの縄張りで、そこに俺が勝

手に入っちゃったとか、そんなんかね?

 別に闘るのは構わないんだけど、その前に少し脅しておくか。

 相手が威勢良く仕掛けてきたので、こっちも気合入れて迎え撃ってやったとい

うのに、様子見の一発目で早々に戦意喪失され、逃げ出される――というパター

ンは正直萎える。

 どうせ逃げるのなら、最初からビビって逃走してくれた方が、まだ肩透かし感

は少なくて済むというものだ。


「あ゛ん?」

「――!?」


 軽く威嚇してやると、巨大黒馬は一瞬気圧された様子を見せたものの、即座に

先程以上の怒気を放ちつつ、俺を睨み返してくる。

 どうやら退く気は無い様だ。自分の強さに相当自信をお持ちらしい。

 よろしい、ならばお相手しよう。

 魔力量は……あの骸骨頭の巨大蟷螂よりは少ない。以前戦ったワイバーンやテ

ィラノサウルスっぽい魔物と同じくらいといった所か。

 森を出てこの草原に入ってから、森の中では見た事のない魔物や森の中でも見

た事のある魔物――様々な魔物と遭遇したり、遠目に発見するといった事は何回

かあった。

 死神の森の魔物達と違って、ここの魔物達は俺のことなど知らないだろうから、

結構な頻度で絡まれる事になるだろうなと覚悟していたのだが、大体の魔物は俺

を見た途端、或いは少しばかり威嚇してやるとすぐさま遁走を始めた。

 やはり何十日もの間、幾多の魔物が巣食う場所に常時身を置いていた甲斐あっ

てか、俺にも殺気やら威圧感的なものが放てるようになっているらしい。

 森でも見た事のある魔物の中には俺の姿を視認した瞬間、一瞬たりとも迷う事

無く、背中を見せて逃げ出す者もいたくらいだからな。


 しかし、このレベルの魔物となると襲いかかってくる様だ。俺の戦っている場

面を見た事があったり、魔力感知系のスキルでも持っていれば、話はまた違って

くるんだろうけど。

 メイスを軽く素振りすると、良い感じに気持ちが昂ってくる。考えてみれば、

それなりに久しぶりの戦闘だ。

 さて、始めるか。

 メイスを握っていない方の手――左手の人差し指だけを立て、それをクイクイ

と動かしてやると、『ビキッ』という音と共に、黒馬の額に青筋が浮かんだのが

見えた様な気がした。


「ビヒィィイイイイイイイイイイン!!」


 黒馬は俺との距離を詰めると、蒸気機関車の汽笛を思わせる嘶きを上げつつ、

両の前脚を高く持ち上げ、俺を踏み潰さんとそれらを振り下ろす。

 勢い良く迫る二つの蹄を――ヒラリと躱してみせる。

 俺の代わりに踏みつけられた大地が砕け、轟音と共に土埃が舞い上がった。

 そのままトンットンッと軽やかに跳ねて移動し、黒馬の背後に回り込む。その

様はもしも周りで見ている者がいたなら、白いゴム毬が跳ね回っている様に見え

たのではなかろうか。

 背後に回った俺に対し、黒馬はすぐさま後ろ脚による蹴りを放ってくる。

 ギリギリまで引きつけ、すんでの所でそれを躱す。体のすぐ横を蹄が通り抜け、

凄まじい風圧が俺の体毛と長い耳を揺らした。


 普通の馬の蹴りでも、人間がまともに受ければ骨折、最悪死に至る場合もある

と聞くが、こいつの蹴りをもし人間がくらったなら、文字通り粉々になってしま

うことだろう。

 その後も、黒馬が繰り出してくる怒涛の蹴りや踏みつけの嵐を潜り抜ける。敢

えて目と鼻の先まで引きつけ、最小限の動きで避け続ける。

 ふむ……回避の方もそれなりに上達してきたと思うのだが、それでもやっぱり

まだまだだな。

 現在、俺の体と避けた攻撃の間には、数十センチ程の隙間がある。これが数セ

ンチくらいまで縮まれば、見切りが極まってきたと言っても良いと思うのだが…

…その域に到達するには、もう少し時が掛かりそうだ。

 アイン様から授かったこの体を、俺はまだ十全には使いこなせていない。精進

せねば。


 俺に中々攻撃が当たらない事に痺れを切らしたのか、黒馬から放たれる雰囲気

がより不穏なものになるのが感じられた。

 あ……これはたぶん、何か大技を出してくるな。

 俺がそんな予感を抱いた、次の瞬間。黒馬がその両前脚を思い切り地面に叩き

つける。

 大地に黒馬の魔力が大量に流れ込んだかと思うと、地面から無数の尖った巨岩

が、次々と勢い良く突き出してくる。瞬く間に黒馬の周囲――半径二、三十メー

トル程の範囲に、岩槍の林が出現した。

 大地を操るタイプのスキルだろうか? 俺の【雷帝】同様、群がってくる大量

の敵を一掃するのに便利そうだ。


 俺はというと、嫌な予感がしたのと同時に【防壁】を発動させ、体を包み込む

形で球状の壁を発生させておいたので、ダメージは一切無い。

 複数の岩槍が俺の防壁に突き立ったものの、一本たりとも貫く事は叶わず、へ

し折れ、砕け散っていった。

 今回、相手からの攻撃は可能な限り回避で対処しようと思っていたのだが、そ

れにこだわり過ぎた結果、もしも攻撃をくらってしまったら本末転倒なので、素

直に【防壁】を使うことにした。


「――!!?」


 大技を使ったにも関わらず、俺に傷一つ負わせられなかったのは流石に予想外

だったらしく、黒馬が動揺しているのがなんとなく伝わってきた。「なんとなく

」と言うのは、言うまでもなく馬の表情の変化を読み解くのが難しいからだ。

 それはともかく――隙あり!

 即座に【防壁】を解き、接近。黒馬の左前脚にメイスを叩き込む。

 樹木の幹が折れる様な音が響き、黒馬の前脚が中程からへし折れる。折れた骨

が皮膚を突き破り、傷口からは赤い肉が覗いているのが実に痛々しい。

 まぁ……やったのは俺だし、この手の光景はもう見慣れたけどね。


 お次は右前脚を――と思ったのだが、意外にも黒馬はすぐさま反撃に転じてく

る。俺の頭を狙った噛み付きだ。

 脚を折られたショックで更なる隙を晒してくれると予想していたのだが、どう

やら驚きよりも怒りが勝ったらしい。

 意外だったので僅かに反応が遅れてしまったが、なんとか回避。予定通り、右

前脚にもメイスをお見舞いし、叩き折る。

 両前脚を破壊された黒馬は平伏する様な体勢となり、その頭部が俺にとって丁

度良い高さに降りてきた。


 黒馬と目が合う。

 ここにきてようやく驚きが怒りを完全に上回った様で、瞳の奥に動揺と困惑が

渦巻いているのが見て取れる……気がする。

 おそらくだが「何が起こった?」「どうしてこんな事に?」とか考えているの

だろう。

 うんうん。余りにも急に死に追いつかれると、混乱するよね。分かるよ。俺も

一回経験してるから。

 黒馬のへし折れた両前脚の傷口から、ドクドクと血が溢れ出ている。

 痛そうだな……ほれ、痛み止めだ。受け取れ。

 殴るのに丁度良い高さになっていた黒馬の額に、渾身のメイスをぶち込む。黒

馬の頭蓋が盛大に砕け、眼球が飛び出した。

 痛み以外にも色々と止まったであろう黒馬の全身から力が抜け落ち、その巨体

が大地に沈んだ。


 ふぅ……久々にそこそこ楽しめたな。

 だが、これから人間の街にお邪魔しようというのに、返り血やら土埃やらで体

が結構汚れてしまったのは少々問題だ。街に着くまでの間に、水場の一つでも見

つかると良いのだが。

 そんなことを考えつつ、ふと右手に握るメイスに目をやる。全体にヒビが入り、

所々に備えられた棘も先が欠けてしまっている。

 一応、魔力で限界まで強化はしておいたのだが……まぁ、この黒馬もそれなり

に堅かったからな。

 特に失望感などは無い。むしろ、そこらの傭兵が持っていた武器に、このレベ

ルの魔物との戦闘を無傷で潜り抜けられる程の強度を期待するのは、高望みが過

ぎるというものだろう。


 再び尻尾から魔術袋の一袋を引っ張り出し、その中から一枚の巻物を取り出す。

 何かの皮で作られた紙――皮紙であると思われるこれは、魔術が封じ込められ

た〝巻物(スクロール)〟という魔術道具(マジックアイテム)だ。

 【鑑定眼】の解説によると、スクロールという物はどれも一度限りの消耗品で

あり、広げた状態で封じ込められた魔術の術名を唱えることで、誰にでもその魔

術を発動させられるらしい。

 このスクロールに込められているのは《修繕(リペア)》という名の魔術。破損した人工

物を、ほぼ元の状態に戻す事ができるのだとか。

 ちなみに、このスクロールも戦利品の一つだ。《修繕(リペア)》のスクロールは、あの

野蛮人共全員が一枚ずつ所持していたので、合計五枚入手できた。


「《修繕(リペア)》」


 スクロールを広げ、メイスを直したいと思いつつ魔術名を唱えると、直後にメ

イスが淡い光に包まれる。すると、みるみる内にヒビ割れが消えていき、欠けて

いた部分も元の形を取り戻した。

 やがてメイスを包んでいた光が消えると、スクロールは突如として燃え上がり、

灰となって崩れ落ちてしまう。

 なるほど、一回こっきりってのはこういう事か。

 残りの《修繕(リペア)》は四枚。気軽にホイホイ消費できる枚数ではない。

 今後このレベルの敵と戦う場合は、素直に【雷帝】や【魔弾】、己の拳で戦う

としよう。


 さて、近くに丁度良い水場はないものか。

 そんなことを考えながら、再びアストルを目指して進み出す。

 走って跳ねて、時折歩いて。ひたすら西へ向かって突き進んでいくと、太陽が

最も高い位置に差し掛かった頃、街道らしきものを見つけることができた。

 意図的に毟ったのか、人々の往来によって踏みつけられ、勝手に枯れていった

のかは分からないが、草花が殆ど生えておらず剥き出しとなった地面には、馬車

のものであろう轍の跡が多数刻まれているので、まず街道で間違いあるまい。

 これに沿って進んで行けば、迷う事なく街まで辿り着けるだろう。目的地は近

い。


 テンションが緩やかに上昇してくるのを感じるが、まだアストルで酒が買える

と確定している訳ではない。

 俺の個人的な意見として、ぬか喜び程、精神衛生上よろしくないものもそうそ

う無いと思っているので、期待し過ぎるのはやめておこう。喜ぶのは、実際に酒

を入手してからだ。

 ……とか思いつつも、昂る気持ちを抑え切れていなかったのだろう。俺が無意

識の内に鼻歌を歌っている事に気付けたのは、街道に沿って進み始めて、暫く経

ってからだった。

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