表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/23

第十話 鑑定眼と魔術道具

(もしかして……〝人間〟か?)


 半月程前に会った、獣人兄妹の魔力と少しばかり似た感じの質をした魔力だが、

あくまで少し近いというだけで、はっきり別物だと確信できる。故に、たぶんあ

の兄妹の同類でもないだろう。

 あの兄妹とはあれっきり会っていないが、なんとなく印象に残っていて、魔力

の質もそれなりに正確に記憶しているので間違いない。

 おそらくではあるが、金属製の武具を装備し、魔物を発見すると積極的に狩ろ

うとし、狩った獲物の素材を売り飛ばす算段を立てている――地球の〝剣と魔法

のファンタジー〟系なラノベなどにはよく登場する〝冒険者〟とか〝傭兵〟とか、

そんな感じの職業の人間なのではなかろうか。


 未だ半分寝ぼけた頭で、そんなことを考えていた俺の耳に、キリキリと弦を引

き絞る様な音が聞こえてくる。

 どうやら、俺を仕留めることに決めたらしい。

 これが修行の為に徘徊中の出来事なら、諸手を上げて歓迎する所なのだが……

今は静かに惰眠を貪っていたい気分なので、正直面倒くさい。

 数秒後、何かが俺に向かって高速で飛んでくるのが、音で分かった。

 空を切って飛来して来たそれ――飛矢を…………瞬時に立ち上がり、回避! 

そして、ダッシュ!

 矢を放ってきた連中に向かって疾走する。


 その連中の正体は――やはり〝人間〟だった。

 地球人と、全く変わらない姿に見える異世界人達。どうやら、この世界にも人

間という種族は存在する様だ。

 少し安心したような、ガッカリしたような……複雑な気持ちになる。

 数十メートルの距離を一瞬で詰めてやると、人間達は息を吞んだ様だった。

 どうした? こんな見た目の奴がこんな速さで動けるなんて、想像できなかっ

たか?

 相手を見た目だけで判断してはいけないって、お父たんとお母たんに教わらな

かったのか?

 

 瞬時に相手の戦力を確認。

 数は五人。全員男。歳は揃って二十代後半から三十代前半といった所かな。


 まず、目を見開いて間抜け面を晒している――俺に矢を放ってきた張本人であ

ろう弓手(アーチャー)

 金属製の全身鎧を身に纏い、片手剣と巨大な盾を装備した、騎士風な見た目の

男。

 要所要所は金属製の鎧で保護しているものの、騎士風の男と比べると動き易さ

を重視した恰好に見える、厳つい戦棍(メイス)を握った戦士。

 腰の左右にそれぞれ一本ずつ細身の剣を佩き、防具は皮鎧の下に鎖帷子だけと

いう、完全に動き易さを優先していると思われる軽装剣士。

 最後に、先の垂れたとんがり帽子を被り、ゆったりとしたローブ、その上にマ

ントを羽織った、いかにも〝魔法使い〟といった感じの格好をした男だ。

 ……やっぱり、この世界にもあるのだろうか? 魔法的なものが。

 あるんだろうな。

 魔力やスキルなどという摩訶不思議な力が存在する世界だ。魔法的なものがあ

ったとしても不思議ではなかろう。


 閑話休題。

 確認終了。ここまでの間、約一秒。

 先程魔力を感知した時から分かっていた事だが、どいつもこいつも魔力量は大

したことない。

 俺に対して、文字通り弓を引き、愛しい惰眠を妨げてくれた礼……たっぷりと

返してくれよう。

 手始めに弓手の頭を掴み、そのまま大地に叩き付ける。弓手の頭部が俺の手の

平と地面でサンドイッチされ、真っ赤なジャムになった。


 他の四人が驚愕を露わにしているのを尻目に、更なる追撃を加える。

 お次の標的は、数メートル離れた位置にいる魔法使いっぽい男だ。

 遠距離攻撃ができる(であろう)敵は早めに潰しておきたい。フリーにしておく

と鬱陶しい事になりそうだからな。

 魔法使いっぽい男はハッとなって、何か行動を起こそうとする素振りを見せる

が、当然そんな間は与えない。即座に肉薄し、その腹部に拳を叩き込む。

 実は弓手(アーチャー)の時もそうだったのだが、拳が当たる直前、拳と魔法使いっぽい男の

間に半透明の薄い膜の様なものが発生していた。まぁ、全く意に介さず、ぶち破

ってやったけど。

 おそらく防御系のスキルか、魔法的な何かだろう。

 魔法使いっぽい男は盛大に血を吐き出し、くの字になって吹き飛んだ。そして、

数メートル後方にあった木に激突すると、白目を剥きながらズルズルと崩れ落ち

ていく。


「き、貴様ぁ!!」


 騎士風の男が、怒声を上げながら俺に向かって剣を振り下ろしてくる。

 いや……仕掛けてきたのは、そっちの方だからな。

 俺は一応用心して、右拳の皮膚を魔力で硬化し、振り下ろされる剣を殴りつけ

る。硬質な衝突音が響き、殴りつけた剣は叩き割られたガラス板の如く砕け散っ

た。

 手応えからすると、別に硬化しなくても無傷で済んだと思われる。この体、柔

らかくて脆そうな見た目をしているものの、体毛やら皮膚やらの耐久性――素の

防御力も、中々どうして高いのである。

 

「なっ!?」


 分かり易く動揺する騎士風の男の脳天に、今度は俺が裏拳を振り下ろす。

 咄嗟に構えられた重厚な盾もろとも、騎士風の男の頭部がゴジャッというかブ

チャッというか……とにかくそんな感じの形容し難い音を立ててぶっ潰れた。ひ

しゃげた兜の隙間から、眼球や血が噴き出す。

 今回も拳が当たる直前に、先の二名の時同様、半透明の膜が出現したが、余裕

でぶち砕いてやった。


「な、なんだぁ!? こいつは!?」

「じ、冗談じゃ無ぇぞ!」


 戦士と軽装剣士が俺に背を向け、一目散に逃げ出す。

 危機を察知するのは遅いが、逃げ足は中々速いな。

 まぁ――


 バリィッッ!


 ――雷からは逃げられんがね。

 二本の雷光が、戦士と軽装剣士の体を貫き、二人は揃って大地に沈んだ。

 例に漏れず、雷が当たる直前に半透明の膜が発生したが、問題無く貫通した。

 はい、お掃除終了。

 ふぅ……この世界において初となる人間達との遭遇は、なんとも血生臭い結果

になってしまった。

 ……ん? 元人間なのに、何の躊躇も無く人間殺したなって?

 何度も言うが、今の俺に地球人の道徳心を求められても困る。襲いかかってき

た相手を殺るのにいちいち躊躇しているようじゃ、ここでは生きていけませんぜ、

旦那。

 というかそもそも、ヒトを通りがかりのついでに殺ろうとしてきた連中相手に

情けをかけてやる程、俺は寛大な心の持ち主ではないのだ。

 という訳で、この物語には「元人間として、人間を殺めることなど……くっ!

」みたいな感じの(くだり)は、一切無い事をご承知おき願いたい。


 近くに流れている川で、脳みそやら返り血やらで汚れた手を洗う。昼寝が終わ

った後に軽く体を洗うつもりで、昼寝場所に川の近くを選んでいたのだが、大正

解だった。

 その後、改めて人間達の死体を観察してみる。この世界に人間が存在する事が

判明し、その生態に少々興味が出たので、なんでもいいから情報を得たいと思っ

たからだ。

 手を洗っている間に他の魔物達に死体を食い散らかされたり、持ち去られたり

したら嫌だったので、川まで引きずってきた。


 五人とも全くと言ってよいほど装備に統一感が無い。どうにも、どこかの国の

正規兵という風には見えない。

 ますますもって、冒険者やら傭兵やらといった雰囲気だ。

 どの人間の装備も長いこと使い込まれている感があり、それぞれ自分の使い易

いように改造している感じもある。はっきり言ってこの体の敵ではなかったが、

それなりに長いことやっているベテラン冒険者、或いは傭兵だったのかもしれな

い。

 だが、それにしては、初見の魔物である俺に情報収集もせずにいきなり仕掛け

てきたりと、迂闊さが目立つ。……まぁ、その辺は俺が言えたことではないかも

しれないが。

 ん~~……余程自分達の実力に自信があったのか……もしくは、俺のこの見た

目に完全に騙されてしまったのか……或いは、その両方か。

 自分で言うのもなんだが、どの方向からどういうふうに見ても、とても強そう

には見えないからな、この体。

 騙されてしまったとしても、さもありなんと言えるだろう。


 銃器を装備している者がいないのは、まだこの世界では銃器が開発されていな

いからか……或いは、開発はされてはいるものの、まだそれ程普及していないと

いうだけの話なのか。

 人外側に転生した身としては、前者の場合の方がありがたい。

 今世のこの体なら、銃で何発か撃たれたくらいではどうって事ないかもしれな

いが、遠距離からチクチク攻撃されるのは鬱陶しいし、腹が立つからな。


 そんなことを考えながら、人間達の持ち物を漁っていると、ある物が俺の目に

留まる。

 五人全員が所持していた、全く同じ外観をした小汚い布袋だ。

 使われている布地も同じなら、口を縛っている紐も同じ物。

 そして、どの布袋にも、蛙をモチーフにしていると思われる刺繍が施されてい

る。おそらく、この人間達がこの袋を購入した店のトレードマークか何かなのだ

ろう。

 ……そうなると、パーティ組んでる五人が、同じ店で同じ物を購入したという

事か?

 おっさん五人がわざわざ狙って雑嚢をお揃いにした訳でもないと思うし、この

布袋でなければならない理由があるのだろう。

 となると……。


 スキル【鑑定眼】発動。

 このスキルは、発動させた状態で魔力の宿った物体を見ると、それに宿った特

殊な能力を知る事ができるというものだ。ただし、生物相手には無効である。

 え~、何々……『空間操作の魔術により中の空間が歪められ、拡張されている。

大体高さ千八百ミリメートル、幅千八百ミリメートル、奥行千二百ミリメートル

くらいの物置に収まる量の荷物までなら入る。ただし、生物を中に入れる事はで

きない。取り出したい物を思い浮かべながら手を入れることで、中に収めた物を

取り出す事ができる。また、口を開けた状態で逆さにし、三度上下に振ることで、

中に収めてある物を全て外に出すことができる』―― か。

 うむ、予想通り。 どうやらこの布袋は、見た目以上に物を沢山収められる、

魔法の袋的なアイテムの様だ。

 〝剣と魔法のファンタジー〟系な世界観の漫画やラノベでは、割とよくあるも

んな、この手のアイテム。そうじゃないかと思ったんだ。

 それに、脳内取説を紐解いていって、この【鑑定眼】の存在を知った時から、

こういった摩訶不思議道具が存在する事は予想できていた。

 あと、やっぱり在ったな。魔法的な力。

 〝魔術〟かぁ……つくづくファンタジーだねぇ……今更か。


 これらは戦利品として、頂いておくとしよう。なかなか重宝しそうだ。

 中に収められている物も確認しておくか。

 布袋の一つの口を開いて、中を覗いてみる。中には、ぽっかりと口を開けた底

無しの闇が広がっていた。

 ほほう、こういうふうになってるのか。

 草はらの上に移動し、口を開いた布袋を下向きにする。そして、上下に三回、

軽く振ってみる。すると――


 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ。


 ――中に収められていた様々なアイテムが、袋の口から滝の様に溢れ、草はら

の上に転がった。

 結構な量だ。流石は魔術袋(仮称)。

 中から出てきた物を物色。魔法道具――いや、この世界では魔術道具と言う方

が正しそうだ。魔術道具らしき物は【鑑定眼】で見ていく。

 まずは〝剣と魔法のファンタジー〟系な世界の定番、〝水薬(ポーション)〟。

 治癒、滋養強壮、解毒など、各種ポーションの入った陶器の小瓶が、それぞれ

の魔術袋から数本ずつ出てきた。

 こういった物がある事を予想し、草はらの上に落としたのだが……他の物に潰

されたりして、何本か割れてしまっている。

 ん~……正直、どれも俺には余り必要無さそうだが……マジックアイテムを捨

てていくというのは、勿体ない気がする。

 あって困る物でもないし、一応貰っておこう。無事な小瓶をいくつか拾い上げ、

魔術袋の中に戻しておく。


 次に、戦士の持っていた魔術袋から出てきた一冊のノート。中を見てみると、

どうやら日記らしい。

 【万能翻訳】の効果は文字にも適応されるので、問題無く内容を理解すること

ができる。

 紙の質が余り良くない上に字が汚いので少々読み難いが、その日その日の出来

事をそれぞれ二、三行くらいの短い文で綴っている様だ。

 ん? 他人の日記を勝手に読むのはどうなのって? ははは。もうこれ、俺の

物なんで。

 日記の内容はその殆どが『今日買った娼婦は当たりだった!』とか、『今日は

賭博に勝って小遣いが稼げたから、いつもよりちょっと良い酒を買っちゃったぜ

!』とか、くっそどうでもいいものばかりなのだが、所々にこの世界の人類の生

活風景や、一般常識が垣間見えるような記述があったりして、読んでいてそれな

りに楽しめる。これも頂いておくとしよう。


 余談だが、日記の内容からこの人間達は、〝アストル〟という人間の街に在る

〝傭兵組合(ギルド)〟なるものに所属する、〝(ゴールド)級〟の傭兵だという事が分かった。

 ギルドか……これも地球の〝剣と魔法のファンタジー〟系な世界観の創作では

定番だが、やっぱりこの世界にもあるんだな。

 この世界の傭兵ギルドは、実力や功績に応じて所属している傭兵達を八つの階

級にランク分けしているらしく、ゴールド級とは上から四つ目の階級だとか。

 日記の内容を信じるなら、ゴールド級まで上り詰められる傭兵はそれほど多く

ないとのことだ。つまり、この五人組は人間の中ではそれなりの実力者だったら

しい。

 そんな連中を鎧袖一触とは……これも今更だが、本当に強いな……この体。

 理由は分からないが、生まれつき加護が備わっていた事から考えて、俺をこの

体に入れてくれたのは、おそらくアイン様なのではないか? と、最近思い至っ

た。確定ではないが、とりあえずアイン様には改めて感謝を捧げておこう。

 

 あとついでに、この森の名前も判明した。どうやらこの森は〝死神の森〟と呼

ばれている場所らしい。

 どうして分かったかというと、日記の最後のページに『鎖月(さつき)の二十三日。ギル

ドからデモンベアの狩猟を依頼された。なんでも、さる貴族サマが毛皮を欲しが

っているらしい。報酬は悪くなかったので引き受けることになった。この辺りで

デモンベアが出没する場所となると、東に在る死神の森くらいだ。手応えのある

仕事になりそうだ』、『鎖月の二十四日。今日は街道の脇で野宿。明日には森に

入れるだろう。ちゃっちゃと終わらせて、ほろ酔い亭で祝杯を上げたいもんだ』

という記述があったからだ。

 これらの文が最後のページに記され、その上でこの連中が現在この森にいたと

いうことは、そういうことだろう。

 それにしても、死神の森か……随分と物騒な名前で呼ばれているんだな。何か、

由来となる魔物でもいるのだろうか?


 他には……お! ここらの地理が描かれた地図だ。

 どうにも大雑把で、縮尺とかもテキトーそうに見えるが……まぁ、これも一応

頂いておくか。

 ふむ……ここがこいつらが拠点にしているアストルという街で……ここが今世

の我が生まれ故郷、死神の森か。

 ……徘徊しながら薄々思っていた事だが、やっぱりデカいんだな、この森。


 連中が持っていた武器や防具の中にも、魔術が付与されている物がいくつかあ

ったので、それらも魔術袋へ収めていく。

 正直、俺の場合は下手に武器を使うよりも、強化した己の拳で戦った方が上手

く戦えると思うのだが、ポーション同様、魔術武器を放置していくのはちょっと

勿体ない気がしたので、頂いていくことにした。

 どの武具も大きさ的に、とても魔術袋には入らなさそうに見えたのだが、武具

に袋の口を押し当て「これを仕舞いたい」と念じると、あら不思議。武器が一瞬

にして袋の中に吸い込まれていった。

 さすがはマジックアイテム。摩訶不思議だ。


 その後も、魔術が封じ込められた〝巻物(スクロール)〟なんて物や、数本のロープ、方位磁

針などを魔術袋の中に戻し、頂戴しておく。

 他にも毛布や手拭い、テントやナイフ、カンテラや水の入った革袋、食料や食

器、鍋やまな板といった調理器具などがあったが、俺には無用そうなのでポイッ

とな。

 後で持ち歩きたい物が手に入った時の事を考えて、魔術袋にはなるべく空きを

作っておきたかったので、いらないと思った物は容赦無く捨てていく。

 【鑑定眼】で効果が分からない――魔力の宿っていない、普通の薬とかが入っ

ているのであろう小瓶とかも放置。なにせ、使い方が分からないからな。


 この人間達の狩りの成果であろう、ゴブリンのものと思われる角や、何かの牙

や鱗、そして、デモンベアとやらのものであろう毛皮といった、魔物の素材も多

数あったが、俺には使い道が無いので、これらも放置。

 あと、全員の袋にやたら肌触りの良い葉っぱが、それぞれ数枚ずつ入っていた

のだが……何に使うんだ、これ? 山菜か何かだろうか? よく分からないので、

こいつも放置っと。


 最後に、金貨や銀貨、銅貨などの貨幣が入った布袋――財布が五袋。

 どうしようかな、これ?

 この世界に来てから、金が必要になる状況には、今のところ遭遇していない。

 なにせこの体、まず飲食が不要なので食費が掛からない。

 アイン様から授かった加護のおかげで、仮にどれほど不衛生にしていたとして

も病気になる事が無いので、医者にかかる必要も、薬を買い求める必要も無い。

 ちなみに、俺の全身を覆う体毛は埃や汚れが付き難い素敵仕様な上に、毎日き

ちんと川や湖などで体を洗っているし、【雷帝】を発動させる度に、いつの間に

か体にくっ付いている小さな虫とかが焼け死んでいるので、俺は決して不潔では

ない。


 この世界に来たばかりの頃は「森の中に、都合良く宿屋が在ったりしないかな

ぁ……」とか思ったりしたこともあったが、最近はなんやかんやで野宿にも慣れ

てきたので、今はもう宿屋を利用する予定も無い。

 先にも少し触れたように、武器や防具を揃える必要性も感じなかったし、衣服

も欲しいとは思わなかった。

 この体には見られて恥ずかしくなるような、卑猥なものは装着されていないか

らな。……そういう問題じゃないって? 気にするな。俺は気にしてない。

 そして言うまでも無く、人外の怪物に納税の義務は無い。……無いよな?

 とにかくそんな訳で、金が無くても全く困りはしない。と言うより、仮に金を

持っていたとしても、使い道がこれといって無いのだ。

 地球で生きていた頃には、考えられなかった事だな。


 つまり、これらの貨幣も俺にとっては使い道の無い、不必要な物なのだが……

金を捨てていくという行為に、僅かばかり抵抗を感じている俺がいる。

 心の方もだいぶ人間をやめていたつもりだったのだが、俺にもまだ人間くさい

部分が残っているらしい。

 ……まぁ、さほど場所を取るような物でもないし、これらは持っていくとする

か。

 今のところは金が必要になる事が無かったからといって、これから先も一切無

いとは限らない。もしかしたら、何かの役に立つ時がくる可能性もあるかもしれ

ないしな。


 よし、こんなもんで良いだろう。

 厳選した品々を詰めた魔術袋と、空になった四枚の魔術袋を自らの大きな尻尾

――耳かきに付いている梵天を大きくした様な、丸くてふわふわの尻尾に突っ込

み、仕舞い込む。

 この尻尾はちょっとした小物ならば、こんな感じで収納しておくことができる

のだ。

 ちなみに、一枚の魔術袋に他の魔術袋を仕舞って、一つに纏めてしまおうかと

も考えたのだが、何故か魔術袋の中に他の魔術袋を入れることはできなかった。

 無理矢理詰め込もうとすると、よく分からない摩訶不思議な力で即座に外に弾

き出されてしまうのだ。残念。


 ふぅ……眠りを妨げられた時は、ただただ不快なだけだったが……結果的には、

案外実りのある戦闘になったと言えるだろう。

 心地良い満足感に満たされつつ、草はらの上に寝転がる。

 さて、再び惰眠を貪るとしますか。

 瞼を閉じ、まどろみの海に身を投げ出すと、程なくして愛しい睡魔が俺を迎え

に来てくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ