エリック視点・第11話
例の絵が描きあがったので、秋の芸術大賞に出展したら最優秀賞が取れた。リディ嬢にその絵を見ていただきたかったので、「秋の美術大賞を一緒に見に行こう。」と誘いだした。リディ嬢は快く了承してくださった。
秋の美術大賞は毎年秋に開催される絵画展だ。僕は毎年絵を出展して何らかの賞を頂いている。
今日の僕はラフな感じのスーツ姿だ。画家は結構奇抜な装いの者も多いので、かっちりしていると逆に浮いてしまうこともしばしば。かといってリディ嬢に恥をかかせるような服を着るわけにはいかない、と熟考に熟考を重ねた服のチョイスだ。今回は仔ネズミを形どった銀の小さなカフスをしていて、さり気なくユニークに遊んでみたつもりだ。
リディ嬢を迎えに行くと、リディ嬢は愛らしい淡いコーラルピンクの外出ドレス姿だった。飾りは真珠。少し妖艶な色香の漂うリディ嬢とは少女らしいピンクのドレスがアンバランスな魅力を醸し出している。熟れきる直前の果実のような瑞々しさと甘みである。抜群に可愛い。僕の胸はときめいた。
行きの馬車の中でもべた褒めした。
秋の芸術大賞は中々大きな規模の絵画展なので、展示会場は広い。様々な絵が展示されていて、それぞれが工夫を凝らされている。
「何を描かれたのですか?」
リディ嬢がウキウキした様子で尋ねてきた。
「それは見てのお楽しみ。」
微笑んで片手を繋いだ。
ドキドキするなあ…『ゲームのエリック』と同じ行動パターンだったら流石に心が折れそうだ。
様々な絵画を鑑賞する。
「まあ、こちらの作品は素敵ですわね。」
リディ嬢が女性の横顔に百合の花と優美な枠のついた絵を見て言った。そちらの画家さんは賞に入られることは中々ないけれど、美術大賞では常連さん、且つ人気のある画家さんだね。
「それは普段は広告ポスターなんかを描いている画家さんなんだ。中々独特の画風で面白いよね。」
個性的な絵を描くが、目に美しく、ごちゃごちゃせずに見やすいので、広告ポスターでは引っ張りだこだ。リディ嬢が仰っていたような『印刷技術』というのはこちらではまだ発展していない分野なので、ポスターは基本的にすべて手描き。かなりお金がかかる。
抽象画の方は比較的わかりやすいモチーフもあれば、絵の具をぶちまけたような作品もあって解釈が難しい。今リディ嬢がしげしげと眺めていらっしゃる『接合』というタイトルのピンクと肌色が斑に混じり合っている絵は、ズバリ男女のまぐわいを描いたという問題作である。それをお教えしたらどんな顔をされるかということに興味はあるが、ともあれ、画家さんが真剣に打ち込んだ芸術なのだから茶化すのはやめておこう。
「あら、こちらの絵はどうなっているのかしら?」
リディ嬢が興味を示したのは、顔に向かって手で何かを引き寄せようとしている横顔の女性の絵だ。
僕はこちらの画家さんとは顔見知り。絵のテーマもきちんと聞いている。というか大賞の常連さんとは基本的にお話したことがあることが多い。
「それはこっちの画家さんの絵と連動してるんだよ。下書きから二人で絵を重ねてる。二人の画風がかなり違うから全然別の絵に感じるけど。」
腰元に何かを引き寄せようとしている男性の横顔が描かれた絵を示す。
「二つ合わせると男女がキスしている絵になるように計算されてる。キャンバスのサイズと位置も合わせてあるし、背景の部屋もよく見ると一緒なんだよ。」
「まあ!面白い。」
リディ嬢は、素直にそのアイディアに感心したようだ。
次々と絵を眺めて、いよいよ僕の絵。最優秀賞。
いかにも慈愛溢れるリディ嬢が色とりどりの花束を抱えて、微笑されている絵画。
僕がリディ嬢の一番美しいと思っている慈愛溢れる表情をそのまま写し取ったつもりだ。絵画の前でモデルをしてもらったわけではないので、いくらか僕の『イメージ』も含まれているが。リディ嬢には内なる美があると思う。それが最大限に外見に溢れている様子を描いた。
タイトルはストレートに『愛』。見る人はそれを『慈愛』の『愛』だと思っただろう。しかしその実、ただの僕の愛の告白でしかない。僕の愛する人を、全身全霊で愛した絵画。
「言葉でいえば、何を言っても『ゲームのエリック』にかき消されてしまう。だから、僕は、僕なりの形で『愛』をリディ嬢に伝えてみたんだけど、どうかな?」
ちょっと照れくさくて上手く笑えなかったけれど。
「すごく…すごく素敵です…」
瞳を潤ませるリディ嬢の反応を見て胸を撫で下ろす。この絵画は『ゲームのエリック』にはない愛情表現だったようだ。リディ嬢はすごく感動している。
「じゃあ、答えを貰える?」
「私もエリック様を愛しております。」
リディ嬢がそっと目を閉じたので、柔らかな唇を頂戴した。
まるでリディ嬢の口付けは愛の誓いのようで、僕はなんだか神聖な気持ちを呼び起こされた。
いつまでも、いつまでもリディ嬢を愛している。その内なる美を尊敬している。僕の愛しい人、僕と共に生きてください。
***
きちんとお父様と向うのご両親に報告して、婚約した。お父様は「良かった…本当に良かった…」と何度も何度も繰り返した。僕の恋をずっと見守ってきてくれた父だから、感慨もひとしおなのだろう。
僕の人生は9歳のあの日終わったと思っていた。
死んで地獄に突き落とされたと思っていた。
でも僕はリディ嬢の優しい手に救われて、リディ嬢が形作った優しい世界にいる。リディ嬢のお心をそのまま映したようなこの世界はとても美しい。
愛しい人の美しい心をそのまま映したこの世界は地獄とは一番遠い場所。
おしまい。




