突入前夜のトーキング 2
「よし、僕がなんとかしてやろう」
「本当か死神さん。なんとか出来るか?」
「はっ、任せろって。こういう時の僕の旅スキルを見せてやるよ」
「おお、頼もしいな」
「ほんとかなぁー?ほんとにいけるのー?」
「少なくともお前よりはマシなはずだ馬鹿女。お前らは僕の後ろで突っ立ってるだけでいいから、僕に任せてみろ」
「わかった。死神さんがいてくれて助かったよ」
「本当、僕がいなかったらどうするつもりだったんだよお前ら」
「……予定通り、一人で突入しかなかったな」
「だからそれは駄目だって言ってるでしょ!いつか本当に死んじゃうよ?」
「なんだお前。まだ戦える人間がいるってのにわざわざ一人で突っ走ろうとしてたのか」
「あー……」
嫌な方向に話が流れてしまったなぁ、と悠は自分の失言を後悔した。
悠は小賢しくも、昨夜のリィンが自身の在り方をよく思っていないということを知るや否や、彼女の前でそれを隠すことを覚えたのだ。
『何が悪いか分からないが、相手が嫌がるならば控えておこう』という、半端な優しさからくる、どこまでも煮え切らない、逆に相手を傷つける行為である。
とはいえ悠は隠し事は得意ではなく、こうして露見させてしまうわけだが。
「それはやめとけよ、悠。仲間を置いてこんなとこまで来ちまった僕が言えることじゃないけど、自分を心配してくれる人間がいるっていうことはどれだけ幸せで、どれだけ嬉しいかことか」
「……」
悠は押し黙ったまま口を開こうとしない。
「お前は僕のことを仲間だと言ったな?なのに、なんで仲間を頼ろうとしないんだ」
「……俺にとっての仲間は、俺の後ろで俺を待っててくれる人という意味だ。そもそも俺は共闘を求めていない」
「それが自分の命がかかってても、巨軍を相手取ろうともか?」
「あぁ。俺は今までそうしてきた。それが変わることはない。これまでも、これからも」
「――あーあ、こいつは大馬鹿だ。僕が仲間と思った奴の中でも一番の大馬鹿だ。僕の仲間達は確かに頭が悪い奴が多かったけど、他人の気持ちが分からないまでの奴はいなかった。いいか、悠」
死神は何を思ったか穏やかな表情のまま悠の服の襟をつかみ、その小さな顔をぐいと近づけた。
――が、彼女の顔は途端に苛烈なものへと変貌し、正に鬼をも殺しそうなほどの剣幕で悠の双眸を深く覗き込んだ。
「……いいか。僕は他人を蔑ろにする奴が大嫌いだ。お前の後ろでお前に守られてろってのは、共に肩を並べて戦える者からすれば冒涜でしかない。お前が前にどんな戦いをしてたか知らないけど、忘れるなよ。僕はお前に守られるだけなほどヤワじゃない」
「……」
「悠くん、私も同じだよ。今の私は確かに前に比べたら弱くなってるけど、魔法は使えないけど、それでも悠くんに守られるだけは嫌だよ」
「……俺には分からない」
「ねぇ、悠くん。悠くんはなんで騎士団なんてものがあると思う?なんでみんな、肩を寄せ合って一緒に戦うんだと思う?」
「……そうしないと勝てないから?」
「ううん、違うよ。あ、それもあるけど、私たちは戦うのが怖いから。出来れば戦いたくないし、悠くんみたいに強い人がいてくれると大助かりだよ。でも、私がなにより怖いのは、私の好きな人たちが死んじゃうこと。私は相手を倒すためじゃなく、勝つためじゃなく、負けないために戦ってるんだ。負けて、私が好きな人たちを失わないため。それがなにより怖いから、私は命を張って戦う。時には無茶をしててでも」
「俺と一緒じゃないか。俺はリィン達に死んでほしくない。だから戦うんだ」
「違うな。お前のそれは自己犠牲ですらない、ただ居場所を求めてる哀れな奴に過ぎないんだよ。お前、自分が空っぽってことに気づいてるか?」
「俺が……空っぽ?」
「……うん。目的もなく、ただ戦うだけの悠くんは、限りなくそれに近いと思う。未来も持たず、戦う意味も理由も持たずにただ殺戮の限りを尽くすだなんて、そんなの魔王軍と変わらないよ。ねぇ悠くん、もう一回聞かせて。君はなんの為に戦うの?」
そこで空気は死に絶え、つめたい、異様な雰囲気が辺りを包んだ、
異常性を理解しない異常者に詰め寄るというものはなんとも雲を掴むような、水面に映った自分を掬うかのように実感に欠けるものだった。
ぱちぱち、と燃ゆる木々の音のみがその場全員の耳の中に飛び込んでくる中、息遣いさえも聞こえないこの状況下、緊迫感だけが高まっていく。
体感的には一時間も二時間と経ったような気がしたが、実際には殆ど時が過ぎていない、ある意味地獄のような時間を過ごしたのち、悠がぽつりと口を開いた。
「……俺は多分、自分が傷つきたくないから戦ってるんだ。誰かが死んで自分が傷つくより、自分がボロボロになる方が楽だから」
「ならなおさら私たちを信用……」
「最初はそうだった。でも今は、そうやって一人で戦ってるのが寧ろ楽しい」
悠はリィンの言葉を遮って、その続きを口にした。
「生き返ったような気がするんだ。耳に飛びこんでくる銃撃音と爆発音が子守唄のように心地いい。戦いに身を置いている時だけ、俺の心は癒されるんだ。だから俺は戦う。それだけだ」
「……ただの狂人じゃねーか、それ」
「自分の頭がおかしいことなんてとっくに承知済みだよ。でも、それで結果的にみんなを守れてるならいいじゃないか。頭がおかしい奴が一人突っ走ってりゃ、誰も傷つかずに全てが終わるんだから」
「そんなことない!そんなことないもん!」
「取り繕わなくていいよ。誰だって戦うのは嫌なんだ。俺に任せてリィンたちは普通に暮らすといいさ」
「違うもん!私がしたいのは……」
「リィン」
徐々にヒートアップし、語調を荒らげていくリィンを一歩引いた位置で見守っていた死神が肩を掴んで一言で諌めた。
そして彼女は耳元で小さく囁く。
「今は駄目だ。今の空っぽなままのあいつじゃ何を言っても響かない。あいつがあいつ自身に疑問を持たない限りな。だから今は引いとけ」
「……でも」
「今はっつったろ。然るべき時に、然るべき言葉をかけてやればいいんだ。……多分僕じゃ駄目だけどな」
「なんで死神さんじゃ駄目なの?」
「分からないか?僕はあいつからすりゃ所詮協力関係ってだけの遠い関係だ。お前とあいつは結構一緒にいたんだろ。あいつのことをこの世界で誰よりも知ってるであろうお前にしか出来ないことだよ、多分」
「多分が多いなぁ……。まぁ確かに」
リィンはちらりと悠を覗き、悠の険しい表情を見て内心納得する。
「確かに駄目だね。今はまだ」
これ以上話しても平行線を辿るばかりで、一向に改善される余地がないと判断した二人は、やはり今回も悠の意識改革に失敗し、前回と同じように『その時』を待つことにする。
目の前の男が大きな爆弾を抱えていることを知っているリィンにとってそれは、戦いに負けることより悔しいことだった。
互いに互いを見合わせた二人は、ころりと話題を変えるために、目と目で意思疎通して、同時に話題の転換を試みた。




