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際限のタイムリミット

「くそっ、手も足も出なかった」



 あれからガルダとの訓練を終え、すっかり日も傾いた頃になって悠は一人帰路についていた。



 リィンもおらず、久々に感じる一人だった。



 休憩を終えてからもガルダとマンツーマンで訓練を続けたものの、目に見える上達はなくただ揉まれるだけの結果に終わっていた。



 これでも場数は踏んできたつもりだった。



 だがそれは、常に最前線で戦い続けてきた彼らには通じない浅はかなものだったのだ。



 所詮、鎧に身を包んで戦ってきた自分と、生身で戦ってきた者たちとの違いだろう。



 悠は夕暮れの空を仰いだ。



 この空の景色は元の世界と変わらないのに、人間の資質のみが大きく食い違っている。



 ーーなにか理由があるのだろうか。



 その思考に思い至った悠はすぐさまメモリデバイスを手に取ると、チャンネルを合わせて遥か遠くの沈希に通信を試みた。



 極小のインカムをつけているため、わざわざ耳にデバイスを当てる必要はない。



 暇なのか、僅かなコール音の後に、ノイズ混じりの沈希の声が聞こえてきた。通信は成功したのだ。



『昨日の今日でなんの用かな、斎賀君』



「突然すみません、先生。少し聞きたいことがあって」



『聞きたいこと?なにかなそれは。願わくば私の知っていることで頼みたいね』



 いつも通りのトーンの沈希の声を聞いていると、何故か安心した。



「昨日、俺が騎士団に入団することになったのは知ってますよね」



『私が彼女に推薦したんだからね』



「はい。その後、入団テストで団員と戦うことになったんですけど……身体能力に大きな差がありまして」

『ふむ、それなりに鍛えているはずの君が言うんだ。相当っぽいね』



「そうなんです。アンカーの巻き取りの勢いを利用した蹴りを受けてもビクともしないような奴が中堅クラスでして」



『あっはっは、それは面白い。君、一匹モルモットとして連れ帰ってきてくれないかな?』



「出来るわけないだろ!」



『もちろん冗談だ。それで、君は彼らに惨敗して思ったわけだ。自分と彼らとの差はなんだろう、と。それで情けなく私に連絡を寄越したわけだね。本当にわかりやすい奴だ」



 割と感傷的になっているこの時に、沈希の軽口と暴言は割と頭にきた。



 ムッとした感情が表情に現れる。



『まぁそう怒るな。私風に例えるならば、別の世界に行けば一般人ですら私を凌駕する頭脳を持っていたとかそういうものだ。気持ちはわかるよ』



「わかるなら煽らないでくださいよ」



『これは性分でね。なかなかどうしてやめられない』

 インカムを通して何かを啜る音が聞こえた。

 ここと向こうの世界との時差は知らないが、ティーブレイクのついでに話でもしているのだろうかと予測立てた。



『さて。本題だ。……とは言っても、彼らの圧倒的な身体能力?を説明するには難しい論はいらない』

「そうなんですか?」



『そうだよ。率直に言うと、彼らのあの圧倒的な身体能力の正体は魔力の存在だ。彼らはそれを消費して人離れしたパフォーマンスを実現している』



 魔力、などといわれると悠は納得するしかなかった。



 悠は目の前でリィンの使う魔法、アルトの使う魔法を目撃している。



 目の当たりにした現実を考えると、そのような事実も全くもって不思議ですらないのだ。



「……で、先生はなんでそのことがわかったんですか?」



『そりゃあ、サンプルを一匹用意出来たからさ。奴が動く時、体内から微弱な魔力の反応がするんだ』



「そのサンプルってのは?」



『魔物に決まっているだろう。まさか、本当に人間のサンプルを用意したとでも思ったかい?』



「先生ならやりかねないかと……」



『馬鹿か。そんなことをしてもし嗅ぎつけられでもしたなら研究の続きが出来なくなるだろうが。私は確かに自他共に認めるマッドサイエンティストだが、やってはいけないことの判別はついている。何故ならやってはいけないことをやってしまったならば自分の好き勝手に出来なくなってしまうからね』



 やっぱりあんたは正真正銘人類の敵だよ、と嘆息した。



 ドミネーターがいなくなった今、第二の脅威は彼女である。



『……それで、君の今いる国の者たちはその事実に気づいているのかな?』



「……多分、それはないと思います。先生の理論だと、動くたびに魔力を発してるってことは、大なり小なり誰でも魔法を使ってるってことですよね」



『そうなるね』



「リィン達が言ってました。魔法を『使えない』者もいると。実際、俺の今所属する隊には魔法が使えない者が多いです。体を動かすときに知らず知らずのうちに魔法を使っているのに、彼女達は魔法を使えない者もいると言った。魔法を使って体を動かしていることが周知の事実、共通の認識ならそう言わないでしょう」



『まぁそうだねぇ。ということで、君と彼らとの差は魔力の有無だ。魔法の差だ。気に病むことはない。よく覚えておくんだ。彼らが魔法を使って自分たちを研鑽してきたのに対し、私たちは叡智を凝らすことで世界を発展させてきたんだ。お株は違えど、その成果に差があるとは私には思えない。……君の声を聞いていれば分かるよ。落ち込んでいるんだろう。おおかた、自分の力のなさと、道具を使って戦ったことに対する罵倒だとかだろう』



 悠は、まんまそのまま状況を言い当てた沈希の観察眼に目を剥いた。



 確かに気が置けない仲である沈希だが、ここまで心中を見透かされているとは思っていなかった。



「……なんでわかったんですか?」



『私は君は私の肉体の一部と言っても過言ではないほど君のことを想っている。君のことを理解しているつもりで、君の親よりも君と深く繋がっているつもりだ……って、い、いいや。今のは忘れてくれ』



 失言。



 今の言葉はまさにそれなのだろう。



 沈希は柄にもなく狼狽え、言葉を詰まらせて発言を撤回した。



 普段見ることができない沈希の狼狽えを見ていると悠は笑みを抑えることが出来ず、つい取りこぼした。

『笑うな』



「あはは、馬鹿にしてるわけじゃないですよ。……そうですね。俺も、先生とは深く繋がっていると思ってますよ」



 悠は熱くなる左目を抑えると、自分も信頼していると沈希に、隠すことなくそう伝えた。



 彼女に対する感謝、尊敬、親愛、そして隠れた感情を全て、余すことなく。



「でも、先生がそこまで言ってくれるのって初めてですね」



『……いや、曲がりなりにもそこは別世界だ。知り合いどころか同じ人種すらほとんどいない場所でただ一人は流石に不安じゃないかと思ってだな』



「大丈夫ですよ。こうして先生と話出来ますし、つきこもいます。……異世界転移なんてよく言うけど、そう考えたら俺はマシな方ですよ。なんたって、自分の認識下でこの場所に来れてる」



『そんなもんかね。……まぁ、用心はしたまえよ。魔法なんて得体の知れないものを使っている連中だ。突然なんらかの理由で戦えなくなった、なんてことになってもおかしくはない』



「どういうことですか?」



『そのまんまだよ。もし彼らの中から魔力がなくなったりしたら?身体能力が君並みまで落ちた彼らに、果たして魔物達と戦えるのかね』



「……そんなことにはならないでしょう。用心だけはしておきますけど。というか不安を煽らないでくださいよ」



『言っただろう?趣味だ』



 そういえばそうだった、と少しでも沈希のしおらしい姿にいつも以上に好感を抱いた過去の自分を殴り倒したい衝動に駆られた。



 彼女の本質は悪魔である。



 人類と味方の立場に立とうと、敵対しようとその事実は変わらない。



『それじゃあ切るよ。一刻も早いデッドノート装備の回収を。ああ、それと――』



 まだ何かあるのかと、一度口を止めた沈希の言葉の続きを待った。



 ――それは、余命宣告だった。



『クラック遮断装置の効果期間はきっかり後一年だ。一年を過ぎると、新しい装置を作ることも、クラックを遮断することも、クラックを誘導することも出来なくなる。それまでに敵の殲滅と、帰還を』

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